No.7
ソルトは「シリウス」を探すべく地下を探し回った。
「なぁ、あんた。シリウスを見なかったか?」
片っ端から話を聞いていく。
そんなことを何度も繰り替えてしていたせいだろう。
ソルトに情報を提供する人物が増えてきた。
「おい、シリウスならこの下の階にあるパルクールルームにいたっていう話だぜ。」
1人が情報を渡す。
「グラッツェ!」
ソルトは周囲を見回し、1つの螺旋階段を見つけた。
「此処か…」
ゆっくりとした足取りで、階段を下りていく。
そこでは1人のアジア系の女が部屋の中を跳び回っていた。
「少しいいかい?」
ソルトはその女性に声をかけた。
女は訝し気にソルトを睨んだのち声を返した。
「ナンパは遠慮しとくわ。」
「違うんだ! あんた…シリウスだよな? 『ICOR』一のパルクーラーの。」
その言葉に女は興味を持ったようだ。
「えぇそうよ。私がシリウス。ほかにも『ウルフ』だとか色々言われてるけどシリウスって呼び方が一番しっくりくるわね。」
シリウスは警戒を解いたのだろう。
豹のように引き締まった体を駆使してソルトの前に飛び降りた。
「ヒュウ! あんたは最高だよ!」
「それはどうも。あんたもパルクーラーなの?」
「まぁ…趣味みたいな範囲だがな。」
シリウスは目を細めながらソルトを見つめる。
「急に自信がなくなったみたいね。」
「そりゃあそうだ。誰が世界一のパルクーラーを前にして『自信がある』なんて言えるんだ?」
「私は生き残るためにパルクールを身に着けただけ。もしそれが出来なかったら今頃は少年院の中で電脳教育されていたわ。」
そう言いながらシリウスは近くに置いてあった水筒を掴むと豪快に中身を煽る。
「私の身の上話はここまで。あなたのパルクールを見せて頂戴。」
「…ご命令通りに。」
そういうとソルトは壁を走り始めた。
そのまま近くにあった柱に手を当てると天井にぶら下がっているバーを掴む。
何度か体を揺らして前に飛ぶと壁を蹴ってバク宙を決めた後、地面に着地した。
しばらくの沈黙の後シリウスの控えめな拍手が鳴り響いた。
「いいじゃないの。悪くないわ。」
そういうとシリウスは軽く助走をつけて壁を走り出す。
空中で前転をしながら柱に手を付きその反動で壁に戻り空中でバク転を決めた後、地面に着地した。
「…無駄がない動きだ。」
ソルトは思ったことをそのまま口にしてシリウスを称賛した。
「ありがとう。お互いに学ぶことがありそうね。」
シリウスは手近な台の上に胡坐を掻いて座るとソルトにもそうするよう手で促す。
ソルトも指示されるままシリウスの向かいに座った。
「正直あんたに会える日が来るとは思わなかったよ。だって、世界を飛び回るパルクーラーがこの『ICOR』にいるなんて思いもしなかったから。」
「私も、まさかここまでの素晴らしいパルクーラーがベガスにいるなんて想像もしなかったわ。あなたの名前は?」
「ソルトだ。」
「塩、ね。」
「悪いか?」
「とてもパンチのある名前だと思うわ。」
「スパイスの利いたお言葉をどうも。」
「一味違うのよ。」
そういうと2人はどちらからともなく笑い出した。
「それはあの漫画からか?」
「えぇ。私は彼の作品が大好きなの。とてもキャラが生き生きしていて人間らしくて、それで…」
『己の信念を抱えている。』
2人同時に言う。
「あんたとは気が合いそうだ。」
「奇遇ね。私も同じ気分よ。」
そういうと2人はお互いの拳をぶつけ合った。
「さて、こんな話をしてもいいんだけど1つ頼まれてくれるかしら?」
真剣な表情でシリウスは訊ねる。
「あぁ、もちろん。何の用だ?」
「私はこの後依頼があっていかないといけないんだけどあなた、私とレースをしてみない?」
シリウスはそういうとウインクをした。
「レース?」
「そう。ある機密事項の書類を処分しないといけないんだけどどっちのが先にたどり着けるかレースをしてみないかしら? 報酬は勝者に。どう?」
「乗った。ルーイには事情は説明するが手は下させない。これでいいだろう?」
「えぇ、でも万が一の時の為に構えてはいてほしいの。」
「分かった。」
そういうと2人は頷きあい、ソルトは空をスライドし始めた。