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仮想と現実の狭間に揺らぐ  作者: 砂糖かえで
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DIVE_8 前触れ

「おや、一人どこかへ行ってしまいましたね」


 黒服の男はモリリンの消えた場所を見ながら不思議そうに言った。


「何のご用でしょうか」


 警戒状態のヒーナはそう切りだし、先手を打った。


 亮司とヒーナはこの男がカード関係の人物ではないかと考えていた。おそらくモリリンもそう考えた結果、一目散に逃走したのだろう。


「ああそうでした。実はですね……」


 黒服の男は言いながら胸元に手を入れた。亮司とヒーナは身構えた。


「見覚えはありませんか」


 黒服の男は胸元から写真のデータを取りだすと、それを二人に見せた。


「それは……」

「あれ……」


写真に写っていたのは、あのカードではなく一人の女性アバターだった。


「見覚えあるんですか!」


 黒服の男は二人の反応を肯定と受け取り、昂った口調で言った。


 亮司とヒーナは顔を見合わせてほっと胸を撫で下ろし、


「すみません。見覚えないです」

「俺も見覚えないです」


 それぞれちゃんと否定した。


「そう……ですか」


 途端に黒服の男は肩を落とした。


「失礼ですが、この方とはどういうご関係で?」


 ヒーナは落ち込む黒服の男に質問をした。あのカードの関係者ではなかったが、見るからに怪しいので完全に警戒は解いていないようだ。


「ああ、それは……」


 黒服の男は答え辛そうに表情を曇らせたが、


「この子は私の娘です」と答えた。

「実の娘ならいつでも会えるんじゃ?」

「……実はその、離婚してまして。娘は妻のもとへ行ったんです」


 当然とも言える亮司の問いに、黒服の男は答えた。


「元妻が娘と会う機会を作ってくれてはいるんですが、なんでも当の本人が私に会いたくないと……」

「娘さんが会いたくないと言っているのなら、会わないほうが良いのではないでしょうか」


 事情を把握したヒーナは黒服の男にそう言葉を返した。


痛いところを突かれたのか、黒服の男は頭を垂れてしまった。


「直接会って話すまでは望みません。ただ陰から我が子の成長を見守りたい。それだけなんです。この世界なら容姿が変えられるので、現実世界よりは自然に近づけますし」


 黒服の男は下を向いたまま切実にそう訴えてきた。


「大変ですね。私たちにはどうすることもできないですが、もし娘さんを見かけたら、連絡しましょうか?」


 ヒーナが親切心からそう言うと、黒服の男は顔を上げた。


「おお、ありがたい。ではもし見かけたらここに連絡をしてください。よろしくお願いします」


 黒服の男は連絡先のデータを二人に渡したあと頭を下げた。


「はい。承りました」


 ヒーナはにっこりと笑って返事をした。亮司は面倒そうに息をついた。


「ご協力ありがとうございます。それでは私はこの辺で。ここの近くで娘を見たという情報があったのでね」


 そう言うと黒服の男は二人に背を向けてその場から去っていく。


「あ、それと、大事にはしたくないので、このことは内緒でお願いします」


 しかし途中で振り返り、顔の前で手を合わせながら静かに言った。それにヒーナは笑顔で応え、亮司はこくりと頷いて応えた。


 そうして黒服の男の姿が完全に消えた頃、


「はあー……。なんか疲れた」


 亮司は肩から力を抜いて大きなため息をついた。


「ちょっとした人生相談になっていましたね」


 ヒーナも疲れたのか、小さく息をついた。


「それで、協力しちゃったけど本当に良かったの? 実はストーカーでしたって可能性もあるよ」

「心配はいりません。私、人を見る目はあるんですよ」


 ヒーナは心配する亮司の目を見ながら自信を持って答えた。


「それならまあ、大丈夫か」


 ヒーナがそこまで言うのなら、と亮司は自然に納得してしまった。こういうことは前々から何度もあり、結局全てが正しかったのだ。そのため亮司はヒーナが何か特殊な能力を持っているのではと考えていた。


「さっきまでは宝探しゲームをする気分だったけど、なんか白けたし、今日はもう解散する? あいつを呼んで待つのも面倒だし」

「そうですね。今日はもう解散にしましょうか。モリリンにはあとで私からメールをしておきます。カード関係の人ではありませんでしたよって」

「分かった。じゃあ俺は帰ってとっとと寝るよ。また明日」


 亮司は返事後、別れの挨拶をしてからログアウトした。仮想世界との接続が切れ、意識と感覚が現実世界へと戻ってくる。


「……ふう」


 亮司は一息ついてからDIVEの外に出た。部屋の中は明かりが点いておらず、真っ暗だった。


 亮司は慣れた足取りで発光する電灯のスイッチまで向かい、グッと押した。直後、部屋の中が一気に明るくなった。


 そしてそのまま寝ると思いきや、亮司はベランダへと通じる窓に向かった。どうやらカーテンを閉め忘れていたようだ。


 藍色のカーテンを閉める際に亮司がふと外に目をやると、淡く優しく光る月が見えた。


「外の空気でも吸うか」


 亮司は窓を開けてベランダに出た。ひんやりとした空気が身を包み、圧迫感のある暗闇が悪意なく襲ってくる。


 亮司の部屋はマンションの八階にあるので見晴らしはとても良い。晴れならば敷き詰められるように立ち並ぶ一戸建てに威風堂々と建つ超高層ビル群が見える。今はほとんど明かりが灯っていないが。


「あー、疲れたー」


 亮司は大きく背伸びをしてから深呼吸をした。角の尖っていない冷たい空気が体の奥へと入り込む。


 普段外に出ない亮司にとって外の空気はかなり新鮮で爽快だ。そしてこの瞬間ばかりは現実世界もまだ捨てたものじゃないと思うようだ。


 しばし外の世界を堪能した亮司は部屋に戻って窓とカーテンを閉めると、電灯を消してくしゃくしゃの布団に潜り込んだ。疲れていたのか、すぐに深い眠りへ入った。




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