#21 検死官ワーツェル先生
「まさかリトル・グッド・ホワイトが武器になるとは思ってもみませんでした」
ザン・Aの世界から解放された3人は気づけば図書館に戻ってきていた。
開いてはいけない本はその『ルール』に則り再び姿を消していた。
恐らくはどこかの書架にひっそり収まっているのだろう。
「いやぁ、よくわかんなかったけど面白い本だったなぁ。あれ、図書館の目玉にしたら客増えないかなダリアちゃん」
ルークの能天気な発言にダリアは冷ややかな視線を送る。
「出禁にした方がいいかもしれませんねこの客。それと常々気になってましたが気安く名前で呼ばないでいただけます?」
「厳しいなぁ。それじゃあさ、とりあえず3人で食べに行こうよ。『クリーム海老』!」
「仕事中です」
ルークの誘いは一刀両断される。
「厳しいなぁ。今まで何回も誘ってるのに」
「正確には『27回』ですね。いい加減諦めてください。でないと出禁にしますよ」
「職権乱用だぁ」
気の抜けるやり取りを眺めながら響一郎はザン・Aの事を考えていた。
独り歩きする能力。
今回攻略できたのは運が良かったというべきか。
だがそもそもザン・Aが不可抗力で開いてしまったことを考えると運が悪いともいえる。
「……シラカネさん。さっきのでわかったと思いますが今後もザン・Aにはお気を付けくださいね。あなたはそういうものを引き寄せるのかもしれません」
「勘弁してくれ」
「よし、それじゃあ男二人で食べに行くかぁ」
クリーム海老は食べたい。
しかし響一郎としてはもう少し色々情報を仕入れたいのだが……
そう思っているとコール・フレームが反応した。
メール着信を示していた。
「悪い、ルーク。どうやら上司からの呼び出しだ」
「ガッデム!ひとりクリーム海老かよ!」
「……シラカネさん。図書館ではコール・フレームの通信機能はオフでお願いします」
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響一郎たちがザン・Aを開いてしまったのと同時期。
クリスとダニーはショットランド地区の死体安置所に来ていた。
「かーっ、ショットランド嫌なんだよなぁ」
クリスが大きなため息をついた。
「藪から棒に。どうしたんだ?」
「だってここってワーツェルの爺さんだからなぁ」
その名前にダニーはああ、と頷く。
「まあ、でも彼からの情報提供だよ?」
そう言いながら鉄の扉を開けると。
「おやおや、思ったより早かったようですな」
禿げあがった頭。
黒縁のサングラスをかけた老人が椅子に座りヌードルをすすっていた。
「何食ってんだよ。レッドホットチリコッカトリ味!?石化する辛さとか相変わらずわけわかんねぇもの食ってるな」
「クリス、失礼だぞ。すいません先生」
ワーツェルと呼ばれる老検視官は咳をするように笑うと
「構いませんでな。えーと変死体の方ですな。ただ、ワシは見ての通りランチ中故に少し待って欲しいわけですがな」
「ランチって時間じゃねぇだろ。まだ朝だぞ!」
「いやいや、自分がランチと思えばそれは『ランチの時間』なのですな。それに……」
ワーツェルはカップを傾け一気に中身を飲み干した。
げっぷが出て、思わず胃のあたりをりをさする。
「いつ解剖の仕事が舞い込んでくるやもしれませんでな。食べれるときに食べるのが鉄則ですな」
「解剖前に飯食うなよ。吐くぞ」
「そういう初心なのは何十年も前に通過したから心配無用ですな」
ワーツェルは遺体を安置しているハッチの1つを解放し遺体が乗った台を引き出してきた。
「ソロイ・ホートン。26歳。死因は失血死。薬物反応は無しですな。職業は……ギャンブラー。遺体のポケットにカジノの借用書があったそうですな」
「それってあれじゃねぇのか。カジノで負けが込んだかイカサマしてやばい連中に追われたとかそう言うんじゃねぇのか」
しかしダニーはホートンの顔をじっと睨みつけている。
「先生、こいつ……」
「……気づいたかダニー。警察はギャンブルの線を追っているがそれは見当違いではないかと思う。恐らくは……」
サングラスの向こう側でワーツェルの瞳がぎらぎらと光っている。
「な、何だよ。二人して急にシリアスになって」
「クリス、この男は『はじめましてじゃない』ということだ。そしてマズイな。もしそのパターンなら死体が更に増えるかもしれん」
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