年末大掃除!ボツ作品No2
何度も言いますが、この作品は単発作品で続きません。ご了承ください。
高校二年生となってひと月が過ぎたころ、幸運なことに数年ぶりの七連休となったゴールデンウィーク最終日、正確に言うとその最終日の午後十一時頃。もう日付も変わろうかという時間だというのに、俺は公園のベンチに座っていた。決して深夜徘徊をしている不良だとか、住むところのないホームレスだとかいうわけではない。ただある人に大事な話があると呼び出されたからここにいるだけだ。
色の褪せたベンチに背中を預け、何となく上を見上げる。都心というわけではないが、十分に人口のある近郊に位置するこの公園からは、その光の強さのせいで一等星が見えるかどうかで、薄暗い空が広がっているとしか表現できない。
呼び出されたとはいえ、特にすることもない。何となく手持ち無沙汰になった俺は、左腕につけた腕時計を見て時間を確認する。現在時刻十一時十二分。
「待たせちゃったかな?ごめんね。でも君が来ていてくれてよかったよ。ま、必ず来るって知ってたけどね」
俺が時計の文字盤を見るのとほぼ同時に、俺を呼び出した人物 ―水瀬 梨夏― がやってきた。条件反射のようにベンチから勢いよく立ち上がる。俺の瞳に映る彼女は、薄暗く青白い街灯に照らされているせいか、それとも服装のせいもあってか、今にも消えてしまいそうな気がした。
「ん?この服が気になるの?あはは、やっぱり季節外れだったよね」
そう言う彼女は、それこそ純白といってもいいほど真っ白なワンピースを着ていた。今が夏だったのならばきっとこの服も今以上に映えたことだろう。だが今は五月。それも深夜だ。さすがに肌寒かったのだろう。カーディガンを羽織っていた。正直に言ってとても魅力的だ。でも、それ以上にそのワンピースがやや小さく感じられたことが気になった。
「それにちょっとだけ子供っぽかったかな?」
そう言ってやや恥ずかしそうに笑った。そう、彼女は見た目こそ俺と同じか少し上に見えるけれども、実は八歳年上の社会人だ。そんな人をじろじろと見ることに気恥ずかしさを覚えた俺は、つい視線を逸らし、ついでに話題も逸らしてしまった。
「それで、俺を呼び出した理由は何ですか?まさか告白ですか?」
正直に言うと、さっきから俺の心臓はバクバクと音を上げていた。でも男の意地として、それを悟らせないようにと強がって余裕ぶった言葉を言った。口では薄く笑いながらも、内心では告白だなんてことは絶対にないと判っていた。だからこそ次の言葉には声を失った。
「うん。そうと言えばそうなるのかな」
それこそ「ドキンッ!」と音が聞こえてきそうなほど胸が鳴った。あまりの衝撃に言葉を失ってしまった。まさか、本当にそうだったのか!?
「実はね、私.........................未来から来たの」
「はい?」
随分と間をおいて発された言葉に先ほどとは違う意味で言葉を失ってしまった。つい先ほどまで告白かと高鳴っていた胸も、その一言で音を失っている。風の音も聞こえなくなり、時間が止まってしまったのではないかと錯覚してしまう。だが、そんなはずはなく、すぐに時間は動き出す。
「今からちょうど八年先の未来から来たの。当然ずっと過去にいることはできないわ。私に許されたのはたったの七日間だけ。わかるでしょ。今日が七日目。だからね、最後に君とお話ししたかったんだ」
当然俺は、「何の冗談ですか」と話を遮ることもできた。いや、むしろそうすることが普通の対応だったのだろう。でも俺はそうすることができなかった。俺をじっと見つめている彼女の眼に一切の嘘が感じられなかったからだ。
「あれ?頭がおかしいとか言ってこないんだね」
彼女自身もまじめに受け取ってもらえると思っていなかったようで、俺が何も突っ込まなかったことに僅かだが驚きを感じているようだ。
「そりゃ普通はそう思うでしょうけど、梨夏さん嘘ついてないでしょ。それくらいは見ればわかりますよ」
それを聞いた彼女は、少しだけうれしそうに微笑むとやや小さめの声で言った。
「やっぱり君は君だね。これまでも、これからもずっとそうなんだね」
さっきまで見せていたうれしそうな微笑みは、いつの間にか寂しさを含んだものになっていた。その言葉と、その表情が頭のどこかに引っかかる。ワンピースと同じで、今日の彼女が纏っている僅かな違和感だった。
「もう時間もほとんど残ってないし、話を進めさせてもらうね。ああ、私の大きな独り言だと思ってくれていいよ」
そう言うと彼女は言葉を切り、立ち話もなんだからとさっきまで俺が座っていたベンチに浅く腰かけた。つられて俺も、その隣に座る。ここですぐ隣に座れず、微妙に間を取ってしまう自分の度胸の無さを情けなく思ってしまう。だが、そんな微妙な間を気にすることなく切っていた言葉を続けた。
「さっきから言っているようにね、私は未来から来たの。今の君は知らないと思うけど、私は君に、ううん、あなたにフラれた未来から来たんだ」
突然すぎる衝撃の告白。何を言っているんだ?俺が彼女を、梨夏さんをフった?どういう意味だ?そもそも俺が梨夏さんに出会ったのはつい六日前のことだ。いや、彼女は未来から来たと言っていた。ならば今ここにいる梨夏さんではない彼女ということになる。じゃあさらに前に会った彼女ということか?それはおかしい。過去に出会っていたならば、『未来』なんて表現する必要がない。そもそもそんな話をする必要もない。仮にずっと前に出会っていて俺がフッたとしよう。そんな記憶はないから可能性はゼロだが、とりあえずはそう仮定しよう。それならば、『過去』にあなたにフラれたと表現するはずだ。
それじゃあこれから先の未来で俺が彼女をフったとしたらどうだろうか。いや、それならば彼女と出会う前の俺に会いに来る必要がない。初対面のような状態の俺の所に来ても意味はないだろう。少なくとも俺が彼女ならば知り合ってからの俺に会いに行くはずだ。そうすればどこでどうなるか、どうしたかったのかを知っている分上手く立ち回れるはずだ。
いや待てよ、さっき彼女は八年先の未来と言っていた。本当に未来から来たとして、六日前に俺と出会ったとき彼女は俺より八歳年上と言っていた。俺の知っている水瀬梨夏は八歳年上だからそのときは違和感を感じなかったが、八年先の未来ということならば話は変わる。彼女ではない現在の水瀬梨夏は今現在俺と同い年ということになってしまう。八歳も年上の人物が現在進行形で俺と同い年になることはあり得ない。ならば答えは一つだ。彼女は『水瀬梨夏』ではないということだ。それじゃあ、彼女はいったい誰なんだ?
「あはは、だいぶ混乱させちゃったかな。ごめんね。君にはいくつも嘘をついていたんだ。名前もそう。私の名前は水瀬梨夏じゃない」
そう言い切った彼女は寂しそうな笑みのまま、俺から視線を逸らした。でも、ただ視線を逸らしたわけではなかった。彼女はその細く白い手首についた腕時計を見ていた。つられて俺も自分の腕時計を見る。デジタル表記の文字盤は午後十一時四十五分と表示していた。
「本当はもっとお話もしたかったし、いくつもついていた嘘も謝りたかった。でももう時間がないんだ。時計の針がゼロを指したらもう過去にはいられない。だから、せめて最後に大事なことだけは言わせてほしいの」
静かに立ち上がると、俺を少し上から見つめてきた。ちょうど彼女の真後ろにある街灯の光が、彼女の牡丹のように透き通った淡い黄色の髪の毛を輝かせる。その姿に、さっきまで考えていたことも忘れて目を奪われる。真っ白なワンピース、青白い街灯、淡い黄色の髪。すべてが混ざり合って一つの絵画のような姿を見せる。彼女から漂う、わずかな甘い香りが思考を奪う。
「私は過去では何もできない。ううん、しちゃいけないの。バタフライエフェクトって知ってるでしょ。今の私は存在するだけで未来を変えかねない。だってそうでしょ。同じ時代に全く同じ人が二人もいることはできないもの。でもね、君には、君だけには私の未来を知ってほしいの。私の未来が変わってしまってもいい。変わらなくてもかまわない。だから.......................私の感情を知ってほしかったの」