ルイの予感
領地にいるソフィーからの報告が矢継ぎ早にやってくる。
父であるミューゼル公爵とルイは報告書を見て、意見を言い合う。
「ソフィーが山賊を拿捕して尋問し状況把握をするということに関して、
論理的に問題はないのですが、なぜか引っかかる。嫌な予感がします。」
「うん、私もソフィーには無理をしないように、と言っているので無理のない作戦になってはいるが、
山賊がこちらが予想しているよりも戦力がありそうな気がする。
このまま大人しく捕まるようでは、今のような被害が出ていないと思うしな。」
「私も気になりますので、領地に向かいましょうか」
「建国祭が迫っているからな。作戦の結果報告をまってから考えよう。どの道、もう結果は出ているはずだ。
今日の伝令鳩を待とう」
そう言っていると、ちょうど伝令鳩が飛んできた。
それを見たミューゼル公爵の表情がさっと青くなった。
ーーーソフィーサマ フショウ、ユクエフメイ、ソウサクゲンザイウチキリ
セバスチャンからの報告だった。
ルイは、ミューゼル公爵に探索を申し出て王都からも兵を借りて領地に向かうことにした。
急ぎ登城すると、真っ先にシャルロッテ王女に会いにいく。
「シャルロッテ王女殿下、大変申し上げにくいのですが、わたくしの兄が領地にて怪我をおったそうなのです。
重い怪我のようでして、大変気がかりなので領地に一度見舞いに下がらせていただきたくご許可をいただけませんでしょうか。」
「まぁ、それは大変なことでしたね・・・
それでも・・・ソフィー・・・あなたが側にいないなんて・・・わたくし、不安だわ」
周りには会話を聞かれるほどの距離に侍女がおらず、シャルロッテは珍しく甘えてくる。
「わたくし、ソフィーのことをお姉さまのように慕っていてよ。
建国祭にあなたがいないなんて、わたくしやっぱり・・・」
その可愛らしい様子を見て、ルイは胸がきゅっとした。
思わずぎゅっとシャルロッテ王女を抱きしめた。女性の力ではなく、男性の力でギュッと。
シャルロッテは目をまん丸にして顔を真っ赤にしてソフィーを見上げる。
「シャルロッテ王女殿下、貴方様はこの祭典のために大変な努力をされて来たことを間近で見て知っております。
各国からの使者のために、それぞれの言語で簡単な会話ができるよう語学の勉強をされていたり、
神楽の練習、ダンスの練習、国内貴族の参加者リストの暗記、諸外国の政治情勢の勉強、
どれをとっても忙しい中で、僭越ながらとても頑張っておいででした。
何も心配することはございますまい。
それに、兄の様子を見て、すぐに帰って参ります。今生の別れかどうかを確認するだけですもの」
シャルロッテは、褒められて頬を染めていたが、今生の別れなどと言う物騒な物言いにぎょっとしつつ、
そんなに酷い状況であれば致し方ないかも、と思い直してコクンと頷いた。
ルイは、シャルロッテの愛らしさにニッコリすると、必ずすぐに戻ると言って軽くカーテシーをするとすぐに退出し宿下りした。
ーーーソフィー・・・まるでお父様のように力強くて、何だか今まで思っていた柔らかくてふんわりした
ソフィーとは違う人みたいだったわ・・・
シャルロッテはソフィーに触れられた腕を自分でギュッと抱いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ソフィーはと言うと、翌朝日が昇る前からきちんと起きて何事も無かったかのように作戦の指示を出していた。
予定通り山賊の拠点麓に兵を配備して、様子を先鋒に探らせに行く。
山賊はまだ寝ている物も多い時間だ。
今日は天気も悪く雨が降っているので、進軍しても音を消してくれることもあって簡単に兵を進められた。
今日の作戦は簡単な物で、
・拿捕できる山賊は可能な限り捕まえること
・山賊の頭、及び隣国の間諜の確保
の2点だけである。
特に、間諜は殺さず確保して理由や背景、実施して来たことを吐かせる必要があるので
決して逃してはいけなかった。
山賊のカシラはまだ寝ていると言うことが確認できたが間諜の行方だけはこの拠点では確認できなかった、と先鋒から報告があった。
しかし今日できることはしてしまたい。
ソフィーは突入を指示した。
突然の突入に拠点では蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
武器庫を早々に爆破させ、武器について無力化させたので下っ端を捕まえることは容易かったが、
やはり問題の間諜が見つからない。
昼過ぎには一部山賊を収容施設に移動させ始めたが、山賊の頭と間諜の行方を探すのに時間を取られて
気がついたら夕方になっていた。
ソフィーは用足しに山の中に入り、戻るところでばったりと見方の兵士でも山賊でもない男とばったり出会した。
さっと剣を手に取り睨み合う。
「私は貴殿の敵ではない。貴殿が追っている諜報員の回収をしたい」
「・・・何故だ」
「我が国の人間である可能性が高いが外国で活動するには理由が不明なので捉えて吐かせたいからだ」
理由としては不自然な点はない。
が、この男、一体いつからここにいたのか。
「・・・残念ながら貴国の諜報員はまだ見つかっていない」
「分かっている貴殿が見つけたら横からいただいて行こうと思っていたが、待てど暮らせど捕まえられないな」
ソフィーは、漁夫の利を狙っていたとあけすけに言うこの外国人の男にイラッとして詰め寄ろうとしたところで
左脇に衝撃を感じた。
目の前の男が目を丸くしてソフィーを見る。
正確には、ソフィーの後ろを、見ていた。
そこには二人が追っていた諜報員が剣を持ってソフィーの腹をぶすりと刺していた。
ソフィーはグラリとその場で倒れた。
逃げ去っていく間諜を追って隣国の男が走っていく。
どくどくと血が流れる。
ーーーあぁ・・・お父様に言われた通り、前線に出ず安全な場所から指示して
とても心苦しかったのに結局こんなふうに命を散らしてしまうのか・・・
どうしよう、”ルイ”じゃなくて”ソフィー”じゃないと困るのに・・・
ごめんね、ルイ・・・
ーーールイーっ!ルイーーーっ!!!
ああ、オスカーの声が聞こえる。
ここだ、私はここだ。
ソフィーは寒くて頭がぼうっとして来て、そのままそっと目を閉じた。
諜報員を捉え損ねたルードヴィヒは先ほど刺された男がいる場所に戻って来た。
ーーー血を流しすぎている。こいつはこの国では助からないな。
ため息をついて、傷口を固める治癒魔法をかけた。
ソフィーたちの住んでいる王国では魔法があまり発達しておらず、
このまま放置していけばソフィーは出血多量で死亡することが目に見えていた。
ルードヴィヒの住む帝国には魔法による治癒院が充実しており、
今行った傷口の縫合を丁寧にしなおして増血魔法をかければ峠は越えるはずだ。
今回諜報員を確保し損ねたことでしばらく尻尾は掴めまい。
仕方ないから一時帰国して情報収集に力を入れるか。
ため息をついてルードヴィヒはソフィーを抱き上げる。
その軽さに思わずびっくりして顔を覗き込む。
ーーー少年にしては軽い体だな。
そう思ったが、今は血を失いすぎているのでさっさと隣国へと向かって行った。
その後、ルイ(ソフィー)の姿が見えないことに気がついたミューゼル家の騎士団が慌てて捜索すると、
雨でかなり流されたとはいえ多量の出血後が本陣近くの山中で見つかった。
狼にやられて巣に持ち帰られたか、と周りではさっと青くなったが
捜索しても雨脚が強くなり日もあっという間に暮れたため、辛くもソフィー自身が決めた
日が暮れた後の探索は打ち切りというルールにのっとりその日、撤退したのだった。