表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/825

094・国境のサバン砦

第94話になります。

よろしくお願いします。

 王都ムーリアを出発して、1週間が経った。


 幾つかの村や町を経由して、僕らを乗せた巨大竜車――『騎竜車』は、街道を北上して進んでいる。


 窓の風景も、少し変わった。


 草原の多い大地から、山脈に囲まれた湿原や森林の風景が多くなった。やはり、王都周辺は、人が開拓し易い平原だったってことかな?


(あと、少し涼しくなったね)


 気温も下がったのか、朝夕は、少し肌寒さも感じる。


 王都ムーリアから国境まで、およそ2週間。

 国境から、アルン神皇国の首都、神帝都アスティリオまで、およそ1月半。


 ずいぶんと差がある。


「ま、国土は、3倍以上あるんだから。しょうがないわね」


 とは、物知り少女のソルティスさん。


(ふぅん)


 そう言えば、前に、アルン神皇国は、世界最大の国だって言っていたっけ。


「昔は、あっちの土地にも、たくさんの小国があったの。でも、み~んな、アルンが飲み込んだわ。結果、今の広~い大国になったわけ」

「そうなんだ?」

「そうなのよ。だから、辺境では今も、たまに小さな反乱とかあるわ。すぐ鎮圧されちゃうけどね」


 なるほどね。

 現在進行形なのは、ちょっと驚きだけど……。


「シュムリアは、よく無事だったね?」

「王家が、女神シュリアンの子孫だったしね。小さいけど、シュムリアの武力は凄まじいし、ある程度の国土も持ってた。それと今は、シュムリア王家の人間を、皇帝に嫁入りさせたからね。そこは、シュムリア王家の英断かな~? ――あと、別にアルンも、無差別に世界征服したい国ってわけじゃないもの」

「そうなの?」

「そうよ。前は、小国同士で、ずっと戦乱が続いてた。それを正義の神アルゼウスと愛の神モアの名の元に、皇帝が治めたって感じ。むしろ、平和のためね」


 ふぅん?


「そのせいで、アルン神皇国では、まだ中央以外は不安定で、色んな価値観が混在してるって感じかしら」

「なるほどね」


 相変わらず、凄い知識量である。


(さすが、ソルティス)


 ちょっと感心。


 さて、そんな風に会話をしている間、実は彼女は、ずっと、小さな手にある分厚い紙束へと視線を向けていた。

 思えば、旅の間、いつも、それを読んでいる。


(何を読んでるんだろう?)


 そんな僕の視線に、気づいて、


「これ? 『神の眷属』を、新しく召喚できないかの研究レポートよ」


 あっさり言った。


(……え?)


「神の眷属を!?」


 キルトさんもイルティミナさんも、驚いた顔をしている。


「ほう?」

「そんなことができるのですか?」


 僕ら3人の視線を受け、少女は、頭の上に眼鏡を上げて、


「前からちょっと考えてたのよ。世界の危機なら、もう1度、神様たちを召喚できないかなって。でも、さすがに古代タナトス魔法王朝の時代から、失われた技術は多すぎるし、そんな超文明が全力を注いだ一大魔法なんて再現できなくて」

「ふんふん?」

「でも、神様本人じゃなくて、その眷属ぐらいなら、召喚できないかと思ったの。――こうしてマールもいるし」


『神狗』である僕を見て、彼女は言う。 


「それにアルドリア大森林でも、魔法陣の図案集を手に入れたでしょ? 構造はわかったし、再現できそうな気もしたの。それでね、この間、コロンチュード様にも相談したのよ。そうしたら、コロンチュード様も昔、同じ研究をしてたみたいで、その研究レポートを貸してくれたわけ」


 ポンポン


 手にした紙束を、小さな手が軽く叩く。


(へ~、そうだったんだ?)


 全然、知らなかった。

 感心する僕。


 そして、ソルティスは、レポートの紙束をテーブルに置いて、


「結論から言うと――やっぱり無理ね」


 …………。

 少女は、悔しそうに天井を見上げた。


「ぶっちゃけ、『神界の門』は、難しいけど再現できそう」

「…………」

「でも、召喚するには、人間界だけでなく、神界にも『人界の門』が必要なのよ。要するに、2つの『門』が必要だったの」


 なんと……。

 でも、仕方ないかとも思った。


(だって、人間の都合で、好き勝手に召喚させられたら困るもんね?)


 神狗として、そう思う。


 ただ、新しい同族に出会えるかもと期待しただけに、ちょっと落胆した。

 いや、落胆したのは、『マールの肉体』の方かな?


 キルトさんは、言う。


「ま、他力本願はできぬということじゃな」

「そうね」


 頷くソルティス。


 400年前、悪魔に蹂躙される人々を、神々は見捨てられなかった。

 それでも、助力には限界もある。


 今は、世界の脅威に対して、僕らだけで立ち向かうしかないのだ。


(そういうことですよね、ヤーコウル様?)


 心の中で、マールの主神に呼びかけた。


 すると、誰かの手が、後ろから僕の髪を優しく撫でてくれた。

 イルティミナさんだ。


「何、ただ今まで通り、というだけのことですよ」

「…………」


 優しい笑顔。


「うん、そうだね」


 それを見つめて、僕も、小さく笑った。


 そして僕は、窓の外を見る。


(あ……)


 街道から遠く離れた森の奥、遥か先に、万年雪の積もったとても高い山脈があった。

 他の山々より、圧倒的に高い。


 その先端は、もはや灰色の曇った空にまで、届きそうだ。


 見ていたら、横からイルティミナさんが呟いた。


「ダオル山脈ですね」


 え?


(ダオル山脈って……あの『烈火の獅子』が戦死した場所!?)


 思わず、僕らは、キルトさんを見た。


「…………」


 金印の魔狩人は、窓枠に頬杖をついて、何事もない顔で、窓からの景色を眺めている。でも、その黄金の瞳は、ずっと、その雪化粧された峻険な山脈に向いていた。紅い唇は、真っ直ぐに引き結んでいる。


 僕は、もう一度、ダオル山脈を見た。


(…………)

 

 目を閉じて、軽く黙祷する。


「……必ず、仇は討つからの、エル」


 小さく、キルトさんの呟く声が聞こえた。


 そうして、光を灯した石塔たちが並ぶシュムリア王国の街道を、僕らは一路、国境のサバン目指して、巨大な騎竜車で進んでいった――。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 旅は、順調だった。


 1度、野盗に襲われたけれど、僕ら4人に出番はなく、御者席にいた3人の騎士さんと客車との固定具を外された鎧の竜2頭が、あっという間に蹴散らしてしまった。射かけられた弓矢は、やっぱり竜車の金属装甲を貫けず、中にいた僕らは、実に平和だった。


 そもそも、こんな重装備の竜車を狙う野盗がいること事態、珍しいって。


「金持ちの竜車だと目が眩んだ馬鹿か、よっぽど切羽詰まってたか、どっちかね」

「ふぅん」


 10分もかからず撃退し、再び動きだした車内での、僕とソルティスとの会話である。


 何はともあれ、王都ムーリアを出発してから2週間、僕らは、国境のあるサバン地方までは、特に問題もなく辿り着くことができたのだった。


 サバン地方。


 標高が、とても高い地域だった。

 山の上というわけではなく、単純に土地全体がだ。一応、標高2千メード近くあるらしい。


(ちょっと酸素が薄いかな?)


 ジッとしてるとわからない。

 でも、キルトさんとの稽古で身体を動かすと、すぐに息が上がってしまう。


「心肺機能を鍛えるには、ちょうどいいの」

「ぜぇぜぇ」


 師匠は笑っていたけれど、僕は返事もできなかった。


 そして、僕らは国境に辿り着く。


 標高のせいか、寒さのせいか、植物はあまり生えてなくて、岩肌の地面が多い。そんな岩の渓谷を天然の要害として、その唯一の谷間にある街道の先に、巨大な砦が造られていた。


 石壁で造られた頑丈そうな砦だ。


 華美な装飾は全くなく、武骨で、訪れる人を威圧するような、本物の軍事施設。


「…………」


 これから、ここを通過する。


 小心者の僕は、なんだか、ちょっと緊張してきちゃったよ。


 サバン砦は、正確に言うと2つに分かれていた。


 要するに、シュムリア王国側とアルン神皇国側に、砦の建物が分かれていて、それぞれの兵士が、そこを守っているのである。そして、2つの砦を繋ぐように、渡り廊下が造られていた。


 まずはシュムリア側で、出国手続き。


 続いて、アルン側で、入国手続き。


 ということになる。


 書面での難しい手続きは、騎士さんたちがやってくれた。


 もちろん、僕ら個人も、個別に審査を受けた。

 持ち物検査や、出国理由の確認など、怖い顔の砦の兵士さんに問われるのだ。


「王国からのクエストを果たすためです」


 前もってイルティミナさんに教えられた通りに答えた。


 シュムリア王家からも、事前に通達があったのかもしれない。僕らの出国審査は、思ったよりもあっさり終って、騎竜車は、砦の中を通って、まるでトンネルみたいな渡り廊下を進み、アルン神皇国側の砦に入った。


 今度は、入国審査だ。


(うわ……兵士さんの装備が、まるで違うね)


 銀色の鎧をつけたシュムリア王国に対して、アルン神皇国の人たちは、全員、黒い鎧だ。しかも、少し洗練されたデザイン、ちょっと格好いい。


 言語は、同じアルバック大陸の共通語なので、困ることはなかった。


 やっぱり怖い顔の兵士さんの質問に、僕は、シュムリア側と同じ答えを返していく。


 彼らは、僕の渡した装備を手にして、物珍しそうに眺めていた。


(って、何してんの!?)


 勝手に鞘から抜いて、刀身に触っている。しかも、審査とはいえ、ヒュンヒュンと試し振りなんてやられてしまった。

 えぇ、それ人の持ち物だよ?


 でも、小心者なんで、文句も言えない。

 入国前に、余計ないざこざを起こすのも嫌だったので、グッと我慢した。


 結局、僕の審査は、すぐ終わった。


 竜車に戻って、他の3人と合流する。


 みんなの顔を見たら、ちょっと安心した。

 でも、その表情を見ると、なんだか彼女たちの審査でも、腹立たしいことがあったような感じだった。


 ソルティスは、唇を尖らせているし、イルティミナさんもいきなり僕を抱きしめて、自分の気持ちを落ち着けようとするみたいに、僕の頭を何度も撫で始める。僕も落ち着くので、彼女のされるがままになる。


「ま、これがアルンじゃ」


 キルトさんは苦笑し、肩を揉みながら言う。

 む~。


 そうして、このままアルン神皇国に入国できると思ってたんだけど、


「入国できないとは、どういうことだ!?」


 突然、御者の騎士さんの叫びが聞こえた。


(え?)


 僕らは顔を見合わせ、竜車を下りて、声の聞こえた方に向かう。


 そこには、書類の広がった机を挟んで、3人の御者の騎士さんと、太った黒い鎧の男を中心に、10人ぐらいのアルン国境兵たちの睨み合う姿があった。な、何事だろう?


 隊長らしい太った男が、笑いながら言う。


「入国できんとは言っておらん。許可を出すのに、時間がかかると言っておるのだ」

「それが1ヶ月とは、おかしかろう!?」


 は?


(つまり、入国許可に、1ヶ月かかるってこと?)


 なんで?

 僕と同じように3人は唖然とし、御者の騎士さんたちは怒っている。


 けれど、太った隊長は、わざとらしく眉間にしわを寄せる。


「しかし、人手が足りぬしな。審査に時間がかかる。このような大きな竜車だしなぁ」

「貴様……」


 貴方の後ろにいる人たちは、暇じゃないの? と突っ込みたい。


 騎士さんが、机の上の書類を示した。


「ここにも書いてあるだろう? これは、シュムリア王家に命じられた任務なんだぞ!?」

「小国の王家の命なぞ、我らに関係ない」

「な……っ」


 騎士さん、絶句。


 太った隊長は、こちらを見た。

 そして、大袈裟に表情を歪めて、わざわざ僕らにも聞こえるように、


「それに汚れた悪魔の血族を、神聖なる我らの領地に入れることは、とても憚られること。許可を出すのに時間がかかるのも、当然だ」


 3人の表情が、強張った。


(…………)


 太った隊長の後ろにいた兵士たちも、下卑た笑いや、嫌悪の表情を浮かべている。


 僕は、拳を握りしめる。


 3人の騎士さんも、「貴様ら……っ」と怒りを込めて、アルン神皇国の国境兵たちを睨んだ。


 よくわかった。


 これは、ただの嫌がらせだ。


 それも、小国の『魔血の民』に対する、何の意味もない、ただ個人的な感情を満たすためだけの……だ。


「…………」

「…………」


 ソルティスは唇を噛みしめ、イルティミナさんも感情の消えた怖い表情になっている。


 太った隊長は、しかつめらしく、


「しかしまぁ、我らとしても、便宜を図れぬわけではない。だが、そのためには少々、な?」


 と囁いた。


(……袖の下を請求してるのかな?)


 あまりの無法ぶりに、僕はもう、後先を考えるのはやめようかと思った。


 でもその前に、


「なるほどの」


 キルトさんが恐ろしい笑顔を見せて、歩きだした。


 懐から、貨幣袋を取り出す。


 彼らも全員、彼女の接近に気づいた。


「さすが、アルン神皇国の誇り高き、国境警備隊じゃ。そのように便宜を図ってもらえるならば、是非して頂こう」


 彼女の手にある貨幣袋の大きさに、太った隊長は、相好を崩す。


「おぉ? そなたは『魔血の民』にしては、物わかりがいいな?」

「ふむ、そうであろ?」


 ニコリと笑うキルトさん。


 そして、机の上に貨幣袋を置き、


 ガシャアアン


 そのまま、とんでもない腕力で、机ごと木端微塵にへし折った。


 弾けた硬貨が光を散らして煌めき、書類の紙吹雪が宙を舞う。それを行った白い右手の甲には、黄金の光を放つ魔法の紋章が輝き、驚くアルン国境兵たちの顔を照らした。


「な、なな……っ!?」


 太った隊長は、尻餅をつく。


「お、お前は……まさか、金印の魔狩人……っ? ア、アルン皇帝陛下もお認めになられたという、あの鬼姫キルト・アマンデスか……っ!?」

「金はくれてやる。とっとと通せ」


 キルトさんは、冷たく言う。


「わ、わかった。――おい、お前ら! す、すぐにこの連中を、ここから通すんだ!」


 太った隊長は、尻餅をついたまま、慌てて部下に指示を出した。


 唖然としていた後ろの兵士たちも、すぐに走っていく。


 キルトさんは、「ふん」と鼻で笑う。


 太った隊長は、その場に膝をついたまま、シュムリアの誇る金印の魔狩人に、揉み手をした。


「こ、これはこれは、部下の手違いで、ご迷惑をおかけしました」

「…………」

「ど、どうか、アルン皇帝陛下には、ご内密に。いえいえ、こういう些事を、陛下のお耳に入れて煩わせるのは、本意ではないという意味で、決して隠蔽を願ってるのではなく、部下を守りたい一心でして、どうか伏してお頼みを」


 部下の手違いって……。


(むしろ、自分が率先してやってたよね?)


 呆れるというか、面の皮が厚いというか、いや、逆にそういう馬鹿を装って、呆れさせ、報告させる意欲を失わせる目的なのかな?

 こういう腹黒い世界は、よくわからない。


 太った隊長は、散らばった硬貨を拾い集め、袋に詰めて、恭しくキルトさんに差し出す。


「ささ、どうぞ、お受け取りを」


 まるで、賄賂を出したような顔。

 いやいや、それ、元々キルトさんのお金だから。


「ふん」


 キルトさんは、軽蔑の眼差しを送りながら、それを受け取る。


 鬼姫様の迫力に、まだ残っていた数名の黒い鎧のアルン国境兵たちは、1歩も動けなくなっていた。


 戻ってきたキルトさんに、ソルティスが右手を上げる。


「さっすが、キルト♪」

「ふむ」


 パンッ


 2人は笑って、手を打ち合わせる。


 僕とイルティミナさんも、つい笑顔で手を上げて、


 パンパン


「っっ」


 手のひらがとても痛くて、熱くなった。でも、凄く気持ちがいい。


 御者の騎士さんたち3人も、すぐに、彼女の元へとやって来る。

 深々と頭を下げて、


「申し訳ありません、キルト様。お手を煩わせてしまって」

「構わぬ」


 鬼姫様は、鷹揚だ。

 チラリと、ようやく立ち上がった太った隊長や国境兵たちを見ながら、


「滅多にないが、運悪く、阿呆な担当とかち合ったの。――そなたら、アルンは初めてか?」

「はい」

「そうか。まぁ、辺境ではたまにあるが、アルンの兵、全てがこうではない。良き経験になったと思え」

「ははっ」


 騎士さんたちは、仰々しく返事をし、敬礼する。


 キルトさんは、彼ら3人の肩をポンポンポンと、軽く叩いて、騎竜車に乗り込んだ。

 僕らもあとに続く。


 1ヶ月かかると言われた手続きは、10分で済んで、僕らは、苦虫を噛んだような太った隊長さんの『早く行け』という表情に見送られながら、国境のサバン砦を通過して、ついにアルン神皇国の領土へと足を踏み入れた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



(ここが、アルン神皇国かぁ)


 ようやく辿り着いた新しい大地、異世界に転生してから2つ目の国だ。


 でも、当たり前だけれど、サバン砦を越える前と後で、窓から見える景色に大きな違いはなかった。

 植物が少なくて、岩肌の多い大地。


 元々、国境なんて、人間が勝手に決めたものだ。


 それを守ろうとするのは、人だけで、動植物にとっては、同じ大地だ。国境を越えたからって、植生に違いがあるわけじゃない。彼らは、当然のように国境を自由に行き来していると思う。


(まぁ、前世が、海に囲まれた日本だったからね)


 ある意味、国境は明確だった。


 でも、ユーラシア大陸、南北アメリカ大陸、アフリカ大陸などの他の国々では、地続きなのは当たり前で、国境を歩いて越えることもできるのだ。


 そして思った。


 前世の世界ほど、科学の発展していないこの異世界では、国境を黙って越えるのも、簡単じゃないの? と。


 そう聞いてみると、


「簡単じゃよ」


 キルトさん、あっさり頷いた。


「一応、国境警備隊が数隊、毎日、時間を変えながら、見回りをしているがの。越える者は、やはりいる。特に、アルンでは暮らし辛い『魔血の民』は、シュムリアに流れることが多いの」

「そうなんだ?」

「まぁ、見つかると、アルン神皇国では死罪じゃがの」


 う~ん。

 やっぱりそういうことって、あるんだね?


 イルティミナさんが、考え込む僕を見ながら、ゆっくりと告白した。


「私とソルも、そうですよ?」

「え?」

「元々は、私たち姉妹もアルンの出身です。あの出来事があって、身を守るために国を捨て、シュムリアへと逃れました」


 あの出来事。

 つまり、家族を殺され、故郷の村を焼かれてから。


「そ、そうだったの?」

「はい」

「私は、あんまり覚えてないけどね~」


 頷くイルティミナさん。

 両手を頭の後ろに組んで、どうでも良さそうに言う、当時6歳のソルティス。


 キルトさんも、付け加えるように、


「わらわも、14~15歳の頃に、シュムリアとの国境を無断で越えたのじゃぞ」

「キルトさんも?」

「ま、色々とあっての」


 そう言うと、キルトさんは、どこか大人っぽく笑った。


(じゃあ、僕以外、みんなアルン出身なんだね?)


 さすがに驚いた。


 でも、それだけアルン神皇国が、『魔血の民』にとって暮らし辛い国だということなんだろう。イルティミナさんの過去の話を聞いただけでも、とんでもないと思ったもの。


(なんだか思った以上に、大変な旅になりそう……)


 先行きが、少し不安になる僕だった。


 そうして、僕らを乗せた騎竜車は、アルン神皇国の街道をゴトゴトと進んでいく。


 1つだけ、シュムリア王国との違いに気づいた。


 街道の整備が、あまりされていない。


 これは、国土が3倍以上あるせいかもしれないけれど、シュムリア王国に比べて、整地が甘く、座席に伝わる衝撃が大きかった。衝撃吸収機構サスペンションのいい騎竜車でこれなんだから、普通の竜車だと、もっと酷いはずだ。


 あと『灯りの石塔』がない。


 シュムリアの街道では、500メードごとに設置されていて、夜でも普通に走れたし、遠くからでもいい目印になった。

 でも、アルンの街道には、それがない。


(これじゃ、夜だと真っ暗で、進めないんじゃないかな?)


 そう思った。


 周囲を見回しても、広大な大地が広がるだけで、村や町は、どこにも見えない。


 なるほど。

 こんな辺鄙な場所じゃ、みんな、ストレス発散できずに心が荒んで、あの砦の人たちみたいになるのかも……まぁ、許されることじゃないけど。


 ――そんな風に、街道を半日ほど進んだ時だ。


 空は、茜色に染まり、近くに村などもないので、今夜は、騎竜車に泊まることになりそうと話していた時、


「キルト様」


 御者席の騎士さんが、前方の窓越しに声をかけてきた。


「どうした?」

「街道の先で、何やら、争っている一団がおります」


 え?


 僕らは、慌てて横の窓から身を乗り出して、先を見る。


 まず土煙が見えた。

 そして、その中心に2台の馬車がいて、周りを、2足竜に跨った20人ほどの男たちが剣を抜いて、襲いかかっていた。


(もしかして、野盗!?)


 馬車のそばにいた老人が、剣を手にして立ち向かう。


 でも、鎧も来ていない民間人だ。

 簡単に、野盗にやられて、腕から血を流し、剣を落としてしまう。


 馬車の近くには、黒髪と赤い肌の女性もいた。


 彼女も剣を手にして、野盗たちに立ち向かっている。結構、強い。

 でも、多勢に無勢だ。

 少しずつ、追い込まれている。


 御者の騎士さんは、今にも飛び出したそうなのを我慢しながら、キルトさんに問いかけた。


「いかがいたしますか?」


 僕らは、重大な任務中だ。


 余計な危険に関わらせるのは、命令を受けた騎士さんたちにとって、許されない行為だ。でも、騎士として、人として、心は別にある。その苦悩が、隠そうとしても隠し切れずに、表情に現れていた。

 だから、


「助けに行くぞ」

「はっ!」


 金印の魔狩人が躊躇なく告げると、彼らは、喜色を弾けさせ、竜への手綱を打った。


 ドガラララ


 凄まじい音を立てながら、巨大な騎竜車が走る。


 その車内で、


「お人好し~」

「すまんな」


 ソルティスがからかい、キルトさんが謝る。


「ううん、大丈夫だよ」

「はい、何も問題ありません」


 僕と姉妹の3人は、笑いながら、それぞれの武器を構えた。


 キルトさんも笑って、雷の大剣の柄を握る。


「――よし、行くぞ」


 騎竜車は野党の群れへと突っ込み、金印の魔狩人の号令と共に、僕らは、襲われている人たちを助けるために、竜車の外へと飛び出していった。


ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、明後日の金曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミックファイア様よりコミック1~2巻が発売中です!
i000000

i000000

ご購入して下さった皆さんは、本当にありがとうございます♪

もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、ぜひご検討をよろしくお願いします。どうかその手に取って楽しんで下さいね♪

HJノベルス様より小説の書籍1~3巻、発売中です!
i000000

i000000

i000000

こちらも楽しんで頂けたら幸いです♪

『小説家になろう 勝手にランキング』に参加しています。もしよかったら、クリックして下さいね~。
『小説家になろう 勝手にランキング』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ