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1-7 志願

 フィアさんの叫びから数分。


 部屋にある四角い机を挟んで、向かい合うように置かれたソファに皆で座っていた。


 雷人が真ん中で右には黒髪ボブカットの少女、フィア・ライナックさん。

 左には青っぽい色の髪で後ろ髪を一本に纏めた女性、シンシアさん。


 向かい側には美しい金髪のマリエル・メイリードさんと耳が特徴的なフォレオ・シレーナ・ライナックさん。


 そのような配置で座っている。

 今は状況の整理と簡単な自己紹介をした所だ。


「で……二人は仕事があって今日は帰らないんじゃなかったっけ?」


 フィアさんが心底疲れたといった表情で尋ねた。

 この二人と俺が遭遇するのはどうも完全に想定外だったようだ。


「本当は今晩一杯くらいまで掛かる予定でしたけど、思ったより早く相手が痺れを切らして突っ込んで来たんですよ。でも良かったです。面白そうな場面に立ち会えて、誤認逮捕とか、いけないのですよ」


 フォレオさんが手をひらひらさせて笑うと、フィアさんが仕方ないでしょ、と気恥しそうに返事をした。


「フォレオ、フィアを揶揄わないの。全く、二人はいっつもこんな感じかな。でも悪い子達じゃないから、どうぞ宜しくお願いしたいかなぁ。それにしてもフィアが男の子を連れて来るなんて、マリエル姉さん感激かな」


「フィアは友達もろくにいませんしね。もうゾッコンなんです?」


 などと、涙ぐむマリエルさんと揶揄っている様子のフォレオさん。

 それに、フィアさんも負けじと言い返す。


「友達少ないなんて、フォレオだって同じでしょ! っていうか、本当に私の話聞いてた!?」


 何となく、この三人のお互いに対するスタンスは理解出来たと思う。


 このくらいなら普通の姉妹って感じでもあるが、どことなく壁を感じるのはなぜだろうか?

 フォレオさんの声色が、茶化しているにしては落ち着いているからそう感じるのだろうか?


「まあまあ、フィアさんもフォレオさんも落ち着いて、仲良く、仲良く」


 とりあえず、そんな中に放り込まれた身としては落ち着かないので、ヒートアップし過ぎないように取り持とうとする。


 すると、それ以上は抑えてくれたようで、前のめり気味だったフィアさんはソファにもたれ掛かった。


「……さんはいらない。フィアでいいわ。タメ口でいいわよ。多分年も大して変わらないでしょ?」


「うちもフォレオでいいですよ。よろしくお願いします。お兄~さん」


 フィアは手を頬に添えて、フォレオは笑顔で言ってくる。

 どうやら喧嘩には発展しないようなので、雷人はほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあお言葉に甘えて、二人ともよろしくな。それにしても二人はあんまり似てないみたいだけど、姉妹だったんだな。そのライナックっていうのは名字なんだろ?」


 雷人がそう言うと二人の間に少し剣呑な空気が流れたような気がした。

 ヤバい、地雷を踏んだろうか?


 もしかして、腹違いって奴だったりする?

 雷人が冷や汗を流しているとフィアが口を開いた。


「まあ、そうね。ライナックっていうのはパパの家名だから。フォレオは家族よ」


「……そうですね。うちらは血の繋がりがあるわけでは無いですけど」


 ……やはり触れてはいけない類の話だったようだ。

 こういう問題は外野が何も考えずに踏み込んでいい問題では無いだろう。


「悪い。知らなかったとはいえ失礼な事を聞いたな」


 雷人が謝るとフィアがそっけない風に手をひらひらとさせた。


「別に私達はそんなに重く捉えている話じゃないから、謝る必要は無いわよ」


「そうそう二人はちょっとした反抗期みたいなものかな。姉妹ではよくある事でしょ? 四年くらい前までは二人ともすっごく仲が良かったかなぁ。寝るのも一緒、お風呂も一緒、たまにはトイレだって……」


「「さすがにそれはないわよ!?(です)」」


 二人は同時に突っ込む。

 案外息もぴったりだしマリエルさんの言うように一時的なものなのかもしれない。


「ほら二人ともはもっちゃって、可愛いかな!」


 マリエルさんはホンワカといった感じの笑みを浮かべ、二人は顔を赤らめながら顔を背けている。


 うん、そうだな。確かに可愛い。


「世間話はもういいわよね! 事情の説明も終わったし、雷人、あなたを家まで送るわ。そしたら今日のことは忘れて他言はしないこと。良いわね?」


 フィアが立ち上がり雷人を見てそう言った。

 だが、俺はやはり今日の事を見なかった事になど出来ないと思った。


 国が機密として抱えている問題に首を突っ込む事は危険だろうし、ともすれば自殺行為だろう。


 俺が何もしなくてもフィア達が解決して、事なきを得るものなのかもしれない。


 でも、俺は知ってしまった。

 その事実は簡単には無くならない。


 昔から、俺は人助けがしたいと思っていた。


 その動機自体は、人を助けたという自分に浸りたいだとか、そういった欲に塗れたものなのかもしれない。


 以前は、他人の不幸である事件を願ってまで、その欲を叶えたいと考えた自分に失望した。

 そして、一度はその憧れを諦めた。


 だが今、目の前には実際に大きな危機がある。

 邦桜政府が宇宙警察ポリヴエルにまで助けを要請するような何かが。


 動機は不純かもしれないが、それを解決しようとすること自体は悪い事では無いはずだ。


 一度消えてしまった熱が、再び燃え上がるのを感じた。

 俺はこれをずっと待っていたはずだ。


 ここで動かなくて、一体いつ動くというのだろうか?

 目の前に現れた夢は手を伸ばせば届くのだ。


「待ってくれ」


 そう思うと口は勝手に動いていた。


「今、邦桜に危機が迫ってるんだろ? だったら、俺にも手伝わせて欲しい」


 そう言った瞬間、その場にいたそれぞれが各々違う表情を浮かべた。


 シンシアさんは驚き、フォレオは笑みを浮かべ、マリエルさんは目を爛々と輝かせ、フィアは睨んできた。


 雷人の申し出を聞くとすぐにフィアは雷人の胸倉を掴んで持ち上げた。


 予想して無かった事態に雷人は目を丸くする。

 首が閉まって苦しい。


 ここまで見て来た限りではフィアは感情的に暴力を振るうようなタイプには見えなかった。

 しかし、フィアの表情は真剣そのもので、気を抜けば呑まれてしまいそうだ。


「自分が今何を言ったのか理解してる? 私は力も覚悟も無いのに首を突っ込んで、自ら命を捨てるような人が嫌いなんだけど?」


 突然のフィアの変わりように雷人は怯んでしまうが、なんとか彼女の手を振り解いて息を吸い込む。


「戦う覚悟なら……さっきの戦いでした。もう足を引っ張ったりなんてしない。自分の故郷の危機に立ち上がらないなんて……俺には出来ない!」


 俺は息を整えながらも叫んだ。


 この言葉はただの綺麗事だ。

 自分でもそう理解している。


 だけど、この機会を、自分で選択出来る機会を諦めてしまったら、俺はこれから先もそんな風に色々な事を諦めて生きて行ってしまうだろう。


 今日まで何の目的も持たずに生きて来たように。


 どうやら俺は、自分で思っていたよりも欲張りな人間だったようだ。

 目の前にある機会を諦め続ける人生なんて、耐えられそうもない。

 その時フォレオが立ち上がった。


「いいんじゃないですか? その覚悟が本物なら、否定するのは無粋ですよ」


「フォレオは黙ってて」


 フィアの冷たさを纏う一言にフォレオは不機嫌そうな顔をするが、フィアは止まらずに話し続ける。


「あの戦闘で分かったでしょ? 戦いには命が掛かってる。軽い気持ちで言われるのは迷惑なのよ。一瞬の油断で死ぬ事なんて当たり前の世界よ。本当に、あなたにその覚悟はあるの?」


「……」


 フィアの一言に体が錘でも付いたかのように重く感じられた。


 死。


 能力を使用して戦いに身を投じれば、否応無しにそれは関わってくる。


 自分が誰かを守っている姿ならば何回も想像をしたことがある。

 しかし、それは漠然としたものだ。


 死というものは実際にその淵に立たないと現実として認識するのは難しい。


 恐らく、フィアはそれを知っている。

 普段から肌で感じているんだ。


 だからこそ、今こうして忠告をしてくれているのだろう。

 その言葉に目の前の少女の優しさを感じた。


 確かに荒事があれば、必ず無血で終わるなどありえない。

 死ぬ可能性だってある。


 だけど……。


「確かに、覚悟は……まだ完全には出来てないかもしれない。それでも、ここで引いたら俺はきっと後悔する」


「覚悟が出来てない人は実際に死を目の当たりにした時、動きが鈍る。あなたがここで後悔しない事は本当に命よりも大事な事なの? そうなった時、本当にあなたは後悔しないと思うわけ?」


 紛うことなき正論だった。


 自分は誰かを守るために命を懸ける事が本当に出来るだろうか?

 自分のための欲望で動いているような男に。


 分からない。

 分かるわけが無かった。


 自分の命を掛けた事なんて、さっきまで無かったのだから。

 だが、俺はあの時、彼女を助けるために動く事が出来た。


 今は自分の承認欲求のためにこんな事を言っているが、やっているうちに命を懸けてでも誰かを守りたいと、本気で思えるようになるかもしれない。


 そうであれば、変われるのならば、俺は変わりたい。

 そういう気持ちがあるのも事実なのだ。


 出来る事なら、少しの後ろめたさも無く自分を誇れるような、そんな自分になりたい。


 変わるのにリスクが必要なんて当然の事だ。

 それを背負う気概も無く、口先ばかりで生き続けてきたのが昨日までの自分だ。


 今ここで引いてしまったら、きっとこんな機会はもう二度と無い。


 自分勝手も上等だ。

 引くわけにはいかない。


 そう決意し、俺は息を吸い込んだ。


「例え後悔するとしても、俺は、変わりたい! これはその一歩なんだ!」


「……」


 俺の答えにフィアが無言で俺を睨みつけ、静寂が場を支配する。

 そんな中、マリエルさんが口を開いた。


「ほら、そんなに意地悪言わないで、せっかく立候補してくれてるんだからテストでもしてみたらどうかな? 最初っから覚悟が出来てる人なんてそうそういるわけじゃないし、やってみないと分からない事もあるかな。それに、今はフィアしかいないから手も足りてないのは事実だし、一度試してあげたら良いんじゃないかな?」


「またマリエル姉さんは……」


 フィアはマリエルさんの言葉に頭に手を当てた。


 流れが変わる、あともう一押しだ!

 御大層な言葉なんていらない、ただ自分の気持ちを、畳みかけろ!


「俺は、皆程の覚悟は……多分出来てない。だけど、それでも変わりたいんだ! 俺にチャンスをくれ! 頼む!」


 俺は思いっ切り頭を下げた。

 俺は変わりたい、だけど、気持ちだけじゃどうにもならない。


 変わるために努力するには、環境が重要だ。

 僅かでも変わる自分が想像出来る、努力が報われる可能性が見える。


 そんな環境があれば、俺ももう折れることなく努力が出来る。

 そう思えるのだ。


「いいじゃないですか、盛り上がってきましたね。お兄さんがどれくらい強いのか興味ありましたし、うちはテスト大賛成ですよ。で、誰がやります? うちがやりますか?」


 フォレオが声のトーンが低めのまま一人盛り上がり、シンシアさんは流れに任せますといった諦めの表情をしている。


 フィアが一歩前に出ると小さく手を上げた。


「はぁ……さっき言った言葉は嘘じゃないけど、脅したのは悪かったわ。一応諦めの言葉は口にしなかった事に免じてテストはしてあげる……」


「いいのか!? ありがとう!」


「……私が使うのは剣のみで能力は使わない。現実の伴わない言葉に意味は無いわよ。成したいと言うのなら力を示しなさい。剣だけの私に手も足も出ないようなら話にならないわ。その時は諦めてもらうから」


 フィアはそう言うと付いて来いというように手招きをすると部屋を出ていく。


「フィアがやるんですか……」


「ふふっ、何とかなったかな。さぁ雷人君、力の見せ所かな。是非フィアに認めさせて、あの子の友達になって欲しいかな」


 フォレオは意味深な視線をこちらに向け、マリエルさんはそんなことを口にする。

 どうも、それぞれ考えがあるらしいな。


「はは、マリエルさん。やけに押してくれると思ったら、それが目的だったんですか?」


「大切な事かな。切磋琢磨する相手、辛い時に頼れる相手、楽しい時間を共に過ごせる相手。生きていくうえで友人の存在は重要よ。君がそんな存在になってくれる事をお姉さんは祈ってるかな」


「お兄さん、ちょっとは期待してますから、いいとこ見せて下さいね?」


「……期待に沿えるよう頑張るよ」


 さて、ようやく巡って来たチャンス、退屈な人生を変える第一歩だ。

 雷人は頬を思いっきり叩いて気合を入れると部屋から一歩を踏み出した。

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