1.金色のバカ、ふたたび
1.金色のバカ、ふたたび
何でも願えば叶う、なんて甘ったれたことを考えている訳じゃない。なんでも叶ってしまうような世界だったら、ドラえもんなんて生まれなかっただろ?魔法少女だって、存在しないだろう?そんなこたあ、嫌でも分かってるさ。でもな、それでも現実に抗うのが人間って愚かな生き物じゃあねえのかい?
あれから一か月。顔のケガも若さゆえにすぐ治り、あとは学校に行くだけなのだが、俺はヒキコモリのままだった。相も変わらずオンラインゲーム『ツウィンクルスターオンライン』をたしなんでいる、一応ぎりぎり高校生。ヒキコモリを続けているせいで、そろそろ退学になるかもしれないが、いちいちそんなつまらないことを考えていても仕方がない。
「今日も張りきってイベントを頑張るぜい」
俺はマウスを片手にゲームを起動する。基本的にゲームで使用するのはキーボードなのであまりマウスを使いはしないが、緊急回避やカーソル移動が面倒であるときに時おり使う。故に、しっかりとマウスパッドを装備している。
マウスの自慢をしたなら、キーボードも自慢しなければ。
ラップトップパソコンの付属品から取り替えた、ゲームに最適だと言われているキーボードだ。ボード自体が少しカーブを描いており、手を置くと自然と操作に必要なキーにそれぞれの指が馴染む。なかなか激しいタイピングが必要なので、耐久性は抜群だ。
これがオンラインゲームのトップランカーの本気。それも無課金でかつては頭を張っていた。だが、まあ、家族とかいろいろな事情があったり、その、色々な事情があったりで、いろいろとゲームから遠ざかったりもしていた。だから、今はトップの座を奪われたが、別に何かを思ったりはしない。また、じっくりゆっくりと積み上げていけばいい。
「さあ、クロ姫。次の冒険へ出発だ!」
一か月前のイベントで救ったクロ姫というヒロインを伴侶に俺は新たな世界へと旅立つ、はずだった。
「金色のバカ!ご飯だゾ!」
ドタドタドタという音とともに俺の部屋に駆け込んでくる人影。白い肌に銀色の髪。現実離れした容姿だが、姿はチビ。別に幼女というわけじゃないけど、同じ年代の子からしたら小さい方だろう。
その人影はゲーム中の俺に抱きつきやがった。折角ゲームを始めようとしていたのに。
「朝っぱらからゲームとは、ご立派な趣味だな!」
「やめい。離せ」
例えチビでも、胸が断崖絶壁でも、女は女。すごくいい匂いがしてやるせなくなるのだ。
「誰が絶壁だ、ボケ!」
思いっきり頭を叩かれる。
「な、もう一ゲームだけ、な。イベント期間中でさ」
「明。これからずっとみんなでご飯を食べるって約束忘れたのか?」
そう言われて、俺は申し訳なさそうに銀色の少女を見る。別に怒ってはいなさそうだ。
「分かったよ、クロ。ご飯を食べよう」
「急げよ」
「お~に~い~ちゃ~ん~っ!」
「な、なんだ。大地」
俺なんかより男らしい名前をした妹が恨めしそうに俺を見ていた。朝から一体なんなのだ。
「朝から一体なんなの?」
俺のセリフを言われてしまった。
「脳内妹とイチャラブしくさって」
「そんなことしてねえよ」
イチャラブというのが恥ずかしくて、そんなことと言う。現にまだクロは首に回した腕を解いてはいない。
「いま、脳内妹はどこにいる!」
「ええっと……パライソス星?」
「そこだぁ!」
わが妹は俺に向かって飛び掛かってくる。まるで獲物を見つけた猫、もとい虎である。
クロはさっと俺から離れる。そして、大地は俺に抱きつき、椅子から床に落とす。
大地は俺の体の上に四つん這いになった。
朝からやべえ。
「どう?おにいちゃん。妹で想像した?」
「し、しねえよ」
俺は目を逸らす。傾けた顔を大地は片手で掴んで自分の方へと向ける。
「ほら。また、目を逸らした。おにいちゃん、嘘つくとき、いつもめをそらすよねぇ」
顔を近づけ、妖艶な笑みを向ける。
「おい、大地。今日はちょっとやりすぎじゃないか?」
「脳内妹と朝からイチャラブされて、こっちは腹立たしいと。この発情した体をどうしてくれると!」
「女の子がそんなことを言うもんじゃありません」
俺は兄貴の威厳を使って、妹に説教する。だが、それは簡単に打ち破られた。
「おにいちゃん。大地はもう、おにいちゃんのあかちゃんだって産めるんだよ。オンナなんだよ」
体に電流が走る。顔を極端に赤らめて、股を動かしながら言われればそりゃそうなる。たとえ妹でも。それと、ちょっと危ないところがすれて……
「何やってるんだ?バカども」
部屋の外から声がかけられる。バカをやっている俺たちを見下ろしているのは長女であり、姉の天だった。
「お姉ちゃん。おにいちゃんがやれって言うから……」
「最低だな。クズ」
天姉のクズ、はすごく心が抉られる。才色兼備の天姉が言うのだから、恐ろしい。それに、やっぱりこの姿を見ると、そう見えるのか。襲われているのは俺なのだが。
「それより、クロはこっちに来ているか?」
「ああ。ベッドに腰かけて汚物を見るような目で俺を見ているよ」
クロはちょっとウザい、ニヒルな笑いで返答する。いろいろとどこで覚えてくるのだか。
「お前らも早く降りてこいよ。クロ。一緒に降りるか?」
「うん!」
クロは嬉しそうに部屋の外に向かう。
「そっちに行ったよ」
俺は天姉にそう言ってやる。
「ほら。俺たちも行くぞ」
「大地、もっとおにいちゃんを弄って遊びたい」
「最低だな」
大地はしぶしぶといった風に部屋から出る。俺も続いて出て行った。
「そう言えば大地。お前、いつの間に一人称が変わったんだ?」
「魔法少女って、一期と二期で衣装が変わるでしょ。そういうこと」
「いや、全然分からねえけど」
最近流行のイメチェンというやつだろう。暴走気味のわが妹はより質が悪くなった気がするが。
「しかし、天姉って面倒見がいいよな」
天姉と並んで歩いているクロを見て俺は思った。
「何か言ったか?」
「いや、別に」
くるりと振り返って天姉は言う。天姉は俺に対して少し厳しいところがあるが、俺にしっかりしてもらいたいという思いがあることはよく分かっている。その期待にこたえられるように学校に行ければいいのだが――人には向き不向きってあるからな。
てなことで食卓に到着である。
テーブルにはすでに母さんと父さんが座っている。
俺と天姉、大地は椅子に座る。俺は椅子に触れないクロのために椅子を引いてやった。
「しかしまあ、クロの分までしっかり作っているとはな」
食卓には六人分の料理が並んでいた。
「一人だけ仲間外れって可哀想でしょう」
そう母親は言った。
「なんだか俺よりも優遇がいい気がするというか」
「クロちゃんはヒキコモリのあんたと違って家から出られないの。出ないとは違うの」
「そうですね。はは」
だが、最近は心なしかクロの方がネトゲにはまっている気もしなくもないが。
「本当にそろそろ学校に行きなさいよ」
そう言って母親は溜息を吐く。だが、それ以上は何も言わなかった。
一か月ほど前の俺は部屋から出られず、家族とこうやって食事をすることなどあり得ないと思っていた。銀色の少女、クロのおかげで家の中を闊歩できるようになったものの、まだ家の外に出る決心はつかない。一か月前、外に出た時のちょっとしたトラウマが足を引っ張っているのだ。
「ほら。ちゃっちゃと食べなさい」
そう言われて俺は食事を始める。そんな俺をクロは楽しそうな顔で見ていた。みんなが見ているところでは、クロは食事ができないのだ。
部屋に戻ると、クロは早速ネトゲを始める。最近は俺よりもプレイ時間が伸びている。
「ねえ、明。こいつ、どうやって倒すの?」
「ああ。そいつは攻撃と攻撃の間が長いから、接近戦でやらないと。回復力があるから、遠距離系は不利だな」
ゲーム知識は俺の方があるので、教える側に最近は徹している。
しかし、本当に一か月前では考えられない出来事ばかりだった。
一か月前。何の脈絡もなしに、突然ヒキコモリだった俺の部屋に少女が現れた。その少女の名はクロで、俺のやっているオンラインゲーム、『ツウィンクルスターオンライン』のヒロイン、クローズ姫の愛称、クロと一緒だった。そして、姿も全く同じ。だが、性格は恐ろしいまでに程遠かった。クロ姫は実に大人しく凛々しいのに、俺の目の前に現れたクロときたら、ガキくさいにもほどがある。そのクロはどうも俺の部屋から出られないらしい。そして、どうも俺をこの部屋から追い出そうとしているらしかった。
クロには不審な点がいくつもあった。自称パライソス星の姫である彼女は俺以外の人間には姿が見えない。そして、俺がいるところでだけ物を動かすことができる。そのことをクロ自身理解できていなかったらしい。そして、俺が怒ったり、手を上げようとすると、極端なまでに怖がった。
俺はそんなクロを放ってはおけなかった。自分自身を見ているような気分になったからだ。だから、俺はクロと一緒にこの部屋を出たいと願った。それを叶えるための条件として、クロは家族と飯を食うことを提案した。
色々と暴力沙汰しかなかった気がする試練を乗り越えて、俺はようやく家族みんなと食事をとることができた。一歩前進できた気がした。
そしてその日、クロは俺の目の前から消えてしまった。
「結局お前の正体は何なんだよ」
「まろはパライソス星の姫じゃ!」
「まろか私か、はっきりしろよな」
真実など結局はどうでもいいことだった。クロが戻ってきたということは、やっぱり俺にはクロが必要だということなのだろう。今は、クロさえいればそれでいい。
「ふう。いい汗かいたぜ」
「お前も完全にネトゲ廃人だな」
「お前と一緒にするな」
クロは餅のように柔らかい頬を膨らませて抗議する。でも、最近コイツ、ネトゲ以外してない気がするんだけどなあ。
「今度は俺の番だな」
新章に突入したツウィンクルスターオンラインは等々宇宙から異世界へと進出することになった。様々な世界の姫を助けていくのだ。
「でも、俺の嫁はクロ姫だけだからね。げへへへ」
「きしょ」
女にきもがられることにはなれている。だから、今さら気にはしない。
しばらく、悠々とゲームをしていた時である。
「ひーまー」
ベッドの上でばたばたと手足をばたつかせながらクロが言う。
「またひまひま病か」
かまってやらないとすぐに暇だといって暴れ出す。お前はあれか。たまごっちか。
「そこはせめてうさぎでしょ」
「なんで心が読めるんだ」
まさか、独り言を言ってしまっていたのか。
「別に言ってないよ。ただ、顔に書いてあるだけ」
「より怖いわ」
女性というのは不思議な生き物である。俺なんかが把握することができない能力を持っている。そう思うと、俺以外女という状況で父さん、色々と大変だったんじゃないかな。
「構ってくれないと死んじゃうぞ」
「お前、死んでるだろ」
そう言った瞬間、思い出したくないものを思い出す。
「すまん」
俺はクロに謝った。
「別にいいよ」
クロは俯いて言った。
「ねえ、見て」
そう言うので俺は振り返ってクロのいるベッドを見る。
そこには白いワンピースを少したくしあげて細く白い足を見せつけているクロがいた。
「どう?」
俺は何も言わずに背を向ける。
ゴメンナ。色気なんて少しも感じられなかったんだ。俺がダメなんだよな。俺が男として未熟だから。
「すっごく傷つくんだけど!というかイラつくんだけど!」
クロは俺の背中に思いっきり蹴りを入れた。
ガッシャーン。
物凄い音が響く。
うん?ガッシャーン?
俺が机にぶつかった音ではない音が聞こえた。
何事か、と恐る恐る机の上を見る。そこにはデスクトップパソコンがあるはずで。でも、モニタは何故かひび割れてるし、特注のカスタマイズされたゲーミングPCは中身をぶちまけて、床にこぼれ落ちていて……
「のおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉん!」
この小説の続きを書くつもりはなかった。だが、『鉄背オーケン』執筆のために必要かなーと思ったのである。この小説もオーケンもあまりプロットを考えてはいない。やっぱり、長い間温めたプロットは良い感じの作品にはなるが、続きが描けないのである。なぜだか書けない。『ゾンレベ』とか、その代表例だ。あれはぶっちゃけ、一章で使い果たした。そのくせ、フラグを立てまくるものだから・・・
私の作風はおそらく暗いものが多いと思う。そういうのを書いていると、こちらも気分が暗くなってくる。だから、コメディを書きたかったのである。
そういえば、最近ようやく『糸』が終わったようだ。なんだかアクセスがおかしなことになっているが、まあ、いいだろう。あれもなかなか無茶苦茶をしたコメディだったが、先を書く気がしない。まずは、10人以上出たヒロインの過去を描かなければならないという手順がある。これは私が物語を整理するためである。きっと、『糸』そのものの続編はまだまだ先だろう。今度『糸』シリーズを書くことがあったら、吉田と主人公の出会い編となろう。きっと。書くかは知りません。
あと、youtubeの『笑ってはいけないプリキュア24時』がとても面白い。続編をぜひとも期待している。