1-8 戦闘試験
前を歩くフィアに続いて部屋の中に入る。
部屋の中はかなり広く、モニターやキーボードが他の部屋よりも多くあった。
加えて、人が入れる大きさのカプセルが何種類もあり、そのカプセルが五十程も並んでいる。
部屋の隅には通路があり、その先はU字型の観客席と白い金属製のタイルが敷き詰められたアリーナが存在していた。
「ここで試験をするのか?」
雷人が尋ねるとフィアはまた得意気な顔をし、胸を張って答えた。
こういうことには詳しくないが、およそCかDくらいだろうか?
元から主張をしていた胸がさらに強調され、自然と視線がそちらに寄ってしまう。
気付かれないように気を付けなければ。
「ここは仮想訓練室、人の意識をシミュレーターに落とし込んで、実際に戦っているかのような模擬戦闘が出来るわ。怪我を心配しないで戦闘訓練が出来るなんて凄いでしょ? うちの優秀な技術研究所職員と管理人のサリアさんが力を合わせた独自の技術なのよ! サリアさんお邪魔します」
フィアが声を掛けるとモニターの前の椅子がくるりと回ってこちらを向いた。
この人が管理人のサリアさんか。
身長は一メートルくらいで小麦色の肌、厚手の革の衣服に腰には工具を付けていて、手には厚めの手袋を着けている。
イメージとしては髭のないドワーフが近いかな?
「いらっしゃいフィア、フォレオとマリエルも一緒かい。ん? そっちの少年は誰だい?」
「この子がフィアの仕事を手伝いたいって事でね。今日はテストしに来たかな」
マリエルさんがそう言うと、サリアさんはじーっと雷人を見つめ、くるっとモニターの方に向いた。
「新入りの入社テストって事かい。じゃあ試験プログラムを起動するからちょっと待っておくれ」
「あっ、そうじゃなくて。入社するわけじゃないから、形式としては私と試合をする形でお願い」
それを聞くとサリアさんはまた椅子を回してこちらに向き直り、訝しげな表情をした。
「ふむ、訳ありって感じかい? 分かったよ。じゃあ五番と六番のカプセルに入りな」
「ありがとうサリアさん」
「ありがとうございます。宜しくお願いします」
フィアに続いてお礼を言い雷人は頭を下げる。
その後、指定された通りに雷人は五番のカプセルに入って寝転がった。
「それじゃ、うちらは観戦席に行きますので、頑張って下さい。お兄さん」
そう言ってフォレオとマリエルさんが離れて行き、カプセルの蓋を閉めて少し待っていると隣のカプセルから声が聞こえてきた。
随分とはっきり声が聞こえるが、カプセル同士で話せるようになっているのだろうか?
「準備はいい? 私を納得させられないようならすぐに送り返すからね」
「ああ、望むところだ」
俺は覚悟を決め、意気込んでそのように返すと小さな声で返事があった。
「いい返事ね」
「さぁ始めるよ、準備はいいね? 行ってきな!」
サリアさんの力強い声と共に意識が薄れ浮遊感を感じる。
そして、気付くと四方が五百メートルくらいありそうな巨大な部屋に立っていた。
その部屋は全面白色の石に覆われており、天井一面に照明が取り付けられているだけで他には何も無い。
そんな、単純に巨大な部屋といった感じの場所だった。
目の前には十メートル程離れてフィアが立っていて、手を前に突き出し手招きをしていた。
「さぁ開始よ。いつでも来なさい」
フィアは素手で何も持っていないが、良いと言っているのだから大丈夫なのだろう。
「了解。行くぞ」
雷人はフィアに向かって真っすぐに走り出し、牽制に二発電撃を飛ばした。
フィアはそれを素早いステップで躱すといつの間にか手に一振りの刀が握られていた。
そして、フィアは下がる事無く前へと駆け出し、雷人も逃げることなく両手に刃を作り出して駆ける。
すれ違いざまに両手の刃と電撃で攻撃を仕掛けるが、簡単にいなされてしまう。
「あまいっ!!」
「いっぁ!!」
突き出されたフィアの刀の切っ先が雷人の肩を浅く裂いた。
雷人は肩に走った痛みに怯み、咄嗟に距離をとる。
それを見ると、フィアは刀を肩に担ぎ、余裕の表情で再び手招きをした。
「この程度じゃあダメダメよ。隙が多過ぎるし、動きも鈍い……こんなものじゃないでしょ?本気を出しなさい!」
「っつ、あぁ分かってるよ。本番は……これからだ!」
雷人はふぅー、と息を吐き集中するとイメージを練った。
速く、疾く、雷の如く動く自分をイメージする。
今の一回の剣戟で、今までの不良と戦っていた頃のようなイメージで戦っていては勝てない事は十分に分かった。
足りなければ補う。
もっと強い自分をイメージする。
「はあああああぁぁぁぁぁぁ!」
一気に踏み込み地面を蹴る。
両手をこれでもかと速く振り回しフィアの刀に集中する。
弾く、弾く、弾く、弾く、そしてあと一歩で届くと思った瞬間、フィアの姿がフッと消え視界がぐるっと回った。
足に痛みを感じる。
恐らく足を払われたのだ。
その瞬間、時間が非常にゆっくりになったかのように感じられ、フィアの動きがはっきりと見て取れた。
その目が確実に雷人を捉えた。
まずい! まだ足は着いておらず、空中にいて逃げられない!
「これで終わりね」
切りつけようとしていたために、腕は伸び切ってしまっていてガードは間に合わない。
それはまさに完璧なタイミングだった。
試合を見ていたフォレオとマリエルさんも決まったと思ったに違いない。
しかし、フィアの一振りが雷人を切り裂く事は無かった。
カイィィィィン! という小気味のいい音が響き、フィアの刀が床を叩いた。
その一撃の威力を示すように切られた床が砕けて割れる。
「なっ!?」
続く雷人の攻撃を躱すため、フィアは勢いに逆らわずそのまま前転をして距離をとる。
雷人は攻撃を躱されながらもなんとか着地し、体勢を立て直した。
「ふぅー、……あなたの力そんな事も出来たのね」
フィアは雷人の足に目を向ける。
先程のフィアの攻撃が雷人を捉えようとした時、雷人は咄嗟に壁を作って防ごうとしていた。
しかし、無意識のうちに脚での蹴りを放ってしまった。
このままでは足が切り飛ばされるという恐怖からか、足先を覆う刃が想起され、実際に足を覆った刃によってフィアの刀を弾いて逸らしたのであった。
「咄嗟の事だったからな。上手くいって良かったよ」
正直に言えば、狙ってやった事では無いので内心ヒヤヒヤである。
あの刀、床を割っていたからな。
逸らさずにまともに受けていたら、今頃俺の胴体は真っ二つだっただろう。
体が無意識に震える、想像したくもないな。
さて、どうしたものかと考えているとフィアが腰を落とした。
「それじゃあ、今度はこっちから行くわよ。はあああぁぁぁぁ!」
どういうわけか、いつの間にかフィアの持つ刀が二本になっていた。
双刀から繰り出されるその猛攻を後ろに下がりながらギリギリのところで凌いでいく。
「くっ、二本目なんて、どこからっ!」
振られる刀を撃ち落としながらも電撃を放つが、ひらりひらりと躱されて全く当たらない。
そんな状況が数秒続くと、突然フィアはくるりと回り、身に着けていたローブを一瞬で脱ぐとそれを投げつけてきた。
「ぐっ!」
前が見えない! だったら!
雷人は退がったり、前へ出るのは危険だと考え、真上へと跳び上がった。
しかし、ローブの向こうでこちらを見ているフィアと目が合い、動きを読まれていた事を悟った。
フィアは刀の柄に指をかけ、刀身の峰を手で支えていた。
何をしているのかは次の瞬間には分かった。
「メイリード流、一の型・綺羅星っ!」
目にも止まらぬ速さで投げられた刀が飛来し、雷人の左腕を吹き飛ばした。
「うぐああああああぁっ!!」
左腕に走るこれまで感じた事の無い痛みと吹き出す血飛沫、床を濡らす血の雨に頭の中が痛いという言葉で埋め尽くされる。
そして、勝利を確信したのかフィアは刀を地面に突き刺した。
「確かにあなたは弱くは無いわ。でも強くもないのよ。あなたがこの道を行けばそういう痛みに幾度となく晒されるわ。その先には死もあるでしょうね。……それを理解したなら平和な世界へ帰るといいわ。この仕事は好んでするようなものじゃないのよ」
少女はそう言うと手を振って、何やらゲームに出てきそうなウインドウを開いた。
この試験を終了させるつもりか?
確かに力量の差は明らか、絶望的な状況だ。
だが、それでも諦めたくない、まだ、やれる。
その一心で俺は立ち上がった。
「ぐっ、待て、まだ終わってない。戦うって、いうのは……確かにこういう事なんだろうな。それを止めようとしてくれる君の優しさも……、分かる。……だけど、俺は決めたんだ! 誰かを救える人になる。俺は変わる! ……そのために戦うんだ! 考えが甘いのは分かってる。……それでも俺は、諦めないぞ! 俺の夢は、簡単に挫けてたら掴めないからなっ!」
「……これ以上はそんなもんじゃ済まないわよ」
「俺は……馬鹿な事を……してるんだろう。だけど……それ以上に、何も出来ない自分は嫌なんでな! せっかく能力を得たんだ……、こんな所で諦めるわけには……いかない!」
脳内麻薬でも出たのか、痛みが大分和らいできた。
切られた腕の端を能力で作った輪っかで締め付けて止血を行い、さらに腕を形作る。
その先は刃の形をイメージする。
半ば意地になっている自覚はあるが、そんな簡単に諦められるならこんな事はしていない。
痛みに晒されているのに、不思議と高揚感に満たされていく。
「まだ終わってない。……始まってすらいない! はぁ……はぁ……これから、ここから始めるんだっ!」
「……それだけの大口を叩くのなら、証明してみせなさい。あなたの力でっ!」
いつの間にかまた二本の刀を携えたフィアが構える。
それと同時に雷人は前へと全力で駆け出し、フィア目掛けて大きくジャンプした。
その直後、雷人は能力で思いっ切り強い光を放った。
「うおおおおおぉぉぉぉっ!」
「っ!目くらましの放電!? 跳んでからなんて馬鹿じゃないの!?」
フィアは雷人の跳躍から現在位置を予測し、そこに向かって攻撃を仕掛ける。
しかし、フィアの放った斬撃は空を切った。
「えっ! 何で!?」
次の瞬間、雷人はフィアの後ろに着地していた。
そして、瞬時に振り向きながら突撃を仕掛け……勝負は決した。
雷人の刃はフィアの背中の心臓の位置、その少し手前で静止しており、一方雷人は顔以外の全身が氷漬けになっていた。
「……やるじゃないの。……そのまま突き刺せば良かったのに」
「……そうだよな。ははっ、あんなに大口叩いたのに、君を傷つけるだけの覚悟はまだ無かったみたいだ」
「やっぱり甘いわね。……でも、それがあなたらしいのかもしれないわね」
少女は優しい笑みを見せ、そして両手を上げた。