#15 図書館へ行こう
夜
全天の下、闇に包まれた裏路地を走る男が居た。
息は荒く、時折背後を振り返りまた走る。
「何だっていうんだよあれはッ!!」
ただひたすら、足を前に、前に、前に!!
何故こうなった?
何が起こったというのだ。
何故だ。他の人間には『あれ』が『見えない』のだ。
あの美しくも恐ろしい『天使』が。
確かにあまり褒められた人生は送っていない。
荒れていた時期もあった。
だが、いまはこうやってやり直している。
新しい出発を切ろうとしているのだ。
だが天使は自分を罰するかの如く迫ってくる。
罰……男の脳裏にある記憶がよみがえる。
「まさか、あの時の……まさかあの時の息子がッ!?」
瞬間。
首の後ろから野太い何かが貫通。
男は串刺しにされ、真っ赤な花を建物の壁に描いた。
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朝
響一郎は間借りさせてもらっているダニーと共に重犯罪特捜班の本部へ出勤してきた。
所属している刑事かつ能力者は響一郎、クリス、ダニー。そしてエリー他数名がいるらしい。
それらの人物については出張で余所の州に出向いているとか休暇中だとかでまだ会えていない。
数日の講習を経て、今日は初出勤の日である。
「それじゃあ、本日の割り振りをします。ショットランド地区の変死体……クリスとダニーで行ってください」
「あたしらが出るタイプの事件ってことか?」
「ええ。不審な点が多いそうです。目撃者によると被害者は何かに怯えるように街中逃げ回っていたそうです」
「クスリをやってたってわけでもないのか?」
ダニーの質問にエリーは首を横に振る。
「薬物反応もなしとのことです」
「それは気になるね。それじゃあ、行こうかクリス」
あいよ、と返事をしクリスはダニーとミーティングルームから出ていく。
「局長、俺は……?」
「あなたの仕事はこれです」
エリーが一枚のカードを取り出す。
「これは……」
「図書館カードです」
「図書館カード……まさか局長は俺に図書館へ行け、と?」
エリーは首を縦に振る。
「その通りです。勉強をしてきてください」
「待て、何故そうなる。俺は特捜班の刑事になったんだろう」
「特例で、特捜班のメンバーにはなれました。ただ、今のあなたにはまだ圧倒的に『知識』が不足している。だから、図書館が重要なのです。あなたの特殊なスキル、その学習能力に必要なのです」
響一郎は高い学習スキルを持っている。
異世界に来て間もない彼が言語を理解し使いこなせるようになったのはこのスキルによるものだ。
新しい文字や言語に触れるとそれを使いこなすことができるようになり、高速で発射されるものを見続ければ動体視力が鍛えられる。
ただし発動には精神力を消費する他、強い想いを以て対象に触れる、行動を取ることなどが必要のようだ。
それがギフト能力と関係があるかは不明だ。だがこのスキルはこの世界に適応するためには必須である。
「知識を集め、この世界に適応するのです。それがあなたのレベルアップに繋がります。幅広く色々なものを学びなさい」
「そうだな。効率も前の世界に居た時とは比べものにならないレベルになっているのはわかる。記憶力も抜群だ。修行、ということだな」
言うと図書館カードを手に取る。
すると表面の文字列が消えコール・フレームに吸い込まれていく。
「これであなたは図書館の利用が可能になりました。利用できるのはニューポッカ市立図書館。場所は……」
「それならわかる。昨日ダニーの家でこの辺の地図を見せてもらい『学習』した」
その答えにエリーは満足げな笑みを浮かべる。
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「この学習能力、本当に便利だな」
呟きながら地図の記憶を頼りに図書館へと向かう。
最短距離で行く道も把握しているがとりあえず大きな通りを利用して行くことにした。
地図上での情報と実際に見た情報をすり合わせることでより精度の高い地図が頭に出来ていくのだ。
先ほどからずっと学習スキルを使用しているが精神力については気にする必要はほぼなかった。
教会の事件後、ステータスを確認してみたところ、恐ろしい成長を遂げていた。
ギフト能力を使ったことでレベルアップしたということだろうか。
あの後も毎朝ステータスを確認してみたところ、さらに成長しておりどうも『学習』をすればするほど同時にステータスも上昇しているようだ。
今はと言うと……
<SP634/650 すてきなお勉強た・い・む~♪>
妙な色気が文から出ているが無視する。
こんな感じで最初の壁を乗り越えた後は右肩上がりの成長だ。
そんなわけでスキルを使用して情報を集めるのが楽しくてしかたがない。
「これ、本当に本物ですか?」
「そうだよ、正真正銘。幸せを呼ぶ魔力を秘めたゾット鉱石のブローチさ」
ふと、目に入る。
何やら胡散臭そうな露天商が真っ黒なコートを羽織った若い女性にセールスをしていた。
露天商は無精ひげを生やした20代前半くらいの若者。
女性はミドルショートでメガネの奥には気弱そうな瞳が見えた。
「う~ん、でもこの値段はちょっと」
「いやいや、お姉ちゃんね。こいつはそうそう入荷しないレア品なのよ。これを逃す手はないと思うなぁ」
値札には1万8000アシューと書いてあった。
1アシューがだいたい日本円に直すと10円の価値なので18万円。
レアな鉱石を使っているということで高いらしいが何かうさん臭さを感じる。
面倒ごとは避けたい。
とりあえず図書館に行きたいのだが……
「何だろうな……」
妙に気になる。
放っておけない気分だった。
「なぁ、ちょっとそれ見せてくれないか」
そう言うと響一郎は自ら厄介ごとに首を突っ込んでいった。




