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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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096・オドロトス山岳地での夜

第96話になります。

よろしくお願いします。

 その日は、村長のナルーダさんの家にお泊まりすることになり、夕飯もご馳走になった。


「大したものはなくて、悪いね」


 彼女は、そう謝った。


 謙遜じゃない。


 欠けた陶器のお椀に、お粥が半分ほど。炒めた野菜も、濃い味付けで誤魔化しているけれど、少し傷んだ臭いがする。味は……うん、不味くはないけど、成長期の僕や大食い少女には、量がちょっと物足りなかった。


 もちろん、文句はない。


(むしろ、申し訳ないよ)


 食糧難と思しき村で、僕ら4人の存在は、突然の余計な食い扶持だ。


 野盗から食糧を守る助力をしたし、もし食料を奪われていれば、これらも食べれなかったかも知れないけれど、それでも、ナルーダさんたちが命がけで守ろうとした食糧を、僕らが減らしている事実は変わらない。


 断ることも考えた。


 だけど、ナルーダさんだって、15年ぶりの旧友の前で、格好つけたい気持ちはあると思うんだ。


(武士は食わねど高楊枝……じゃないけどさ)


 それでも、その心を大切にしたかった。


 だから、イルティミナさんもソルティスも、何も言わないし、普通に食べている。

 味も量も満足はしていない。


 でも、僕らはきっと、ナルーダさんの心意気も食べているんだ。

 それだけで、心は満たされた気がした。


 キルトさんも、食事の間、ずっとナルーダさんと話しながら、笑っている。


(なんか、楽しそうだなぁ)


 僕らの中で一番年上で、いつも保護者みたいなキルトさん。


 でも今の彼女は、懐かしい友達と再会して、遠慮なく、ふざけ合うように喋っていた。まるで10代の女の子みたいだった。


 よかった。


 その笑顔を見れて、なんだか嬉しかった。


 活気のない村の中で、今、この家だけは、とても明るく賑やかだった。


 やがて、食事も終わる。


「狭い部屋だけど、許しておくれ」


 ナルーダさんは、僕らを客室に案内してくれた。


 ベッドはなく、あるのは、たくさんの枯草に大きな毛皮を1枚、敷いただけの寝具。そこで雑魚寝だ。寝心地は悪そうだけど、みんなで寝るのは、ちょっと楽しそう。


 キルトさんが、ナルーダさんに言う。


「すまんな、面倒をかけて」

「何、言ってんのさ」


 ナルーダさんは、笑って、赤い手をヒラヒラと動かした。

 僕ら3人を見ながら、


「小さい子が2人もいるんだ。ゆっくり休んでおくれ」


 とても優しい顔だった。

 面倒見の良い姉御さん、きっと昔からそうだった気がした。


 僕は、頭を下げる。


「ありがとう、ナルーダさん」

「ありがとうございます」

「ども……」

 

 姉妹もお礼を言って、ナルーダさんは、笑みを深くした。

 キルトさんに、言う。


「本当に、いい子たちだね」

「であろ? わらわたちは、悪い子であったからの。時折、眩しくて堪らぬ」

「あはは、違いない」


 2人は、楽しそうに笑い合う。


 と、不意に、ナルーダさんの表情が、少し変わった。


(……ん?)


 晴れ渡った青空の太陽に、ふと雲がかかった感じ。

 注意しないと、気づかない。


「あのさ、キルト?」

「む?」

「あとでもいいんだけど、少し話があるんだ。いいかな?」


 キルトさんは、かすかに驚く。

 ナルーダさんの顔を、黄金の瞳は、数秒間、見つめた。


「構わんよ」


 いつものように頷いた。

 ナルーダさんは、どこか安心したようだった。


「ありがとう」

「ま、就寝前に聞いておくかの」


 何気ないように、キルトさんは立ち上がる。


 お尻をパンパンと払いながら、僕らを見て、


「そなたらは、先に寝ておれ」


 そう笑いかけると、ナルーダさんと2人連れ添って、客室から出ていった。


 …………。

 残された僕らは、しばらく黙っていた。


 窺うように、他の顔を見る。


「言われた通り、休みましょうか?」

「……うん」

「そ、そうね」


 イルティミナさんの言葉に、僕らは曖昧に頷いた。


 窓の外には、星々の煌めく夜空に、紅と白、2色の月が美しく輝いている。

 もう夜も更けていた。


 燭台の燃料をあまり使うのも、ナルーダさんに申し訳ない。


 火を消して、僕らは、毛皮の上に横になる。


(思ったより、柔らかいや)


 枯草も多いし、毛も肌触りが良くて、寝心地は良さそうだった。うん、マール査定に合格だ!


「…………」


 異国の地での、初めての夜。


 ソルティスは、姉と背中合わせで、でも、しっかりと背中を合わせて横になる。


 イルティミナさんの白い手は、『おいでおいで』と僕の身体を抱き枕にするために、優しい魅惑の笑顔と共に招いてくる。

 もはや、慣れてしまった僕は、素直に従おうと思った。


 でも、


(……あ、忘れてた)


 僕は、上体を起こした。

 驚くイルティミナさんに、ちょっと羞恥を覚えながら、伝える。


「ごめん。寝る前に、ちょっとトイレ」

「あ、はい」


 横になっている姉妹を残して、僕も、客室をあとにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 用を済ませて個室を出ると、ふと話し声が聞こえた。


(外だ……)


 壁が薄いからかな?


 僕は、こっそりと窓に近づく。


 ガラスのひび割れや汚れの向こうに、2人の女性が、庭に生えた木のそばで話している姿があった。なんとなく、息を止めて、気配を殺してしまう。


「ムンパほどじゃないけどさ、ギュドもがんばったんだよ」


 ナルーダさんの声だ。


 2人の足元、木の根元には、大きな石が2つあった。

 片方は、少し小さい。


「アタシは『魔血の民』だってのに、アイツは受け入れてくれた」

「…………」

「だからかな? この村に戻ったあと、他の『魔血の民』も普通に暮らせるようにって、ギュドは出会った何人も村に誘った。おかげで今じゃ、この村の大半が『魔血の民』さ」


 呆れたような、優しい笑顔。 


 月光に照らされるそれは、とても儚くて、綺麗だった。


 キルトさんは頷く。


「団でも、一番優しい男だったからの」

「あぁ」


 ナルーダさんは、笑った。

 まるで泣いているようだと、僕には見えた。


「優しすぎたんだ……アイツは」


 地面にしゃがんで、大きな石を、愛おしそうに撫でる。


 不意に気づいた。


(あれ、お墓だ……)


 恐らく、ナルーダさんの夫である、ギュドさんの。

 なら、もう1つは……?


 簡易な墓石を撫でる指先に、強い力がこもった。血が止まって、指先が変色する。ナルーダさんは、しばらく、そうしていた。

 やがて、ポツリと言った。


「税率が変わったんだ」

「…………」

「アルンにとっちゃ、『魔血の民』は害虫だ。公には平等を謳うけれど、現実は違う。ここの領主も、そんなクソだ。アタシらのせいで、この村の税だけ2割増しだ。収穫の8割を持って行かれる。この痩せた土地で、8割だぞっ? 実質、死ねと言われているようなものさ」


 声を荒げかけ、ナルーダさんは落ち着くためか、大きく息を吐く。

 震える声で続けた。


「それでも、アタシらは、がんばったんだ。必死に開拓して、みんなで生きていけるように」

「…………」

「でも、限界だったんだ」


 ナルーダさんは、目を閉じる。

 涙が1滴、こぼれた。


「無理がたたって、ギュドが病に倒れた」

「…………」

「鬼王団が解散して数年、周囲には、野盗たちや奴隷商人たちも戻ってきた。数少ない収入が、また奪われていく。クソな領主は、見てみぬふりだ。助けてなんてくれない」


 キルトさんは、何も言わない。

 ただ黙って、旧友の話を聞いている。


 ナルーダさんの言葉は、続く。


「飢えで、身体の弱い『魔血の民』じゃない連中から、死んでいった」

「…………」

「村の中で、対立も起きた。逃げる奴もいた。でも、ここはアタシらの村で、故郷だ。ギュドは村長として、必死だった。誰も助けてくれないなら、自分たちで自衛するしかない。そして、襲ってくる野盗から、病で弱っているのに、逃げずに立ち向かって……」


 墓石に触れる手に、一番、力が入った。


「ギュドは死んだ」


 キルトさんは、目を閉じる。

 何かを堪えるように、漆黒に染まった夜天を仰いだ。


「殺されたんだ。……野盗に、病に、村に、色んなことに……何より、アタシの魔血に」

「それは――」


 違う、キルトさんは、そう続けようとした。


 でも、できなかった。


 ナルーダさんは、涙に濡れた瞳で、かつての仲間のリーダーを見ていた。


「ギュドが殺された翌月、娘が死んだ」

「…………」

「生まれたばかりの赤ん坊さ。でも、アタシの干からびた身体から、乳が出なかったんだ。自棄になって、血を飲ませもしたよ? でも、駄目だった。まるで、ギュドの後を追うように死んじまった」


 2つの墓石。

 ギュドさんの隣にある、小さな墓石。


 月光の美しい光の下で、ナルーダさんは、声もなく泣いている。夜風に、キルトさんの背中で銀髪が揺れて、輝いていた。


「アタシは、妻としても母としても、失格だ」

「そんなことはない」

「アタシがいたから、ギュドは不幸だった」

「違う。そなたがいたから、ギュドは幸せだった」


 キルトさんは、ナルーダさんの肩に、右手を置く。

 強く、静かな口調だった。


「あれは、そういう男じゃった。そんなあの男を見縊ってはならぬぞ、ナルーダ」

「はは……」


 うつむいたまま、肩に置かれた手に触れる。

 そして、ナルーダさんは言う。 


「生き残ったアタシは、ギュドのために、アイツの村のために、がんばろうと思った。でも、駄目だったよ……アタシは、村長としても失格だ」

「何を言う? まだ村はあるではないか」

「そうだね」


 ナルーダさんは、なぜか楽しそうに笑った。


「でも、それも今夜までさ」

「何?」

「……今日、この村に持ち帰った食糧、どこから持ってきたと思う?」


 彼女は、試すようにキルトさんを見た。


「昼間の野盗が、ただ偶然に、アタシらを襲ったように見えたかい?」

「そなた、まさか……」


 黄金の瞳を見開き、旧友を見つめるキルトさん。


 ナルーダさんは、自暴自棄になったように、夜空の月を見上げて笑っていた。


「限界だったのさ」

「…………」

「今年は、気候も悪くて、作物の実りも悪かった。おかげで、狩れる動物も減った。冬を越す蓄えもない。それなのに、領主は、他の領民に配るための緊急措置だと、逆に、『魔血の民』のいる村の税率を上げた。――アタシらは、どうすればいい?」


 キルトさんは、答えない。


 僕は、窓から見える2人の会話に、ただ震えていた。


 ナルーダさんは、笑顔で告げる。


「野盗たちの大半が稼ぎに出かけた間に、終わらせるつもりだった。でも、連中、思ったより早く戻ってきちまってね?」

「…………」

「はは……『赤鬼のナルーダ』が、衰えたもんだ」


 痩せ細った手首を見て、自虐的にこぼす。

 キルトさんは、訊ねた。


「ばれたか?」

「あぁ。……アタシらの顔を見られた。逃げた連中は、必ず、この村まで報復に来るよ」


 力のない声。

 ナルーダさんは、疲れたように地面に座った。


 2つの墓石を見つめながら、


「ごめんよ、ギュド、アイリン。アタシ、村を守れなかったよ」


 とても優しい表情と声だった。


 頬を濡らした友人の横顔を見つめて、キルトさんは、唇を引き結んでいる。


 ナルーダさんは呟く。


「今日、キルトに会えたのは、もしかしたら、最後に一目会えるように、ギュドが引き合わせてくれたのかもしれないね?」

「かもしれぬな」


 キルトさんは、頷いた。

 そして、言う。


「わらわたちは、重要な任務の途中じゃ。明日の朝には、村を発つ」

「そうかい。そうした方がいいね」


 ナルーダさんも、涙を拭いながら、頷く。

 キルトさんは、遠くを見た。


「その前に済ませねばな」

「え?」


 いつもと変わらない口調で、シュムリアの誇る金印の魔狩人は、言った。


「野盗のアジトは、どこじゃ?」


 たった一言。


 その意味に、僕もナルーダさんも気づいた。

 彼女は、慌てたように警告する。


「な、何言ってるんだい!? 連中は、200人以上もいるんだよ!? いくら、キルトでも――」


 ピトッ


 その唇の動きを、キルトさんの指が触れて、止めた。 

 そして、笑う。


「あの頃より何倍も、今のわらわは強くなった」

「…………」

「それに、そのような友人の窮地を聞いて、わらわが何もしないでいるような女と思うたか?」

「それは……」


 ナルーダさんは、戸惑った顔だ。


(……本気で、自分に驚いてる)


 キルトさんの性格を考えれば、なぜ気づかなかったのか、彼女自身、困惑している顔だった。それほど追いつめられていて、無意識に、昔の頼りになる友人に縋ってしまったのか。


 キルトさんの笑顔は、優しかった。


「あるいは、ギュドが、そなたの口を借りて、助けを求めたのやも知れぬ」

「…………」

「あれは、本当に優しい男であったからの」


 ナルーダさんの前にある墓石を見つめて、黄金の瞳を細めている。


 そして、キルトさんは一度、目を閉じた。


 再び、開いた時には、もう金印の魔狩人キルト・アマンデスとしての顔になっていた。多くの人々の命を背負い、魔物と戦い続けてきた、ナルーダさんも知らない今の鬼姫キルト・アマンデスの顔だ。


 ナルーダさんは、息を飲んだ。

 そして、思わず、こぼれでたように野盗の居場所を口にする。


「ふむ、そこか」


 かつて、この地で野盗狩りをしていた鬼姫様には、既存の場所だったようだ。

 彼女は頷き、


「まずは、剣を取って来よう」


 そう言って、家へと戻ってくる。


「キ、キルト……っ」


 ナルーダさんは、その背中に、迷ったように声をかけた。


 すがりたくて、でも巻き込みたくなくて、心が千切れそうに乱れている。


 でも、だからキルトさんは、振り向かずに片手を軽く上げた。まるで『ちょっと散歩してくるだけだ』とでもいうような仕草だった。だから、ナルーダさんも、それ以上、何も言えなかった。


 ギィ


 家の玄関が開いて、キルトさんが入ってくる。


 暗闇の中にいる僕を見つけて、少し驚いた顔をした。

 僕は黙って、彼女を見つめる。


 キルトさんは、苦笑した。


「朝までには、戻る」


 クシャッと、彼女の手のひらが、僕の頭を一度、強めに撫でた。

 僕は、頷いた。


 そして、キルトさんは『雷の大剣』を背負うと、家を出て、夜闇に包まれた荒野へと、たった1人で歩いていった。


 玄関の外で、それを見送る。


 ナルーダさんが僕を見つけて、驚いた顔をした。


「…………」

「…………」


 でも、僕の表情を見て、何も言わなかった。


 ただ、隣にいてくれた。


 遠ざかるキルトさんの大きくて、小さな背中は、あっという間に見えなくなった。


 僕らは、家の壁に寄りかかって、地面に座った。


(…………)


 共通の大切な友人が帰ってくるのを、僕とナルーダさんは、ただただ祈りながら、一晩中、待ち続けた――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 待っている途中、戻ってこない僕を心配して、イルティミナさんが来てくれた。


「どうされたのですか、このような場所で?」


 玄関の外に座り込んでいる僕らに、彼女は、酷く驚いた顔をする。

 僕は、手短に事情を説明した。


 全てを聞き終えた彼女は、


「そうでしたか……」

「…………」


 どこか困ったように微笑み、頷いた。

 ナルーダさんが謝る。


「ごめんよ、アンタたちまで巻き込んじまって」

「いいえ」


 艶やかな深緑の髪を、柔らかく揺らして、イルティミナさんは首を振る。


「決断したのは、キルトです」

「…………」

「そして、あの者は、私たちのリーダーです。であれば、私たちは、彼女を信じて従うのみですよ」


 そう言って、僕の頭を、優しく撫でる。


(……ん)


 その心地好さに、僕は目を閉じて、頷く。


 ナルーダさんは、そんな僕らを、どこか懐かしそうな瞳で見ていた。昔の鬼王団も、こんな風にリーダーである鬼姫キルト・アマンデスを信じて戦い、あるいは、仲間として過ごしていたのかもしれない。


 イルティミナさんは、庭にある2つの墓石の前にしゃがんで、手を合わせた。


「…………」

「…………」

「…………」


 戻ってきて、僕の隣に腰を下ろす。


 ナルーダさんは、感謝の視線を送り、イルティミナさんは、小さく会釈する。


 夜空にある紅白の月は、とても綺麗だった。


 どれくらい時間が流れたのか、僕らは一言もなく、キルトさんの帰りを待っていた。

 その時だ。


 遠い山の向こうで、青い光が散った。


 それは、何回か繰り返された。


 ドン ドドォオン


 しばらく遅れて、遠雷のような低く、下腹に響く重い音が木霊して、夜の冷たい大気を震わせた。


(キルトさん……)


 僕は、拳を握る。

 そして、祈った。


 イルティミナさんもナルーダさんも、その青い輝きの連続する場所を見つめていた。


 30分ほど、それは続いた。


 やがて、唐突に終わった。


 僕らは、無言で信じるしかなかった。


 更に、数時間が流れた。


 東の空が、少しずつ白み始めた頃、隣にいた銀印の魔狩人は、立ち上がった。

 僕とナルーダさんの視線が、彼女に向く。


 彼女は言った。


「桶などがあれば、お借りできますか?」

「あぁ、いいよ」


 ナルーダさんが答えて、2人は、家に入っていく。


(???)


 不思議に思っていると、すぐに戻ってきた。


 ナルーダさんは、古びた桶を持ち、イルティミナさんの手には、火と水の魔石、それと綺麗なタオルがあった。

 僕の視線に気づいて、イルティミナさんは笑う。


「きっと汚れて戻ってくるでしょうから」

「…………」


 僕は、頷いた。


 それから、20分ほど経った。


 夜の空と朝日が混在する地平の先に、大剣を背負って歩く小柄な姿が見えた。


 彼女の全身は、返り血に赤く染まっていた。

 豊かな銀髪も、血液を吸って、重く身体に張りついている。 


 僕らは、立ち上がった。


 彼女がこちらに来るのを、ジッと待った。


 気づいたキルトさんが、僕ら3人の姿を見つけて、とても驚いた顔をする。


「おかえり」

「おかえり、キルト」


 僕とナルーダさんが言う。


 イルティミナさんは、火と水の魔石を使って桶にお湯を作り、


「おかえりなさい。――お湯は用意しておきましたよ? まずは、全て洗い落としてください」


 いつもの落ち着いた声で、淡々と言う。

 湯気を上げる桶を見つめ、キルトさんは、前髪から目元に流れてきた血を指で拭って、小さく苦笑した。


「すまんな」

「いいえ」


 澄ました答え。

 そしてキルトさんは、僕とナルーダさんを見て、


「遅くなったの、2人とも。――ただいまじゃ」


 白い歯を見せて、とても清々しそうに笑った。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の水曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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