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1-2 編入生

 なんとかギリギリで教室に滑り込んだ。


 席は自由で、仲の良い者達で固まって座る事が出来る。

 とりあえず、周りがまだ埋まり切っていない席を発見してそこに着席する。


 教室の中は冬休みをどう過ごしたとか、担任は誰だろうとか話している人が多く、少し浮足立った雰囲気が感じられた。


 空は俺の前の席に座ると振り返り、嬉しそうに笑顔で話しかけてきた。


「ふぅ、間に合って良かったね」


「だな。それに、ギリギリだったのに上手いこと席が取れて良かったよ。空とはいつも前後になるのが定位置だからな」


 雷人と空は幼馴染で小中はいつも同じクラス。

 この学校は三年間通してクラスも変わらないので小中高、全て同じクラスという事になる。


 しかも雷人の名字が成神なるかみ、空の名字が時和ときわであるため、小学校の頃から席が前後になるのは雷人達の間では恒例となっていた。


 その時、教室のドアが開く音がして、教室にいた生徒達は皆そちらに注目する。


「さぁ、ホームルームの時間だ。皆早く席に着きなさい」


 そこには爽やかで落ち着いた雰囲気の青年が立っていた。


 青年はスラリとしていて高身長、さらさらしている黒色の髪に黒いメガネを掛けていた。纏っている雰囲気はいかにも仕事の出来る好青年といった感じだ。


 周りの生徒達は(特に女子生徒達は)恐らく担任であろうその青年を見て、カッコいいだのイケメンだのと口々に賛辞の言葉をあげていた。


 雷人達は今年で二年生となるわけだが、このような先生がこの学校にいただろうか?


 いや、知らないな。

 まぁ別に教師を全員知っているわけでもないのだが、と何気なく考えていると突然後ろの席の男子が雷人の肩を叩いた。


「おっす、雷人」


「あぁ、隼人か。おはよう」


 挨拶をしてきた少年の名前は新島隼人にいじまはやと、彼とは去年からの付き合いで去年も席が前後だったので、仲良くしている。


 後ろはさっきまでは空席だったから、移動して来たんだな。

 そんな事を考えていると、隼人がズイッと身を乗り出してきた。


「春休みはどうしてたんだ? どうせお前の事だから、ずっと家でダラダラしてたんだろ」


「まぁ、別にやる事も無かったしな。隼人だって似たようなものだろ?」


「いやぁ、俺はお前と違って青春してるからな。部屋で一人ダラダラしてるなんて、そんな不毛な事はしないぜ。やっぱり、長期休みは外に出てナンパに限る!」


 若干決め顔を作ってそう言った隼人を呆れ顔で見ながら雷人は尋ねた。


「で、成功したのか?」


「いや?」


 隼人は清々しいほどにはっきりと失敗を告げた。


 ナンパをしたいわけではないが、そんなことをする勇気のない雷人としては見習った方が良いのだろうかとも思う。


 いや、やっぱりないかな。


「だろうな。気にしなくていいよ。お前じゃなくても多分成功はしてないだろうからな」


 雷人は心の籠ってない声で慰めの言葉を口にした。


「まぁ、そんなに気にはしてないけどな。恐らく時代が俺に着いてこれっ……」


 隼人の言葉は突然飛んできた白くて短い円柱状の棒、チョークによって遮られた。

 見ると爽やかな顔に殺気を込めるという器用な事をしながら青年がこちらを見ていた。


 その新しく担任になるらしい先生の声が響き渡った。


「えー皆さん初めまして。今日から一年間、このクラスの担任をさせて頂きます。夕凪晴馬ゆうなぎはるまといいます。今年度からこの学校に勤める事になったので、まだこの学校について知らない事も多いです。色々迷惑をかける事もあると思いますが、宜しくお願いします。あと私を無視して別の事をしているような生徒にはしっかりと注意をさせて頂きますので、よ・ろ・し・く」


 担任の夕凪先生はそう言うとこちらに視線を送る。笑顔なのが本当に怖い……雷人と隼人はこの人が話している時は静かにしようと心の中で決心した。


「……で早速ですが、私と同じように今年度から編入してきた生徒がいます。今日から君達と同じくこのクラスで学ぶ事になります。ぜひ仲良くしてあげて下さい。それでは中へどうぞ」


 先生の挨拶を静かに聞いていた生徒達は編入生と聞くとたちまちざわつき始める。


「編入生が来るのか! 俺編入生とか初めてだよ。どんな子だろ、可愛い子だといいなー」


「おいおいハードル上げてやるなよ。漫画じゃないんだからさ、冴えない奴だろ?」


「キャーイケメンだったらどうしよー」


「こういうのはやっぱり緊張しちゃうねー」


 皆好き勝手に騒いでいるが、この雰囲気だと入り辛い事この上ないだろ。

 編入生には同情するばかりだ。


 するとようやく意を決したかのように教室の扉がガラッと開き、一人の少女がつかつかと速足で入ってきた。


 少女は夕凪先生の隣に立ち、皆の方を向くと自己紹介を始めた。


「はっ、初めまして! 朝賀唯あさがゆいと申します! 分からないことばかりなので、色々教えてくれると嬉しいです! 宜しくお願いしますっ!」


 と若干上ずった感じになりつつもはっきりとした口調で挨拶をし、思いっきり頭を下げた。


 その少女はふわっとした肩くらいまでの長さの黒髪が特徴的で、見た目は大人しい感じの印象を受けた。


 ちょっと緊張しているみたいだが、その瞳はどことなく芯の強さを感じさせた。


「えーそういうわけで、皆仲良くするように、席は……ではそこの空いてる席に座って下さい」


 夕凪先生は雷人の隣の空いてる席を指す。すると、朝賀さんはすたすたと歩いて来て、席まで来るとこちらを向いた。


「えっと、隣の席ですね。これから宜しくお願いします」


「ああ、よろしく」


 朝賀さんはぎこちなく微笑んだ。

 普段あまり女子と話す事も無いので、ちょっとそっけない返ししか出来なかったのは仕方のない事だろう。


「えーこの後は始業式が第一演習場で執り行われるので、これからそちらに向かいます。退屈でも寝ないようにお願いします。朝賀さんはその後にでも誰かに校舎を案内して貰って下さい。それでは、全員廊下に出て整列」


 皆が先生の指示に従って外に出ていく中、雷人も立ち上がって移動しようとすると朝賀さんが勢いよく立ち上がった。

 そして、雷人を何か言いたげに見てくる。


 何だろうかと見返していると、なんだか見つめ合っているみたいで恥ずかしい。

 いつまでもそうしているわけにもいかないので、雷人が移動しようと立ち上がると、ようやく朝賀さんが口を開いた。


「あのっ! あっ……えっと、その……、すみませんが後で学校を案内して頂けませんかっ!?」


 朝賀さんは緊張しているのか頬が赤くなっている。


 一応キョロキョロと見回してみるが、朝賀さんの向いてる方向で一番近いのは雷人だ。

 人違いということはまず無いだろう。


 雷人は咄嗟にいいよと言いかけたが、ふと生徒会室に呼ばれていた事を思い出した。


「あー悪い、今日は生徒会室に呼び出されてるんだ。だから、案内は出来そうにない」


 謝りながら案内が出来ない事を告げると朝賀さんは残念そうにしながら、そうですかと俯いてしまう。


 俺が悪い訳ではないと思うが、これは何とも申し訳ない気持ちになる。


「そうだな……今日は無理だが別の日でも良ければ案内するよ。早い方が良いだろうし、他の人に頼んだ方がいいとは思うけど」


「いっいえ、その……私、ちょっと知らない人に自分から話しかけるのが苦手で、ですね。さっき話しかけた時も結構勇気を出しました。えっと……なので、出来ればあなたにお願いしたいのですが、駄目でしょうか?」


 そう見上げるような感じで言ってくる。

 上目遣いはダメだって、強力過ぎる。


 まぁ断る理由も無いし、と了解の意思を伝えようとすると、二人組が間に割り込んだ。


「そしたら僕等が案内するよ」


「俺達が案内するから任しとけ。俺達は雷人みたいに薄情じゃないからな」


 と空と隼人が立候補してきた。

 誰が薄情だ、誰が。


「えっと、いいんですか?」


 少々びくびくしながら返事をする朝賀さんに二人は笑顔で勿論と答えた。


「僕達は雷人の親友だからね。仲良くしようよ」


「そうそう、ダチは多いに越したことはないからな。世の中を生きていくには横の繋がりは重要なんだぞ?」


「ありがとうございます。そう言って頂けると本当に嬉しいです。初日からこんなに友人が増えるなんて、初めてです」


 と表情が明るくなるのが見てとれた。

 何はともあれ、これで一安心だな。


「じゃあ頼む。真面目にやれよ?」


「そこの四人。仲良くなるのはいいですが、話してないで早く並んで下さい」


 突然しびれを切らした先生の声が聞こえ、そちらを見る。

 そして、怒ってますと言わんばかりの笑顔を見た雷人達は慌てて廊下に飛び出したのだった。


 さて、お約束の長い校長先生の話に耐えてなんとか始業式を終え、その後のホームルームもつつがなく終了し、昼になった。


 今日のカリキュラムはこれだけなのでもうここからは自由行動となる。

 皆に囲まれ質問攻めされている朝賀さんを空達に任せ、雷人は生徒会室へ足を運んでいた。


 ドアの前まで来ると三回のノックを行い、返事を待って中に入る。


 生徒会室内は様々な資料がしっかりと整頓されて周囲にある棚に収納されており、年度ごとに纏められたその様子はものぐさな生徒会長からは信じられない光景だった。


 どうせ他の役員によるものだろうけどな。

 中は簡易的でU字型に配置された机と椅子が五脚置かれているのみだった。


 なぜか一脚だけ妙に豪華な椅子だけど……。

 その豪華な椅子には生徒会長が座っていて、その横には一人の女性が立っていた。


 室内なのにベレー帽を被り、ネックウォーマーまでつけている。

 この学校は制服はあるが、能力者の性質への対応の考えから服装は自由なので別に問題はない。

 とはいえ、やはり異質と言わざるをえないだろう。


「やぁ、いらっしゃい雷人君。来てくれて嬉しいよ」


「どうも生徒会長。……いつも思ってたんですが、あなたと……そこの彼女以外の生徒会役員を見た記憶がないんですが、どこにいるんです?」


「ん? 気になるかな? まぁどうということはないよ。僕が指示を出して動くのが役員だからね。ここにわざわざ集まる必要もないだろう? それだけのことだよ。……そうだ天音君、これまで自己紹介した事が無かったよね。この機会にしたらいいんじゃないかな?」


 生徒会長は隣に目をやり、少女に促した。

 すると、少女は少し考えると頷いた。


「……言われてみればした事が無かったですね。私は生徒会長のお世話役兼護衛をしています。会計の天音光葉あまねみつはと申します。今後とも宜しくお願いします」


 そう言ってあまり心の籠ってなさそうな様子で笑顔を向けてきた。


 お世話役とか護衛とかって何だよ、生徒会長にそんなものが必要なのか?

 そうは思ったが口には出さなかった。


「荒事関連の雑用をさせられている成神雷人です。宜しく」


「さて、自己紹介も済んだところで本題に入ろうか」


 雷人の嫌味を気にする素振りもなく、生徒会長は机に肘をついて手を組み、そこに顎を乗せながらにやりと笑った。

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