No.9
ルーイはビルの中にあるパーティの部屋で彼の端末を覗き込んでいた。
「これは自前のOSか?」
見たことのない画面にルーイは疑問を投げかけた。
「答えは『Yes』だ。俺が長い時間をかけて作ったOSだ。今も少しづつアップデートしていてね。自信作だぜ?」
パーティの答えにルーイは無言でソースを探し始めた。
「おいおいおいおい! まったく、勘弁してくれよ。仕組みを教えるから、な?」
パーティは机の上に置いてあった紙束を無造作につかむとそれをルーイに手渡した。
「これで我慢してくれ。」
「ありがとう。」
ルーイは中身を確認しながら感謝した。
「他にも見せたいものはたくさんあるんだ。」
資料を見つめるルーイを引っ張ってパーティは部屋を案内した。
「こいつは自前で作ったハード(機械)でな。あらゆる情報のデータ形式を一瞬で解読してそのデータを送ってくれるんだ。」
パーティは自慢げに薄型のディスプレイを叩く。
「どうやってその分析をしているんだ?」
ルーイは興味を持ったのかパーティに質問を始めた。
そんな解説を挟みながらもパーティはルーイに質問をぶつけていた。
「なぁ、そのコンタクトレンズはどうやったんだ?」
どうやらルーイの装着しているコンタクトレンズに興味を持っている様だった。
「ハードはソルトが作ってソフト(コンピュータを働かせるためのプログラム)は俺が作ったんだ。手をかざすことで所有者を認識して視界がそのままPCになるんだ。」
「なるほど、つまり目と手があればいつでもPCを使えるってことか?」
「そう。システムをHackすることだって可能になる。ただ、レンズが脆いのとこれの材料が高いのが難点だ。」
「へぇ、面白い発想だな。ボスに相談すればその手の話は何とかなるんじゃないか?」
パーティは食い気味に質問してくる。
それに関してルーイは的確に答えていった。
「…驚いた。あんたの頭の中はまるで宝箱だ。叩けば叩くほど宝石が出てくるじゃないか!」
パーティはメモを書き込みながら額に浮かぶ汗を拭う。
対するルーイもパーティのOSの情報をかなり手に入れており、それの書き込みに頭脳を費やしていた。
その時、ルーイのスマートフォンが着信を知らせた。
「ルーイだ、どうした…なるほど、監視だけをしていればいいんだな。分かった。経路のセキュリティをHackしておく。あぁ、分かった。」
ルーイは電話を切るとパーティに向き直った。
「パーティさん。」
「パーティでいいぜ。それから言葉遣いもタメ語で。」
「分かった。パーティ、ここら辺のビルのセキュリティはHackしてあるか?」
それを訊くとパーティは当たり前だとでも言わんばかりににやりと笑った。
「誰にモノ言ってんだ? Killer Crackerは伊達じゃないってことを教えてやるよ。」
「助かる。ソルトとシリウスが近くの依頼をこなす為に監視しておいてほしいらしい。」
パーティはPC机の前にセットされていたゲーミングチェアをルーイに向かって滑らせた。
ルーイも慣れた様子でそこに座り、PCの前に体をもっていく。
「いいか。最も重要なことは…」
『Hackerとは獣に狩られる木こりではなく獣を狩る狩人であるということだ。』
2人の声が室内に揃う。
「さて、俺のOSの仕組みは大体分かるだろ? 後はお前が弄ってみな。」
ルーイは言われるままにキーボードの舞台で指を躍らせ次々と監視カメラを調べていく。
「驚いたな、漏れが1つもない。俺の使っているOSよりも使いやすい。」
「だろ? お前も帰ったら一度自分のOSを削除することをお勧めするぜ。大抵のOSは管理されたAIがいるからな。」
ルーイは頷くとより一層指を素早く動かした。
「お、2人が通るみたいだぞ。」
パーティが声を上げる。
彼が言った通り、カメラの前を2人が通りすぎた。
シリウスはのびのびとした様子で体を動かして駆け抜け、そのすぐ後ろをソルトが無駄のない動きで追いかける。
「ほう、あのシリウスとほぼ互角に持ち込むとは。」
パーティは感心したように声を上げる。
「そんなに珍しいのか?」
「あぁ、ほとんどの奴はシリウスが通り過ぎた10秒後にカメラを横切る。それをほとんど同時に現れるなんてな。彼女もさぞ驚いているだろう。」
ルーイはソルトが通り過ぎたのを確認すると次のカメラへ移動し、2人の姿を確認する。
「ソルトのあれは一時のじゃないみたいだな。」
「まった。」
ルーイはカメラの奥に動く警備員を見つけた。
パーティも気づいたようだ。
「Hackして無力化しよう。」
ルーイは頷くとカメラ越しにHackを開始した。
ぼやけて見える程の速度で指が踊り、確実にソースを作っていく。
Hackが終わったルーイは警備員の端末に着信音を流す。
警備員が端末に気を取られている間に2人はそのビルの屋上を通過した。
「ビルに入ったな。」
パーティが口を開くとルーイは手早く、ビルのセキュリティにアクセスして監視カメラの映像を映し出した。
シリウスが迷いのない動きで階段を駆け下り、その5秒ほど後にソルトが手すりを滑り降りる。
「やっと、遅れが出てきたか。それでも大したもんだ。」
パーティが独り呟いている間にもルーイは着々とHackを進めて目的の部屋にあるカメラにたどり着く。
画面が光ったその瞬間、扉が開いてシリウスが駆け込んでくる。
辺りに目を配った後、金庫をピッキングすると封筒を取り出す。
「例の物だな。」
「恐らく間違いない。」
「封筒にあるバーコードから調べてくれ。」
「了解。」
パーティの指示でルーイは解析を開始する。
「やっぱり間違いないな。」
数秒間手を動かしていたルーイはそう断言した。
カメラの映像に目をやるとソルトが駆け込んできていた。
シリウスが封筒を手にしたのを見るとぐったりを地面に倒れ込む。
「おい大丈夫か!?」
パーティが心配したように言うが、ルーイは空中に手をやって確認した。
「問題なさそうだ。心拍数は上がっているが止まってはいない。」
「そいつはよかった。俺はレモネードでも作ってくるよ。あいつらの体温は相当に高いだろう?」
「あぁ、微熱の域に達している。」
「了解。」
そういうとパーティは部屋から出て行った。