087・金印の魔学者1
第87話になります。
よろしくお願いします。
紹介状をもらった翌日、僕ら4人は、金印の魔学者コロンチュード・レスタさんに会うために、竜車に乗って、王都ムーリアを出発した。
彼女の家は、王都から1万メード(10キロ)も離れた、人里遠い場所にあるという。
(いったい、どんな人なんだろ?)
最強の魔法使い。
そして、まさかのエルフさん!
精霊と交信できる期待と相まって、僕は、胸を高鳴らせながら、同じ金印の冒険者であるキルトさんに、彼女のことを聞いてみた。
「――あれは変人じゃ」
返ってきたのは、酷い言葉だった。
唖然とする僕に、キルトさんは教えてくれる。
コロンチュードさんは、実は、エルフではなく、
「あれは、ハイエルフという種族での」
「ハイエルフ!?」
エルフよりも上位の存在で、より妖精や神に近く、寿命も1万年を超える妖精人さんだ。
コロンチュードさんも、1000歳を超えているんだって。
いや、あまりに凄すぎて、よくわからない。
(前世でいうと、樹齢1000年の御神木とか、そんな感じかなぁ?)
そんなコロンチュードさんは、実は、キルトさんが生まれる前から、金印の冒険者としてシュムリア王国に君臨している。いや、今、生きている人間全てが生まれる100年以上も前から、金印なのだ。
現在、王都で要職についている年配の方々は、全員、彼女の世話になった過去があった。
在籍している冒険者ギルドは、王国で一番老舗の『草原の歌う耳』。
でも、ギルドで活動はしておらず、今は名前だけ。
コロンチュードさんは、『魔学者』だ。
古代タナトス魔法王朝時代から生きている彼女は、魔法の研究を、唯一の生き甲斐とした研究者だった。王都を離れて暮らしているのも、煩わしい世俗から外れて、自身の研究に没頭するため。あの国王の生誕50周年式典でさえも、そのために出席を断ったのだ。ちなみに研究資金は、過去にお世話になった人たちが、多額の寄付をすることで賄っている。
ここで、キルトさんの最初の言葉に戻る。
「コロンは、研究以外に興味はない。……何度か会ったことはあるが、わらわとは、まるで会話が成立せなんだ。正直、あれの頭の中がどうなっているのか、よくわからぬ」
「…………」
「あの女好きのエルでさえ、口説かなかったからの」
…………。
(なんだか、不安になってきたよ)
でも、同乗している魔法使い少女のソルティスは、瞳を輝かせて、反論する。
「何言ってるのよ、コロンチュード様は、天才よ!」
「…………」
なんと、『様』付きだ。
ソルティスは、熱く語った。
コロンチュード・レスタは、この100年の間に、失われたタナトス魔法を、なんと17種も発見している魔法界の大功労者だ。
(17種って、凄いね)
無限のような組み合わせを分母とした、17種だ。
宝くじの1等を当てるよりも難しい確率を、たった1人の人物が、数年ごとに発見しているのだから、それがどれほどの偉業かは、語る必要もないだろう。特に、同じ魔法研究者のソルティスから見たら、その凄さは、僕らの何倍も感じているはずだ。
「1度、王立図書館で、彼女の論文、読んでみたのよ。衝撃だったわ~」
「…………」
魔法学の観点からうんぬん、魔素の力学的にかんぬん、事象形態がなんたら……ソルティスが話している内容は、さっぱりわからなかったけれど、彼女がどれだけコロンチュード・レスタさんを敬愛しているかは、存分に伝わってきた。
…………。
変人で天才のハイエルフさん。
(なんか、ますます、人物像がわからなくなってきたよ)
少女の声を聞き流しながら、僕は、難しい顔で悩む。
と、そんな僕の頭を、白い手が優しく撫でて、
「会えば、わかりますよ」
イルティミナさんが、そう笑った。
(なるほど。うん、その通りだね)
髪を梳かれる心地好さに、目を細めて、僕は竜車の座席に、深くもたれかかった。
竜車は、草原の街道をひた走る。
目的である『金印の魔学者』の家までは、もう少しかかりそうだった。
◇◇◇◇◇◇◇
街道の途中で、竜車を下りる。
目の前には、森があった。
この森の先に、金印の魔学者コロンチュード・レスタさんの住居があると、紹介状には書いてあった。
(転生してから、森に入るのは何度目かな?)
そう思いながら、植物たちの楽園へと入っていく。
木立のトンネル。
清流の川に架かった、苔の生えた古い倒木の橋。
木漏れ日の散る木々の世界を歩く僕の足も、もう慣れたものだった。
(それでも、やっぱり疲れるけどね)
なんでコロンチュードさんは、こんな往来に不便な森の奥で暮らしているのだろう? と不思議に思う。
するとキルトさんは、研究に没頭するために、一般の人が近づけない場所にしたのだろうと言った。そういえば、キルトさんは『金印』の肩書きによって、毎日、人が押し寄せ、持ち家を手放したんだっけ。声に、とても実感がこもっていた。
ソルティスは、魔法の研究実験は、失敗した時の被害も大きいからじゃない? と言った。何かあった時に、他人を巻き込まないためには、こういう辺鄙な場所の方が都合がいいと。ちなみに彼女は、実験の失敗で、自宅でボヤ騒ぎを起こしたことがあるという。イルティミナさんに、凄く怒られたそうだ――そう姉に暴露されたソルティスは、「なんで言うのー!?」と涙目になっていた。あはは……。
そんな風に話しながら歩いていると、風景が変わってきた。
足元の土の中に、ひび割れた石が、顔を出し始める。
(……これ、石畳だ?)
石畳の道に沿って進むと、地面の両サイドが盛り上がり、崖に挟まれる。道は広がり、その左右には、折れた石柱のような物が並んでいた。そこに刻まれているのは、タナトス魔法文字だ。
「これって、タナトス時代の物だわ」
ソルティスが、驚いている。
やがて、目の前が大きく開けて、魔法陣の描かれた大きな広場が現れた。
広場を囲むように、石柱が並んでいる。
壊れている石柱が2本。
壊れていない石柱が4本、その上には、体長2メードぐらいの鷹のような石像が飾られていた。
そして、広場の先には、とても巨大な樹が生えている。
樹高は、20メードほど。
でも、幹回りは、それ以上に長さがありそうだった。頭上の枝葉は、大きく横にせり出している。
そして、それを支える巨大な蛇のような、うねる根の間に、木製の扉があった。
幹には、窓も幾つかある。
(もしかして、あの大きな樹が、家なのかな?)
まさに、ファンタジー世界の家だ。
「あそこじゃな」
「うん」
「そのようですね」
僕らは頷き、
「早く行きましょ!」
ソルティスが、待ちきれないというように駆けだした。その足が、広場の魔法陣を踏む。
魔法陣が光った。
「へ?」
その光は、石柱へと流れ込み、
ギギ……ッ
4つの柱の上にあった、鷹の石像が、砂利をこぼしながら、大きく翼を広げた。
ボワンッ
そして、その姿が灼熱に包まれる。
4羽の『炎の鷹』は、大空へと舞い上がり、一度、円を描くように飛ぶと、僕らめがけて急降下してきた。
(えぇええっ!?)
慌てて、避ける。
ヒュゴッ
雷のような速度で横を抜けた『炎の鷹』たちは、炎の残滓を残しながら、再び上空へと舞い上がる。
そばを通っただけで、物凄い熱気だった。
「ふむ? これはコロンの創った、魔法の番人か?」
キルトさんが呟く。
「ちょ……また来るわよ!?」
罠を発動させたソルティスが、焦った声を出す。
僕も、慌てて『妖精の剣』を抜こうとして、
「大丈夫ですよ、マール」
その手を押さえて、イルティミナさんが前に出た。
カシャン
白い槍の翼飾りが展開して、紅い魔法石と美しい刃が現れる。
それを掲げて、
「――羽幻身・白の舞」
声と同時に、光る魔法石から無数の光の羽根が噴き出し、それはイルティミナさんによく似た、3人の『光の女』へと集束した。
彼女たちは、大空へと舞う。
その手にある『光の槍』が、滑降してくる『炎の鷹』めがけて振り抜かれ、イルティミナさん本人も、『白翼の槍』を投擲する。
ガガァアン ドパァン
轟音と共に、上空で『炎の鷹』たちが四散する。
炎に包まれた石の破片が、バラバラと地上に落ちてくる。わわ、危ない。地面に落ちたあとも、散乱した石像の破片たちは、炎をまとい続けていた。どうやら、普通の火ではなくて、魔法的な火みたいだね。
「ふぅ」
一瞬で『炎の鷹』を片づけたイルティミナさんは、息を吐く。
カシュッ
翼飾りが閉じると、3人の『光の女』も、光の羽根に分解して消える。
(さすが、イルティミナさん!)
僕は、美しい『銀印の魔狩人』を見上げた。
「ありがとう、イルティミナさん」
「いいえ。どこも怪我はないですか、マール?」
「うん」
僕らは、優しく笑い合う。
と、その時、キィ……と小さな音がして、大樹の根元にあった扉が開いた。
僕らは、ハッと振り返る。
そこから現れたのは、ローブ姿の金髪の美女だ。
手入れがされていない寝癖だらけの黄金の髪は、身長よりも長く、地面にまで広がっている。その髪から、形の美しい長耳が生えていて、いくつか魔法石のついた飾りが揺れていた。
顔立ちは、白く端正だ。
まるでエメラルドの宝石のような翡翠の瞳は、けれど残念なことに、まぶたで上半分が閉じていて、なんだかとても眠そうだった。
元は美しかっただろうローブも、長い間、着替えていないのか、だいぶ、くたびれている。
とても美人さん。
なのに、猫背なのもあって、なぜか、みすぼらしい印象。
僕らの視線が、その残念美人さんに集まる。
彼女は、ゆっくり順番に僕らを見つめて、それから、地面に転がる魔法の石像たちの破片を見つめた。
クシクシ
寝癖だらけの金髪を、白い手がかく。
「……ごめ、……人避け、トラップ……解除、忘れ……てた」
…………。
(なんだろう、この虚脱感?)
僕ら4人の間を、虚しい風が通り過ぎた。
どうやら、大樹の家から出てきた、この残念美人さんが、紹介された伝説の金印の魔学者コロンチュード・レスタさんみたいである……。
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