No.3
ソルトはその夜、必要なものをリュックに背負い込んで家を出た。
「んじゃ、行ってくる。」
「行ってら。」
ソルトの軽い挨拶に、ルーイも簡単に応じる。
外に出たソルトは、空飛ぶ未来の乗り物「アンヘル」に乗り込んでメルクリウスの支社に向かった。
そのまま、10分程「アンヘル」を走らせるとメルクリウスに着いた。
「デカいな…」
そんなことを呟くとソルトは裏口に回った。
「認証カードを提示してください。」
入場を確かめるAIが機械的な声でソルトに身分証の提示を要求する。
言われるままにソルトは身分証を提示した。
もちろん、世間一般からしたら犯罪者のソルトは「ICOR」の所属ということで指名手配をされている。
提示したのは偽の身分証だ。
ルーイがHackして登録しておいたカードだ。
しかもこれはスキャンをすると自動的にデータをHack、およびCrashさせる機能を持つ。
ルーイの仕事もこなせて一石二鳥だ。
「コロンブス様、どうぞお通りください。」
「コロンブスだって? ルーイの奴、最高にイケてるぜ。」
ソルトは苦笑しながら敷地内に入っていく。
裏の駐車場にアンジェロを止めるとソルトはコンタクトレンズと、イヤホンを無線でつないだ通信機に話しかけた。
「こちらコロンブス。アメリカ大陸に到着した。」
通信相手であるルーイに皮肉を混じらせた。
「こちらアメリカ。ようこそコロンブス。歓迎しよう。」
ルーイも返した。
「コロンブスはアメリカに塩を取りに行ったのか?」
「まさか、コロンブスはインドに胡椒を取りに行ったんだ。」
「了解。これより『ICOR』を始める。」
「神の血が我々に勝利をもたらさんことを。」
そういうと2人の通信は終わった。
ソルトはポケットからフィンガレスグローブを装着して耳のイヤホンを操作する。
そこから流れてきたのは「Laszlo」の「Fall to Light」だ。
「いい曲だ。夜のテンションを上げるにはぴったりだ。」
そう言ってソルトは壁に手を付ける。
そのままもう少し上にもう片手を。
更にもう少し上に最初の片手を。
そんな要領でソルトは5階のエレベーター排気口まで来た。
「便利だな。このグローブ。」
ソルトは自分の手にしっくりと収まったグローブを見る。
「ICOR」の方で特別に配備されたグローブで性能はさっきのように様々なところに張り付くことのできるというものだ。
そのまま排気口のねじをソルジャーナイフでこじ開けると中に侵入した。
「こちらコロンブス。ガラパゴス諸島に到着したぞ。」
ソルトは狭いダクトの中で腰をかがめてルーイに通信する。
「そうか。どうやらインドとは別のところに来たようだな。」
「おかげさまで。」
「こちらも順調にHackが進んでいる。」
「ほう、どこまで握った?」
「警備課長クラスまでの権限は手に入れた。必要とあらば伝えてくれ。」
「了解。ところで、現在の警備員のルートとかは分かるか?」
「少し待ってくれ。」
そういうと通信機越しからものすごいスピードのタイプ音が聞こえる。
「OK、ソルトのところからアナログデータ管理室のところには最低で3つの検問を通ることになる。隙を見て行動してくれ。」
それだけ告げるとルーイは一方的に通信を切った。
「これも一種の孤軍奮闘だな。」
そういうとソルトはダクトの中を進み始める。
這って進んでいくと警備室の真上まで来た。
同じようにねじを外してふたを外すとこっそりと中を確認する。
「敵影は無し。」
独り呟いて確認するとソルトは通気孔からぶら下がってそこに降り立った。
辺りを確認して警報器の位置を探る。
「うん、OK。」
そう言って警備室の一番奥にあるPCに向かった。
そのまま立ち上げて画面を確認する。
「ここを丸裸にすれば恐らく作業もしやすいだろ。」
タクティカルベストのポケットの一つからメモリを取り出すとPCにかざす。
「パスワードを入れてください…ようこそ。」
静かな部屋に機械的な声が響きPCが起動する。
「カロース。」
ギリシャ語で「良い」というとファイルを起動して警備状況を確認する。
(ここと…ここと…ここ。一応この3つをオフにしておけば問題はない筈だ。)
ソルトはタッチパネルの指を踊るように操作してAI警備のスイッチをオフにしていく。
「こんなもんか。」
大半の機能を停止させた後、ソルトは1人呟くと警備室を出た。
外に出るとあらかじめ頭の中に叩き込んであった地図を引っ張り出して記憶を頼りに歩いていく。
(ここを右…次を左…)
確認しながら道をたどっていくとお目当ての部屋を見つけた。