#3 大学生、ようやく異世界に気づく
「それにしてもここは何処なんだろう?そ、そうだ。位置情報を見てみよう。」
ズボンのポケットを探ってみる
「スマホは……ないっ!?くそっ、どこかで落としたか。ていうかそもそもカバンはッ!?あれ、何処まで持ってたっけ」
大学では持っていたはずの荷物が無かった。
トイレに入ったところまでは持っていたのを覚えているのだがそれ以降は記憶がない。
「この数時間の間にどこかで落としたのかな。マズイなぁ。もしさっきのおまわりさんの所とかだったら……いや、そもそもここは何処だ?」
ようやくここで響一郎は気づく。
自分が知らない土地に居ることに。
住んでいたところと明らかに街並みが違う。
まるで時々見る洋画に出てくる外国の風景であった。
「え、俺いつの間にか出国したッ!?いやいや、パスポートとか持ってないぞッ!?」
とりあえず何か場所を示す看板がないか。
視線を巡らせていき気づいた。
通りを表す看板が立っていた。しかし……
「な、何だこの文字!?読めないぞ、これは……英語じゃない。え、何処の言葉だ!?」
他にも車についているナンバープレート。
やはりこれも知らない文字で書かれていた。
「が、外国だ!で、でもどこの国なんだ!?こんな文字、見たことないぞ!?」
するといつの間にか消えていたウィンドゥが再度姿を現す。
<文字の学習が完了。アルストリア語が読めるようになりました。やったね!>
「アルストリア語……?何だそれ。というかこのウインドゥ、まるでゲームみたいだな……はッ!?」
視界の端。
先ほどは理解できなかった通りの名前が理解できるようになっていることに気づく。
第3オークエース通り
「よ、読めてる………な、何が……あっ、ま、まさか」
響一郎の中でこれまで起きた不可解な出来事が駆け巡り繋がり始める。
謎のカウンター
剣と魔法の世界が人気。
召喚。
いつの間にか知らない場所に立っていた自分。
外国人っぽい女性警官。
最初はわからなかったけどわかるようになった言語。
外国っぽい街並み。
「ま、まさか。そんなこれってもしかして……い、異世界……?」
古くより見られる物語ジャンルの1つ。異世界もの。
あの奇妙な窓口は異世界への渡航、もしくは転移や転生などの申請をする場所だったのではないか。
自分はそれに気づかずサインをした結果、異世界に送られてしまった。
そんな仮説が生まれたのだ。
「いやいやいやいや、おかしいぞ、何でトイレに行こうとして異世界なんだよッ!理不尽にも程があるだろ!」
異世界へ行く原因としてメジャーなのは不慮の事故と相場が決めっているらしいが……
彼はただ、トイレに行きたかっただけなのだ。
よくわからない書類に適当にサインをした点は大いに反省すべきだろう。
結果、行きついたのは異世界の知らない街。
否定しつつも徐々に確信へと変わる事実に響一郎は思わずうずくまってしまった。
「理不尽だ……俺は普通の大学生活を送っていただけなんだ。それがいきなり異世界へ飛ばされて人生ハードモードじゃないか……」
状況を考察していけば行くほどに絶望が増す。
だが………
「まあ、飛ばされてしまったものは仕方がないか」
考える。
例えば、この世界の文明レベル。
察するに元々いた世界と大差ない文明レベルの世界だろう。
モンスターと闘って生計を立てるだとかそういう物騒なことはないはずだ。
「そうだな、まずは情報収集をしないと……」
もっとこの世界について知る必要がある。
今の所出会った人間はあのクリスとか言う怪力女性警官だけだ。
彼女との会話と看板から言語を『学習』した。
また、逃げる中で持久力とやらが『成長』した。
それらは時折出てくるゲームのようなウインドゥに示されていた。
これが受付の女性が言っていた『ギフト』だろうか?
この世界にはどういうシステムがあるかはまだわからない。
だが、少なくとも高い学習能力とやらを持っているならばそれを活用しない手はないだろう。
「そうだな……夜だが寒さを感じない。元の世界では春先だったし、同じくらいの気温なんだろうな……四季はあるんだろうか。」
そんなことを呟きながら歩き始めた。
空を見上げれば星が出ており月もあった。2つほど……
星については周囲の明るさからかあまり見えない。
「都市ってことなんだろうか。どれくらいの人口がいるのかな。」
道端に生えている花を凝視する。
しかし、名前はわからない。ウインドゥも出なかった。
触るのが条件かもしれないと思い触れてみるがやはり同じだった。
「万能ではないか……学習には多分、条件があるのかな……うん、面白くなってきたぞ。」
途中、何人かの人とすれ違った。
犬を連れたおじさん。ただ、犬は三眼でありやはりここは異世界なのだと改めて認識させてくれた。
やはり犬種の様なものはわからなかった。
ジョギングする若い女性。背が高かった。
イチャイチャしながら歩くカップル。学生っぽい感じだ。
顔立ちなどはやはり元居た世界の外国人風であった。
しばらく散策をしていると周囲の建物の電気がぽつぽつと消えている中、明々と灯がついた小型の店舗が見えた。
「思うにこれは……コンビニって奴じゃないのか?もしそうなら新聞や雑誌が置いてあるものだよな。立ち読みとかOKな文化かな」
思い切って入ってみようと踏み出した瞬間……
ズドーーーンッ!!
店内で何かが光り、テレビでしか聞いたことのない轟音が鳴り響いた。
「なっ……」
文明レベルが同じようならば可能性を考えるべきだった。
人類が開発した殺傷能力の高い携行兵器の存在に。
「じゅ、銃声だと!?」
銃声。
それが指し示すものは事件が起きたということである。
場所から推測されるのはコンビニ強盗。
即ち、警察が来る。そして、現在自分は不本意ながら警察に追われている。
そこから導き出される最善の解は1つ、「その場を離れる」であった。
しかし運命の悪戯とはかくも残酷である。
視線の先、こちらに走ってくる人影があった。
そしてその正体が響一郎の思考をかき乱し愚かな行為へと走らせる。
クリスだった。
クリス・コールハース巡査。
「や、やばいっ!!」
自動的に体が動いた。
だが愚かなことに、彼が逃げ込んだ先は銃声が響いた件のコンビニだった。
コンビニ内は荒らされておりカウンターで固まっている女性の姿が。恐らくは店員だろう。
左腕に怪我をしているようで血が出ている。
カウンターの傍には無精ひげを生やした男性が倒れていた。
右手にはやはり思った通りの代物─拳銃が握られていた。
そして額にはぽっかりと穴が開いて血が流れ出ていた。
「し、死んでるッ!」
「あ、ああああ……あの………ああ」
店員は言葉が上手く紡げないようだ。
そして……
「警察だッ!!」
やはり銃を手にクリスがコンビニへと突入してきた。




