カメラと虹
乗せて下さる船を無事見つけて一段落ついたので、お土産を買うことにしました。
土産物店を見つけ、ポストカードを買います。この世界、写真を撮ったり現像する技術もしっかりあるので嬉しいです。お店の方に聞くと手持ちサイズのカメラもあるそうです。
"ちぇき"という名前で、何だか聞き覚えがあります。金額を見ると少し高かったのですが買ってしまいました。遺跡の写真を撮ったりしたいので、これは仕事への先行投資です。いえ本当。無駄使いなんかじゃありません。
思いがけずいい買い物をすることが出来たのでほくほく気分です。
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夕飯を出店で済ませ、私は無事泊まれる宿までたどり着くことが出来ました。
交易が盛んな町なだけあって宿屋がかなり多かったのですが、ちょうど大型船が到着したらしくどこも満床で困りました。
やっとのことで見つけた宿はお風呂付きで良心的な価格だったので、結果的にはラッキーだと思います。
ぐっすりと眠れた朝はやっぱり爽快です。寝すぎて昼ですが。
朝食を取り、洗濯を頼んでおいた服を受け取ります。追加料金ですが、とても便利なサービスです。
お礼を言って宿をチェックアウトした私は、まずマカシャ先生の医院を訪ねることにしました。
あの子が心配です。
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「こんにちはー、先生はいらっしゃ…えっ!?」
医院の扉を開けた瞬間、何かが胸に飛び込んできました。咄嗟に抱きとめてしまいましたが、見てみるとそこには助けたコウモリが。
何だか輝いた目で見られている気がします。
「きゅー!きゅー!」
可愛らしい声で鳴いて腕にすりすりされたので撫でてみます。気持ちいいみたいで、うっとりと頭を擦りつけてきてくれました。肌触りのいい毛が気持ちいいです。
「どこへ行ったんだい、まったく。怪我が治ったばかりなのにあまり暴れたら…ああ!オリエンタちゃん。いらっしゃい、来てくれて嬉しいよ。」
奥からマカシャ先生が出てきました。どうやら逃げ出して私の元に来てしまったみたいです。元気いっぱいですね。
「こんにちは、マカシャ先生。この子は元気になったんですか?…って、元気そうですよね。」
「あはは。そうだね。もうすっかり傷もふさがったようで良かったよ。けれど…僕の力不足だったようだ。羽だけは治らなかった。」
頭をグリグリしてくるコウモリを見ると、羽の部分が少しだけ欠けてしまっています。
ですが、そんなことも気にならないくらい体には傷一つなく、活力もみなぎっているようです。羽が欠けても元気に飛び回っているのが何よりの証拠ですね。
「いえ、マカシャ先生は凄いです!拾った時はもう飛べないくらいぼろぼろでしたから、すごい回復力ですよ」
応急処置をした時は破けている部分が広範囲で、飛ぶのにかなり苦労するような状態でしたから、やっぱりマカシャ先生の治療は凄かったのだと分かります。
「はは、ありがとう。魔法で治療をしたんだが、上手く効いたようで良かったよ。」
「魔法で、ですか?」
「ああ。僕は聖属性なんだ。」
魔法で生き物の治療が出来る属性はかなり限られています。
それこそ本当に数が少ない聖属性くらいしか聞いたことがありません。
現に私は空属性ですが、傷を治す方法はないので怪我は命取りになりかねません。
つくづく先生には頭が上がりませんね…。
「まあね。こういう風に治療に活用することが出来て、僕にぴったりな属性だよ。」
あまり人には言わないから内緒だよ、と先生は人差し指を口に当てて言いました。美形がやると眩しいです…
「生き物を救うことが出来る属性なんて、先生は本当に素晴らしいです!」
「ありがとう。そう言われるとなんか照れちゃうな。」
照れている先生も素敵です。何だか可愛らしくて笑ってしまいました。
「ああ、そうだ。オリエンタちゃんはどの属性の魔法なんだい?」
魔法に関して私が質問していると、先生が優しく聞いてきてくださいました。私の属性は別に隠す必要はないですし、マカシャ先生になら言ってしまっても問題ない気がします。
「私は空属性、です。」
「空属性!?それこそ同じくらい珍しい属性じゃないか!」
マカシャ先生が本当に驚いたように言うので、私も少し驚いてしまいました。
「そんなに珍しいのですか?」
「ああ、珍しいよ。いたとしても国の重要な地位にいるはずだ。かなり多様性のある属性だからね、利用価値が高いんだ。」
マカシャ先生に私の属性はみだりに明かさないことを約束させられました。少し珍しい位くらいにしか思っていませんでしたが、まさかそんなに大事になるなんて…。次からは気をつけましょう。
「空属性だとしたら…"絆"の使役魔法が使えるのだったかな?」
「そうです、魔物と絆を結ぶことができるんです。今日はそのことも相談に来たんです。」
「なるほどね。そのコウモリを使役したいんだね?」
「はい。怪我が治ってすぐですが、大丈夫でしょうか?」
「そうだな…。もう傷も塞いだし、君によく懐いているようだから託しても大丈夫だろう。きっと助けた事を覚えているんだね。見ていた限りその子はかなり賢いみたいだから。」
そう、私がやりたいこと。
魔物の使役です。使役魔法は色々な属性が使えるものなのですが、空属性の使役魔法はちょっと特殊なのです。
通常の使役魔法では契約によって魔物を縛り、命令に逆らえなくするものなのですが、空属性の使役魔法は魔物との間に"絆"を結び、一心同体のパートナーのような関係を築けるのです。
この魔法は魔物と人が分かり合う必要があり、強さを示すだけの使役魔法より難しくなってしまうのが難点ですが、細かい指示を出さずとも理解し合えるので、絆を結ぶだけの価値はあると私は思っています。
幸い先生が仰る通り、このコウモリも私によく懐いてくれているような気がします。今も私の腕の中でくつろいでいます。しっぽがゆらゆら嬉しそうに揺れています。
「ありがとうございます!」
「僕も絆魔法、見たいしね。君が構わなければ、やって見て欲しいな。」
コウモリに負けないくらいの輝いた目でマカシャ先生が言うので、思わず笑ってしまいました。
先生は魔法が好きなようです。
「わかりました、やってみます。コウモリさん、私の仲間になってくれますか?」
「きゅいっ!」
私がコウモリに聞いてみると、言葉を理解したかのように嬉しそうに返事をしてくれました。本当に賢いです。
魔法を発動させます。
『虹の召喚印:絆』
私とコウモリを囲むように虹が出現し、オーロラのように揺らめきます。
ある程度魔力を注いだら、仕上げに私の名前とコウモリに付けようと考えていた名前を唱えます。
『我が名はオリエンタ、汝が名はメノウ。我が求めに応じ、絆を返せ』
コウモリ改めメノウに私の魔力を渡し、向こうが魔力を返してきてくれたら完了です。
「きゅあ!」
メノウは私の求めに答えて魔力を渡してくれました。暖かくて、まるで陽の光のような深いエネルギーを感じます。
これで契約完了です。
コウモリ改めメノウの額には空色の契約印が刻まれています。
「よろしくね、メノウ。」
「きゅー!」
私がメノウと話している間、マカシャ先生が呆然と呟きました。
「まさか空起動印でなく虹召喚印なんて…これは絶対に秘匿しなくては…!」
マカシャ先生の呟きは、私には聞こえませんでした。