#5 ようこそニューポッカ重犯罪特捜班へ
コンビニ強盗事件より数時間後。
事件を解決に導いた響一郎はと言うと……警察に居た。
「そうなるよなぁ……まあ、ある意味リアルだ」
留置所の中で響一郎はゆっくりと天井を仰ぐ。
事件後、立ち去ろうとしたがそうは問屋が卸さない。
身分証の類も持っておらずそのまま連行されてしまったのだ。
いや、一応大学の図書館カードは持っていたがこの世界の人間には解読不能だった。
不法入国の疑いもあると言われた。
「確かに不法入国だよなぁ。いや、むしろこの場合は不法入界と言うのだろうか。新しいな…」
とりあえず異世界ということなので今更大学がどうとかは言ってられない。
むしろ今夜の宿を確保できたのだと前向きであった。
何せ普通の留置所ではなく窓も何もない取調室の様な個室。
普通の檻だと脱出する可能性があるから、特別に入れられた部屋だ。
そんなことを考えていると扉が開く。
「出ろ!」
クリスだった。
入ってくると一応形だけつけられている手錠を外された。
「釈放ってやつですか?それとも違うところに送られるとか?」
「いいからついてこい」
言われた通り後について歩いていく。
完全に背を向けており不用心だとは思うが別に隙をついて逃げ出そうという気も毛頭ない。
むしろ、これから何が起こるかという興味の方が強かった。
階段を使用し、3階層上がる。
それぞれの位置は離れており簡単に占拠されないようにするためだろうか。
元居た世界でもそういう構造の建物があると本で読んだことがある。
考えているとクリスが足を止める。
「ここだな……」
そう言うと壁をコンコンとノックする。
「なぁ、こんなこと言うのもあれだけ……そこは壁にしか見えないんだが」
「あたしが何もない壁を叩く可哀そうな女に見えるのかよ」
「残念だがそう見える」
「もう一回ぶち込まれたいのか?」
いや、と響一郎は首を横に振る。
そうしていると突然、目の前にある壁の一部が『左右にスライドした』
「隠し扉か?」
「いーや、ただの扉だよ。まあ、『今日』は『自動ドア』だけどな。ほれ、ついてこい」
クリスに促され部屋に入る。
そこはごくごく普通の執務室といった雰囲気の部屋であった。
デスクには一人の女性がついていた。
紺色のスーツを纏った女性。プラチナブロンドの髪が肩にかかっていた。
「どーも、今日は変わった趣向じゃん」
「マンネリはお肌の大敵です。たまには自動ドアというのもおしゃれではないかと思いましてね」
女性は柔らかい笑みを浮かべ、手に持っていたペンを机に置いた。
そして響一郎を見据え、紡ぐ。
「初めまして私はエリー。エリー・ウェバー。ニューポッカ重犯罪特捜班で局長をしています。あなたの名前を……聞かせてもらえますか?」
「……響一郎、白鐘響一郎」
「お前、そんな名前だったのかよ!あたしには名乗らなかったじゃねぇか!!」
「いや、聞かれなかったし……」
エリーは机の上に置かれた一枚のカードを手に取る。
それは押収された響一郎の図書館カードであった。
「名前の響きからするとヤーパン系ですね。文字もよく似ています」
「ヤーパン?」
響一郎の問いにエリーが頷く。
ヤーパン。
それは元居た世界でも日本を表す単語であった。
「ヤーパンというのは200年ほど前に異世界から来たという人間が建てた国です。国自体は既に滅んでいますが一時は世界第3位の大国として栄えたそうです。あなたも、異世界から来たのではないでしょうか?」
「ああ、その通りだ」
「あっさり認めたな」
呆れるクリス。
別に隠す意味はない。
むしろ異世界から来たということを説明せずとも悟ってくれたのだからややこしくなる前に認めた方がいいに決まっている。
「話が早くて助かる。俺は大学生だったんだが気づいたらこの世界に飛ばされていたんだ。そして、その直後にクリス巡査と出会った」
トイレに行こうとしていたということは別に伏せていてもいいだろう。
現時点では不要な情報だし軽犯罪を犯したという事実に結び付くかもしれない。
それに予想が正しければ……
「なるほど、それでその後コンビニ強盗に遭遇して捜査を手伝ったがその後、妙な身分証を持っていたので保護された、と」
(やはりか……軽犯罪で追われた件については報告してないようだな)
初めて会った時、クリスはサボっていた旨の台詞を吐いた。
響一郎の軽犯罪について報告すると連動してサボリの事実がバレる。
見るとクリスの表情は硬くこちらに目配せをしている。
「余計なことを言うなよ」という眼だ。
「そういうわけだ。で、こういう場合、俺はどうなるのかな?不法入国的なものに問われたりするんだろうか。刑務所に入ったりするなら理不尽だしその場合、全力で逃げることになるんだが……」
「て、てめぇ逃げるとかいい度胸だな!」
もちろん逃げられるとは思っていない。
コンビニで見たクリスは特殊な『能力』を持っていた。
そしてこの部屋に入る時も不思議な現象が起きた。
何かしらの『能力』によるものだろう。恐らくは目の前にいるエリーのものだ。
この署内にどれだけそういった『能力』を持った者がいるかはわからない。
だからと言って弱気でいるのは良くないと響一郎は考えた。
「異世界から飛ばされてくる人間というのは実際何人いるかはわかりません。このホルン州で去年確認できたのは17名。うち、交通事故で3名。犯罪行為に巻き込まれて10名亡くなっています」
「物騒だな」
「右も左もわからない異世界ですからね。一応、異世界から転移してきた人間に関しては法律で保護されることになります。通常の生活を営めるよう、保護施設に入れられます」
「俺もそこに送られるのか?」
「それなんですが、あなたは少し変わってます。転移から数時間しかたっていないのにこうやって我々とコミュニケーションを取れている。驚くべきことです」
「ああ、やはりそうなのか」
響一郎はこちらの世界に来て数分は言葉も何もわからなかったが急に『学習』出来たこと。
そして妙なウインドゥが見えることがあるということを説明した。
「そのウインドゥはおそらくコール・フレームですね。こういうものです」
エリーが手をかざすと彼女の前に身分を示すフレームが現れる。
「こうやって自分の身分を見せたり色々なことに使います。クリスがしませんでした?」
「いや、普通に名乗っただけだったが」
「バ、馬鹿!」
「一応警察は最初に身分を示すフレームを示す必要があるのですが……まあ、それは置いておきましょう」
エリーはため息をつく。
「あなたのコール・フレームは変わってますね。まるでそう、ゲームのフレームみたいです。そしておそらく『私達には視えない』……」
「他と違うっていうのは度が過ぎると不安なもんだな」
「何故?」
「そういう民族性なんだよ。まあ、この特殊性のおかげでこうやって話も出来るわけだしものは考えようだ」
なるほど、とエリーは頷く。
そしてしばらく考え込む。
「響一郎、あなたは『予言』や『運命』を信じますか?」
「藪から棒に何の話だ?どうだろうな。こうやって異世界への転移を体験してるんだから何があっても不思議ではない」
「では……あなたの措置について、少し考えがあります。時間をいただけませんか?」
「その言い方からして悪い話ではなさそうだな」
「そうですね。もちろん、あなたが気に入ればの話ですが」
「気に入るんじゃないか?そんな気がするよ」
返答にエリーは微笑んだ。
「なぁボス。何を考えてんだ?」
「簡単なことです。そう、あなたを重犯罪特捜班にスカウトしたいと思います」
「!?」




