094・国境のサバン砦
第94話になります。
よろしくお願いします。
王都ムーリアを出発して、1週間が経った。
幾つかの村や町を経由して、僕らを乗せた巨大竜車――『騎竜車』は、街道を北上して進んでいる。
窓の風景も、少し変わった。
草原の多い大地から、山脈に囲まれた湿原や森林の風景が多くなった。やはり、王都周辺は、人が開拓し易い平原だったってことかな?
(あと、少し涼しくなったね)
気温も下がったのか、朝夕は、少し肌寒さも感じる。
王都ムーリアから国境まで、およそ2週間。
国境から、アルン神皇国の首都、神帝都アスティリオまで、およそ1月半。
ずいぶんと差がある。
「ま、国土は、3倍以上あるんだから。しょうがないわね」
とは、物知り少女のソルティスさん。
(ふぅん)
そう言えば、前に、アルン神皇国は、世界最大の国だって言っていたっけ。
「昔は、あっちの土地にも、たくさんの小国があったの。でも、み~んな、アルンが飲み込んだわ。結果、今の広~い大国になったわけ」
「そうなんだ?」
「そうなのよ。だから、辺境では今も、たまに小さな反乱とかあるわ。すぐ鎮圧されちゃうけどね」
なるほどね。
現在進行形なのは、ちょっと驚きだけど……。
「シュムリアは、よく無事だったね?」
「王家が、女神シュリアンの子孫だったしね。小さいけど、シュムリアの武力は凄まじいし、ある程度の国土も持ってた。それと今は、シュムリア王家の人間を、皇帝に嫁入りさせたからね。そこは、シュムリア王家の英断かな~? ――あと、別にアルンも、無差別に世界征服したい国ってわけじゃないもの」
「そうなの?」
「そうよ。前は、小国同士で、ずっと戦乱が続いてた。それを正義の神アルゼウスと愛の神モアの名の元に、皇帝が治めたって感じ。むしろ、平和のためね」
ふぅん?
「そのせいで、アルン神皇国では、まだ中央以外は不安定で、色んな価値観が混在してるって感じかしら」
「なるほどね」
相変わらず、凄い知識量である。
(さすが、ソルティス)
ちょっと感心。
さて、そんな風に会話をしている間、実は彼女は、ずっと、小さな手にある分厚い紙束へと視線を向けていた。
思えば、旅の間、いつも、それを読んでいる。
(何を読んでるんだろう?)
そんな僕の視線に、気づいて、
「これ? 『神の眷属』を、新しく召喚できないかの研究レポートよ」
あっさり言った。
(……え?)
「神の眷属を!?」
キルトさんもイルティミナさんも、驚いた顔をしている。
「ほう?」
「そんなことができるのですか?」
僕ら3人の視線を受け、少女は、頭の上に眼鏡を上げて、
「前からちょっと考えてたのよ。世界の危機なら、もう1度、神様たちを召喚できないかなって。でも、さすがに古代タナトス魔法王朝の時代から、失われた技術は多すぎるし、そんな超文明が全力を注いだ一大魔法なんて再現できなくて」
「ふんふん?」
「でも、神様本人じゃなくて、その眷属ぐらいなら、召喚できないかと思ったの。――こうしてマールもいるし」
『神狗』である僕を見て、彼女は言う。
「それにアルドリア大森林でも、魔法陣の図案集を手に入れたでしょ? 構造はわかったし、再現できそうな気もしたの。それでね、この間、コロンチュード様にも相談したのよ。そうしたら、コロンチュード様も昔、同じ研究をしてたみたいで、その研究レポートを貸してくれたわけ」
ポンポン
手にした紙束を、小さな手が軽く叩く。
(へ~、そうだったんだ?)
全然、知らなかった。
感心する僕。
そして、ソルティスは、レポートの紙束をテーブルに置いて、
「結論から言うと――やっぱり無理ね」
…………。
少女は、悔しそうに天井を見上げた。
「ぶっちゃけ、『神界の門』は、難しいけど再現できそう」
「…………」
「でも、召喚するには、人間界だけでなく、神界にも『人界の門』が必要なのよ。要するに、2つの『門』が必要だったの」
なんと……。
でも、仕方ないかとも思った。
(だって、人間の都合で、好き勝手に召喚させられたら困るもんね?)
神狗として、そう思う。
ただ、新しい同族に出会えるかもと期待しただけに、ちょっと落胆した。
いや、落胆したのは、『マールの肉体』の方かな?
キルトさんは、言う。
「ま、他力本願はできぬということじゃな」
「そうね」
頷くソルティス。
400年前、悪魔に蹂躙される人々を、神々は見捨てられなかった。
それでも、助力には限界もある。
今は、世界の脅威に対して、僕らだけで立ち向かうしかないのだ。
(そういうことですよね、ヤーコウル様?)
心の中で、マールの主神に呼びかけた。
すると、誰かの手が、後ろから僕の髪を優しく撫でてくれた。
イルティミナさんだ。
「何、ただ今まで通り、というだけのことですよ」
「…………」
優しい笑顔。
「うん、そうだね」
それを見つめて、僕も、小さく笑った。
そして僕は、窓の外を見る。
(あ……)
街道から遠く離れた森の奥、遥か先に、万年雪の積もったとても高い山脈があった。
他の山々より、圧倒的に高い。
その先端は、もはや灰色の曇った空にまで、届きそうだ。
見ていたら、横からイルティミナさんが呟いた。
「ダオル山脈ですね」
え?
(ダオル山脈って……あの『烈火の獅子』が戦死した場所!?)
思わず、僕らは、キルトさんを見た。
「…………」
金印の魔狩人は、窓枠に頬杖をついて、何事もない顔で、窓からの景色を眺めている。でも、その黄金の瞳は、ずっと、その雪化粧された峻険な山脈に向いていた。紅い唇は、真っ直ぐに引き結んでいる。
僕は、もう一度、ダオル山脈を見た。
(…………)
目を閉じて、軽く黙祷する。
「……必ず、仇は討つからの、エル」
小さく、キルトさんの呟く声が聞こえた。
そうして、光を灯した石塔たちが並ぶシュムリア王国の街道を、僕らは一路、国境のサバン目指して、巨大な騎竜車で進んでいった――。
◇◇◇◇◇◇◇
旅は、順調だった。
1度、野盗に襲われたけれど、僕ら4人に出番はなく、御者席にいた3人の騎士さんと客車との固定具を外された鎧の竜2頭が、あっという間に蹴散らしてしまった。射かけられた弓矢は、やっぱり竜車の金属装甲を貫けず、中にいた僕らは、実に平和だった。
そもそも、こんな重装備の竜車を狙う野盗がいること事態、珍しいって。
「金持ちの竜車だと目が眩んだ馬鹿か、よっぽど切羽詰まってたか、どっちかね」
「ふぅん」
10分もかからず撃退し、再び動きだした車内での、僕とソルティスとの会話である。
何はともあれ、王都ムーリアを出発してから2週間、僕らは、国境のあるサバン地方までは、特に問題もなく辿り着くことができたのだった。
サバン地方。
標高が、とても高い地域だった。
山の上というわけではなく、単純に土地全体がだ。一応、標高2千メード近くあるらしい。
(ちょっと酸素が薄いかな?)
ジッとしてるとわからない。
でも、キルトさんとの稽古で身体を動かすと、すぐに息が上がってしまう。
「心肺機能を鍛えるには、ちょうどいいの」
「ぜぇぜぇ」
師匠は笑っていたけれど、僕は返事もできなかった。
そして、僕らは国境に辿り着く。
標高のせいか、寒さのせいか、植物はあまり生えてなくて、岩肌の地面が多い。そんな岩の渓谷を天然の要害として、その唯一の谷間にある街道の先に、巨大な砦が造られていた。
石壁で造られた頑丈そうな砦だ。
華美な装飾は全くなく、武骨で、訪れる人を威圧するような、本物の軍事施設。
「…………」
これから、ここを通過する。
小心者の僕は、なんだか、ちょっと緊張してきちゃったよ。
サバン砦は、正確に言うと2つに分かれていた。
要するに、シュムリア王国側とアルン神皇国側に、砦の建物が分かれていて、それぞれの兵士が、そこを守っているのである。そして、2つの砦を繋ぐように、渡り廊下が造られていた。
まずはシュムリア側で、出国手続き。
続いて、アルン側で、入国手続き。
ということになる。
書面での難しい手続きは、騎士さんたちがやってくれた。
もちろん、僕ら個人も、個別に審査を受けた。
持ち物検査や、出国理由の確認など、怖い顔の砦の兵士さんに問われるのだ。
「王国からのクエストを果たすためです」
前もってイルティミナさんに教えられた通りに答えた。
シュムリア王家からも、事前に通達があったのかもしれない。僕らの出国審査は、思ったよりもあっさり終って、騎竜車は、砦の中を通って、まるでトンネルみたいな渡り廊下を進み、アルン神皇国側の砦に入った。
今度は、入国審査だ。
(うわ……兵士さんの装備が、まるで違うね)
銀色の鎧をつけたシュムリア王国に対して、アルン神皇国の人たちは、全員、黒い鎧だ。しかも、少し洗練されたデザイン、ちょっと格好いい。
言語は、同じアルバック大陸の共通語なので、困ることはなかった。
やっぱり怖い顔の兵士さんの質問に、僕は、シュムリア側と同じ答えを返していく。
彼らは、僕の渡した装備を手にして、物珍しそうに眺めていた。
(って、何してんの!?)
勝手に鞘から抜いて、刀身に触っている。しかも、審査とはいえ、ヒュンヒュンと試し振りなんてやられてしまった。
えぇ、それ人の持ち物だよ?
でも、小心者なんで、文句も言えない。
入国前に、余計ないざこざを起こすのも嫌だったので、グッと我慢した。
結局、僕の審査は、すぐ終わった。
竜車に戻って、他の3人と合流する。
みんなの顔を見たら、ちょっと安心した。
でも、その表情を見ると、なんだか彼女たちの審査でも、腹立たしいことがあったような感じだった。
ソルティスは、唇を尖らせているし、イルティミナさんもいきなり僕を抱きしめて、自分の気持ちを落ち着けようとするみたいに、僕の頭を何度も撫で始める。僕も落ち着くので、彼女のされるがままになる。
「ま、これがアルンじゃ」
キルトさんは苦笑し、肩を揉みながら言う。
む~。
そうして、このままアルン神皇国に入国できると思ってたんだけど、
「入国できないとは、どういうことだ!?」
突然、御者の騎士さんの叫びが聞こえた。
(え?)
僕らは顔を見合わせ、竜車を下りて、声の聞こえた方に向かう。
そこには、書類の広がった机を挟んで、3人の御者の騎士さんと、太った黒い鎧の男を中心に、10人ぐらいのアルン国境兵たちの睨み合う姿があった。な、何事だろう?
隊長らしい太った男が、笑いながら言う。
「入国できんとは言っておらん。許可を出すのに、時間がかかると言っておるのだ」
「それが1ヶ月とは、おかしかろう!?」
は?
(つまり、入国許可に、1ヶ月かかるってこと?)
なんで?
僕と同じように3人は唖然とし、御者の騎士さんたちは怒っている。
けれど、太った隊長は、わざとらしく眉間にしわを寄せる。
「しかし、人手が足りぬしな。審査に時間がかかる。このような大きな竜車だしなぁ」
「貴様……」
貴方の後ろにいる人たちは、暇じゃないの? と突っ込みたい。
騎士さんが、机の上の書類を示した。
「ここにも書いてあるだろう? これは、シュムリア王家に命じられた任務なんだぞ!?」
「小国の王家の命なぞ、我らに関係ない」
「な……っ」
騎士さん、絶句。
太った隊長は、こちらを見た。
そして、大袈裟に表情を歪めて、わざわざ僕らにも聞こえるように、
「それに汚れた悪魔の血族を、神聖なる我らの領地に入れることは、とても憚られること。許可を出すのに時間がかかるのも、当然だ」
3人の表情が、強張った。
(…………)
太った隊長の後ろにいた兵士たちも、下卑た笑いや、嫌悪の表情を浮かべている。
僕は、拳を握りしめる。
3人の騎士さんも、「貴様ら……っ」と怒りを込めて、アルン神皇国の国境兵たちを睨んだ。
よくわかった。
これは、ただの嫌がらせだ。
それも、小国の『魔血の民』に対する、何の意味もない、ただ個人的な感情を満たすためだけの……だ。
「…………」
「…………」
ソルティスは唇を噛みしめ、イルティミナさんも感情の消えた怖い表情になっている。
太った隊長は、しかつめらしく、
「しかしまぁ、我らとしても、便宜を図れぬわけではない。だが、そのためには少々、な?」
と囁いた。
(……袖の下を請求してるのかな?)
あまりの無法ぶりに、僕はもう、後先を考えるのはやめようかと思った。
でもその前に、
「なるほどの」
キルトさんが恐ろしい笑顔を見せて、歩きだした。
懐から、貨幣袋を取り出す。
彼らも全員、彼女の接近に気づいた。
「さすが、アルン神皇国の誇り高き、国境警備隊じゃ。そのように便宜を図ってもらえるならば、是非して頂こう」
彼女の手にある貨幣袋の大きさに、太った隊長は、相好を崩す。
「おぉ? そなたは『魔血の民』にしては、物わかりがいいな?」
「ふむ、そうであろ?」
ニコリと笑うキルトさん。
そして、机の上に貨幣袋を置き、
ガシャアアン
そのまま、とんでもない腕力で、机ごと木端微塵にへし折った。
弾けた硬貨が光を散らして煌めき、書類の紙吹雪が宙を舞う。それを行った白い右手の甲には、黄金の光を放つ魔法の紋章が輝き、驚くアルン国境兵たちの顔を照らした。
「な、なな……っ!?」
太った隊長は、尻餅をつく。
「お、お前は……まさか、金印の魔狩人……っ? ア、アルン皇帝陛下もお認めになられたという、あの鬼姫キルト・アマンデスか……っ!?」
「金はくれてやる。とっとと通せ」
キルトさんは、冷たく言う。
「わ、わかった。――おい、お前ら! す、すぐにこの連中を、ここから通すんだ!」
太った隊長は、尻餅をついたまま、慌てて部下に指示を出した。
唖然としていた後ろの兵士たちも、すぐに走っていく。
キルトさんは、「ふん」と鼻で笑う。
太った隊長は、その場に膝をついたまま、シュムリアの誇る金印の魔狩人に、揉み手をした。
「こ、これはこれは、部下の手違いで、ご迷惑をおかけしました」
「…………」
「ど、どうか、アルン皇帝陛下には、ご内密に。いえいえ、こういう些事を、陛下のお耳に入れて煩わせるのは、本意ではないという意味で、決して隠蔽を願ってるのではなく、部下を守りたい一心でして、どうか伏してお頼みを」
部下の手違いって……。
(むしろ、自分が率先してやってたよね?)
呆れるというか、面の皮が厚いというか、いや、逆にそういう馬鹿を装って、呆れさせ、報告させる意欲を失わせる目的なのかな?
こういう腹黒い世界は、よくわからない。
太った隊長は、散らばった硬貨を拾い集め、袋に詰めて、恭しくキルトさんに差し出す。
「ささ、どうぞ、お受け取りを」
まるで、賄賂を出したような顔。
いやいや、それ、元々キルトさんのお金だから。
「ふん」
キルトさんは、軽蔑の眼差しを送りながら、それを受け取る。
鬼姫様の迫力に、まだ残っていた数名の黒い鎧のアルン国境兵たちは、1歩も動けなくなっていた。
戻ってきたキルトさんに、ソルティスが右手を上げる。
「さっすが、キルト♪」
「ふむ」
パンッ
2人は笑って、手を打ち合わせる。
僕とイルティミナさんも、つい笑顔で手を上げて、
パンパン
「っっ」
手のひらがとても痛くて、熱くなった。でも、凄く気持ちがいい。
御者の騎士さんたち3人も、すぐに、彼女の元へとやって来る。
深々と頭を下げて、
「申し訳ありません、キルト様。お手を煩わせてしまって」
「構わぬ」
鬼姫様は、鷹揚だ。
チラリと、ようやく立ち上がった太った隊長や国境兵たちを見ながら、
「滅多にないが、運悪く、阿呆な担当とかち合ったの。――そなたら、アルンは初めてか?」
「はい」
「そうか。まぁ、辺境ではたまにあるが、アルンの兵、全てがこうではない。良き経験になったと思え」
「ははっ」
騎士さんたちは、仰々しく返事をし、敬礼する。
キルトさんは、彼ら3人の肩をポンポンポンと、軽く叩いて、騎竜車に乗り込んだ。
僕らもあとに続く。
1ヶ月かかると言われた手続きは、10分で済んで、僕らは、苦虫を噛んだような太った隊長さんの『早く行け』という表情に見送られながら、国境のサバン砦を通過して、ついにアルン神皇国の領土へと足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇◇◇
(ここが、アルン神皇国かぁ)
ようやく辿り着いた新しい大地、異世界に転生してから2つ目の国だ。
でも、当たり前だけれど、サバン砦を越える前と後で、窓から見える景色に大きな違いはなかった。
植物が少なくて、岩肌の多い大地。
元々、国境なんて、人間が勝手に決めたものだ。
それを守ろうとするのは、人だけで、動植物にとっては、同じ大地だ。国境を越えたからって、植生に違いがあるわけじゃない。彼らは、当然のように国境を自由に行き来していると思う。
(まぁ、前世が、海に囲まれた日本だったからね)
ある意味、国境は明確だった。
でも、ユーラシア大陸、南北アメリカ大陸、アフリカ大陸などの他の国々では、地続きなのは当たり前で、国境を歩いて越えることもできるのだ。
そして思った。
前世の世界ほど、科学の発展していないこの異世界では、国境を黙って越えるのも、簡単じゃないの? と。
そう聞いてみると、
「簡単じゃよ」
キルトさん、あっさり頷いた。
「一応、国境警備隊が数隊、毎日、時間を変えながら、見回りをしているがの。越える者は、やはりいる。特に、アルンでは暮らし辛い『魔血の民』は、シュムリアに流れることが多いの」
「そうなんだ?」
「まぁ、見つかると、アルン神皇国では死罪じゃがの」
う~ん。
やっぱりそういうことって、あるんだね?
イルティミナさんが、考え込む僕を見ながら、ゆっくりと告白した。
「私とソルも、そうですよ?」
「え?」
「元々は、私たち姉妹もアルンの出身です。あの出来事があって、身を守るために国を捨て、シュムリアへと逃れました」
あの出来事。
つまり、家族を殺され、故郷の村を焼かれてから。
「そ、そうだったの?」
「はい」
「私は、あんまり覚えてないけどね~」
頷くイルティミナさん。
両手を頭の後ろに組んで、どうでも良さそうに言う、当時6歳のソルティス。
キルトさんも、付け加えるように、
「わらわも、14~15歳の頃に、シュムリアとの国境を無断で越えたのじゃぞ」
「キルトさんも?」
「ま、色々とあっての」
そう言うと、キルトさんは、どこか大人っぽく笑った。
(じゃあ、僕以外、みんなアルン出身なんだね?)
さすがに驚いた。
でも、それだけアルン神皇国が、『魔血の民』にとって暮らし辛い国だということなんだろう。イルティミナさんの過去の話を聞いただけでも、とんでもないと思ったもの。
(なんだか思った以上に、大変な旅になりそう……)
先行きが、少し不安になる僕だった。
そうして、僕らを乗せた騎竜車は、アルン神皇国の街道をゴトゴトと進んでいく。
1つだけ、シュムリア王国との違いに気づいた。
街道の整備が、あまりされていない。
これは、国土が3倍以上あるせいかもしれないけれど、シュムリア王国に比べて、整地が甘く、座席に伝わる衝撃が大きかった。衝撃吸収機構のいい騎竜車でこれなんだから、普通の竜車だと、もっと酷いはずだ。
あと『灯りの石塔』がない。
シュムリアの街道では、500メードごとに設置されていて、夜でも普通に走れたし、遠くからでもいい目印になった。
でも、アルンの街道には、それがない。
(これじゃ、夜だと真っ暗で、進めないんじゃないかな?)
そう思った。
周囲を見回しても、広大な大地が広がるだけで、村や町は、どこにも見えない。
なるほど。
こんな辺鄙な場所じゃ、みんな、ストレス発散できずに心が荒んで、あの砦の人たちみたいになるのかも……まぁ、許されることじゃないけど。
――そんな風に、街道を半日ほど進んだ時だ。
空は、茜色に染まり、近くに村などもないので、今夜は、騎竜車に泊まることになりそうと話していた時、
「キルト様」
御者席の騎士さんが、前方の窓越しに声をかけてきた。
「どうした?」
「街道の先で、何やら、争っている一団がおります」
え?
僕らは、慌てて横の窓から身を乗り出して、先を見る。
まず土煙が見えた。
そして、その中心に2台の馬車がいて、周りを、2足竜に跨った20人ほどの男たちが剣を抜いて、襲いかかっていた。
(もしかして、野盗!?)
馬車のそばにいた老人が、剣を手にして立ち向かう。
でも、鎧も来ていない民間人だ。
簡単に、野盗にやられて、腕から血を流し、剣を落としてしまう。
馬車の近くには、黒髪と赤い肌の女性もいた。
彼女も剣を手にして、野盗たちに立ち向かっている。結構、強い。
でも、多勢に無勢だ。
少しずつ、追い込まれている。
御者の騎士さんは、今にも飛び出したそうなのを我慢しながら、キルトさんに問いかけた。
「いかがいたしますか?」
僕らは、重大な任務中だ。
余計な危険に関わらせるのは、命令を受けた騎士さんたちにとって、許されない行為だ。でも、騎士として、人として、心は別にある。その苦悩が、隠そうとしても隠し切れずに、表情に現れていた。
だから、
「助けに行くぞ」
「はっ!」
金印の魔狩人が躊躇なく告げると、彼らは、喜色を弾けさせ、竜への手綱を打った。
ドガラララ
凄まじい音を立てながら、巨大な騎竜車が走る。
その車内で、
「お人好し~」
「すまんな」
ソルティスがからかい、キルトさんが謝る。
「ううん、大丈夫だよ」
「はい、何も問題ありません」
僕と姉妹の3人は、笑いながら、それぞれの武器を構えた。
キルトさんも笑って、雷の大剣の柄を握る。
「――よし、行くぞ」
騎竜車は野党の群れへと突っ込み、金印の魔狩人の号令と共に、僕らは、襲われている人たちを助けるために、竜車の外へと飛び出していった。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。




