107 しゃざい
その日、妹っ子ともう一つ約束を交わしていた。
「ブアイソ、天使に会わせなさい」
「……」
そう言う妹っ子の顔は、先ほどとは違っていつも通り指揮官としての顔に戻っていた。
「心配しなくても、この事実はアンタら以外にワタシだけしか知らないわよ」
それを聞いて正直安心した。
これだけの被害を及ぼした敵の黒幕が普通に近くにいるとわかっていたら、人々の怒りや反発は止まらないと思う。
「アンタらの関係性はあの四バカに聞いたわ。とはいえ、こちらが今までに受けた被害をなかったことにはできない。ワタシ自身もハラワタが煮えくり返りそうなほどに怒りを持っているのが事実よ」
「……」
「だけど、まずはこの世界で一体なにが起こっているのかを知る必要があるわ。天使には天使なりの目的を持って行動していたはず。そして、おそらくこの世界のことをある程度は知っているんでしょう。ワタシはそれを聞きたいと思っている……そして見極める。ここにいる人たちが前を進むために」
「……」
私自身も、乙羽に話を聞きたいと思っている。
みんなも気を使ってか、その辺りの話を避けていた。
ここは一度、しっかりと乙羽の話を聞いた上で、私自信も自分の身の振り方を考える必要があると思っている。
私は絶対に、乙羽の敵にはならない。
それだけはどんなことがあっても変わらない。
だけど、ここにいるみんなや妹っ子、それにマイカのこと……。
こんな私でも大切に思うものが増えてしまった。
だからこそ妹っ子が言うように、しっかりと見極める。
みんなで前を向くために。
私はそんな思いを乗せて、首を縦に振ったのだった。
そして翌日の同じ時間。
静寂な漆黒の暗闇が包み込む真夜中に、私たちは集合した。
「……まさか敵の黒幕さんが、そんな素顔をしていたなんてね。予想外だわ」
「アハハハ……なんだか期待を裏切ったみたいだけど、その物騒な物を降ろしてもらえたのはよかったかな」
会って早々に妹っ子がぶちかますのではと、ヒヤヒヤしていたのは私だけではなさそうだ。
「せ、先生! とりあえず座ろ! なっ? なっ?」
「そ、そや! ウチ、お茶でも入れてくるわ!」
「もう準備したよ~! お菓子いる人!」
「なんでこないな時だけ 気が利くねん、ミサキ!」
「一人だけ逃がさないとガッチリ確保する奴がここに約一名」
全く……いつでも騒がしいなぁこの四人は。
まじめな場所くらい静かにしていられないかな?
「……なんてことを考えている顔だよ、あれは」
「ワタシにはいつもの無表情にしか見えないわよ。あんたらの関係性……ちょっと引くわ」
「そ、そんなとても仲が良いだなんて……照れるよ、メイナちゃん!」
「言ってないわよ! どういう解釈したわけよ!」
話進まねぇ……。
これ、一晩だけじゃ終わらないんじゃないの?
そうなると、明日もこれやるわけ?
ないわぁ――。
そんな心配をしていた私だったけど、乙羽が話を始めるとみんなは静かになった。
というか、ミサキとホノカがすぐに眠ってしまったから静かになった感じね。
それから乙羽は自分に起こった出来事や、今の自分の思いや考えに至った経緯をしっかりと言葉にしながら私たちに伝えていく。
「……と、いうわけなんだよ」
衝撃的な内容の乙羽の話は終わり、長い沈黙が続く。
この内容はあまりにも重たすぎる。
確かにクズ神の大暴露で、この世界の住民全てがもとは地球人だとわかっていた。
私が聞いていた話では、クズ神がこの世界を作り、神邪アクシスに封印されて世界をメチャメチャにされたという話だった。
だけど、実際には神邪アクシスがこの世界を作り、クズ神を封印してエネルギーが足りなくなったから、世界を破壊と殺戮が渦巻くものへと変えた。
すると、エネルギーの源である人間が減少していったもんだから、地球で死んだ人たちをこの星へと転生させていたと。
この辺りの話から、私も正直頭痛がしてくる思いだった。
さらに、私たちが地球で命を落とすことになったあの爆発事故は、乙羽だけを狙ったクズ神の召喚術式? とかいう厨二病が泣いて喜びそうなワードが原因だという。
全く以てバカバカしく、迷惑な話だと思う。
神どもはなにをしても許されるのか?
さすがにここまで好き勝手に命を弄ばれるとムカムカしてくるわ。
そう、私今結構怒ってるみたいだわ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……さすがに今の話、すぐには受け止められそうもねぇわ」
「そう……やな。正直いろんな思いが交差して自分の気持ちがわからへん」
「……今日はここまでね。解散しましょう」
「……」
みんなはそれぞれに部屋を後にした。
自分の中で気持ちの整理を付けないといけない。
それは、いまだにここを動けない乙羽自身もそう。
あの四人に対しては自分が殺したようなものだと、乙羽ならそう考えていることだろう。
事実だけを言えば、確かにあの四人はただ巻き込まれて命を落としただけだ。
しかも、その要因となった乙羽の手によって今度はこの世界でもその命を糧にされようとしていた。
それを聞いて、正気でいられるはずはないと思う。
ただ、乙羽自身この真実を伝えることがどれだけ苦しかったことか想像を絶する。
みんながいなくなった後だからこそ見せるこの姿。
俯いたままボロボロと溢れ出る涙、呼吸を乱し、嗚咽混じりで必死に繰り返される「ごめんなさい」という言葉。
それは誰に向けられているものなのか、抑えようのない罪悪感と責任の重さに支配されてしまっている。
こんなに泣いている乙羽を見たのは、二回目だね。
この夜、乙羽はただただ泣き続けた。
どれだけ繰り返したのかもわからないほど、謝罪の言葉を口にしながら。
こんな姿を見たアンタらはどう思う?
これからどう行動する?
私は、部屋を去ったフリをして壁の向こうで立ち止まっていた一人の人物と、実は隠れて話を聞いたまま、いまだにその場を動かないもう一人の人物に向け、無言でそう問いかけた。