097・オアシスの町
第97話になります。
よろしくお願いします。
「なんで起きたら、誰もいないのよ!?」
朝、目が覚めたら、部屋で1人ぼっちだった少女が、戻ってきた僕らに文句を言う。
(ソルティスって、意外と寂しがり屋だよね?)
僕らは「ごめんごめん」と謝りながら、昨晩は、ついキルトさんとナルーダさんの昔話に興が乗ってしまい、そして、トイレに行った僕と迎えに来てくれたイルティミナさんも、思わず、その場に参加して、気がついたら朝だったと『嘘の言い訳』をした。
もちろん、本当のことを話しても良かった。
でも、ナルーダさんの手前、真実はあとで話すことにした。
これ以上、旧友に余計な重荷を背負わせたくない、キルトさんの意向でもあったんだ。
「むぅぅ……」
勘のいいソルティスは、何か言いたげだったけれど、それ以上は、追求しなかった。
この子、本当にいい子だよね?
そうして僕らは、ナルーダさんと別れを迎える。
村の入り口で、彼女は、僕ら1人1人と握手して、軽くハグもしてくれた。
「色々と世話になったね」
「こちらこそ、そなたに会えて、嬉しかったぞ」
最後に、キルトさんと抱擁する。
「おかげで、この村も、もうしばらくは持ちそうだよ。来年以降は、わからないけどさ」
「ふむ、そうか」
キルトさんは頷いて、少し考えると、
「なぁ、ナルーダ? そなたら、シュムリアに来る気はないのか?」
そう訊ねた。
(お?)
僕や姉妹と同じく、ナルーダさんも目を丸くして驚いている。
そして、彼女は苦笑した。
「いや、やめておくよ」
「…………」
「ここは、ギュドの残した村だ。ほんの少しの間だけど、アイツと娘と3人で過ごした大切な場所だ。最後は、ここで死ぬさ」
キルトさんは、目を伏せる。
「そうか。……ムンパが寂しがるの」
そういう本人が、一番、寂しそうに見えた。
だから、僕は言った。
「だったら、また今度、次はムンパさんも連れて、ここに遊びに来ようよ?」
「む?」
「そりゃいいね」
2人は驚き、そして笑った。
隣にいたイルティミナさんの白い手が、褒めるように僕の頭を撫でてくれる。
キルトさんもナルーダさんも、ようやく納得した顔になっていた。
「じゃあ、その時まで、アタシも泣き言言わずに、必死にがんばるしかないね」
「うむ、そうせよ」
大きく頷くキルトさん。
豊かな銀髪が、楽しそうに揺れる。
ナルーダさんも笑い、それから、ふと何かを思い出した顔になった。
「そういえば、アンタら、このまま皇国の中央に向かうんだろ?」
「うむ」
「なら、気をつけな。辺境のこの辺はともかく、中央の近くじゃ、最近また『魔血狩り』の連中が、よく出没するらしいよ」
魔血狩り?
僕らは、驚く。
特に、過去にそういった人たちに両親を殺され、村を滅ぼされたイルティミナさんとソルティスは、その美貌を強張らせていた。
キルトさんも、顔をしかめている。
「神血教団ネークス――連中は、そう名乗ってるらしいね」
「ふむ」
神血……神の血の教団?
(なんだ、それ?)
神の眷属である『神狗』として、そう名乗って悪事を働くのは、やめて欲しい。
『マールの肉体』も怒っている。
キルトさんは、頷いた。
「わかった、気をつけよう」
「そうしなよ」
ナルーダさんも頷き、そして旧友の2人は、もう一度、抱擁する。
「では、またの、ナルーダ」
「あぁ、またね、キルト」
しっかりと心を交わして、そして、2人の身体は離れた。
そうして僕ら4人は、騎竜車に乗り込み、巨大な車輪がゆっくりと回転して、ナルーダさんの村を出発する。
村の入り口で、ナルーダさんは1人、僕らに向かって、いつまでも手を振ってくれていた。窓の向こうで、遠ざかる彼女の姿に、なぜか僕まで寂しくなった。
(また、必ず会いに来よう)
僕は、そう心に誓った。
竜車の走る早朝のオドロトス山岳地――その頭上に広がる空は、とても美しい青色に澄んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇
「ふぅん、そうだったの」
竜車の中で事情を教えられたソルティスは、短く呟いた。
嘘をつかれた理由も理解して、彼女は、やっぱり怒らなかった。
うん、本当、いい子。
キルトさんは、それでも謝る。
「勝手なことをして、すまんかったの」
「別にいいわよ。私は、ずっと眠ってただけで、何もなかったし」
そうあっけらかんと答えて、
「でもさ? 野盗はともかく、問題なのは、そのバカ領主の方じゃないの?」
と付け加えた。
(うん、僕もそう思う)
領主がしっかりしていれば、ナルーダさんも苦しまなくて済んだし、彼女の夫や娘も死ななくて良かったかもしれない。
そう思うと、やり切れない思いが湧いてくる。
イルティミナさんも、同じ表情だ。
僕ら3人の視線を受けて、キルトさんも難しい顔をする。
「ここが、アルン神皇国でなければの」
そう悔しそうに言った。
シュムリア王国の誇る金印の魔狩人キルト・アマンデスの威光は、けれど、異国のアルン神皇国では、通用しないこともある。
キルト・アマンデスは、アルン皇帝に認められ、あの『雷の大剣』を贈られるような人物だ。
でも、それだけだった。
基本的に、アルン神皇国は世界一の大国で、シュムリア王国は小国だ。人々の目は、どうしても、シュムリア王国を格下に映す。
そんな隣国の金印の魔狩人。
市井の人々にとって、あるいは皇帝から遠い地方の役人たちにとって、いかに皇帝から認められていようと、その肩書きは、あまり通用しない。しかし、ある程度の地位を築いて皇帝に近くなった下級、中級貴族ならば、『皇帝のお気に入り』という立場は、逆に通じるという。
しかし、皇帝に重宝される上級貴族には、また通じなくなる。
無下にはされないが、ただの客人扱いだ。
では、今回のバカ領主はどうか?
「地方とはいえ、国境の領土を預けられるのじゃ。上級貴族の1人であろうの」
「…………」
僕は、唇を噛みしめる。
正直、もし違ったら、殴り込みをかけたいぐらいだった。
でも、上級貴族であるならば、それを実行したら国際問題になる。現状、シュムリア王国とアルン神皇国は、『闇の子』に立ち向かい世界を救うために、しっかりと連携する必要がある。
シュムリア王国の使者でもある僕らには、行動の責任が求められるのだ。
(……悔しいな)
ナルーダさんの涙を思い出して、胸の奥が苦しかった。
キルトさんが、優しい目で僕を見る。
「神帝都アスティリオに着いたならば、皇帝陛下に、オドロトス山岳地の状況を訴えてみるつもりじゃ。少しは、鑑みてもらえるじゃろうて」
「……うん」
皇帝さん、善人ならいいけど……。
少し不安な僕だった。
竜車内の空気も少し重くなってしまったので、僕は、話題を変えることにした。
「そういえば、アルン神皇国にも、やっぱり金印の冒険者っているの?」
「そりゃ、いるわよ」
乗ってくれたのは、ソルティスだ。
物知り少女は、教えてくれる。
「12人ぐらい、いたんじゃなかったかしら? 名前は忘れたけど」
「そうなんだ?」
僕は、キルトさんを見る。
「みんな、キルトさんと同じぐらい強い?」
「どうかの?」
前にも、シュムリア王国の金印の魔狩人として神帝都を訪れた時に、数人と顔を合わせる機会があったけれど、強さの底は見えなかったそうだ。
(その人たちも、一緒に戦ってくれるのかな?)
闇の子の勢力と。
まだ見ぬ異国の強者たちに、期待と不安を覚える僕だった。
それにしても、
「アルン神皇国でも『金印』とか『銀印』ってあるんだね?」
そこにも驚いた。
ソルティスは、頷いた。
「そうね。実は、アルバック大陸ではね、貿易や交流で不便がないように、250年ぐらい前に、通貨や重量、長さの単位、あと言語とか、色々と統一されたのよ」
「へぇ、そうなの?」
「20の小国が集まったテテト連合国では、まだ古い通貨も使えるけど、ほんの一部だけね。――とにかく、そのおかげで、アルバック大陸の全土では、冒険者の文化も同じになってるってわけ」
なるほど。
(前世でいう欧州連合や、単一通貨のEUROみたいな感じかな?)
素直に凄いと思うし、こうして越境した身としては、理解し易くてありがたい。
と、イルティミナ先生も、話題に乗ってくれて、
「獣人たちの7つ国があるドル大陸でも、アルバック文化が浸透して、リド硬貨が使える国が増えたそうですよ? 冒険者の概念も通じるようになって、シュムリア最大手の冒険者ギルド『黒鉄の指』は、そちらに支部を作る計画もあるとか」
僕の頭を撫でながら、優しい笑顔で教えてくれる。
そうなんだ?
(じゃあ、いつかドル大陸にも行ってみたいなぁ)
本当に行けるかは、わからない。
この世界の将来は、まだ暗い霧に覆われている。そして、それが晴れた時に、僕が生きている保証もない。
(でも、夢想するぐらい、構わないよね?)
僕の青い瞳は、同じ竜車に揺られる3人の顔を見る。
そして、
「これからも、この4人で、色んなところに行けたらいいね?」
「フフッ、そうですね」
「そうじゃな」
「ま、その時は、付き合ってあげてもいいわ」
僕の言葉に、3人も頷いて、そう笑ってくれた。
――そんな会話を交わす僕らを乗せて、巨大なシュムリアの騎竜車は、土煙をあげながら、アルン神皇国の大地をどこまでも疾走していくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
ナルーダさんの村を出てから、10日が経った。
旅の行程は、予定通りに進み、神帝都アスティリオまでの距離も、確実に縮まってきている。もちろん、到着まで、あと30日はかかるので、まだ先は長いけれど。
そして、予定通りでないこともあった。
「駄目だ。汚れた血を町に入れるわけにはいかん、立ち去れ!」
「…………」
到着した湖の町で、今日も僕らは、門番の兵士たちによって門前払いを食らった。
アルン領内で旅を始めて、これで4回目だ。
そう、『魔血の民』である僕らは、どの町にも入れてもらえないのだ。
前もってイルティミナさんに聞いてはいたけれど、ここまで酷いとは、思わなかった。辺境では、まだ差別が激しいという話だけど、もう10日も竜車で進んでいる。それなのに、まだ1度も、ナルーダさんの村以外、人の暮らす村や町に入れていない。
(ここも、まだ辺境なのかな?)
白い城壁に囲まれた町を、外から見上げる。
ここは、乾燥した荒野の大地にあるオアシスのような場所だ。湖を中心に、町は、かなり発展しているようだし、多くの旅人も訪れている。現に、僕らのあとから来た馬車たちは、普通に町へと通されていた。
「…………」
「ごめんなさいね、マール。私たちのせいで」
窓から見ていたら、隣のイルティミナさんに謝られた。
見れば、キルトさんも申し訳なさそうな顔をしているし、ソルティスも柔らかそうな唇を尖らせていた。
僕は、首を強く振った。
「ううん」
絶対に3人のせいじゃない。
僕の態度に、大人の美女2人は、小さく微笑んだ。一番小さな少女1人は、まだ仏頂面だったけど。
「しかし、このままではまずいの」
「はい」
大人2人が呟く。
ん?
「どうかしたの?」
「食料や水が足りないのよ」
答えたのは、ソルティスだ。
「多めに持ってきたけど、予想以上に、町に入れないでしょ? あと5日分しかないわ」
「え、そうなの?」
5日分。
恐らく、次の町には行けるけど、その次の町に行けるかは、微妙だ。
(もし次の町も入れなかったら、アウト?)
これは、まずい。
「ソルティスが、たくさん食べましたからね。思ったよりも、減りが早かったです」
「マ、マールだって、食べてたじゃない!」
う……僕らのせいか。
「2人とも、成長期じゃからの」
慌てる少女と落ち込む僕に、キルトさんは苦笑する。
でも、どうしよう?
(なんとか、食糧や水を調達する方法、ないのかな?)
少し悩んで、
「あ、そうだ」
ふと名案を思いついた。
3人の視線が、僕に注目する。
僕は笑った。
「僕は『血なし者』なんだから、僕が1人で、町へ買い出しに行けばいいんだよ」
◇◇◇◇◇◇◇
過保護なイルティミナさんは大反対したけれど、現状は、他に手立てがなかった。
ただ僕1人というのは、王国としても問題があるということで、御者の騎士さん3人も同行することになった。
「くれぐれも、くれぐれもマールを頼みますよっ?」
「ははっ」
重々頼むお姉さん、騎士さんたちは敬礼して応えていた。
う~ん?
信頼してくれるキルトさん、おやつも頼むソルティス、そして、心配そうなイルティミナさんに見送られて、僕は、3人のシュムリア王国騎士と一緒に、オアシスの町へと入っていった。
(……あっさりだな~)
門前の手続きは、すぐに終わった。
魔血を調べるための魔力検査にも引っかからず、さっきとは違う人だけど、門番の兵士さんも「ようこそ」と笑顔で迎えてくれる。荒野に造られたオアシスの町なので、元々は、旅人を歓迎してくれる町みたいだ。
……差別って嫌だな。
そして、僕らは、オアシスの町中に入る。
「おぉ~?」
ちょっと驚いた。
湖を中心にして、白い建物が放射状に広がっている。前世でいう南国のリゾート地みたい、とても綺麗で、景観の美しい町だった。
騎士さんたちも珍しいのか、物珍しそうに眺めている。
人も多かった。
日に焼けた肌の人が多くて、頭にターバンを巻いている人もいる。馬は少なくて、ラクダっぽい生き物や竜が、役畜や乗用獣として普及してるみたい。中世ヨーロッパ風のシュムリア王国に比べて、異国情緒が半端なかった。
(……みんなと来たかったなぁ)
つくづく、そう思った。
「市場は、あちらのようですな」
「あ、はい」
壮年の騎士さんに言われて、僕は、目的を思い出した。
いけない、いけない。
僕らは、観光じゃないんだ。
(3人を待たせてるんだもんね? 急がないと!)
僕らは、人の多い市場へと向かった。
色んな物が売っていた。
食料だけでなく、武器や防具、家財、馬や竜、そして、檻に入れられた奴隷っぽい子供の獣人も。
「…………」
奴隷……だよ。
手枷、足枷、首輪のついた子たちだ。
首から、名前や年齢、性別、そして金額などの書かれた木札を下げている。
「…………」
「…………」
「…………」
ふと見たら、3人の騎士さんも、複雑そうな顔である。
僕は、訊ねた。
「シュムリア王国では見たことないんだけど、王国にも奴隷制ってあるんですか?」
「いえ、ありませんな」
壮年の騎士さんが答えてくれる。
少し若い騎士さんが、付け加えてくれた。
「人身売買はありますが、王国の厳しい法規制の下で、行われております。所有者の使用人として、人権は確保されていますね」
「なるほど」
少なくとも、檻や手枷、足枷などはしないそうだ。
もちろんこれは、表向きの話だろうけど。
(……異世界かぁ)
平和な日本から転生した僕には、少なからず、この現実に衝撃を受けていた。知識として『奴隷』という存在を知ってはいても、話で聞くのと、この目で見るのでは、まるで違っていた。
売られている奴隷は、20人ほど。
「マール様」
「……うん」
ごめんね。
今の僕には、助ける手立てや力が、何もなかった。
僕は、促す騎士さんに従って、奴隷商の前を離れた。
やがて僕らは、いくつかの露店商を回って、目的の食糧や水を購入することに成功した。
お店の人は、いい人で、
「ほら、おまけだ、ボウズ」
「あ、ありがと」
子供の旅人である僕に、笑顔でサービスまでしてくれた。
どのお店の人も、みんな、普通だった。
むしろ、爽やかで活気にあふれた笑顔の、いい人っぽい人ばかりだった。
(……でも、魔血差別をしたり、奴隷を扱うんだね?)
人って、不思議だ。
凄く良い面があるのに、裏のどこかで、とても罪深い面もある。
きっと無自覚な部分もあるんだろう。
(僕も、そうなのかな?)
自分自身のことも、なんだか怖くなってしまった。
そうして僕らは、大量の荷物を抱えたまま、竜車で待つ3人の元へ戻ろうとする。
その時、ふと思って、
「騎士さんたちは、『魔血の民』が嫌いじゃないんですか?」
と聞いてみた。
シュムリア王国にも、少なからず、魔血への差別があるからだ。
僕の質問に、3人は、ちょっと驚いた顔をする。
それから、優しく笑った。
「嫌いじゃないですよ」
その笑顔は、本心からだと思った。
壮年の騎士さんは言う。
「私たち自身は『魔血の民』ではありませんが、私の親類には、2人ほど『魔血の民』がおります。そして、あちらのダリオは、妻が『魔血の民』です。このオレガンも、付き合っている恋人が『魔血の民』でして」
その紹介に、一番若い騎士さんが照れている。
(おぉ~、そうなんだ?)
全員、親しい人に『魔血の民』がいる。
きっとレクリア王女や王国が、僕らの旅に同行させるために、そういう部分も重視してくれたのかもしれない。
とても、ありがたい話だ。
「妻との夫婦喧嘩では、とても勝てませんね」
「ははは」
30歳ぐらいの騎士さんと、壮年の騎士さんが笑い合う。
(…………)
うん、こういう世界の方が、僕はやっぱり好きだ。
僕も、つい笑ってしまった。
なんだか、3人の騎士さんとの距離も縮まった気がする。
と、そんな時だ。
「おい、大変だ!」
「町の外で、戦闘が起きているみたいだぞ!?」
「なんだって!?」
突然、周囲でそんな声が聞こえ、人々がざわめき始めた。
(え?)
戦闘って……、
「まさか、イルティミナさんたち!?」
3人の騎士さんと顔を見合わせる。
そして僕らは、すぐにオアシスの町の出口へと向かって、一斉に走り出していた――。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




