打ち捨てられたもの
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
わはは、つぶらやの部屋、相変わらず汚いな! まあ、俺なんかに助けを呼ぶぐらいだから、どんなものかと思ったら、例年並みってところか?
ごみ屋敷ってほどでもないが、無視して過ごすのもそろそろ限界かねえ。思ったよりも汚部屋じゃなくて、よかったよかった。
ん、よし。だいたいこんなところでいいか?
老婆心ながらアドバイスしておくと、掃除はまとめてやるときついぞ。バイキングと同じで、目の前にどちゃっとたくさん置かれると、人間やる気が失せるもんだ。ちまちまと切り崩していく方がいい。
――分かっちゃいるけどって顔だな。
だがな、掃除をサボっているとまずいことが起こるのは、昔からよくいわれていること。俺自身も、おかしな目に遭うことがあったからな。
レアケースかもしれんが、警告ついでに耳へ入れておかないか?
ほんの1年前までは、俺もお前に劣らず、掃除をしない輩だった。
ペットボトルはもちろんのこと、本から店の割引券、国勢調査依頼の封筒にいたるまで、あらゆるものを床に置きっぱなしにしていた。
すぐ手を伸ばしやすいからっていうのもあるが、ペットボトルなんかは大半がからっぽの抜け殻状態。ただ洗ってゴミ袋に入れるのが面倒くさく、転がしておいたものだ。
――ゴミ箱、ゴミ袋の方からこっちへ来てくんねえかなあ。自分から仕事をもらいにいくのが、仕事人のあるべき姿だろ。常識的に。
人じゃない相手にいっても、詮ないことを俺は頭の中でぼやきまくる。
どうにか、あいつらの方からこちらに来させられないかと、念力頼みににらみつけてみたけれども、結果はなしのつぶて。
その日もぼんやり雑誌を読みながら、途中で午睡を貪り始めてしまう。
ふと「カリコリ、カリコリ……」と、小さい音が耳に届く。その音、俺自身は何度か聞いたことがあった。
俺の部屋の床はフローリングだ。敷かれた板一枚一枚の間に、半紙一枚が入るほどのすき間が開いている。以前、そこに分解した家電のネジが転がり込んでしまい、シャーペンの先を使ってほじくり返したんだ。それにそっくりな音が、かすかに俺の鼓膜を揺らしている。
ぱっと目を開けて、音の源らしいところへ目を向ける。
空っぽになってそのままのティッシュケースや、その丸まったティッシュがなすゴミの海の一角で、不自然にのけられた箇所があった。
子供ならうずくまることができそうなその空間に、髪やフケらしきものが集中している。さすがの俺も、これらは気が付いたときには始末するようにしており、ここまで姿を現しているなら無事で済ませているはずがない。
俺が寝ている間に、誰かがいじくったとしか思えなかった。だが部屋中の窓、および玄関を調べても、開いていた形跡は見当たらない。
不審に思いながらも、散らばった髪たちを片付けて、もう一度戸締りを確かめてその日はしまいにしたんだ。
ところが翌日以降。俺が外に出ているときや、目を離したすきに、板と板の間が漁られるようになったんだ。
髪の毛、フケ以外にも爪のかけらや、はがしたさかむけの破片とか、俺自身がいつこぼしたかも分からないような、元身体の一部だったものたち。確かに先ほどまでなかったものが散乱して、部屋の床を彩っている。
――絶対に誰か入り込んでいる……!
俺はほとんど寝られない日を送りつつ、番をすることにしたんだよ。
それから数日後。
俺の部屋は風呂場のドアの横に洗濯機が置いてある。湯船に浸かっている間、着替えやタオルは閉じた蓋の上に乗せておくようにしているんだ。
あまり長風呂もしていられない、と少し湯に浸かって体を洗い始めるや、ふとシャワーの音に混じって、部屋の中から足音が聞こえたんだ。
――ついに現れたか……。
待っていた瞬間でもあるが、俺はゴクリとつばを飲む。
いまの自分はすっぽんぽんだ。せいぜい武器や防具に使えそうなのは、洗面おけくらいのもの。
真正面から立ち向かうことはできないし、この格好で外へ逃げ出すのも論外だ。
狙うのは一点、相手が帰り際に玄関へ移動したときに、奇襲をかける。もちろん、相手に荒らさせるだけ荒らさせて、安全になってから出てきた方が、よっぽど安全なのは分かっていた。
それでも俺は、自分の部屋に入り込んでくる何かの姿をどうしても見極めたかったんだ。
シャワーは出しっぱなしにしている。あたかもその音で、足音には気づいていないかのよう、犯人に思わせるためだ。
部屋の構造上、風呂のドア前を通らなければ外へは出られない。俺は片手に桶を、片手にできる限り熱めにしたシャワーのヘッドを握る。お湯を浴びせて、ひるんだところをどうこうしてやろうってハラだったのさ。
――来た!
ドアの前を横切る音と、曇ったガラスの向こうを横切る人影。俺と同じくらいの身長はあるか。
俺はドアを思い切り開く。温度も水量も全開にしたシャワーを浴びせかけたが、それにひるむ姿を見て、俺もたじろいでしまう。
俺がお湯を浴びせた相手は、俺だった。
風呂の中の俺と同じ、生まれたままの姿の俺は、唐突に浴びせられたシャワーのお湯に腕をかざし、身体を守ろうとしている。
でも、それもわずかな間だけ。バタバタと俺がいつも寝ている部屋へ逃げていく、押し入れの中へ乱暴な音を立てて入っていく気配。
もう夢中だった。シャワーも桶も放り捨て、追いすがった俺は押し入れの一番手前側、湿った緊急脱出用の梯子入れに目をつけた。入居以来、ろくに確かめず、触ってもいない場所だ。
箱のふたを開ける。そこには俺が、いや厳密には俺とそっくりの姿をした髪と皮がくっついた着ぐるみのようなものが入っていたんだ。
表面はお湯にぬれっぱなしだったが、その中身の肉とか骨に当たるものは、見つからずじまいだったのさ。




