#33 美しき誠意
リズに発見された十数分後。
響一郎は椅子に座らされていた。
対面の椅子には服を着て腕を組みこちらを睨みつけるリズ。
拘束はされていない。
捕まってすぐ身分提示をした。
帰宅する前にギリギリで身分証が完成し貰うことができていたのだ。
故に、話を聞いてもらえることとなった。
「警察に突き出すわ」
と思ったら無慈悲に突き放された。
「いや、だから俺も一応警察なわけであって……」
「パパと同じ職場……ねぇ。それで先輩の家に忍び込んで娘を覗き見るとか………何それ、完全な変質者じゃない」
変質者と断じた男を拘束なしで真正面から見据えるその姿勢・度胸にある種の感動すら覚える。
同時に、仮に響一郎が乱心し襲い掛かったところで対処するだけの能力があるのではないか。
そんなことも考えられた。
「いや、だから居候させてもらってるんだって」
「聞いてない。だいたい、何で居候なのよ。警察の寮だってあるだろうし……出身は何処なの?」
「えっと……日本」
「何それ?」
しまった。
思わず反射的に答えてしまったがこれで更に説明が増える。
仕方がない。
響一郎はゆっくりと、自分が異世界から来た人間であること。
そして、特殊な能力・ギフトに目覚めたこと。
重犯罪課にスカウトされ、ダニーの行為で居候させてもらっていること。
今回の騒動は故意ではなく、偶然によることを説明した。
リズは途中、何か口を挟みたそうな顔を見せることがあったが最後までしっかりと聞いてくれた。
「作り話とだとしたら、中々出来たものね」
「信じてはくれないか?」
「信じるわ」
「!!」
「あなたは既に私に発見された。そして無抵抗で投降しこうやって対面している。つまりあなたは『敗北』を認めている。あなたの告白には『嘘はない』と考えるわ」
確かに。
自分はリズの能力に『敗北』した。
見つかった瞬間、心がそれを認めたのだ。
「ありがとう。その上でひとつ……」
不意に、立ちあがる。
リズはその動きに眉一つ動かさず彼の姿を見据えていた。
響一郎は一歩踏み出ると膝をつく。
そのまま両手を床につき、リズに頭を下げる。
「!?」
「故意ではないとはいえ、下着姿を覗く形になりあまつさえ隠れたという無礼。本当に申し訳ない」
リズは目を見開き響一郎の行為、『土下座』を見ていた。
何という美しい所作だろうか。
全身から伝わってくるのは誠実な謝意であった。
「な、何なのその態勢は!?」
「これは俺の国で謝罪をする時の最大級の誠意なんだ」
「さ、最大級!?」
反射的に立ち上がり、後ずさりをする。
その拍子に先ほどまで座っていた椅子が後ろに倒れた。
それはリズにとってこれまでの人生で最も衝撃的な出来事であった。
「こ、これが異世界人。これが、シラカネ・キョウイチロウ……」
自然と動きが生まれた。
ただ無意識にそうするべきなのだと理解する。
ゆっくりと手が差し出された。
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数時間後。
ダニーはわき目もふらず帰宅した。
リズはよく家の中では一人だとそこら辺に服を脱ぎ捨てて風呂に行く癖がある。
響一郎のことは伝えていないし場合によっては事件が起こるかもしれない。
「リズ!すまない、同居人が出来たことをお前に伝えるのをすっかり忘れていて……あれ?」
息を切らしながら飛び込んできたダニーが見たのはテーブルでお茶をしながら談笑する二人の姿であった。
「あら、パパおかえりなさい。今、丁度彼から面白い異世界のジョークを聞いていたの。何だっけさっきのあれ」
「ああ、役所に手続きに来た男が名前を聞かれて『マママママイケル・スススススミスです』と言ったんだ。係の人が落ち着くように言うと彼は言った。『私は落ち着いていますが、父が出生届けを出したときに緊張していたもので……』ってね」
「それそれ、もうお腹がよじれるくらい笑ったわ。こんなに笑ったのは久々ね。あれ、どうしたの?」
「いや……えっと……うん」
惨劇は免れたようだが、ダニーは思ってもなかった光景に首を傾げたのであった。




