冬のヒーロー
冬休み初日、来年小学生になる翔はふと去年の冬のことを思い出した。
東北の父親の実家で雪遊びをしたことだ。
年末年始は毎年帰省していたのだが、年齢的に翔の記憶にはっきりと
残っているのはここ2年程度しかない。
休みに入ったことでまた今年も雪遊びができるのかが気になった。
「ママ、今年もおじいちゃんのところに行く?」
「もちろん。今年はパパの休みも長いから、いつもより長くいれるかな。」
「雪遊びできるかな?」
「できると良いねー。でも、今年は東北も暖冬で、
雪はまだ降ってないみたいだね。」
「ええー、つまんない。」
翔のおじいちゃんの家での思い出、いや目的は今の所雪遊びしかない。
年末年始のテレビは面白くないし、おじいちゃんの家にはゲームもない、
近くにアミューズメントパークのようなものもない。
雪がないところにいつもよりも長くいてもただ退屈なだけだ。
去年は念の為持っていった仮面ライダーとヒーロー戦隊の本やおもちゃ。
しかしそれで遊ぶ暇がないくらい外で遊んだのに。
それから翔からおじいちゃんへの電話攻撃が始まった。
「あ、おじいちゃん?雪降った?」
「まだだなー、天気予報では雪マークは出てるんだけど。
もう少しで降ると思うんだけどなー。
でも翔が来る頃にはきっと積もってるよ。」
「なんで判るの?」
「じいちゃんの勘だな。」
帰省の前日も翔にとっては絶望的な状況。
「あ、お義父さん?明日は渋滞を避けるので朝早くこっちを出ます。
そっちに着くのは午後早い時間には着けると思います。
雪はまだですよね?そうですよねー。じゃあ、気をつけて向かいます。」
「ママ、おじいちゃんなんだって?雪は降ったって?」
「まだだって。降りそうで降らないみたい。でも長靴と手袋は準備しようね。」
「もう無理だよ。東京だって全然寒くないし。
おじいちゃんの勘も全然当たらないじゃん。」
翌朝はまだ暗いうちに自宅を出発。
冬休みで若干夜型の生活になっていた上、学校に行く時よりも早く起こされた翔は
後部座席のチャイルドシート上でウトウトしている。
運転席のパパと隣に座っているママの会話がなんとなく聞こえている。
「まずいな、東北道はあっちこっちで事故で通行止めらしい。」
「えー、どれだけかかるだろ。大変な帰省になりそうだね。」
「急いでも渋滞にハマるだけだから早めに昼休憩するか。」
途中、福島県内のサービスエリアで休憩と昼食を摂る。
この辺りは道路状況も良く、交通量は多めでもまだ渋滞になっていない。
ホっと一息の親とは反対に、翔はやはり全く気が乗らない。
「パパ、ママ、あとどのくらいで着く?」
「なんか、この先の高速道路のあっちこっちが事故みたい。
おじいちゃんのとこに着くのが遅れそうだって。
パパあとどのくらいかな?」
「本当ならあと3時間くらいだったけど。
んー、もしかしたらあと5時間くらいかかるかもなぁ。
まだまだかかるから、寝てていいよ。」
「はぁ~。なんか全部がつまらない。どこもつまらない。
おじいちゃんもつまらない。嘘ばっか。」
もはや翔の目に映る車窓からの景色、耳に入るものが一つも楽しくなくなり、
自宅から持ってきたヒーロー戦隊の本を観ながらぐっすりと眠りについた。
「通行止めがどんどん解除になって良かったね。」
「やっぱり早めに昼休憩して良かったよ。」
「やっぱりこの雪でスリップ事故だったのかな。
仙台を過ぎたら急に雪道になったしね。」
「このまま順調に行けばあと1時間くらいかな。」
そして1時間後・・・。
翔は一面の雪に顔をくしゃくしゃにした満面の笑み。
しかもチャイルドシート上で腰を浮かせて飛び跳ね、
車を降りることすら後回しにするほど喜んでいる。
そして、翔の視線の端に映ったのは、玄関から出迎えに出てきた
ちょっと背中が丸まったおじいちゃん。
翔にとっておじいちゃんが超絶的なヒーローになった瞬間だった。