漫画マール第17話の公開記念SS
本日、漫画マールの第17話が公開されました。
それに合わせまして、今回も小説の記念SSを投稿です。
漫画、小説共々に、どうか皆さんに楽しんで頂けましたら幸いです♪
僕は、絵を描くのが好きだ。
仕事は、冒険者。
だけど描くのは楽しくて、休みの日にはいつも筆を握っている。
(ま、趣味だよね)
絵の題材は、何でも。
風景も、魔物も、無機物も、何でも描く。
でも、やっぱり1番描いているのは人物画――そう、僕の奥さんのイルティミナさんの絵だろう。
僕は、彼女が大好きだ。
美人で、優しくて、強くて、たまに可愛くて……。
そうした彼女の魅力の100分の1でも、絵の中に描けたらなと思っている。
だから、何枚も描いた。
何年も、何枚も、何回も描いた。
…………。
そして気がつけば、我が家の2階にある僕のアトリエには、今や1000枚以上の絵画が保管されているのである。
◇◇◇◇◇◇◇
「――で? その整理を、私らに手伝えって?」
冷たい眼差しで、ソルティスが言う。
僕は「う、うん」と頷いた。
(うぅ……)
し、視線が痛いです。
沈黙する僕に代わり、僕の奥さんでソルティスの実姉が答えてくれる。
頬に手を当て、
「ええ。1度、整理をしなければと思っていたので、今回、思い切ってやることにしたのですよ」
「……何で、私らまで」
「マールは、1人でやると言ったんです」
「なら――」
「ですが、この量を1人でやらせるなんて、可哀相ではないですか。私も手伝うことにしたのですが、せっかくなら人手があった方がいいでしょう?」
「…………」
「それで、貴方たちを呼びました。何か問題が?」
「……ないと思う?」
「はい」
低い声で訊ねる妹に、姉は即答。
そして、言う。
「先月3回、今月2回。それ以前にも、数え切れず」
「?」
「ソルが私に料理を作らせ、自分たちの家まで運ばせた回数です」
「……へ?」
「冒険から帰って疲れてるからとか、まぁ、何度もねだられたものです。実の妹ですし、マールも賛同するのでがんばりましたが、ええ、それなりに大変ではありました」
「…………」
「さて、ソル? 何か問題が?」
「な、ないわね。さ、さあて、ポー、一緒にがんばるわよ!」
彼女は、相棒の幼女に言う。
黙って成り行きを見ていた金髪幼女は、
「……承知」
無表情ながら、何だか、とっても達観したような雰囲気で頷いたのでした。
姉は、ニッコリ。
ちなみに、この場にはもう1人、彼女もいる。
コホン
彼女は、豊かな銀髪を揺らし、1度、咳払い。
金色の瞳でイルティミナさんを見て、
「その、イルナ。やはりわらわも、それで呼ばれたのか?」
「はい」
「……そうか」
「何か?」
「いや、緊急の要件と言われ、王国から頼まれた仕事も放りだしてきたのじゃが……」
「マールが困っているのです。緊急でしょう?」
「…………」
「それに最近は、キルトの頼みや王国の要請で、ずいぶんと国内のあちこちに派遣されていましたね。整理の時間が取れなかったのも、そのせいなのですが……」
「わ、わかった。確かに緊急じゃな」
コクコク
頷く鬼姫様。
キルトさんも、最近、金印の魔狩人のイルティミナさんに激務を課してた負い目を感じてたのかもしれない。
(まぁ、キルトさんのせいじゃないんだけどね)
各地で暴れる魔物が悪いのだ。
ともあれ、3人の了承を取り付けて、僕の奥さんは満足そうに微笑む。
「持つべきものは、良き友と妹ですね」
「…………」
「…………」
「…………」
「さあ、マールのためにがんばりましょう」
グッ
小さく拳を握り、掲げるお姉さん。
3人も弱々しく上げている。
(あはは……)
僕は苦笑。
それから、彼女たちに言う。
「キルトさん、ソルティス、ポーちゃん、ごめんね」
ペコッ
頭を下げ、
「でも、最近、5人で集まる機会がなかったからさ。イルティミナさんも何か理由をつけて、みんなを集めたかったんだよ」
「マ、マール!?」
僕の暴露に、奥さんはギョッとする。
3人も驚いた顔。
僕は笑って、
「もちろん、僕も、みんなと一緒にいたかったから。それで、ね?」
と、真相を伝える。
3人は僕を見て、それから顔を見合わせる。
最後に、僕の奥さんを見た。
「!」
彼女は、深緑色の美しい髪を揺らし、顔を逸らす。
でも、その耳は真っ赤だ。
3人の内、2人が笑い、1人は頷く。
「そうか、そうじゃな」
「確かに最近、5人で集まることなかったもんね」
「…………(コクン)」
「だ、だから何ですか?」
「いや、別にの」
「ええ。さぁ~て、アトリエの整理だっけ? がんばりましょうかぁ」
「がんばる、と、ポーは言う」
「…………」
鷹揚に笑うキルトさんに、ググッと伸びをするソルティス、ポーちゃんは小さな両手を握っている。
僕の奥さんは、無言のまま。
でも、顔が赤い。
そのまま、動き出した3人を見つめている。
僕は、クスクス笑う。
彼女の隣に立ち、
「よかったね」
と、自分の奥さんに声をかけた。
すると、彼女は嬉しそうな、恥ずかしそうな表情になり、
「もう、マールったら」
キュッ
その綺麗な白い指で、僕のほっぺを軽く抓ったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
我が家の2階に、僕のアトリエはある。
昔、姉妹と僕の3人で住んでいた頃は、僕個人の部屋だった。
でも、ソルティスが家を出て、僕とイルティミナさんが結婚して一緒の部屋で暮らし始めたあとは、自然とアトリエになったんだ。
室内には、たくさんの絵がある。
壁にも、棚にも、床にも、何枚も……。
僕は基本、水彩画や水墨画なので、紙も、画用紙、スケッチブック、イラストボードなどが多く、他にも、ただのメモ帳や獣皮紙などもある。
たまに油絵も描くので、布地のキャンバスも。
キャンバスは、特にかさ張るんだけど……。
で、久しぶりに室内を見た3人は、唖然となった。
「何、この量……」
「掃除はされとるようじゃが……何とも混沌としておるな」
「ポーは、ポカンとする」
3者3様の反応である。
ソルティスは、嫌そうに僕らを振り返った。
「前言撤回しちゃ駄目?」
「駄目ですよ」
ニッコリ
整理をやめたくなった妹に、イルティミナさんは容赦のない微笑みを送る。
妹は涙目だ。
ポム
相方の幼女が、その肩を慰めるように叩く。
キルトさんは苦笑。
「しかし、よく描いたの」
「うん。気がついたら……ね。実は、自分でもびっくりしてる」
「そうか」
「ごめんね。手伝ってもらえる?」
「構わんよ」
申し訳ない気持ちの僕に、彼女は笑った。
(ありがと、キルトさん)
僕も感謝し、微笑んだ。
家主の美女が言う。
「では、手分けして始めましょう。まずは、紙の種類ごとに。それから、人物画、魔物画、風景画などに分けてください。最後に、私とマールで重量配分など考え、部屋に配置していきます」
「うん」
「うむ」
「へ~い」
「承知」
「それでは、よろしくお願いします」
パン
彼女は両手を叩き、小気味良い音を響かせる。
それを合図に、僕らは作業を開始した。
…………。
…………。
…………。
ガサガサ
たくさんの紙を分けていく。
自分のことながら、魔狩人の仕事の合間、合間に、よくこれだけ描いたなと思う。
(でも、楽しいんだよね)
絵を描くの。
自分の頭にあるものが、想像の中にあるものが、現実に具現する。
僕がさせている。
筆という道具を駆使して、絵という形に。
まるで魔法みたいに。
それが楽しくて、面白くて仕方ない。
そこには、確かに自分だけにしか作れない世界がある気がするんだ。
(……なんてね)
作業しながら、僕は1人心の中で笑う。
その時だった。
「――あら? これ……」
(ん?)
見れば、仕分け中だったソルティスが、作業の手を止め、1枚の絵を眺めている。
他の3人も気づく。
「どうした?」
「何かありましたか?」
「?」
と、近づき、絵を覗く。
(あ……)
そこにあったのは、ソルティスの絵だ。
でも、数年前の彼女。
多分、13歳の頃の、まだ僕と出会ったばかりの時の彼女の姿だ。
それは、昔、使っていた大杖を振りかざして、魔法石を輝かせながら魔法を発動している少女の勇ましい姿を描いていた。
今のソルティスが、それを見つめる。
「…………」
「ふむ、よく描けておるの」
「ええ」
「若い、とポーは言う」
他の3人も感心したように呟く。
モデル本人は、
「……何か、懐かしいわね」
と、困ったように笑った。
嬉しいような、でも、恥ずかしいような、そんな表情だ。
(ああ、うん)
そうか、と思った。
この世界には、前世の世界みたいな写真や映像などの記録媒体がない。
だから、昔の自分、過去の己の姿を見ることが、こうした絵でしかできないんだ。
今のソルティスは、きっと、当時に記憶をくすぐられ、どこか郷愁のような思いを感じているのかもしれない。
ガサッ
と、相棒の幼女が、更に近くの絵を手にした。
それを、相棒に差し出す。
「あ……」
こちらも、ソルティスの絵。
ただし、それは、この家のリビングの風景で、13歳の彼女が美味しそうに料理を頬張り、その姉が微笑みながら料理を運んでくる様子を描いた絵だった。
僕の奥さんも「まぁ」と呟く。
ソルティスは、無言。
その指が、絵の表面に優しく触れ、
「……懐かしいわね」
と、微笑みながら呟いた。
僕らも微笑む。
それ以外にも、彼女の絵は何枚も出てきた。
笑うソルティス。
怒っているソルティス。
昼寝中のソルティス。
研究している時の、真面目な眼鏡ソルティス。
落ち込むソルティス。
本を読んでいるソルティス。
相方の金髪幼女と、どこかへ歩いていくソルティス。
他にも、色々。
思わず、みんなで眺めてしまう。
作業は中断してしまったけど、何だか優しい空気が流れていた。
と、その時、
「おや……?」
「? どうした、イルナ」
「ふふっ、こちらは貴方の絵のようですよ、キルト」
「何?」
目を丸くする鬼姫様。
ソルティス、ポーちゃんも「どれどれ?」と覗き込む。
イルティミナさんは「はい」と、皆に見せるように床に絵を置いた。
(あ……本当だ)
その絵の中には、豊かな銀髪を振り乱し、迸る青い雷光をまとった雷の大剣を振るうキルトさんがいた。
今と変わらぬ、頼もしい姿。
多分、これも当時、彼女が現役の『金印の魔狩人』だった頃のものだ。
キルトさんは「ほう」と唸る。
「迫力があるの」
「何よ、格好いいじゃないの、この絵のキルト」
「見事、とポーは称賛する」
「あはは、ありがと。この絵を描く時は、重心の位置とか姿勢を、凄く注意して描いたんだ。大変だったけど、結構、よく描けたと思ってる」
と、自画自賛混じりの解説。
イルティミナさんも頷く。
「当時は、何回もデッサンを直しながら、がんばって描いてましたものね」
「うん」
僕も懐かしく思いながら、笑った。
キルトさんは「ふむ」とあごに手を当てる。
「こうした剣技の絵は、軍事教練の教本にも載せたいの」
「え?」
「どうじゃ? 王国軍の騎士や兵士のため、描いてみぬか、マール?」
彼女は、僕を見る。
僕は苦笑し、
「ううん、描かないよ」
と、断った。
ソルティスは意外そうな顔で僕を見る。
「どうして? 名誉じゃない。お金にもなるし」
「うん。でも、僕の絵は趣味だから」
「…………」
「お金をもらうと仕事になるし、そうなると、楽しいだけで描けないでしょ? それが嫌なんだ」
「ふぅん」
「ごめんね、キルトさん。でも、評価してくれて嬉しかったよ」
と、笑った。
僕の師匠は苦笑し、頷く。
「そうか。残念じゃが、仕方あるまいの」
「うん……」
「ま、それでよい。そうした感性を、マールはこれからも大事にするが良いぞ」
クシャクシャ
(わっ?)
急に、茶色い僕の髪を撫で回されてしまった。
まるで子供扱い。
でも、嫌な気分にならないのは、相手が尊敬しているキルトさんだからかな?
そうしていると、
ガサゴソ
「あら、他にもキルトの絵があるわよ」
と、少女が言った。
(ん?)
みんなが、覗き込む。
そこには、下着姿でお酒を飲む、だらしない鬼姫様の絵があった。
うわ……。
絵の中の彼女の表情は、至福。
だけど、今、現実にいる彼女の表情は……、
ガシッ
「……いつの間に、こんなのを描いたのじゃ、マール?」
「あ、あはは……いつだろ?」
何枚も描きすぎて、もう覚えてません。
鬼姫様に頭を鷲掴みにされながら、僕は、誤魔化すように笑うしかなかった……。
その後も、彼女の絵は何枚も出てくる。
冒険者のリーダーとして、僕らに指示を出すキルトさん。
社交場でのドレス姿のキルトさん。
幼馴染のムンパさんと、まるで少女のような笑顔で話しているキルトさん。
瞑想中のキルトさん。
剣を研ぐキルトさん。
自らの倒した巨大な魔物の上に立ち、こちらに銀髪のなびく背中を向けるキルトさん。
ここにも、色んなキルトさんがいる。
それを本人共々、みんなで眺めた。
「……ふむ。わらわは、マールにこれほど見られておったか」
キルトさんは、唸る。
でも、嫌そうではない。
むしろ、我が子に懐かれる母親みたいな表情だ。
それに、姉妹も笑う。
「さすが、キルトの弟子ね」
「マールにとっては、師匠だけでなく、姉や親のような肉親みたいな存在なのでしょう」
「ふむ、そうか」
くすぐったそうに笑うキルトさん。
肉親……か。
異世界に転生した僕は、天涯孤独だった。
でも、この4人と出会い、今は確かに家族みたいに思っている。
そして、その中でもキルトさんは、僕ら家族をまとめる頼れる家長みたいな人だった。
彼女を見つめる。
と、キルトさんも僕を見て、視線が合う。
「ふっ」
「あは」
家族でもあり、師弟でもある僕らは、つい笑い合ったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
5人がかりで半日、何とかアトリエの整理も終わった。
でも、外はもう真っ暗。
それを口実に、整理を手伝ってくれた3人にはそのまま我が家に泊まっていくよう打診する。
もちろん、3人とも快諾。
(……よかった)
それに、僕ら夫婦も笑い合った。
そのあと、全員お風呂に入って汗を流し、そして、イルティミナさんが作ってくれた夕食(僕も手伝った)を頂くことになった。
ワイワイ
本日のリビングは、賑やかだ。
「っかぁ~! やっぱ、イルナ姉の料理は最高よね~!」
と、イルナ姉の妹が笑う。
彼女の前のテーブルには、空の皿がすでに5枚、積み上がっている。
もちろん、大食いソルティスの食事量を計算して、少女の姉は、妹の料理を大量に用意していたのである。
その横で、銀髪の美女は、
プハッ
冷えた麦酒の入っていたガラス製の大ジョッキを空にし、息を吐いた。
満面の笑みで、
「うむ、美味い」
その口周りには、可愛い白いおひげができている。
そんな酒豪の彼女のためにも、本日は3種類、計5本の酒瓶を用意してあった。
全部、キルトさん用。
僕とイルティミナさんは、軽く嗜む程度にしか飲まないからね。
今日の手伝いを頼んだ時から、夫婦で買い物に行き、この日のために購入しておいたのである。
僕は、酒瓶の1つを手に取り、
「はい、キルトさん」
「おお、すまんな」
空のジョッキに、お酒を注ぎ足す。
銀髪のお師匠様は、少し赤くなった顔でとても嬉しそうに笑う。
それに、僕も笑い返す。
本日のシェフのお姉さんも「皆の口にあったようで何より」と納得したように頷いていた。
彼女の妹が言う。
「口に合わない奴なんていないわよ! ねぇ、ポー」
「同意、とポーは答える」
コクコク
何度も小さく頷く、相方の金髪幼女。
彼女は、小さな口に合わせるように食材を小さく刻み、何度も口に運ぶ。
モクモク
何だか小動物みたいで可愛い。
それには、不思議なことに4人共、ほんわか和んでしまう。
ソルティスが言う。
「ふふっ、私の相棒は可愛いわねぇ」
「うん」
「そう言えば、マール。ポーの絵もたくさん描いてたのね」
「え? あ、うん」
不意の言葉に驚き、僕は頷いた。
アトリエの整理中には、ポーちゃんの絵もたくさん出てきたんだ。
皆で、それも眺めている。
キルトさんは、ジョッキ片手に頬杖を突きながら、
「あれも、良い絵だったの」
「ええ、そうですね」
「ただ、家事をしてる絵が多かったようじゃが……」
「ふふっ、確かに」
2人のお姉さん組が呟く。
そうかな?
でも、そうだったかも……。
もちろん『神龍』として戦っている勇ましいポーちゃんの絵も描いている。
両の小さな拳を握り、光らせ、敵を討つ。
角と鱗と尻尾を生やして変身し、格好いい『神龍ポー』の姿で魔物を蹴散らす絵だって何枚もあった。
(だけど……)
そうした戦場での彼女もいいけど、
チラッ
僕は、ソルティスの隣にいる金髪の幼女を見る。
無表情だけど、平穏な今の空気を味わう、その柔らかな雰囲気が伝わってくる。
神の眷属として、多くの戦場に身を置いてきた神龍の幼女だけど……でも、こうした平和な時間を慈しむ存在であることも、僕は知っている。
だから、そんな彼女のこともしっかり描きたい、と思ったんだ。
掃除したり、洗濯したり、料理したり、そんな日常を過ごす彼女の姿を。
相方の少女が笑う。
「私にとっちゃ、そうしたポーの方が当たり前だけどね」
「…………」
食事の手を止め、幼女はソルティスを見る。
コクッ
小さく頷く。
(……うん)
ポーちゃんの日常には、必ず隣に彼女がいる。
その少女は、僕を見る。
「で、さ。そんなポーの絵もたくさんあったけど、その中で何枚か、笑ってるポーがいたでしょ?」
「あ、うん」
「あれ、素敵よね」
と、笑った。
僕も微笑み、「うん」と頷く。
ポーちゃんは、基本、無表情だ。
だけど、絶対に笑わない訳じゃなく、本当にたまに、滅多にないことだけど笑顔を見せることがある。
ほんの一瞬だけ。
僕らは、それを何回か目撃していた。
普段、感情を見せない彼女だからこそ、その笑顔は鮮烈に僕の心に焼きついて、だから、それを絵という形に具現したかったんだ。
それで、描いた絵だ。
銀髪の美女も、
「うむ。あれは、なかなかに魅力的な笑顔であったの」
と、同意し、ジョッキをあおる。
僕の横のイルティミナさんも「そうですね」と頷いている。
ポーちゃん自身は、
「…………」
やはり、表情も変えずに僕らのやり取りを眺めている。
と、ソルティスが僕を覗き見て、
「ね、マール?」
「ん?」
「あのね? もしよかったらだけど、そのポーの絵、1枚、私に譲ってくれない?」
「え? うん、いいよ」
僕は、即、頷いた。
何を言われるかと思ったら、そんなこと……ソルティスなら全然OKだ。
答えを聞いた少女は、
「本当に!? ありがと、マール!」
と、髪を振り乱して喜んだ。
隣にいるポーちゃん本人の手を握り、「やったわ」と上下に揺らしている。
幼女は、無言無表情。
でも、
「…………」
目の前の相棒の少女を見る水色の瞳は、とても優しい。
まるで、彼女の方が年上みたいで……。
あ、でも、
(ポーちゃんは神龍だから、本当に年上なのか……)
と思い出す。
いや、そんなことはどうでもよくて。
そんな仲良しな2人の様子を、僕とイルティミナさんとキルトさんは温かく見守ってしまったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「でもさぁ……やっぱ、イルナ姉の絵が1番多かったわよねぇ」
相棒の絵がもらえる喜びから、ずっと上機嫌そうなソルティスが不意にそんなことを呟いた。
僕らは、少女を見る。
ジョッキをテーブルに置き、ツマミの干し肉をかじりながらキルトさんが頷く。
「それは同然じゃろ」
「ま~ね、私たちとは一緒にいる時間が違うもの。それもそっか」
「うむ」
「でも、よくあんなに描くわよね。何百枚……? ――ね、マール。そういうのって、なんか飽きたりしないの?」
(え……)
言われて、驚く僕。
つい、隣の奥さんを見てしまう。
彼女の真紅の瞳も、僕を見る。
(…………)
僕は、同い年の義理の妹を見て、
「うん、飽きないよ。と言うか、今もイルティミナさんを見てたら描きたくなったぐらいで」
「ありゃあ……」
「こりゃ、重症じゃな」
2人は呆れ、苦笑する。
イルティミナさん本人は、少しだけ恥ずかしそうに「まぁ、マールったら」とはにかんでいる。
僕も笑い、言う。
「イルティミナさんって、毎日違うんだ」
「うん?」
「毎日、違う魅力があって、新しい彼女が見つかって、小さな変化もたくさんあって、描くのが間に合わないぐらい、日々、素敵になっていくんだよ」
「…………」
「だから僕も、毎日、どんどんイルティミナさんを好きになっていく」
自分でも、怖いぐらいだ。
その告白に、ソルティスは、キルトさんと顔を見合わせる。
ため息をこぼして、
「ご馳走様」
「じゃな」
と、息を合わせたように肩を竦めた。
金髪の幼女も2人の仕草を真似っ子している。
僕の奥さんは、
「もう、マール」
と、窘めるように僕の髪を撫でる。
ん……。
気持ちいい。
思わず、青い瞳を細めてしまう。
そして、思い出す。
王国を代表するような強さのイルティミナさんの勇姿は、何枚も描いた。
魔物を倒した雄々しい勝利の姿。
怜悧な美貌で、敵を見据える眼差し。
血飛沫が舞う中でも、華麗に、美しくある魔狩人の戦いを。
その白く輝く『白翼の槍』と共に……。
それ以外の日常の姿は、戦いの絵の枚数の何倍も描いたと思う。
台所に立つエプロン姿。
掃除中の髪を束ね、布で覆った姿。
あどけない表情で、我が家の庭に面した縁側に座り、目を閉じて日向ぼっこをしている姿。
脱衣所で、服を脱ごうとしている姿。
描き手の僕を見て、笑っている姿。
王都の通りを散歩している姿。
冒険者ギルドで、冒険者の格好でクエスト掲示板を覗いている姿。
夕暮れのシュムリア湖で、裸足で水辺を歩く姿。
それ以外にも、もう色々……。
何枚描いたか、覚えてないぐらいだ。
その中には、絶対に秘蔵だけど、白い裸身を晒してベッドに横たわるイルティミナさんの絵もあったりする。
本人には、了承済み。
だけど、さすがに、キルトさんやソルティスにも見せられないね……。
(…………)
お、思い出したら、顔が赤くなっちゃった。
そんな僕に、4人は、少し不思議そうな顔をしている。
あ、あはは……。
思わず、誤魔化し笑いの僕である。
と、ソルティスが、
「でもさ、今日、マールの絵を見てたら私、なんか色々と思い出しちゃったわ」
「え?」
「昔の私やイルナ姉、キルトがいるし、当時の風景や戦った魔物の絵もあるし、凄く懐かしくなっちゃった」
「…………」
「その時の匂いとか、痛みとか、気持ちとか……さ。感じるのよ」
そう、しみじみと語る。
豊かな銀髪を揺らし、キルトさんも頷いた。
「そうじゃな」
「キルトさん……」
「マールと出会ってからの日々……それが、あの絵という形で残されているのであろう」
「…………」
「あれは、マールから見たわらわたち、そして、マールの人生の記録じゃ」
その金色の瞳が、僕を見る。
他の3人も。
その視線を、僕も見返す。
不意に、イルティミナさんが微笑み、
「――では、あれらの絵は、差し詰め『マールの冒険記』ですね」
と、言った。
僕は、青い目を瞬く。
「なるほど、言い得て妙じゃな」
「冒険記、かぁ。じゃあ、私やポーたちは、その中の登場人物なのね」
と、2人は頷く。
ポーちゃんもコクン、と、小さな首を頷かせた。
冒険記……。
(僕の冒険の記録、か)
確かに、あの絵たちはそうなのかもしれない。
クスッ
僕も「そっか」とつい笑ってしまう。
と、その時、
「ただ……確かにマールの描く絵は、本当に素敵なのですが、私には1つだけ不満があります」
(え……?)
自分の奥さんの言葉に、僕は驚いた。
3人も彼女を見る。
イルティミナさんは、少しだけ唇を尖らせる。
その可愛らしい表情で、
「マールの絵には、マールがいません」
「…………」
「私や、キルトやソルティス、ポーがいるのに、肝心のマールだけがいないのです。それだけが、私は悔しくて、悲しくて、唯一の不満なのです」
「いや、それは……」
だって、ね?
僕は戸惑いながら、
「だって、僕は描き手で、この目が見たものを描いてるんだもの」
と、答える。
僕の奥さんは頷く。
「わかっています」
「…………」
「ですが、やはりマールの描く絵の中でも、私はマールと共にいたいのです」
「…………」
「ごめんなさい、我がままで……」
(イルティミナさん……)
少しだけ申し訳なさそうに、悲しそうに言う彼女に、僕の心も締め付けられる。
キルトさんも困った顔。
と、
「馬鹿ねぇ」
「え?」
「そんなの解決するのも簡単よ」
フフン
義理の妹が、得意げに鼻を鳴らす。
驚く僕らに、
「鏡を見ながら、自分も描けばいいじゃない」
「あ……」
僕は、目を見開く。
言われてみれば……確かに。
2人のお姉さんも、虚を突かれた表情だ。
彼女は笑い、
「ほら、尊敬していいのよ、馬鹿マール?」
と、自分の胸に手を当てる。
僕は苦笑し、頷く。
「うん、さすがだよ、ソルティス。ちゃんと昔から尊敬してる」
「にょほほほ~♪」
上機嫌に笑う少女。
相棒の幼女も、横でパチパチと拍手する。
大人のお姉さん2人も顔を見合わせ、そして、何だか楽しそうに笑い合った。
それからも、夕食の団欒は続く。
外の夜空には、美しい紅白の月が輝く。
そんな夜空に、我が家からはいつまでも5人の賑やかな声が響いていた。
…………。
…………。
…………。
その後、我が家のリビングの壁には、僕マールとイルティミナさん、キルトさん、ソルティス、ポーちゃんの5人が笑顔で食事している1枚の絵が飾られたことを、最後に付け加えておく――。
ご覧頂き、ありがとうございました。
本日、漫画マールの第17話が公開されております。
実は、こちらが漫画マールの最終話となります。
もっと読みたかった気持ちでいっぱいですが、どうか皆さん、よかったら最後まで見届けてやって下さいね!
漫画のURLはこちら
https://firecross.jp/ebook/series/525
どうぞ、よろしくお願いします。
またここから宣伝ですが。
ただ今、月ノ宮マクラの新作『女勇者を拾った村人の少年 ~記憶のないお姉さんと、僕は田舎の村で一緒に暮らしています。~』を連載中です。
新作のURLはこちら
https://ncode.syosetu.com/n6460jt/
記憶のないお姉さん(元勇者)と彼女を助けた村人の少年の冒険、恋愛の日々を描いた物語です。
もしよかったら、こちらもよろしくお願いします♪




