083 すきはきらい
私が見つめるその先には、今まで見たこともないような憎悪を滲ませた表情で立ち尽くしているマイカの姿があった。
背中には6枚の深紅の羽根を広げ、両手には2つの拳銃が握られており、その銃口からは煙が上がっている。
「マイ……カ?」
「……」
多分聞こえていたはずの私の声にも反応しない。
《な……なんということ……こんなことって》
スマコ、一体マイカになにが起こったの?!
「おい……それは目覚めさせちゃいけねぇ力だぞ! なんでここでっ!」
いつの間にか起き上がっていた魔王が、マイカに向かって突っ込んでいく。
これはさっき私が反応できなかった速度だ。
あれは風魔法を背後から自らにぶつけて急加速していたんだわ。
真正面で対峙していたら反応できないわけね。
横から見ていてもやっと目で追えるその速度でマイカへと迫る。
もちろん私もさっきからそこへ向かっているんだけど、私のスピードでは全く間に合わない。
先ほどの私と同じように、マイカに向かって突きたてられた魔王の剣は、マイカの背中の赤い翼が受け止めた。
その衝撃で魔王の大剣が砕け散る。
「ちっ! 風神魔法、空断裂創」
マイカの周りに空気の膜が厚く現れ、その中で見えない風の刃が全方向から乱気流のように押し寄せる。
「マイカ!」
私の小さな呼びかけにも、全く反応がない。
マイカは6枚の翼で全身を覆い風の刃をガードしていた。
平然とした態度のまま、再びその翼を大きく広げると風の膜は消え去る。
「具現せよ……マグナレク」
マイカがそう言葉を発すると、先ほどと同じ形の拳銃が2つ忽然とマイカの前に現れた。
それを両手に持って魔王へ銃口を向けると躊躇なく引き金を引いた。
アイレンズ上にはその拳銃の内部で魔動力が凝縮された炎の弾丸へと変わり、超高出力で発射されたのが映った。
魔王はそれを避けることもままならず、再びその弾丸に弾かれて吹き飛ばされる。
それを追撃するように、何度も何度も引き金を引き続けているマイカ。
私はやっとそのマイカの元へと辿り着いた。
「マイ……カ?」
「……これで満足ですか?」
「え?」
魔王に向けて撃ち続けていたその拳銃を、今度は私の横腹に突き付けて引き金を引いた。
その瞬間に辺りを眩い光が覆い、やがて落ち着く。
マイカが撃ったのは私の体ではなく、ポーチの中に入れていた封印のクリスタル。
それを一撃で粉々にしてしまったのだ。
「くそがぁああ! なんてことしやがる!」
ボロボロな姿の魔王が飛び上がり、マイカへ殴りかかる。
「具現せよ……ギア・アーム」
マイカの前に機械でできた腕が2本現れる。
そしてマイカの動きに合わせてその腕も空中で動いている。
魔王の拳とマイカが出現させた機械の拳とが衝突して地面がせり上がる。
その衝撃波で私は吹き飛ばされて地面に転がった。
マイカはもう1本の腕で魔王の真上から機械の拳を振り下ろす。
魔王の体よりも大きなその拳が、魔王の後頭部を直撃して地面に打ち付けた。
「がっ?!」
あまりの衝撃に脳震盪を起こし、一瞬で意識を絶たれてしまったようだ。
「あぁ、これもでしたね……」
マイカはそういうと、汚いものでも持つかのように機械の腕で魔王を摘まみ上げると、自身の手で胸元にしまってあった封印のクリスタルを取り出した。
それに気が付いた魔王が、その手をガッと掴む。
「やめろ……手を離せ」
「……あなたこそ、その汚い手を離してください。切り離しますよ?」
「風神魔法、最終奥義……凪」
魔王を中心に、あたり一面が全くの無風と無音の不思議な空間が現れた。
そこは風や音だけではなく、自然界にある全ての現象が無になっている。
つまり空気も無ければ重力もなく、さらに体内の魔動力も消滅してしまう。
それにより、空中に浮かんでいたマイカの機械の腕は消滅し、再び出現させることもできないようだ。
「終わりだ……死ね!」
振り抜かれる拳。
それは無の境地を支配した魔王の一撃必殺。
もし、拳を向けたのが私であったなら、間違いなく殺せていただろう。
振り抜かれたその拳はマイカに届くことはなく、無重力のその空間を独りでにさまよっていた。
それを茫然と見つめる魔王と、冷たい目で見つめるマイカ。
次第に魔王の作り出した空間が消滅していく。
「ぐ……ぐぁあああああああ?!」
やっと体内から外に出ることを許された鮮血が、魔王の腕が付いていた場所から吹き上がる。
遅れてドサッという音を立てながら地面へと転がる魔王の腕。
「言ったではありませんか……切り離すと」
そう言いながら魔王が持っていたクリスタルを無造作に奪い、私の方に近づいてくる。
怖い……今目の前にいるマイカが怖くて仕方がない。
《サクヤちゃん! 今のこの子はマイカちゃんではありません! 逃げるのです!》
無理……腰が抜けて動けないよ……。
マイカ、お願いだからもうやめて……優しいマイカに戻って……
「サク……これさえ破壊できればあなたは満足なのですよね? オトハちゃんが助かればあなたは満足なのですよね?」
「……」
「アタシがもし……オトハちゃんだったら、同じように想ってくれましたか?」
「……」
「アタシはあなたが好きです。あなたを好きになればなるほど……アタシはオトハちゃんを嫌いになってしまいます」
マイカはそういうと再び拳銃を出現させて引き金を引き、クリスタルを破壊した。
同じように眩い光が辺り一面に広がり包み込んだ。
その光が落ち着くころ、私の眉間と自らの頭部へ銃口を突き付けて泣いているマイカの姿があった。
「ごめんなさい……」
「……うん」
「アタシは……自分の想いがわからない」
「……うん」
「アタシは……自分自身が一番嫌いです……」
マイカはそう言うと、両方の拳銃の引き金にかけている指に力を入れた。
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