#23 ある家族の秘密~崩壊~
その男、ピーター・ブラケットは強い『虚栄心』の持ち主だった。
人より優れていると、自分は特別だと思い込んでおり他人など自分の足元には及ばない、そういう考えの人間であった。
但し、会計士としての彼は決して高収入ではなかった。
それでも妻のジル、娘のルーシー、息子のティムと4人でつつましく暮らしていくだけの収入はあった。
だが、彼にとっては『それだけでは』不満であった。
自分は特別である。それなのに大した贅沢も出来ず、これは何かが『間違っている』。
そんな風に思いながら毎日を過ごしていた。
彼の人生に転機が訪れたのは家族サービスでピクニックに行った時の事だった。
自分はこんなところで何をしている。
そんなことを考えながら切り株に腰かけ弁当を食べていた彼だが森の中から出てきた一匹の兎が木の根につまずき首の骨を折って死んでしまった。
マーブルホーンだった。本来なら自然保護区に生息している種だがそこから迷い出てきたのだ。
「マヌケなウサギだ。だけどこの角……きれいだな」
ピーターはマーブルホーンの遺体から角を剥ぎ取り持ち帰った。
この角でアクセサリーでも作ってもらい妻にプレゼントしてみよう、と。
純粋に日頃の感謝を思って、そして贅沢をさせてやれない妻へのせめてものお詫び。
それだけだったのだ。
だが、それがそもそもの『間違い』でブラケット一家の『崩壊』の序章であった。
角を彫刻家である従兄弟に見せたところ、その価値について聞かされる。
ピーターは思った。『こいつは金になる』。
彼はこの出来事を『神の啓示』と思った。
それを前後し、彼には『神の贈り物』とされる特殊な能力に目覚めたのも手助けをした。
本来ならばその能力を人の為に生かせばよかった。
だが彼はそれを自分の為、自分の『虚栄心』を満たすための道具として使う道を選んだのだ。
彼は時折、自然保護区に忍び込み、その能力でマーブルホーンを狩っていた。
ちっぽけなウサギから取れる角一本が彼の収入3か月分にも相当していたのだ。
悪いことに彼には角を捌く『ルート』もあった。
従兄弟である。彼もまた、能力の持ち主であり角を加工し裏のルートで富裕層に流していた。
こうして彼は会計士の傍らマーブルホーンを密猟し従兄弟が売りさばく。
そんな二重生活を続けることとなった。
妻も最初こそ反発していたが結局、生活のためには『仕方のない犠牲』と妥協。
森林局の職員という立場を利用し、夫の密猟が発覚しない様手伝っていた。
そういったことを何年も続けていたがある時綻びが出来る。
高校生になった娘のルーシーだ。思春期だった。
ルーシーは『正義』を信じていた。
己の家族が抱える秘密を。その秘密に乗っかり今まで生きてきた自分を恥じ、『正しい事』をしたいと思ったのだ。
彼女の考えは正しかったのかもしれない。ただ間違いがあったとすれば、それを当時付き合っていたソロイ・ホートンに話したことだった。
ホートンはお世辞にも優等生とは言い難い男だった。
彼は思いがけず知った秘密を『利用』出来ないか、自分も甘い汁が吸えないか考えた。
結論として彼は3人の仲間とブラケット家を訪ねた。
自分達も仕組みに加えてもらおう、そんな目論見だった。
だが父親は、ピーターは彼らを突っぱねた。
何故特別な存在である自分がこんな頭の悪そうな、その辺に生えている木よりも馬鹿そうな連中とつるまなければならないのか。
更に娘も巻き込み、修羅場と化した。
そして悲劇が生まれた。
脅しのつもりで持参した銃を仲間の一人がぶっ放したのだ。
そこからはもう、恐ろしいほどに愚かな行いだった。
妻のジルに…
娘のルーシーに…
次々と銃弾が撃ち込まれた。
そんな中、ティム坊やは裏口から逃げだした。
ホートンが、彼だけがそれを見ていたが、敢えて『追わなかった』。
子供を手にかけるのは忍びなかったのだ。彼なりの良心だったのかもしれない。
こうしてブラケット家をほぼ抹殺した男達は3人の遺体を運びある場所に捨てた。
それが、ある家族の『崩壊』の真実であった。
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とある路地裏。
十字型のヘアピンをつけた長身の男性が朽ちて撃ち捨てられた木戸の上にあぐらをかいて座っていた。
「おーっと、悪いね遅刻しちゃったよ。待たしちゃった待たしちゃった」
路地裏に入ってきた男が軽いノリで謝る。
待っていた男はチラッと腕時計に目をやる。
「……問題ない。ほんの25分17秒だ」
「ほんっとゴメンネ。クリーム海老美味しくてつい時間忘れててさぁ」
謝る男。
その正体はルークであった。
「で、どうだい?」
「……何がどうなんだ。そんなクソくだらないおしゃべりが必要とは思えない。俺に必要なのは『取引』だ。俺自身が奴らの前に現れるわけにはいかない。そういう『能力』なんだ」
そう言うと男は懐から封筒を取り出す。
「慌てなさんなよ。取引で重要なのは何だと思う?おしゃれかどうかってやつさ」
「いいから早くしろ」
「へいへい。わかりましたよーっと」
ルークがズボンのポケットから一本の小瓶を取り出す。
「これがあればあんたの目的は果たせるんだろう?」
「そうだ。捨てた紙コップとかでも出来なくはないが別の痕跡があると『精度が落ちる』からなそういう意味ではあんたが用意してくれるそれは丁度いいんだ」
「それは良かった。それじゃあ、引き続き『3人目』も用意していたらいいって事かな」
ああ、と男は言い小瓶と封筒を交換すると路地裏から立ち去っていった。
その背中からは鬼気迫る怨念が渦巻き何か形を成そうとしているのが見て取れた。
「復讐かぁ、俺みたいな凡人にはわからないけどなぁ。まあ、それが俺の『ビジネス』だから協力はするぜ。生き残りの『ティム坊や』」
ルークはそう言うと舌をペロッと出し別方向へと立ち去っていった。
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ルーク・トラッケン
職業:犯罪組織の構成員
ギフト名:ケ・セラ・セラ
属性:不明
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