#16 図書館司書と開いてはいけない本~part1~
「おや、兄ちゃんも興味があるのかい?これはゾット鉱石と言って古くから幸運を呼ぶと言われてる石から作られたんだ。ただ、中々手に入らなくてね。どうだい、恋人へのプレゼントとか」
「それで1万8000か……あいにく、恋人はいないよ」
淡く黄色い光を放つ宝石が幾つか埋め込まれたブローチを手に取りしげしげと眺めた。
日本円にして18万円。
やっぱり高いと思う。
「おやや、兄ちゃんイマイチ納得してなさそうな顔だね。もしかして原価からすればぼったくりじゃないかって言うのかい?こう言うのはね、作った人の作業費とかそう言うのだってあるんだよ」
「そ、そうですよ。こういうものの値段は一概に原価だけじゃないんですよ」
「それについては文句はないさ。ただ……」
見て、触れることで鑑定結果が出た。
<クロライトを素材としてつくられた模造宝石。価値はゾット鉱石の1/10……以下。ぶっちゃけます、詐欺ですね>
ああ、やはりと納得した。
「クロライトをゾット鉱石と偽るのはどうだろうね」
「え……ク、クロライト?」
女性が言葉を失う。
男の方は頭をポリポリ描きながらため息をつく。
「お兄さんさ、営業妨害って知ってる?」
「詐欺って知ってるか?」
コール・フレームを展開し先日登録された身分証を提示する。
「あっ……えっと、おまわりさんかぁ。あー」
気まずそうに視線をそらし。
「いや、ごめんね。間違えたよ。最近、同じようなデザインでクロライトのブローチを仕入れててそっち持ってきてたよ。危ない危ない。指摘してくれなかったらワルイコトするとこだった」
軽薄な笑みを浮かべながら凄まじいスピードで店じまいを始める。
「ごめんね、お姉ちゃん。何か今日は調子悪いわ。また商品見直してから出直すね」
あっという間に商品を鞄にしまい込み男は逃げるように去っていった。
権力を振りかざす様なことはあまりしたくなかったがあれで穏便に片付くならそれも良いだろう。
残された女性は無言でうつむいていた。
気まずい。
「……えっと」
「……ありがとうございました。おかげで騙されずに済みました」
小さく、礼を言われる。
「あ、いや。どうも」
「それじゃあ、失礼します」
うつむいたまま歩き出す女性。
ここで声をかけ優しい言葉の1つでもかけるのが出来る男なのかもしれない。
だが…
「面倒だし、まあいいか」
響一郎はそういう機転は利かない男だった。
そもそも出来る男である必要もない。そう考えているのだから。
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図書館に到着して最初に思ったのは。
「何これ、歴史的建造物?」
歴史の教科書で見たことがあるギリシャの神殿を思わせる外観。
所々に彫像が建てられており思わず間違えたのかと周囲を見渡す。
普通に『市立図書館』という立札が立っていた。
「予想外だわ、これ。いやでも図書館ってこんな感じか。子どもの頃のイメージはこういう感じだったからな」
響一郎の想像していたものは大学図書館のような建物だった。
彼の通っていた大学の図書館は最近立て替えられデザインも重々しい感じがないものであった。
とりあえず、図書館へ足を踏み入れることにした。
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図書館に足を踏み入れ、思った。
「あ、これゲームだと間違いなくダンジョンになってるやつだわ」
円形のデザインの回廊。
無数の書架。
淡い光を放つランプ
空中に浮いている小部屋まである。
「実際、人気ゲーム『ドラゴンズレガシー5』ではこの図書館がモデルとなった迷宮が作られたそうです」
聞き覚えのある声がする。
声の方を向くと先ほどの女性が立っていた。
図書館の制服だろうか。紺色の衣装を纏い帽子をかぶっていた。
「おかげでゲームの聖地巡礼とかで来る騒がしい連中も来るんで迷惑です。図書館は静かに本を読む所なのに……で……」
じっと見つめられる。
小さな口を開き…
「おまわりさんが何か御用ですか?」
「いや、勉強をしにね……初めて来たもので雰囲気に圧倒されてしまったよ」
「そうなんですね……えっと、当図書館の注意事項について説明をさせていただきましょう」
「いや、別にいいけど。図書館ってどこも大体同じじゃないのか?写真撮影や飲食は禁止とか」
女性は明らかに不満げな表情を見せた。
「そういう事は『常識』と言います。わざわざ職員がこうやって赴くには『理由』があります。あなたが初来館であることは入り口で図書カードの認証をした時点でわかってます。初来館だからこそ絶対に説明しなくてはならないことがあるのです」
「……失礼だったな。すまない。説明を聞かせてくれ」
「それでは私、当図書館の1等司書ダリア・ロッシが説明させていただきます。重要なことは1つ。もし本を探していて黒色の表紙に金色の文字で『ザン・A』と書かれた本、これを見つけたら『絶対に開かない』でください」
「は?」
「いいですか、『ザン・A』です。黒色の表紙に金文字でそう書かれています。見つけても『絶対に開かない』。それが重大な当図書館の『ルール』です」
迫力に圧倒され言葉が出なかった。
ダリアは告げ終わるとこちらに背を向け、ゆっくりと歩き出す。
「ではごゆっくりと。お客様」
そしてダリアの姿はゆっくりと書架の間に消えていった。




