091 さいせんのとき
砦の南口側から魔王ともと勇者のおっさんの接近を察知した私は、すぐにそれを妹っ子へ伝えようとした。
「妹っ子……」
「ひっ?! 背後から急に話し掛けるんじゃないわよ、怖いから! と、アンタから直に話しかけてくるということは……一大事ね。要件!」
「南……ばけもの……おっさん」
「ポンコツ、通訳!」
「砦の南口から魔王とおそらくはお父様が来たみたい! どうする?!」
「チッ……ついにきたか。あれの相手はアンタらしかできないわよ! ブアイソとポンコツは至急南口へ急行!」
「わかったよ、メイナ! 行こう、サク!」
「……ぅん」
「メイナ様、南にも戦力を増加しますか?!」
「いや、逆よ。南を守っている人たちをただちに避難させなさい! 無能が何人いてもただ無駄死にするだけだから、それらは西と東の守りに行かせなさい!」
「はっ!」
「ブアイソ、アンタは分身を解いて1人に戻っていい! その分をこっちでカバーするわ。だから絶対に死んでも勝ちなさいよ! こら4バカ! さっさと行くわよ!」
「はい、先生!」
「すぐ行くで~す!」
相変わらず指示が的確ね。
死んでも勝てだなんて無茶を言ってくれるわ。
そんなことを思いながらも私はマイカを抱きかかえたまま全力疾走で空中を駆け抜ける。
膨大な敷地でも私の足にかかればそこまで時間はかからない。
まるで私らを待ち構えているかのように壁の外で立ち尽くす2人。
そこへ私とマイカが舞い降りる。
「よぉ、久しぶりだな。会いたかったぜ、チビ」
今日はいつもと違って明らかに怒りを露わにしている片腕の魔王。
その隣で、冷静な様子のおっさん。
「本当ならこのオレがおまえの娘を殺してぇんだ。それを譲ってやっているのを忘れるなよ、カス」
「あぁ……」
「チッ……ちゃんと始末しなかったらオレがおまえを始末してやるからな」
魔王はそう言うと、片手で大剣を振りかざし私に向かってものすごいスピードで突っ込んできた。
「ということで、オレと遊ぼうぜ? チビィイイ!」
なにが「ということで」なのかわからないけど、私はおまえと遊ぶつもりは全くない。
振り下ろされた大剣をするりと躱しながら、電撃を纏った拳で反撃する。
それを風の魔法でガードされる。
だけど、明らかに前回より動きが鈍いわね。
片腕で力も入らないのか、振り回される大剣のスピードや威力も遅い。
それよりも気になるのは向こう側。
こちらとは違って、お互いに対峙したまま微動だにしないマイカとおっさん。
なにやら話をしているようだけれど、それをじっくり聞いていられるほど私に余裕があるわけではない。
ただ、マイカはとても悲しそうな顔をしていた。
*****
マイカ視点です。
サクに向かって突っ込む魔王の動きが鈍い。
それを感じたサクはアタシに大丈夫だとアイコンタクトをしてきた。
サクなりに気を使ってくれたんだと思う。
そしてアタシは実の父親であるカス・カミキと対峙している。
「こうして、おまえと話をするのはいつぶりだろうか」
「お家でお話した以来ですわ」
「そうだな……すまなかったと思っている」
「それはアタシに対してですか? それとも人族のみなさんに対してですか?」
「いろいろと……だ」
「謝罪をするくらいなら……どうして!」
アタシは涙が出そうだった。
昔はこの目の前にいる父親を尊敬もしていたし、誇りに思っていた。
でも今は違う。
自ら人々を苦しめ、戦い合うように仕向けていた張本人だから。
アタシは絶対に許さない。
この人はアタシの手で殺さないといけない。
そう決心すると、この前のようにドロドロした沼の中に入り込んでいく感覚に陥る。
気が付いたらアタシの背中には6枚の赤い羽根が生えていた。
アタシ自身この力についてはなにも知らない。
わかっているのは、これがカミオリの力という名前だということだけ。
それもサクに聞いただけで、アタシ自身こんな力を持っている自覚も全くなかった。
恐ろしいほど憎悪に満ちた力で、全てを破壊したい衝動にかられる。
アタシはこの力が好きにはなれない。
だけど、今はこの人を殺すため今一度この力を開放しましょう。
「具現せよ、マグナレク」
自然とこの力が行使できてしまう。
自然と言葉が出てくる。
自然と相手を殺すための引き金に手をかけてしまえる。
「おまえにその力があることは知っていた」
「だから私を殺そうとしていたのですか?」
「あぁ、それは世界を滅ぼす力だ」
「そうですか……その世界を滅ぼそうとしていたのはそちらでは?」
「……」
「アタシはこの危険な憎悪に満ちた力を、この世界を守るための力に使いたいと思っています」
「そうか……やはり、あの者に任せて良かった」
お父様はそういうとチラッとサクの方を見て、一瞬だけニヤリと笑みを浮かべた。
そして腰の剣を引き抜き、アタシに向かってその剣先を向ける。
「こい……その悪しき力、討ち滅ぼしてやろう」
さすがはもと勇者というだけあって威圧感が半端ではない。
魔王とはまた違った感覚の怖さがある。
それでも、アタシが殺すべき相手だ。
あふれる憎しみを込めて、アタシは引き金を引く。
マグナレクから発射された炎の弾丸は真っすぐにお父様へと迫る。
その弾丸を流れるように剣で弾く。
ふふふ、おもしろい……それを弾きますか。
受け止めていたらその剣も破壊されますものね。
それをわかっていて、わざといなしている辺り……さすが、と言っておきましょうか。
あぁ、愉快です。
さぁ、あなたの方はどんな死に怯えた表情を見せてくれるのでしょうか。
とても楽しみです。
ふふふ、とても不快なほどに……愉快ですね。
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