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【書籍化&コミカライズ!】少年マールの転生冒険記 ~優しいお姉さん冒険者が、僕を守ってくれます!~  作者: 月ノ宮マクラ


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92/825

092・迷子のポーちゃん

第92話になります。

よろしくお願いします。

 リュタさんに案内されて、王都を歩く。


 王都ムーリアは、30万人都市だけあって、とても広い。今、歩いている区画は、僕にとって初めて歩く場所で、どうやら王都の中心部から東側のようだ。


「マール」


 ん?

 前を歩く2人に聞こえないように、イルティミナさんが僕を呼んだ。


「1つ隣の区画は、貧民街スラムです。どうか、そちらには近づかないように」

「え?」

「そちらは、少々、物騒なところですからね」


 そう言う彼女の視線は、より東側――城壁に近い区画を見ていた。


(そうなんだ?)


 そういえば、前にも注意されたっけ。

 うん、気をつけよう。


 やがて、2人の足が止まったのは、貧民街ではないけれど、それなりに裕福ではない人たちが暮らしている区画だった。

 汚れや損傷の目立つ家々が並んだ中に、平屋の大きな建物がある。


(ここが孤児院かな?)


 雑草の生えた庭では、3歳から15歳ぐらいの子供たちが遊んでいた。

 枝につるしたブランコを揺らしたり、追いかけっこをしたり、中には、木陰で、よれた本を読んでいる子もいる。


 そして、その子供たちは、すぐにアスベルさんとリュタさんに気づいた。


「あ、アス兄、リュタ姉!」

「おかえり~」

「おかえりなさい~」


 みんな笑顔で、一斉に駆け寄ってくる。

 おぉ?


(2人とも、大人気だね)


 ついさっきは、落ち込んでいたアスベルさんも、子供たちの笑顔に笑って、「ただいま」と何人かを抱き上げている。リュタさんも、その子たちの少し傷んだ髪を、優しく撫でていた。

 2人の笑顔は、とても温かい。


「誰だ、お前?」


 ん?

 同じぐらいの年齢の男の子が、僕にも気づく。


 僕は、会釈した。


「こんにちは」

「なんだ、アス兄たちが連れてきた、新入りか?」

「ううん」


 首を振って、


「一応、アスベルさんの友達かな?」

「ほぉん?」


 彼は、ジロジロと僕を見る。


 他の子たちも集まってきて、興味深そうに僕を見てくる。特に、僕の腰にある『妖精の剣』と、左腕にある『白銀の手甲』が気になっているようだ。

 ふむふむ?


「じゃん」


 僕は、右手の甲に、赤い『魔法の紋章』を輝かせた。


 ポゥ


「おぉ~!?」


 歓声があがる。


「お前、冒険者だったのか!?」

「まあね」


 尊敬の眼差しで見つめられてしまった。ちょっと気持ちいい。

 得意げな僕。


「でも赤いから、初心者だよ」

「なんだ」

「やっぱ、アス兄やリュタ姉の方が、上だな」


 うんうん、と頷く子ら。


「…………」


 やっぱり、この孤児院出身だと2人の方が、人気あるよね?

 しくしく。


 気づいたら、そんな僕のことを、イルティミナさんやアスベルさん、リュタさんが後ろから見ていて、3人でクスクスと笑っていた。

 く、くそぅ。


 そんなことをやっていると、


「アスベル、リュタ、よく来てくれたね? おかえり!」

「デラ母さん」

「お母さん、ただいま!」


 恰幅の良い中年女性が、建物から出てきて、2人を抱きしめた。


「元気にしてたかい?」

「はい」

「そうかい、そうかい」


 グシャグシャ


 人懐っこい笑顔で、2人の髪をかき混ぜる。


 2人は困ったような、でも、嬉しそうな表情を浮かべた。

 その時の2人の顔は、なんだか小さな子供みたいな雰囲気だったので、僕は、ちょっと驚いた。きっと幼い時から、同じように、彼女に愛されていたのかな?


「お母さん。これ、お土産。みんなで食べて?」

「おやまぁ、リュタ。いつも、すまないね。――ありがとう」


 包みを受け取るデラさん。


 周りの子供たちが「わ~い!」と歓声を上げる。

 2人も、喜んでもらえて嬉しそうだ。


 そして、デラさんの視線は、僕とイルティミナさんに向いた。


「おや、こっちの2人は?」


 僕らは、会釈する。


「初めまして。私は、彼らと同じギルドで冒険者をしている、イルティミナ・ウォンと申します。こちらは――」

「マールです。こんにちは」


 デラさんは「あらまぁ」と驚き、


「いらっしゃい。2人のお友達ね? 歓迎するわ」


 とても嬉しそうな顔だ。

 アスベルさんは、ちょっと照れくさそうで、リュタさんは、柔らかく微笑んでいる。


「何もないところだけど、さぁ、あがって?」

「あ、うん」

「はい。失礼します」


 そうして僕らは、デラさんの案内で、孤児院の中に入っていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 建物の中は、保育園みたいな印象だった。


 子供たちが思い思いに過ごしながら、年長の子らが、年下の子たちの面倒を見てあげている。大人たちは、デラさんを入れても3人だけだった。


「母さん? 経営は、大丈夫なのか?」

「国の援助があるから、まだ、なんとかね」

「そっか」


 アスベルさんたちは、そんな会話をしている。


 一方の僕は、


「ほら、お前も食えよ?」

「あ。ありがと」


 他の子供たちから、リュタさんのお土産のお菓子を分けられて、一緒に食べていた。


 モグモグ


 うん、美味しい。


 そのお礼というわけじゃないけど、僕も、みんな興味があったみたいなので、今までの冒険の出来事を話してあげた。


 初めてのゴブリン討伐で失敗。

 そして、リベンジ。


 ホブゴブリンを倒して、ディオル遺跡に潜って、スケルトンの群れをやっつけて、最後に骸骨王と対決した。

 そして、アスベルさんたちと生還。


『おぉ~!?』


 みんな、目を輝かせて聞いてくれた。

 なんか気持ちいい。


 でも、一番盛り上がったのは、金印の魔狩人キルト・アマンデスが、広大な砂海の怪物、30メードの巨大サンドウォームを退治する物語だった。


(やっぱり、キルトさんは人気者だね~)


 つくづく、そう思ったよ。


 そんな子供たちと集まっている僕のことを、イルティミナさんは、妙に優しい眼差しで見ていた。


 と、彼女のそばにいた小さな女の子が、


「お姉ちゃんは、マール君のお姉ちゃん?」

「え?」


 そんなことを訊ねた。

 イルティミナさんは驚き、それから、小さくはにかんで、


「そうですね。保護者で、恋人……でしょうか?」

「ふぅん?」


 女の子は、よくわからなかったのか、小首をかしげた。


(…………)


 耳ざとく聞こえてしまった僕は、2つ目の単語に、嬉しくて恥ずかしくて、顔が真っ赤になってしまった。

 周りにいた子は、不思議そうな顔だ。


(……でも、いつか、1つ目の単語を外したいな)


 そう思う僕だった。


 ちなみに、他の子供たちの世話をしてたアスベルさんには、幸か不幸か、今のイルティミナさんの発言は、聞こえていなかったようである。でも、リュタさんは、彼に憐れむような視線を送っていたので、聞こえていたようだ。


 と、そんな風に過ごしていると、


「お母さん、お母さん!」

「大変なの!」


 突然、そんな声をあげて、外から子供たちが帰ってきた。

 そのまま、慌てたようにデラさんに飛びつく。


(ん?)


「ど、どうしたんだい?」


 デラさんも驚いている。

 子供たちは、半べそになりながら、言う。


「ポーが、ポーがいなくなっちゃったの!」

「お外の道で、鬼ごっこしてたら、いつの間にか!」

「なんだって!?」


 迷子?

 アスベルさんとリュタさんも、顔をしかめている。


「お母さん、ポーって? 新しい子?」

「あぁ、3日前に保護したばかりの女の子さ。路地裏に倒れててね」


 そうなんだ?


 デラさんは、外を見ながら表情を曇らせて、


「そのせいで、この辺の地理には、まだ不慣れなのさ。……貧民街の方に、行ってなければいいんだけど」

「…………」

「…………」


 不安げな呟き。

 ザワッと首の後ろの毛が逆立ったような、嫌な感触がした。


 一緒にいた子たちは、責任を感じてしまったのか、「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返しながら泣いている。

 デラさんは、必死にその子たちを抱きしめ、宥めていた。


 2人の青印冒険者は、すぐに立ち上がる。


「わかった」

「私たちが探してくるわ」


 僕は、イルティミナさんを見た。

 彼女も頷く。


「僕らも行くよ」

「はい。――まずは、その子の特徴や、迷子になった場所など、詳しく教えてくださいますか?」


 そして話を聞いた僕ら4人は、すぐに孤児院を飛び出していった。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 迷子になった、ポーちゃん。


 話に聞いた特徴だと、年齢は、9~10歳ぐらい。


 髪は、金色。

 クセっ毛で柔らかく、長さは、一見すると男の子みたいに短い。


 瞳は、明るい水色。


 肌は白。

 ちょっと痩せている。


「……あの子は、少し変わっていてね」


 孤児院の母、デラさんは言う。


 ポーという名前は、孤児院でつけたものだ。3日前に保護した時から、彼女は、自分の名前を語らなかった。もしかしたら、知らないのかもしれない。


 ポーちゃんは、のんびり屋さんだ。

 名前の由来は、いつもポ~としているから。


 あまり喋らず、ぼんやりと空を見ている。

 声をかけないと、一日中。


 でも、不思議と孤児院の子供たちからは、好かれていた。みんな、『ポーちゃんを守らなきゃ』と、一生懸命、世話を焼いているらしい。彼女が小さく笑うだけで、みんな嬉しかった。


(……孤児院のマスコット、みたいな感じかな?)


 だから今、子供たちは全員、悲しそうだ。


 うん、早く見つけてあげないと!


 迷子のポーちゃんを求めて、僕、イルティミナさん、アスベルさん、リュタさんの4人は、彼女がいなくなったという通りにやって来た。

 結構、広い道だ。


 でも、ゴミや瓦礫もあって、所々、視界が悪い。


 僕らは手分けして、周囲を探してみたけれど、やっぱりポーちゃんの姿はなかった。


「まずいな」


 アスベルさんが呟く。


「この通りにある脇道は、皆、貧民街に続いている。ポーの奴、本当に、そっちへ行ったかもしれない」

「…………」

「…………」

「…………」


 貧民街。

 初めて、この王都ムーリアに来た時に、イルティミナさんから最初に『絶対に行くな』と注意された場所だ。


 銀印の魔狩人は、僕らを見る。


「行きましょう」


 そう言った。


「ただし、決して1人にならぬように。アスベルはリュタと。マールは、ここに残ってください」

「え?」


 僕、留守番?


 イルティミナさんは、僕の前にしゃがむ。


「貧民街で、一番狙われるのは、子供です。性の道具として、商品として、他にも色々な理由で、襲われることになります。例え、マールが強くても、行くことはおすすめできません」

「…………」

「それに、そのポーという子が、ここに戻ってくる可能性もあります。入れ違いには、なりたくありません」


 見れば、アスベルさんとリュタさん2人も、頷いている。

 僕は、唇を噛んだ。


「……わかった」

「ありがとう、マール」


 チュッ


 イルティミナさんは、僕の額にキスしてくれる。

 わ?


 アスベルさん、愕然。

 リュタさん、口元を両手で押さえて、驚いています。


「では、行ってきます」


 イルティミナさんは、優しく微笑んで、立ち上がった。


 リュタさんが、物言いたげなアスベルさんの背中を叩き、そして、3人の冒険者たちは、そのまま通りにある脇道へと入っていった。

 すぐ、その背中は見えなくなる。


(…………)


 早く大人になりたいと、強く思った。


 それから僕は、悔しさをかみ殺しながら、もう一度、通りを調べていく。ただ待つより、何か見落としていないか、手がかりがないか、探そうと思ったんだ。

 10分ぐらい、探索した。


「おや?」


 脇道の手前に、靴が1つ、落ちていた。


 子供用の靴。

 どこにでもある、安物の普及品だ。


 でも、僕は、それに見覚えがあった。


(これ、あの孤児院の子たち、全員が履いてたのと全く同じだ……?)


 デラさんが、子供たちのために買った靴なのかもしれない。

 つまり、これは……ポーちゃんの?


「…………」


 僕は、脇道の先を見た。


 貧民街。


 まずいことに、この脇道を、イルティミナさんたち3人は通っていなかった。時間をかけていいのかも、わからない。この靴は、片方だけ脱げていたんだ。

 3人が戻るのを待っていたら、手遅れになるかもしれない。


(よし、行こう)


 僕は決断して、狭い路地へと足を踏み入れる。


 あとで、イルティミナさんに怒られるかもしれないな……歩きながら、ふと、そんなことを思った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕は、貧民街へと入った。


 もちろん、『ここから貧民街です』なんて看板があるわけじゃない。でも、すぐにわかった。

 空気が違ったんだ。


 肌を刺すように、妙な緊張感が漂っている。


(……なんだ、これ?)


 まるで、1人でアルドリア大森林の深層部にいた時のようだ。


 弱肉強食。


 王都の中にいるはずなのに、そんな単語が浮かんでくる。

 ここでは気を抜いてはいけないと、僕の中の警戒心が叫んでいた。腰にある『妖精の剣』をいつでも抜けるように、剣の柄には、ずっと右手をかけている。


「…………」


 通りは狭く、汚い。


 すえた臭いがする。


 家々は、廃墟に近いものもあるけれど、中には人の気配がある。壁には、落書き、糞尿……そして、血痕。


 何人か、表に人もいる。

 地面に座り込んだ、痩せた人たち。


 男も女も。


 若者も、老人も。


 疲れ切った様子で、けれど、その眼球だけはギョロンと剥き出して、粘りつく視線を、僕に送ってくる。

 まるで蜘蛛の糸に絡められたように、歩く足が重い。


 何人かは、立ち上がり、あとをついてくる。


 僕は、振り返らず、決して間合いを近づかせないように、その気配だけには注意した。


(ポーちゃん……)


 もし本当に、彼女がここにいるというのなら、非常にまずいということがよくわかった。


 手にした子供の靴を、鼻に当てる。


 クンクン


 変態というなら、呼んでくれ。

 それで、ポーちゃんが助かるなら、僕は喜んで、その汚名を受け入れてやる。


 神のいぬ


 その名に恥じないように、僕は目を閉じて、空を見上げると、嗅覚だけに意識を集中しながら、大きく息を吸った。


(…………)


 こっちかな?


 このすえた臭いが満ちた環境で、爽やかな日向のような匂いがある。

 靴と同じ匂いだ。


 僕は、そちらに向かって、足早に歩き始めた。


 5分もしない内に、僕は、人気のない薄暗い路地へと辿り着いていた。


「――っ、――っ」


 声がした。 

 僕の足が止まる。


 前方の路地を曲がった先、声は、そこから聞こえた。

 何やら、言い争うような声だ。


 足音を殺して、近づく。


「なんだ、テメェ!? 急に臆病風に吹かれたか? あぁ!?」

「ち、違うって!」


 顔だけを覗かせる。


(いた)


 癖のある金髪、白い肌に痩せた男の子みたいな女の子、片足だけの靴。

 ポーちゃんだ。


 そばには、人相の悪い10人ほどの男たちがいる。


 その中で、一番体格の大きなリーダーらしい片目の男が、ごつい手で、ポーちゃんの細い手首を拘束していた。でも、彼女は、こちらに背中を向けているので、僕から表情は見えない。


 そこは、建物に囲まれた広場だった。


 僕がいる反対側に、もう1つ、狭い道がある。

 それ以外は、壁だ。


(つまり、逃げ道は、その2つ……)


 まず周囲を確認する僕の前で、彼らは、怒鳴り声を交わしていた。


「な、なんかわかんねぇ! けど、その子は、やばいんだ! 手を出さない方がいい!」

「あぁ!?」

「な? か、解放しようぜ、アニキ?」 


 手下の1人が、そんなことを言う。


 ???


 意外な言葉に、僕は驚く。


 そして次の瞬間、その手下の男は、リーダーである片目の男の拳によって、顔面を殴り飛ばされた。うわっ?


 5メードは飛んだ。


 鼻から鮮血が流れる。

 あの出血量だと、ひょっとしたら鼻骨が折れてるかもしれない。


「ふざけんじゃねぇ!」


 大気が震える怒声。


 怒りに任せた蹴りが、倒れた男に連続で落とされる。鈍い音が続き、許しを請う声も悲鳴に変わって、やがて、聞こえなくなる。生きているけれど、全身の骨が折れ、身体中が腫れていた。

 それでも、片目男は、攻撃をやめなかった。


 周りの手下たちは、動かない。


 いや、動けない。

 その表情には、恐怖があり、リーダーの怒りの矛先が自分に向かないよう、息まで殺している。


(チャンスだ)


 全員の意識が、あの2人に向いている。

 一度、深呼吸して、


 タッ


 僕は、低い姿勢で、隠れていた路地の角から飛び出した。


 抜刀。


 ならず者たちの間を抜け、リーダーに接近すると、ポーちゃんの手首を拘束している左手首を、迷わず切断する。


 ヒュコン


「あ?」


 片目が、こちらを見た。


 その瞬間には、僕はもう、ポーちゃんの手を掴んで、反対側の道を目指して走っていた。驚く手下たちの隙間を、一気に駆け抜ける。激痛による男の悲鳴が、背中側で響いた。


(このまま、逃げる!)


 そう思った途端、左腕が強く引っ張られた。

 え!?


 たたらを踏んだ僕は、慌てて振り返る。


 ポーちゃんが、転んでいた。


 突然のことで、彼女の方が反応できなかったのだ。足がもつれ、顔面から地面に倒れている。

 僕は、慌てて彼女を抱えた。


 必死に、もう1つの道に走ろうとしたけれど、間に合わなかった。


 手下の男が2人、すでに、そこに立ち塞がっている。

 まずい。


 僕は慌てて、囲まれないように広場の角へと方向転換し、彼女を背中に隠して、ならず者たちへと『妖精の剣』を構える。


(し、失敗した!)


 内心は、焦りまくりだ。


 リーダーの片目男が、怒気に染まった眼光を僕にぶつけながら、背負っていた巨大な斧を抜く。手下の男たちも、それぞれの武器を一斉に構えていた。

 凝縮する殺意。


「ぐぉお……っ、この糞ガキ、なんだテメエはっ!? いいや、なんでもいい! このまま内臓を引きずり出して、ぶっ殺してやらぁ!」


 激痛による怒声。


(…………)


 前に、キルトさんに言われたことがある。


『殺せる時には、必ず殺せ。決して、躊躇はするな』


 と。

 

 魔狩人にとって『手負いの魔物』とは、最も危険な状態だった。


 怒りと生存本能。


 それらが、魔物の戦闘力を、飛躍的に跳ね上げさせる。

 油断も消えてしまう。


 殺せる時に殺せなければ、逆に、自分たちが殺される可能性が大きくなるのだ。


(……それなのに)


 僕は躊躇した。


 ――相手が、人間だったから。


 今までに僕は、たくさんの魔物を殺してきた。でも、人間だけは、刺したことがあっても、まだ殺したことはなかった。 

 それが、躊躇を生んだ。


 手首ではなく、本物の首を斬ればよかったのだ。


(くそっ)


 後悔しても、もう遅い。


 背中には、守るべき女の子がいる。

 逃げ道も塞がれた。


 10人ものならず者を相手に、それでも、僕はもう、やるしかないのだ。


「――来い」


 短く告げた。


 ピリッと、彼らの反応が変わった。人数と体格に裏打ちされた余裕が、消失したのだ。


 空気が引き締まっている。


「おらぁ!」


 手下の1人が、襲いかかってきた。

 

 ギィン


(!?)


 技もない力任せの剣をいなした瞬間、その速さとパワーに衝撃を受けた。ただの人間じゃない……この人たち、『魔血の民』だ!


 愕然とした。


 僕の知っている『魔血の民』は、みんな、『いい人』だったから。

 もちろん『悪い人』もいると、頭でわかっていた。


 だけど、初めてその姿を目にして、しかも、殺されそうになって、少し動揺してしまった。

 反撃できたのに、反応できなかった。

 

(しっかりしろ、マール!)


 自分を叱咤し、覚悟を決める。


「うらぁ、死ねや!」


 また1人、手下の男が、大きく剣を振り下ろしてくる。


 カィン


 丁寧に防いで、


 ヒュッ


 首を――撫でた。


 鮮血が、壊れた噴水のように噴き出し、驚いた男は、首を押さえて後ずさった。怯えた目で僕を見つめ、仰向けに倒れる。


 僕は、ついに――『人殺し』になった。


「…………」


 でも、それを考える暇も、後悔する暇もなかった。


 仲間をやられた彼らは、それで退くどころか、それこそ怒りを爆発させて、僕へと殺到してきたからだ。

 同時に襲いくる、無数の凶器。


 キンッ ガン ギィン ヒヒュン


「っっ」


 必死に、かわし、いなし、防いで、反撃する。


 後ろに、守るべき女の子がいるから、大きくは避けられない。力と速さで上回る複数の相手を、剣技だけでねじ伏せる必要がある。


(負けるな!)


 心で叫ぶ。

 ディオル遺跡で、スケルトンの群れと戦った経験が生きた。


 攻撃を防ぎながら、僕の剣は、彼らを斬る。


「ぐあっ!?」

「くっ……なんだ、このガキは!?」

「つ、強ぇえ!?」


 2人を殺し、3人に深手を負わせた。


 けど、ついにリーダーである片目男が、巨大な斧を振り被り、凄まじい勢いで突っ込んでくる。


「ええい、どけえ!」


 前にいた手下が吹き飛ばされる。


(くっ、まずい!)


 あの巨大な斧の1撃は、さすがに剣では受け止めきれない。横にいなせる威力でもない。けれど、僕が避ければ、あの恐ろしい戦斧は、後ろにいるポーちゃんに直撃する。

 どうする!?


 迷った瞬間、


 ジジ……ッ


(!)


 僕は、左腕にある『白銀の手甲』を前方に突きだした。


 ジジ、ガ、ガァアアッ


 手首の関節部にある緑の魔法石が輝き、そこから溢れた白銀の鉱石が、メキメキと僕の左腕を覆い尽くして、巨大な竜ような『白銀の左手』になった。


 僕の意志に合わせ、勝手に動く。


 ガキィン


 あっさり、斧を掴み、受け止める。


「なっ!?」


 驚愕する片目の男。


『白銀の左手』は、そのまま斧の金属部分へ指を喰い込ませ、柄を掴んでいる片目の男ごと、横へと放り投げた。


 ブォ ドゴォン


 100キロ近い男が宙を舞い、建物の壁に激突して、地面に落ちる。

 壁には、蜘蛛の巣状に、ひび割れが走っていた。


「ひ、ひぃ」

「嘘だろ……?」


 残された手下たちは、驚愕の表情だ。


 戦意が消えていくのを感じる。


(よし)


 このまま逃げてくれ。


 僕はそう願い、けれど、その視界に有り得ない光景が映って、愕然とした。


 広場に通じる奥の道から、新しいならず者たちが、ゾロゾロと20人以上もやって来たからだ。

 ……嘘でしょ?


 仲間の登場に、失われていた戦意が戻ってくる。


(……くっ)


 僕は、絶望と共に、再び『妖精の剣』を構えた。


 勝てるかわからない。

 でも、後ろの女の子を、守らなければ。


「…………」


 怯えているのか、ポーちゃんは、ずっと地面にしゃがんでうつむいたまま、何も言わない。膝からは、転んだ時に切ったのか、血が出ている。


 20人の新手は、全員が広場に入った。


(……あれ?)


 ふと、その表情に気づいた。


 全員、妙に暗くて、緊張したような顔色だったんだ。


 そして、その原因が、最後尾からやって来る。


「――あら、マール?」


 白い槍を手にした、長身の美女。

 その真紅の瞳が、僕を見つけて、驚きに丸まっている。


 僕も、唖然とした。


「イ、イルティミナさん?」


 彼女は、沈黙したまま、剣を構える僕と、その背中の女の子、そして、武器を構えて相対しているならず者の男たちを見つめていた。

 突然、周囲の空気が、冷たくなった。


「――なるほど」


 彼女は呟いた。


 新手のならず者の男たちは、恐怖に表情を強張らせている。

 僕の前の男たちも、息を呑む。


「詳しい話は、あとで聞きましょう。マール、少し待っていてくださいね?」

「…………」


 そう告げると、彼女は、まるで悪魔のように美しく微笑んだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、3日後の月曜日0時以降になります。よろしくお願いします。

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