3話
急遽決まったお茶会の目的は達成され、後はテーブルに並ぶアリシアお手製のお菓子を堪能している中、ふとエアトスが口を開く。
「そういえば、この間招かれた例のお茶会で。「真実の愛」を読んでいる方がいらっしゃったわ。」
「あぁ、いたわね。確かハインツベル家のごれいじょうだったわよね。」
「ええ、確か・・・。シャロンさまだったかと・・・。」
「お茶会に参加されていたということは、長女の方かしらね。まだ下の娘様は幼いと
聞いているし。」
「お婆さま、シャロン様には妹がいらっしゃるの?」
「ええそうよ。確かお前達よりも二つ程下だったかしらね。」
ゆったりとカップに口を寄せるタレイアからの情報に、自分達よりも年下の令嬢に
会う機会の双子姫は、嬉しそうに小さなご令嬢というものを想像していく。
「シャロンさまは柔らかな薄い茶色の髪でしたわ。妹さまもそうなのかしら?」
「私とエアトスのようにそっくりなのかしら。見てみたいわ。」
互いに意見を出しながら勝手にハインツベルの小さな令嬢を思い浮かべる
孫娘達を眺めながら、タレイアは先ほどエアトスが口に出した「真実の愛」について
思いを馳せた。
----「真実の愛」
紛れもなく自分はそのヒロインのモデルなのだが、物語の中の自分と実際の自分がかけ離れていて
あれが自分と愛する夫との思い出だと言われてもピンとこない。
しかし、物語の中で起きる色々な事件や障害はすべて自分達が体験し、乗り越えた
もので物語の主人公とヒロインとの約束は、自分と夫が交わした約束に他ならない。
場面によっては実際は逆の意味だったり、物語の主人公の台詞はタレイアが言った
台詞だったりと真実は異なることも多いのだが、あの物語に人気が出たからこそ
自分達の結婚は許されたのだと思うと感慨深いものがある。
「そういえば、あのお話にも月のシーンがあるのよね。」
「主人公がヒロインにちかう、有名なシーンでしょ?」
何があってもヒロインのもとから離れないと、主人公が満点の星が輝く
夜更けに、ヒロインを月の妖精にたとえて想いを伝える心ときめく人気なシーンの一つだ。
『月は昼間は見えませんがずっと空にいるのを知っていますか? 私も
貴女にとっての月になりたいのです。そこにいるのが当たり前に。許しをいただけますか?』
実際には、妖精には例えられていないし、満点の星も存在しなかったのだが、
それでも物語のシーンが再現されるとタレイアの心に喜びが満ちる。
「わたくしは、ケンカするシーンが好きよ。」
「やだお姉さま、乱暴だわ。」
「だってお爺さまかっこいいもの!」
エルザェムの言う喧嘩のシーン、タレイアにはとても恥ずかしいシーンでもあることは
孫娘には内緒である。
物語の大きな山場となる事件とった、主人公の地位欲しさに、主人公を亡き者にしようと
企む者と紆余曲折の末決まった命がけの決闘。
決闘場の控え室で、決闘を控えた主人公がヒロインに伝えた、仮定の話としての、自分が死んでしまったら…という内容に
ヒロインは涙ながらに主人公の頬を叩き、生きてかえると約束してほしいと
声を荒げて強請るシーンは、今まで優しく主人公を支えてきたヒロインの強さと、
強く逞しい主人公も生死をかけた戦いの前に、心がくじけそうになってしまう弱さをもつ一人の人間であるという再認識を読者に与え、二人で支えあう大切さをより痛感させられると
これまた有名はシーンでもあるのだが・・・。
確かに、生死をかけた決闘を前に自分達は互いに話をしたし、さらに頬をはたくということが
あったが、実際には戦いに挑み死にそうだったのはタレイアだったし、頬を叩いたヒロインは
夫で、もっといえば決闘というよりは戦場ともいっても過言ではない程に血なまぐさい場所で、夫も剣を握っていたりととても平和でロマンチックな状態ではなかったのだが、それは言わぬが華というものだろう。
「真実の愛、といえば世間では出逢いのシーンが最も人気らしいですよ。」
絶妙なタイミングで給仕を行うためか、そばに控えていたアリシアが
互いに好きなシーンや台詞、人気なシーンについて花を咲かしている双子姫に
紅茶のお代わりを注ぎながら、以前見かけた本に載っていた情報を伝える。
「まぁ、そうなの?」
「ありきたりではなくて?」
子供ではまだ理解できない、お約束な展開というか、王道の出逢いとも言うべき
物語の始まりを思い出し、タレイアはそっと視線をあらぬ方へとそらす。
「何だかんだいっても、昔から親しまれている出逢いですもの。憧れている方も多いのではないでしょうか。」
「そういうものなのね。こいごごろってむずかしいわ。」
真実の愛の冒頭。すべての始まりともいえるそれは、
朝食を食べながら走る主人公と、買い物をしていて前が見づらいヒロインが、曲がり道でぶつかってしまうところから始まり、後日ばったり出逢うという王道展開ともいうべき内容。
勿論、物語の中では食べ歩きしているのは騎士団に遅刻しそうな男性の主人公で、日用品などを買った帰りのヒロインは女性なのだが。
事実は小説よりも奇なり、とはよくいったもので、実際は
自分を追う男から逃げつつ、奪い取った干し肉を食べていたのは紛れもなくタレイアであり、買い物帰りだったのは領地の視察帰りだった夫である。
さらに言えば、ぶつかった拍子に夫が持っていたお土産の果物らしきものを
奪い取り脱兎のごとく逃げた上に、後日出逢った際にランチをご馳走してもらったおまけ付きである。
この出来事があるからこそ、愛する夫とともに幸せな余生を送れていると
自覚していても、若さゆえの過ちともいえる自分の行動は誰にも知られたくないとタレイアは思っているのだが、アリシアの悪戯に小言の一つも言いたくなるものだ。
「お嬢様方は、物語は全て読まれたのですか?」
「私はまだ途中なの。お話なのだとわかっていても、お婆さまのお爺さまの思い出をのぞいているようで、すこしもうしわけなくて。」
「私は読み終わりましたわ!続きが気になるんですもの!」
「お姉様、読み終えたからって話に言うのはやめていただけます?私はゆっくり読みたいのに、続きを教えられてはドキドキしませんわ。」
「エアトスが読むのが遅いのがいけないのよ。」
物語のブームはとうの昔に過ぎ去ったというのに、子供向けの絵本としても再出版されているからか、当時を知らない沢山の娘達が母親から話を聞き、自ら本を手に取り、また娘や姉妹に伝えていくものだから、出版事態はタレイアが若々しい娘時代だったというのに、孫がいる年齢になっても自分達の思い出の片鱗を
読み、想いを馳せる娘達が途切れないことを嬉しく思いながらも、そろそろ
忘れて欲しいとも願っているのだが、その願いはもうしばらく叶わないであろうと苦笑いしつうため息がもれるタレイアであった。