1-3 未知との邂逅
雷人はまだ小さかった頃にとある事件に巻き込まれ、特殊治安部隊の隊員に助けられた。
その隊員は皆から感謝され、有体に言ってカッコよかった。
それは幼い雷人の目に輝いて映り、自然と誰かを救うという事に憧れを持つようになった。
とはいえ、そんな憧れを持ったところで、幼い雷人はごっこ遊びをするくらいしか出来ない。
その感情は時と共に風化していくはずだった。
しかしある日、転機が訪れた。
雷人にも超能力が発現したのである。
この時、ただの憧れは目標へと姿を変えた。
それ以来、雷人は超能力を磨き、事件を探すようになった。
しかし、大きな事件が身近で起きることなど、そうそうあるわけもない。
あったとしても実際に対応するのは特殊治安部隊だ。
一般人には、憧れた誰かを救うという事など出来はしないのだ。
そして、何も出来ないままに月日が流れた。
ある日、雷人は自分が人を助けたいがために、事件の発生を望んでいるという矛盾に気付いた、気付いてしまった。
雷人は思った。
自分は人を助けたいのではなく、ただ人を助けている自分に浸りたかっただけではないのか?
そんな風に考えるようになったのはいつからだろうか?
そんな事を考える内に、雷人の中から人を助けたいという情熱は少しずつ薄れていった。
当たり前ではあるが、邦桜では基本的に決められた状況以外での能力の使用は認められていない。
椚ヶ丘の生徒になった頃、雷人は不良に絡まれていた学生を見つけ、ふと昔、人を助けたいと思っていた事が頭を過った。
それは完全に気紛れだった。
雷人が能力を使って不良を追い払った事が学校にバレると、雷人は生徒会室に呼び出された。
当然、無許可での能力の使用を注意され、罰を受けるものと思っていたが、下された決定は謹慎や停学といった罰則では無かった。
特殊治安部隊は人数が少なく、また邦桜本島の治安維持を主としているため、ラグーンシティにはほんの数人程度しか常駐していない。
そのため、細かな事件にまでは対応する事が出来ない。
そこで、各学校の生徒会には特殊治安部隊の手伝いが課されている。
それぞれ割り振られた地域の自治を任されているのだ。
そして、生徒会長はそれを手伝う事を雷人に課した。
せっかくある能力を使う機会が無くて燻っていたんだろう?
そこに生徒会からの能力使用許可を貰えるというのだから、願ったり叶ったりじゃないか。
というのが生徒会長の言い分だ。
勝手な言い分に少しばかりイラっと来る。
絶対楽したいだけだろ……。
雷人は目標を失ってからも、なんとなくの習慣で能力を磨いていた。
それ故に、名門である椚ヶ丘に入学出来たわけだが、せっかく持った能力を使いたいという気持ちは捨てる事が出来なかった。
罰を見逃して貰えるうえに実際に使える場を貰えると言うのなら、貰っておいてやるか。
そんな軽い気持ちで生徒会の手伝いを了承して早一年。
今日も今日とて不良退治の依頼をされたのだった。
何でも不良のグループが侵入不可区画にたむろしているから追い出して欲しいとの事で、雷人はその場所に向かっていた。
雷人達の学校がある区画は町の中でも外側に位置しているのだが、侵入不可区画はそのさらに外側、長い橋が架かっていてその先にある。
昔は人が住んでいたらしいが、何年も前に何かの事故が起きたとかで住民は退居させられ、以来ずっと立入禁止となっているらしい。
町から隔絶されている寂れた町という印象のその区画は、いかにも不良の好みそうな雰囲気がある。
橋を歩きながら雷人は一人溜息を吐いていた。
能力を使える場が貰えるのは良いのだが、不良の相手は正直飽き飽きしていた。
一年もの間似たような事をしているのだ。
テンションを上げろという方が無理な話だろう。
これだって、昔抱いた憧れ。
人助けの一種ではあるが、不良退治などあの憧れには程遠い。
能力を持ってしまった者としては大怪獣では無いにしても、漫画みたいにもっと派手な事件を解決してみたいものである。
ふと雷人は歩いていた足を止め、立入禁止と書かれているテープを持ち上げて中へと入っていく。
「……ここが侵入不可区画か。初めて来たけど……随分と荒れてるな」
見ると周りには崩れたビルの瓦礫などが散らばっており、ほとんどの建物が廃墟同然である。
アスファルトはひび割れているし、廃墟の壁には弾丸でも打ち込んだような跡がたくさんあった。
不良がたむろする場所としてはなるほど、確かにお似合いなのかもしれない。
このような跡が残っているのならば、何らかの能力を使用した戦闘があった可能性を考えるべきだろうか?
不良になるような奴に高レベルの能力者はあまりいないはずなので、気にする必要はないとは思うが、万が一があるかもしれないしな。
「……少し慎重に行くか」
雷人は付近の三階建ての建物の壁にさっと寄ると、跳び上がった。
そのまま、空中に足場を作り出してもう一度跳び、屋上に着地した。
そのまま周りを警戒しつつ建物の屋上から屋上へと飛び移っていく。
しばらく奥の方へと進んでいくと前方から銃声のようなものが聞こえ、何やら土煙が上がっているのが見えた。
「銃声? ただの不良が銃なんて持ってるのか?」
ここは超能力者が通う学校の集まる島、ラグーンシティ。
能力を使用して暴れる者が現れる事はあっても、銃声を聞く機会などほとんど無い。
まさか、銃を生み出すような能力を持った不良がいるのだろうか?
だとすれば一層油断する事は出来ない。
加えて、発砲しているという事は不良間の諍いでもあったのかもしれない。
いつもよりも面倒な事になりそうだ。
そう思いながら音のする方へ進んでいくと、前方の建物の陰から不良が数人、慌てふためきながら駆け出してきた。
雷人はすぐに建物から飛び降りて不良達の前に着地した。
すると不良の一部は腰を抜かし、残りは腰は引けているが身構えた。
「な、何だってんだよぉ! くそっ! やろうってのか!」
「落ち着け。俺はあの銃声とは別口だ。一体何があったんだ?」
「し、知らねぇよ。いきなり変なロボットが襲ってきやがったから、逃げて来たんだよ!」
「ロボット? 能力者が暴れてるんじゃないのか?」
雷人が質問をした次の瞬間、奥の方で大きな爆発音が響いた。
それを聞いた不良達はビクッと震えた後、悲鳴を上げながら弾かれたように逃げ出してしまった。
「あ、おいっ! くそ、一体何が起きてるんだ!?」
何が起きているのかさっぱり分からないが、なんにしても異常事態だ。
ここまでの大事となれば生徒会の領分ではない。
完全に特殊治安部隊が対処するレベルの案件だ。
本来なら引き返すべきだが、もしまだ誰かが残っているのならば助けに行くべきではないのか?
過去に捨てた憧れが再び頭を過る。
俺はこんな時に人助けが出来る。
そんな人になる事に憧れていたはずだ。
そうは思ったのだが、いざとなると体が動かなかった。
今回のはいつもの不良退治とは違う。
銃声や爆発音がする時点で、これは死ぬ危険の高い事件だ。
特殊治安部隊の活躍した事件等をニュースで見て、何度もこのような場面をイメージはしていたが、いざその状況になると足が動かない。
そんな自分が情けなかった。
その時、前方でまた爆発が起きた。
動けないまま舞い上がる土煙を睨みつけていると、後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「おーい。雷人ー!」
見知った二人組が小走りで走ってくる。
あれは空と……朝賀さん?
「二人とも何でこんな所に……!」
「偶然案内してる時に生徒会室の前を通って、悪いとは思ったけど、何をしてるのか気になったから話を盗み聞いたんだ。そしたら朝賀さんが心配だって言うから付いて来たんだけど……」
「二人とも、そんな悠長に話している場合ではないです! 爆発! 爆発が起きているじゃないですか! ここにいたら危険です! 早く逃げましょう!」
朝賀さんが爆発が起きている方向を指差しながら真剣な表情で言う。
その剣幕に少し圧倒されて一歩後退ってしまう。
先程までは迷っていたが、逃げる方へと心が動く。
そうだ、人助けに憧れた事もあったが、俺はただの学生だ。
命を危険に晒す必要は無い。
「そ、そうだな。よし、避難を……」
そこまで言った時、背後の建物が突然大きく崩れた。
そして、舞い上がる土煙の中から大きな影が滑るようにして飛び出して来た。
雷人はその時、何が起きているのか瞬時に理解出来なかった。
「……は?」
巨大な影はキュルルルルルルと音を立てながら、何かをこっちに向けて突き付けていた。
漫画やゲーム内の、空想上の物としてしか知らない。
現実に見た事など一度も無いが、それが何なのか分かってしまう。
それは先程の不良が言っていたように、まさしくロボットだ。
五メートルはあるであろう巨体からは二本のアームと脚部が伸びていて、脚部にはキャタピラが取り付けられている。
二本足で立ってはいるが人型というわけではなく、おおよそ卵型の本体にアームと脚を取り付けただけ、といった風体である。
あまりにも現実感のない状況に雷人はそれを瞬時に現実として認識する事が出来なかった。
しかし、その装甲の金属特有の鈍い光沢やアームの先に取り付けられているガトリングが、これが現実の脅威であることをありありと突き付けてくる。
理解してしまうと途端に明確な恐怖が襲い掛かり、全身を鎖で縛りつけたかのように自由を奪った。
そして、雷人達に向けて持ち上げられたガトリングが火を噴いた。
アスファルトに刻み付けられる弾痕は凄まじい速度で雷人達に迫って来る。
後ろから空や朝賀さんの叫ぶ声が聞こえる。
逃げろ、危険だと頭で叫ぶが、恐怖は足を鉛のように重くし、まるで沼に足を突っ込んでいるかのように動かない。
一歩後退るのが精一杯だった。
一瞬先の死を感じたその時、これまで能力を磨いてきたのに、結局何も出来ずに死ぬ事。
自分がここに来た事で空や朝賀さんまで巻き込んでしまった事の後悔で頭が一杯になる。
もはや雷人には言葉にならない声を上げる事しか出来なかった。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
しかし、次の瞬間雷人達に死が訪れる事は無かった。
「はああぁぁぁぁっ!!」
突然大声をあげながら飛び出して来た小さな影が巨大ロボットを蹴り飛ばしたのだ。
雷人に迫っていた銃弾はそれによって横に逸れ、雷人の頬を掠めていった。
頬がじんわりと熱くなり、一筋の血が流れる。
「んなっ……」
小さな影に蹴り飛ばされた巨大ロボットはその先に建っていた廃ビルへと突っ込み、一瞬のうちに廃ビルごと氷漬けにされていた。
突如目の前で起こった予想外の事態に雷人は目を丸くする。
ロボットを蹴り飛ばした小さな影へ反射的に目をやると……。
「女の子……?」
そこには黒いローブを羽織り、胸の部分をリボンで止めている。
首にはマフラー、下はミニスカートといった服装の少女がいた。