095・鬼姫キルトの過去
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読んで下さる皆さん、本当にありがとうございます。
これからも、一生懸命頑張ります!
それでは、第95話になります。
どうぞ、よろしくお願いします。
※今話では、少々残酷なシーンがございます。読まれる際は、どうかご注意ください。
野盗との戦闘は、5分もかからなかった。
あの巨大な騎竜車で突入した時点で、彼らの戦意は、大きく揺らいでいたからだ。前世でいうなら、10メートル級の装甲車が突っ込んできたのと同じだ。そこに、あの2人の魔狩人が登場して、野盗4~5人を吹っ飛ばした途端、彼らは、一目散に逃げていった。
結局、僕は、剣を抜いただけで、何もしなかったよ。
(あの竜、足、速いなぁ)
野盗たちの乗る2足竜は、岩場の地形も苦にせず、あっという間に遠ざかる。
さすがに、僕らの巨大竜車では、追いつけない。
と、思ったら、
「しぃ!」
ドパァアン
イルティミナさんが白い槍を撃ちだして、遥か遠くで、何人かの野盗と竜の影が、空中に弾けていた。
よ、容赦ないね?
もう1発撃とうとしていたけれど、さすがに射程外に逃げられる。
「それぐらいにしておけ」
「……はい」
悔しそうな槍の美女に、キルトさんが声をかける。
残った野盗たちは、命辛々、岩の大地の陰へと必死に逃走していった。
襲われていた2台の馬車は、損傷はあるけど、何とか無事だった。馬が引くのは客車ではなく、荷車だ。中身は、カゴや樽に入った果物や穀物――要は、食料だった。
人は、5人いた。
皆、痩せていて、服もあまり上等な物ではない。
どこかの村人かな?
野盗との戦いで、何人かが負傷していた。
「ゲラ爺さん、しっかりしろ!」
「うぅ……」
特に、一番年配の老人が、腕を深く斬られて、大量の血を流していた。
さっきの戦闘で、1人だけ奮戦していた黒髪と赤い肌の女性が、袖を裂いた布で縛り、必死に止血しようとしている。
「ソルティス」
「わかってるわよ」
僕が声をかけるまでもなく、少女は、駆け寄る。
「どいて、治療するわ」
ソルティスは、驚く女性を押しやり、傷の状態を確かめると、光り輝く魔法の大杖で、老人をすぐに癒してやった。
(本当に、いい腕だね)
自分も初級の回復魔法ヒーリオを覚えたから、それがよくわかるようになった。
黒髪赤肌の女性は、安堵の息を吐く。
「すまない。ありがとう、お嬢ちゃん」
「別に」
お嬢ちゃんは、素っ気ない。
「ただ、傷は思ったより深かったわ。切れた神経も繋いだから、大丈夫だと思うけど、2~3日は安静にしといて。治した部分は、まだ脆いと思うから」
「わかった、気をつけるよ」
少女の警告に、女性は頷く。
年齢は、20代後半~30代ぐらいかな?
瞳は、真紅。
黒い髪は短くて、背は高く、一見すると美形の青年みたいに見える。
肌は、赤みがかっていた。
それも、ダークエルフのリュタさんみたいな生まれながらの褐色じゃなくて、日に焼けた赤い肌だ。健康的にも思えるけど、痩せた身体が、それを裏切っている。
女性は、周囲を見た。
岩肌の地面には、倒された野盗や2足竜たちの死体が、転がっている。
「加勢してくれて、助かったよ。おかげで命拾いをした」
「ううん、無事でよかった」
僕は、笑った。
それを見て、彼女も微笑んだ。
「ボウヤたちは、何者だい?」
「え~と」
少し迷ったけど、『まぁ、いいか』と思った。
「シュムリア王国から来た冒険者。クエスト依頼があって、アルンに来たんだ」
「隣国の人かい!?」
さすがに驚いた顔だ。
「僕は、マール。こっちはソルティス」
「こっちって、何よ?」
ゲシッ
紹介が気に入らなかったのか、ソルティスに蹴られた。
痛い。
僕らのやり取りに、女性は呆気に取られ、それから可笑しそうに笑った。
「あはは。アタシは、ナルーダだ」
目尻の涙を、指で拭う。
そして、ナルーダさんは、僕らの大きな竜車を見上げる。
「ずいぶんと立派だね?」
「うん」
僕は頷いて、そのそばに立っている2人の魔狩人の名前も教えておいた。
「あの槍を持っている人が、イルティミナさん。大剣を背負っているのが、リーダーのキルトさんだよ」
「……キルト?」
ナルーダさんは、その背を見ながら呟く。
「まさかね」
「?」
そして、彼女は僕らを見て、指で頬をかきながら、少し言い難そうに言った。
「その、さ。野盗から助けてくれて、治療もしてもらってあれだけど……アタシら、今、支払える金がないんだ」
「え?」
僕は、唖然とした。
「お金なんて、いらないよ」
「え?」
ナルーダさんも唖然とした。
ソルティスも、大杖を肩に預けながら、僕に同意する。
「自慢じゃないけど、私たち、お金に困ってないの」
「そ、そうかい」
僕は、続けた。
「たまたま通りがかった人を助けるのに、お金なんて求めないよ、普通」
ナルーダさんは、苦笑した。
「アンタらは、いい環境に育ったんだね?」
「…………」
「いや、野暮なことを言ったね。すまない。感謝するよ。ここは、素直に甘えさせておくれ」
「うん」
「好きにして」
僕らは頷き、ナルーダさんは笑って、それから、大きく息を吐いた。
(……なんかアルンって、生きるの大変そう)
なんとなく、そう思った。
と、騎竜車の方からこちらへと、イルティミナさんがやって来る。
「マール、ソル、そちらは大丈夫でしたか?」
「うん」
「平気よ」
ナルーダさんは、頭を下げた。
「こっちのお嬢ちゃんに、怪我人も治してもらったよ。すまない。加勢してくれて、助かった」
「いいえ」
イルティミナさんは、美しい髪を揺らして、首を振る。
「無事で何よりです。――この連中は、奴隷狩りのようですので」
その視線は、野盗の死体へ。
(奴隷狩り?)
その名称に、僕は、眉を寄せる。
イルティミナさんは、低い声で教えてくれた。
「その名の通り、人を奴隷として狩る犯罪者です。奴隷となった人々は、奴隷市場で売られ、労働力、性の捌け口、そして消耗品として扱われます」
「…………」
身体が、少し震えた。
(だから、イルティミナさん、あんな風に追撃したのか……)
その意味が、ようやくわかった。
ナルーダさんは、暗い表情で笑った。
「この辺じゃ、珍しくないさ。アルンの兵どもも、助けちゃくれない。――特に、アタシら『魔血の民』に対してはね」
「…………」
僕は、彼女の顔を見つめた。
(ナルーダさんも、『魔血の民』なんだ?)
僕は、彼女と一緒にいた他の4人も見る。
もしかしたら、全員がそうなのかな?
野盗との戦いでは、一方的にやられていたけれど、それは戦闘技術のなさと多勢に無勢、あと多分、飢えによる衰弱が原因かもしれない。体力がなければ、いくら『魔血の民』でも、戦うことなんてできないんだ。
(それなのに、アルンの兵は、助けてくれないんだね?)
思った以上に、この国の差別は酷い。
黙ってしまった僕ら3人に気づいて、ナルーダさんは、明るく笑う。
「でも、アンタらは助けてくれた。だから、感謝してるよ」
「はい」
イルティミナさんは、頷いた。
そんな風に話していると、ようやくキルトさんが、こちらにやって来た。
「すまんな。少し今後のルートと予定についてを、話していた」
御者の騎士さん3人を示して、そう言う。
そして彼女は、ナルーダさんを見て、
「無事であったか?」
「あぁ、アンタらのおかげで全員……え?」
ナルーダさん、キルトさんの顔を見て、驚いたように言葉を止めた。
(?)
キルトさんも、怪訝そうに眉を寄せる。
ナルーダさんは、赤い瞳を丸くしながら、金印の魔狩人の顔を指差して、
「アンタ……『鬼王団の鬼姫キルト』かい?」
「何?」
「覚えてないのかい、アタシだよ!? ナルーダだよ! アンタの仲間だった、あの『赤鬼』の!」
え?
僕ら3人は、思わず、キルトさんを振り返る。
キルトさんの黄金の瞳は、呆けたようにナルーダさんの痩せた全身を上下に見つめて、
「まさか、そなた……あの『赤鬼のナルーダ』なのか?」
驚愕の声をこぼした。
◇◇◇◇◇◇◇
どうやら、僕らのリーダーである金印の魔狩人とナルーダさんは、昔の知り合いらしい。
詳しい話を聞きたかったけれど、日暮れは近づき、西の空は赤く染まっている。野盗も出るような地域だから、早めに野営に向いた場所を見つける必要があったんだ。
「なら、うちの村に来るかい?」
そう悩んでいたら、ナルーダさん本人がそう言ってくれた。
地図にも載っていない、小さくて何もない村だけどね、と彼女は、かすかに自嘲するように笑った。僕らはもちろん、ぜひお願いしますと即答した。
(昔のキルトさんの話、色々と教えてもらおうっと)
もはや、3人の共通認識だ。
興味と期待たっぷりの僕らの顔に、キルトさんは、困ったような顔をしていた。
そうして、僕らの騎竜車は、ナルーダさんの村に向かう。
オドロトス山岳地。
植物が少なく、岩肌の多い大地が続く土地だった。
ナルーダさんがいなければ、絶対に気づかなっただろう狭い山道を登って、1時間ほどで、彼女の暮らしている村へと到着した。彼女自身が言っていたように、とても小さな村だった。
少ない土の地面を耕して、畑にしている。
村人も、みんな痩せていた。
僕らの巨大な竜車を見て、みんな驚いている。
でも、好奇心旺盛な子供たちも、興味を持ってこちらに近づいてくることはなかった。
(……活気がない、かな?)
そんな印象だ。
ナルーダさんが、荷車から食糧を下ろすと、村人たちは喜んだ。でも、それは喜びというよりも、安堵に近い。自給自足には向かない土地……ふと『食糧難』という単語が、頭に浮かんだ。
僕らや騎士さん3人が、村を眺めていると、
「ほら、こっちだよ」
ナルーダさんが僕らを呼んだ。
招かれたのは、村長の家だ。
特別、建物が大きいわけでもない。ただ玄関に目印らしい毛皮の飾りがあった。
そして、
「そなたが村長であったのか?」
「まぁね」
驚くキルトさんに、ナルーダさんは苦笑した。
通されたリビングで、僕ら4人は、床に敷かれた毛皮の上に座る。騎士さん3人は、狭いのと、見張りがあるので、外で待機することになった。
お茶が出された。
(……味が薄い)
ただのお湯だと味気ないから、ちょっと苦みがつけてある……そんな感じだ。
ナルーダさんは、そんな僕らを眺め、
「しかし、まさかキルトに会うとは思わなかったよ」
旧友の姿に、懐かしそうに赤い瞳を細めた。
キルトさんも苦笑する。
「それはお互い様じゃ。……15年ぶりかの?」
「そうだね」
「元気にしておったか? 夫婦となったギュドはどうした? あやつも息災か?」
その問いに、ナルーダさんは、瞳を伏せる。
「いや、3年前にね」
「…………。そうか」
キルトさんは、とても驚き、沈痛な面持ちになる。
(……キルトさん)
ここのところ、彼女の知り合いが立て続けに亡くなっている。その心を思うと、僕の胸は苦しくなった。
場の空気が重くなる。
気づいたナルーダさんは、少し明るい声を出した。
「だから今は、私が村長をやっているのさ。ま、力不足だけどね」
「ふむ、そうか」
「そっちはどうだい?」
「わらわか? わらわは、別れる時に語ったように、シュムリアで冒険者をやっておるよ。――あのムンパの下での」
最後の一言。
ナルーダさんは、酷く驚いた。
「まさか……あの『泣き虫ムンパ』かい!?」
「うむ。今や、ギルド長ぞ」
「へ~、あいつが? 変われば変わるもんだね」
僕らは、顔を見合わせる。
(ナルーダさん、ムンパさんとも、知り合いなんだ?)
そう言えば、キルトさんは、冒険者ギルド『月光の風』を作った創設メンバーなんだっけ。
ナルーダさんは、しみじみと言う。
「そうかい。本当に、アンタらは、自分たちのギルドを作っちまったんだね」
「うむ」
「他の連中は、どうした?」
「アガリスとロイムは、冒険者として死んだ。ポゴは、右目の視力をなくして引退し、今は、食堂の店主じゃ。ジョディとクラレッタは、早々にギルドを離れ、それぞれの仕事や家庭を手に入れておる」
キルトさんは、知らない名前を口にする。
「そうかい。みんな、色々だねぇ」
ナルーダさんは、懐かしそうだ。
(…………)
僕らの知らない、昔のキルト・アマンデスの話。
興味深いのに、なぜか寂しくなる。
ちょっと不思議な感じ。
「あの……少しよろしいですか?」
昔話に興じる2人に、イルティミナさんが声をかける。
2人は、こちらを振り返って、
「失礼ですが、いったい2人は、どのような関係なのでしょうか?」
イルティミナさんは、僕らの知りたい核心を訊ねた。
「……む」
「あー」
2人は、ちょっと言い辛そうな反応だ。
(???)
ナルーダさんは、僕とソルティスの顔を見てから、キルトさんの方を向いた。
「この子らに、言っても平気かい?」
「ふむ……まぁ、構わぬが」
頷くキルトさん。
でも、その表情は、あまり語りたくなさそうだ。
ナルーダさんは苦笑して、
「まぁ、誇れる内容じゃないけどさ。――実はね、アタシもキルトも、昔、このアルンで『奴隷』だったんだよ」
そう衝撃の事実を告白した。
◇◇◇◇◇◇◇
(奴隷……キルトさんが!?)
僕ら3人の視線が集まって、彼女は、少し視線を伏せる。
「あまり楽しい話ではないが、聞くか?」
「う、うん」
僕は頷いた。
思った以上の内容になりそうで、戸惑いはあった。
でも問いかけた以上は、そして、彼女にも話してくれる意志があるなら、僕は仲間として聞いてみたいと思った。
キルトさんが、『キルトさん』である理由を。
隣にいる姉妹も、言葉の続きを待っている。
「お茶、冷めちまったね? 新しいの、淹れてくるよ」
ナルーダさんはそう笑って、台所へと席を外してくれる。
キルトさんは、薄いお茶を飲み干した。
「ふぅ」
そして、彼女は覚悟を決めたように、僕らの顔を見つめながら、自身の昔話をしてくれた。
「こう見えて、わらわは古き王家の血筋での」
始まりは、そんな言葉。
アルン神皇国には、かつてたくさんの小国があった。
キルト・アマンデスは、今は亡き、そんな小国の1つの王族の家系だという。ただ、彼女が生まれた時には、すでに国はなく、アルン神皇国の一部の領地となっていた。彼女が生まれたのは、そんな亡国の人々が暮らす村だ。
物心ついた時には、すでに父はいなかった。
母親との2人暮らし。
「例え身分がどうあろうと、誇り高くありなさい、キルト」
「うむ、母御」
貧しくとも、母は美しく、厳しく、それ以上に優しくて、村人は温かかった。
もう王族ではない。
けれど、その誇りを胸に宿して、幼いキルトさんは生きていたという。
人生の転機は、6歳の時だ。
村に、アルンの軍隊がやって来た。
姿を消していた父が、小国の復興を目指して、反乱を起こしたのだ。反乱軍は鎮圧され、父親は処刑。その連帯責任として、小国出身だった村人は全員、領地を奪われ、奴隷の身分に落とされた。
顔も知らない父が、自分たちの知らない場所で勝手にやったこと。
そんな理屈は、無論、通じなかった。
「……地獄の始まりであったの」
そう語るキルトさんの瞳は、とても暗く、冷たかった。
奴隷商人たちの手によって、幼いキルトさんは、ボロ布を着せられ、鉄格子の檻に閉じ込められた。村人たちはバラバラに売り飛ばされ、美しい母娘は高値で売れるだろうと、商人たちの下卑た笑いを向けられた。
高級奴隷として、母娘は、神帝都アスティリオへと輸送されることになった。
怯えるキルトさんを、母は、ずっと抱きしめてくれた。
それで済んだら、まだよかった。
輸送の途中で、奴隷商人の商隊は、なんと野盗に襲われたのだ。
この地方では名の知れた300人規模の巨大な野盗集団だった。奴隷商人たちは全滅し、キルトさん母娘を始めとした商品である奴隷たちは、野盗たちの本拠地である洞窟へと運び込まれた。
売りに出すもの。
手元に残しておくもの。
美しい母娘は、後者に選ばれてしまった。
そこは、無法者の集まりだ。
「まぁ、わらわも母御も、想像通りの目に遭ったの」
「…………」
まだ6歳。
どれほど過酷なことか、僕らは、声もなかった。
美しいが故の不幸。
日に何十人も相手にさせられ、物のように扱われる日々。
幼い娘を庇うため、母は無理を重ねて、結果、衰弱し、病にかかって1年で亡くなった。
遺体は、野盗たちの飼っている竜に喰われてしまった。
「…………」
キルトさんは、自死することも考えた。
でも、できなかった。
『――例え身分がどうあろうと、誇り高くありなさい、キルト』
母の言葉。
それを裏切ることは、死んでも許されない。
誇り高い彼女には、自死は、自分をなぶる愚劣な連中に、負けを認める行為だと思えた。
だから、必死に生きた。
地獄の日々だった。
けれど、そこには、同じような境遇の奴隷少女たちもいた。
ナルーダさんも、その1人。
互いに慰め合い、励まし合い、涙をこぼしながら、みんなで歯を食いしばっていた。苛烈な扱いに、何人もの仲間が死んでいき、何人もの新しい仲間が補充された。
そんな生活は、なんと5年も続いた。
(――いつか全員、殺してやる)
憎悪を燃やし、心の奥底で、煮詰め続けていく日々。
そんなある夜、キルトさんは、ふと自分の異変に気づいた。
下腹部が血で汚れている。
初潮だった。
同時に、全身の血が燃え立つような、異常な感覚があった。
「それが、初めての『魔血』の覚醒じゃった」
恐ろしいほどの力が、全身を駆け巡っている。
そして幼い彼女は、自分に覆い被さっている男の首を、素手でへし折ってしまったのだ。
初めての殺人。
そして、血の興奮。
少女は、その野盗の剣を手にして、裸身を血に濡らしたまま部屋を出た。
300人の野盗。
全てを、皆殺しにした。
「……地獄の鬼どもを、ようやく退治したのじゃな」
キルトさんは、そう笑った。
恐ろしくて、清々しくて、泣いているような笑顔だった。
キルトさん自身を含め、奴隷たちは解放された。
でも、全員、幼い時から閉じ込められ、物として扱われてきたため、生きる術がわからない。奴隷たちを励まし続けてきたキルトさんは、その時にはもう、みんなのリーダーになっていた。
11歳のキルトさん。
でも、彼女も、戦う術しか知らなかった。
だから、野盗団になった。
それも、同じ野盗や奴隷商だけを狙う、特殊な野盗団。
当時から、キルトさんは強かった。
子供だけの集団なのに、連戦連勝。
奴隷商から討伐隊が派遣されても、逆に、返り討ちにしてしまった。
人々は、彼女たちのことを『鬼王団』、その頭領である少女を『鬼姫』と呼び、恐れ戦いた。
奴隷商を襲撃し、解放された奴隷の中には、白い獣人の子供――あのムンパさんもいた。
行き場のない彼女たちも、『鬼王団』のメンバーになった。
そんな戦いの日々は、4年も続いた。
もはや、近隣で『鬼王団の鬼姫』の名を知らぬ者はいないほどの存在になっていた。
また洞窟の時から奴隷として一緒だったナルーダさんは、『赤鬼』と呼ばれて、キルトさんの側近の1人となっていた。
「しかし、そう上手くはいかなくての」
キルトさんは、吐息をこぼす。
彼女たちは、活躍しすぎたのだ。
その地の野盗たちは皆、滅ぼされ、奴隷商たちも近寄らなくなった。それは『鬼王団』の収入の喪失でもある。
何よりの問題は、あまりに名を上げ過ぎたために、アルン神皇国の正規軍が『鬼王団』の討伐に動くことになってしまったことだ。さすがに少年少女の集まりと、正規の軍隊とでは戦いにならない。
キルトさんは、『鬼王団』の解散を決断した。
それまでの稼ぎを全員に分配し、自分たちの新しい人生を選ぶようにと旅立たせた。
15歳だったキルトさんは、自分と同じ『魔血の民』であったムンパさんや他の仲間たちを連れて、シュムリア王国へ逃れることにした。ナルーダさんは、当時の仲間で恋仲だったギュドさんと結婚し、彼の故郷へと旅立った。
それが、15年前の話。
「それから、1年ほど冒険者として金を稼いでの。そのあと独立して、ムンパと共に、あの冒険者ギルド『月光の風』を作ったのじゃ」
キルトさんは、そう話を締めくくった。
僕ら3人は、しばらく無言だった。
やがて僕は、言った。
「キルトさん、大変だったんだね」
「まぁの」
彼女は、苦笑する。
陳腐な感想だったけれど、それ以外に言葉が思い浮かばなかったんだ。
姉妹も、何も言えない。
と、そこに新しいお茶を用意してくれたナルーダさんが戻ってくる。
「話は終わったかい?」
「うむ」
頷くキルトさん。
ナルーダさんは、僕らの様子を見て、笑いを堪えるように喉を鳴らした。
「思った通りの反応だね」
「…………」
「…………」
「…………」
「ま、過去の話さ。気にするな、とは言えないけど、重く考えなくていいよ?」
そう言って、僕らの前に湯呑を置いていく。
キルトさんは、それを手にして、
「つまらぬ話であったな、許せよ」
「ううん」
僕は、首を振った。
大きく深呼吸して、彼女を見つめる。
「話してくれて、ありがとう、キルトさん」
「…………」
2人は驚いた顔をする。
イルティミナさんとソルティスも、僕の横で、銀髪の美女を見つめた。
「ありがとうございます。貴方のことが、また1つわかった気がします」
「うん。ありがと、キルト」
ナルーダさんが、肘で、旧友を軽く突いた。
「いい仲間ね?」
キルトさんは、少し照れた顔で、豊かな銀髪をかき、
「そうであろ?」
自慢げに笑うと、手にした湯呑の熱いお茶を一気に飲み干した。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※今回は、少し重めの話になってしまいました。せっかく、ブクマ300件&1000ポイント達成の回だったのに、なんだか申し訳ありません……(しくしく)。
※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。もしよろしければ、皆さん、これからも転生マールの冒険記を、どうか、よろしくお願い致します。




