No.8
あるビルの屋上。
そこには2人のパルクーラーが立っていた。
「準備はいいかしら、ソルト?」
「あぁ、行くぞ!」
そういうと2人は同時にビルから身を投げ出す。
しかし、2人は慣れた様子で壁に手を付き安全に近くのビルの屋上に降り立った。
そのまま、走り出して障害物を乗り越え潜り抜け1秒でも早く相手より早く任務を終わらせようと必死になっていた。
(さすがに速い! 飛び越える速さ、走るスピード。全てにおいてシリウスは完璧だ。)
ソルトは息を弾ませながら横目でシリウスをうかがう。
シリウスは豹の様な体を生かして伸びやかに障害物を突破していた。
現在はほんの少しだけ、シリウスの方が優位に立っている。
「くそっ!」
ソルトは叫ぶと足の回転速度を上げた。
別のビルが道路を挟んで現れる。
しかし、こんな時の為に2人はしっかりと備えをしていた。
躊躇いなくビルの淵から飛び出し、右手に装着したグローブから蜘蛛男よろしくワイヤーを放つ。
飛び出したワイヤーはビルの鉄塔に絡まり、2人は壁に張り付く。
そのまま、ワイヤーを巻き上げながら壁を駆けあがった。
屋上に先に上がったのはソルトだ。
すぐ後にシリウスも続き、何とか追い付こうと足を動かす。
ソルトはワイヤーも駆使しながら屋上の障害物を避けていた。
空中で前転を決めながらパイプを避ける。
「ソルト! あなた中々器用じゃないの。」
「それはどうも! ただ、結構厳しい状況だからこれ以上は話しかけないでもらえると助かる!」
ソルトの体力ゲージはかなり危ないところまで来ていた。
対するシリウスは余裕はなくなってきたがまだ走り続けるだけの体力は残している様だった。
このビルももう少しで端に到着する。
2人は同時に飛び降り、次のビルの屋上を走り始めた。
シリウスは器用に技まで決めながら走り続ける。
ソルトはというと必要最低限の動きだけで障害物をよけ続けていた。
「ッ!」
寸前で頭上に当たりそうなパイプに気づき、スライディングでその場を凌ぐ。
そしていよいよ、最後のビルに到着しようとしていた。
「ハッ!」
シリウスは鋭く息を吐きながら受け身を取り、前転をして体勢を立て直すと走り出した。
体力に限界を感じてきたソルトはワイヤーを使った安全策でビルに飛び移り空中で回転しながら着地し、走り出す。
ソルトがビルの出入り口にたどり着いた時にはすでに扉は開け放たれ、その奥にはビルの薄暗さが漂っていた。
「シリウスはピッキングの腕も一流か!」
ソルトは毒づきながら手すりに乗り滑り降りる。
(7階…6階…5階!)
5階まで来たところでソルトは飛び降り、扉を開けて目的の部屋を探す。
「此処か。」
そこは電子ロックのかけられた部屋だった。
ソルトは胸ポケットにしまっておいたメモリーを出すと電子ロックにかざして解錠する。
扉を開けるとシリウスが書類の入った封筒を持って立っていた。
「早かったじゃないの。」
「…よく言うぜ。」
ソルトは床に倒れ込みながら返した。
「あ~! やっぱり早いな! かなり自信を失ったぜ!」
「伊達に『ICOR』一は名乗っていないわ。それより見て、窓の外。」
ソルトが体を起こす。
次の瞬間、そこに浮かんでいた絶景にソルトは目を奪われた。
窓の外に広がっているのは空を橙色に染め上げた太陽。
そんな太陽に照らされてビルが光っている。
「この景色を見れただけでもレースに参加した意味はあったんじゃないの?」
「…みたいだな。」
そういうとソルトは立ち上がる。
「なぁ、よかったら写真を撮っていいか? 憧れのパルクーラーとレースをした記念に。」
ソルトはスマートフォンを取り出しながら訊ねる。
「えぇ。」
シリウスは頷く。
「後でブログに載せて頂戴。」
「喜んで。」
そういうとソルトはセルフカメラにするとシャッターボタンを押した。