表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

思い出、または苦痛

この街を堪能しながら3日後に迫る船の出航に向けて準備をします。といっても魔法の練習とメノウとの仲を深めるくらいですが。


この街とマカシャ先生とお別れするのは少し…いや尋常ではないくらい寂しいですが、万が一追っ手が来ていたら大変です。シャリア様への念押しも少しこころもとないですし、何より私のお兄様とヤンデレ騎士団長がどうするか分かりません。


私のお兄様、ウェストル・フォン・ルーベストは「溢れる愛を受けとめて」の攻略対象の1人。黄昏色の目に私と同じアメジスト色の髪を持つ美丈夫さんです。


ゲームの表ルートでは私のことを酷く嫌っていましたが、上手く攻略というか仲を修復すると裏ルートでは心強い味方になってくれます。

むしろまずお兄様との仲を修復しなければ攻略を開始できないほど大事な役割のサポートキャラです。


私は攻略に奮闘するため、お兄様との仲を取り持ちました。

お陰様で今や本当に仲の良い理想の兄妹です。…もう会えませんが。


自由を手に入れる代わりに、私は全てを捨ててきたのです。




お兄様は攻略完了するとかなりのシスコンと化します。それこそ妹がいるから結婚などしないと言ってのけるほどです。

その私を国外追放にした殿下…どうかご無事で…!

私が知ったことではありませんが。


そのお兄様と懇意にしてらっしゃるのが、ヤンデレ騎士団長ことベルザーク・ベガート様。お城を守る騎士の花形、近衛騎士をまとめる凄腕の団長さんです。彼も攻略対象の1人。濡羽色の目と髪の冷たくてクールそうな顔の彼ですが、とても温かくて優しい性根の持ち主です。王太子殿下の婚約者としてお城に出入りしていた頃は良くしてくださいました。


…いつからでしょうか。あんなに狂った愛をぶつけられるようになったのは。優しかったベルザーク様を返して欲しいです。


私は穏やかな港を見ながらあの頃を思い出し、感慨にふけるのでした。


-----------------


ちょうど私が覚悟を決めて戦場に飛び込み、ベルザーク様の同僚の方ーーリュート様を身を呈してかばった後くらいでしょうか。あの時は背中をざっくりと切られて意識が朦朧とする中、意識を失ったリュート様を陣地まで送り届けて森に隠れ、背中の応急処置をしていました。


「まずい…」


森の木々がぐわんぐわんと揺れています。手が震えて上手く包帯が巻けません。血をたくさん失ってしまったからでしょう。どうやら背中の傷は骨まで届いているようです。風が吹く度激痛がして昏倒してしまいそう。


空の扉からポーションを取り出そうとしますが、魔力を失いすぎて魔法を発動できません。魔法が使えなくなってしまうことを想定していませんでした…。迂闊です。


視界が暗くなってきました。早く魔法を発動しないと死んでしまうかもしれません。


死ぬかもしれない恐怖に涙が込み上げてきます。


私はいったい何をしているんでしょう。

こんなに死にそうな思いをしてまで断罪フラグを折らなければならないのでしょうか?死ぬ未来を回避するために死にそうになるなんて、本末転倒です。


誰にも言えない孤独な戦い。信じられるのは己と断罪ルート回避の情報のみ。信頼できそうでも一歩間違えたら敵に回る人だらけ。

思えば思うほどお涙頂戴な私の人生…涙が止まりません。


ついでに血も止まりません。やばい、前世で死んだおばあちゃんが手を振っています。ああ…私もう行かなきゃ…


はっと我に帰ります。まだここで死ぬわけには行きません。今までの私の努力は何だったのです!しっかりしなさい、私!


血とともに流れ出ていく魔力を必死につなぎ止め、魔法を起動します。


辛うじて発動できた空の扉からポーションを沢山取り出してがぶがぶ飲み、背中にもかけます。持ってきてよかった、最高品質ポーション!


あっという間に傷が塞がり、魔力も幾分か回復しました。痕は残ってしまいますが、仕方ありません。しかし失われた血までは戻らなかったようです。まだ貧血で頭がガンガンしています。


しかしここは戦場。味方陣地に近いとはいえ、いつ敵に出会ってもおかしくありません。気を抜くことは命取りです。

こんなことだったら転移魔法を取得出来ていれば良かったと後悔する私でした。


転移魔法『クロノスの鎌』は、空属性の最高峰とされる魔法です。

鎌の名の通り、空間を切り裂いて行きたいところと繋ぐスグレモノなのです。知っている所へしか行けませんが、商人の方などは喉から手が出るほど欲しい魔法でしょう。


私はまだ空属性の中級を少し超えたくらいしか使うことができません。今使える中での最上級は『エーオスの光』。一時的にダメージを激減する魔法です。戦場に行くためには絶対にこれだけは習得しておかなければならないと、懸命に頑張りました。

本来は死んでいたであろう剣の一撃を耐えることが出来たのはこの魔法のおかげです。


考え事をしていたら大分体力が回復してきました。

これなら無理せずに戻れば家に帰ることが出来そうです。

私は血だらけの簡素なドレスを脱ぎ捨て包帯を巻き、新しいドレスを着て体の血を拭います。

どんなスプラッタ映画なのかというほどひどい姿だったので。



遠くで歓声が聞こえました。どうやら私たちの国の勝利のようです。


そういえば彼ーーベルザーク様は、ゲーム内では戦争で凄い功績を打ち立てて国の英雄となるのでしたっけ。まあ親友を救えなかったことで闇堕ちするんですけど。


しかしそうはならず、親友も救えて自身も名誉を得る。最高だとは思いませんか、ベルザーク様。


まあ、本人には口が裂けても言えませんけど。


用が済めばこんな血なまぐさいところに長居は無用です。


『空起動印:空歩』


私は家に帰るため、駆け出しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ