漫画マール第16話の公開記念SS
本日、漫画マール第16話が公開されました。
合わせまして、小説の方もSS投稿です。皆様、どうか漫画、小説の両方を楽しんで頂けたなら幸いです♪
人里離れた山奥に、魔物の咆哮が響いていた。
ガアアアッ
その魔物の体長は、約5メード。
人間の老人の頭部に獅子の胴体、蠍の尾を持つマンティコアという魔物だった。
人語も話し、魔法も使う。
人との会話もできるけれど、根本的な精神構造が違うため、共存は難しい。
現に、魔狩人である僕らが来るまでに、120人以上の旅人が食べられていて、その事実とこの魔物の存在が発覚したのも先月末だった。
それぐらい、高い知能で潜伏していたのである。
けど――それも今日までだ。
王国が誇る『金印の魔狩人イルティミナ・ウォン』が討伐に参上した。
潜伏場所を探すのに苦労したけど、
クンクン
僕の犬並みに優れた嗅覚が、4日がかりで見つけ出した。
そして、直接、顔を合わせて戦闘になれば……うん、現在、王国最強の僕の奥さんが負けるはずもない。
ザキュッ ズドン
会敵から10分弱、マンティコアは傷だらけだ。
ただ、
(……思ったより、粘るね)
想像以上の耐久力だ。
その巨大な獅子の肉体は瞬発力も高く、持久力もあり、更に回復魔法も行使するため、なかなか致命傷を与えられない。
加えて、
「ア、アブナイ」
「ソレハ危険ダヨ」
「ゴメンナサイ」
「ママ、ママ、タスケテ、タスケテ」
と、人語を叫ぶ。
そのままの意味じゃない。
単純に、相手の戦意を乱すための攪乱の言葉だ。
頭ではわかってる。
でも、反射的に、剣が鈍る。
イルティミナさんは強い精神力で『白翼の槍』を振るうけれど、僕は逆に生まれた隙を狙われ、危険な場面もあった。
(く、くそぅ……)
本当、嫌な相手だ。
ただ……それでも僕らの優勢は変わらず。
徐々に、徐々に、マンティコアの傷は増え、決着の時は近づいていた。
老人の顔にも、焦りが生まれる。
ガヒュン
と、彼女の槍がその右目を貫いた。
魔物は悲鳴をあげ、
「! いけない!」
瞬間、僕の奥さんは驚きの表情で後方に跳ぶ。
(え?)
反応の遅れた僕を抱き、近くの木の陰へ。
次の瞬間、
ドパァアン
魔物の正面で、魔法による火炎の爆発が巻き起こった。
(う、わ)
凄い熱風が吹き抜ける。
自分の奥さんにきつく抱かれていたおかげで、僕は無傷。
やがて、熱波が消え、僕らが木の陰から姿を出すと、目の前の森の木々は折れ、砕け、放射状に倒れていた。
地面には、大量の血痕。
そして、魔物の姿は……ない。
(え……?)
僕は、唖然。
イルティミナさんは悔しそうに、
「悲鳴に紛れさせて、魔法を詠唱、発動されました。恐らく、自爆覚悟の目くらましです。逃げられました」
「そんな……」
僕は、呆然としてしまう。
人知れず、多くの旅人を殺めた魔物。
狡猾に潜伏され、それを必死に追い、見つけ、ようやく追い詰めたのに……。
また、振り出しだ。
僕は、唇を噛む。
イルティミナさんも、感情を抑えた声で、
「追いましょう」
「…………」
「残念ながら、向こうの方が足が速い。ですが、負傷している以上、追いつける可能性もあります」
「うん」
僕は、頷いた。
でも、相手は、回復魔法を使える。
追いつける可能性は、とても低い。
歴戦の魔狩人である僕の奥さんだって、その現実はわかっているだろう……けれど、僕の心を守るため、あえてそう言ってくれたんだ。
だから、僕も頷く。
悔しいけど、
(でも、止まれない)
この先の人々の被害を少しでも減らすために、足を止めてはいけないんだ。
そう思った時、
ジッ ジジッ
(ん?)
左腕に装備した『白銀の手甲』が音を立てた。
緑色の魔法石が輝いている。
精霊さん……?
驚く僕らの前で、
ジッ ジガァアアアッ
白く輝く鉱石が溢れ、巨大な狼の姿をした『大地の精霊獣』が姿を現した。
美しく、雄々しい姿。
手甲に宿る精霊の『白水晶の狼』だ。
フッ フッ
精霊さんは、地面の血痕を嗅ぐ。
数秒で顔をあげると、真っ赤な瞳が何かを伝えるように僕を見る。
(あ……)
僕は、気づく。
次の瞬間、
ドンッ
白銀の精霊獣は大地を蹴り、森の奥に消えた。
風圧に木の葉が舞い、
「マール、今のは……?」
僕の奥さんが聞いてくる。
僕は微笑み、
「行こう」
とだけ、伝えた。
精霊さんの匂いを追い、森の中を進む。
地面には、巨大な爪痕と折れた枝や草花の道があり、僕らはその道を淡々と追い続ける。
追跡して、20分ほど。
ガサッ
僕の手が草木を分けると、その先で森が唐突に途切れていた。
その先は、小高い丘だ。
その頂上を見て、
「あ……」
僕は、青い瞳を見開いた。
草原の斜面には大量の紫の血が流れ、その丘の先で、白銀の精霊獣が人面の頭部を咥えていた。
傍らには、首なしの獅子の胴体。
断面の傷口には、確かな牙の噛み跡が残されていた。
「これは……」
歴戦の『金印の魔狩人』であるイルティミナさんも、目の前の光景には驚きの表情だった。
白銀の精霊獣は、
ボトッ
咥えていた頭部を地面に落とす。
生気のない老人の顔には、恐怖と絶望と諦観の念が残されていた。
ドシュン
鉱石の前足が、それを踏み砕く。
そして、
ジッ ジガァアアアッ
太い喉を晒して、勝利の咆哮を天高くに響かせる。
頼もしく、力強い音色。
真っ赤な瞳は『どうだ?』と言わんばかりに、主人である僕を見ていた。
(――うん)
僕は微笑む。
隣にいる僕の奥さんは『参りました』とばかりに苦笑している。
そうして僕は、
タタッ
強くて格好良い精霊さんの下へと、草原の丘を小走りに駆け上がっていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「――ほぅ、そんなことがあったか」
僕の話を聞いて、銀髪の美女――キルトさんは感心したように頷いた。
周囲は草原である。
遠くには、緑の濃い森林と青白く霞む山脈がそびえ立ち、頭上に広がる空は青く、高く澄み渡っていた。
僕のそばには、キルトさんとイルティミナさん。
そして、街道に停まる竜車の姿があった。
今日は、ピクニック……ではなく、キルトさんの『お願い』で遠方の街まで用事で行く彼女の護衛を任され、現在はその道中のお昼休憩の最中だった。
(ま、本来は護衛なんて必要ないんだろうけど……)
彼女は、王国の英雄だ。
野盗、魔物、どちらも敵ではない。
竜種だって、倒せるだろう。
それでも僕らを護衛にするのは、今回の用事に『魔の勢力』の暗躍を感じてらしく、表向きの理由が必要だったからだ。
実際、魔の勢力が関わっているかはわからない。
だから、忙しいのは到着してから。
今は、意外とゆっくりした時間だ。
あと、護衛には、僕ら夫婦だけでなく、ソルティスとポーちゃんもいる。
その2人はというと、
「やっほぅ~!」
「…………」
彼女の声が草原に響く。
視線を向ければ、草原を走る『白銀の精霊獣』の背に跨り、歓声をあげる2人の姿があった。
2人とも、楽しそう。
ま、ポーちゃんは無表情だけど……雰囲気がね。
僕は苦笑。
イルティミナさんが手を振ると、彼女の妹も手を振り返してくれる。
キルトさんも苦笑いで、
「楽しそうじゃの」
「だね」
僕も同意する。
精霊さんは優しくて。
たまには、全力で走りたいだろうと召喚したら、退屈していた2人と遊んでくれたのだ。
その姿は……うん、
(まるで、ペットのワンちゃんみたい)
本来、誇り高い精霊なんだけどね。
キルトさんは、金色の瞳を細める。
あごを撫でながら、
「マンティコアを仕留める強力な精霊が、このような遊戯に付き合うとはのぅ。エルフ共が見たら、白目を剥くぞ」
「あはは……」
「これも、マールの影響か」
なんて、僕を見て笑う。
(どうかな?)
ペットは飼い主に似るとはよく言うけど、精霊と契約主でも成立するかはわからない。
と、隣に座る僕の奥さんが、
サワサワ
まるで飼い犬の頭を撫でるように、僕の髪を撫でる。
その指使いが気持ちいい。
(ワンワン)
僕も、目を細めちゃう。
彼女は優しく微笑み、それから、銀髪の美女に言う。
「正直、あれほど強力な存在が味方であってよかったと心から思います。あの精霊と戦うなら、マンティコア10体を相手した方が楽な気がしますよ」
「それほどか?」
「はい、それほどに」
「ふむ……」
唸るキルトさん。
その黄金の瞳には、
(あ……)
最強の剣士らしく、戦いたそうな好奇の光が灯っていた。
鬼姫VS精霊さん。
見てみたい対戦カードだけど、でも、多分、キルトさんが勝ちそうな気がする。
子供の頃から見てきたせいか、僕の中ではどうしても、どんな相手でも、キルトさんが負ける姿が想像できないんだ。
だけど、
(精霊さんなら、きっと善戦しそう)
とは、思うけど。
僕の奥さん評価では、精霊さんは、その辺の竜種なら簡単に狩れる戦闘力だと言う。
竜より強い精霊……凄いよね?
チラッ
視線を向ければ、
「うひょひょ~!」
「っっ」
空中高くに跳ねたり、バク転したり、高速で方向転換したりする『白銀の精霊獣』の姿が見れた。
まるで、ジェットコースターだ。
ソルティスは長い紫色の髪をなびかせ、歓声をあげている。
金髪幼女のポーちゃんは無言だけど、その水色の瞳は、キラキラと本物の子供みたいに輝いていた。
散らされた草原の草が、青空に舞っている。
(う~ん)
精霊さん、サービス精神が凄いや。
ちょっと意外。
だけどそれぐらい、僕や僕の仲間に心を許しているのだと思う。
それは、やはり嬉しい。
…………。
思えば、長い付き合いだ。
あの『闇の子』と出会った頃から精霊さんはずっと僕の左腕にいて、ほぼ全ての戦いを共に過ごしてきたんだ。
死の危機も、勝利の喜びも、共に……。
(……うん)
そりゃ、仲良くなるよね。
もしかしたら、人間とは違う時間の流れで生きる精霊さんにとっては、ほんの瞬きみたいな時間なのかもしれないけれど……。
…………。
…………。
…………。
しばらくして、2人と精霊さんが戻ってくる。
巨大な精霊獣の背から降りると、
「ああ、楽しかったわぁ」
「…………(コクコク)」
満喫したように頬を紅潮させて、ソルティスは笑い、ポーちゃんは何度も頷く。
精霊さんも誇らしげだ。
そのあとは、お出かけ前にイルティミナさんが作ってくれたお弁当を、5人で談笑しながら食べる。
食後は、お茶の時間。
キルトさんとウォン姉妹は、水筒の紅茶を飲みながら、楽しげに会話する。
金髪の幼女は、聞き役に徹する。
そして僕は、
ジッ ジジ……ッ
すぐ隣で、半円を描きながら寝そべる巨大な精霊獣の毛並みを労うように撫でていた。
硬い鉱石の体毛。
だけど、1本1本が細く、弾性がある。
凄く不思議な感触で、撫でている僕の手のひらが心地好い。
僕は笑いながら、
「ふふっ、お疲れ様。ソルティスとポーちゃんと遊んでくれて、ありがとね」
と、語りかけた。
精霊さんの紅い瞳は、少し眠そうに閉じている。
だけど、僕の声に反応して、少しだけ開き……でも、またすぐに閉じてしまった。
代わりに、
パフッ パフッ
太く大きな尻尾が動き、僕の背中を掃くように撫でる。
(あはは)
その感触も楽しい。
そして、その気高い精霊さんの雰囲気は『気にするな』と言っているみたいだった。
頼もしくて、優しい精霊さんだ。
…………。
僕は、前に傾き、
ポフッ
その白銀の毛並みの中に、顔から倒れ込んだ。
冷たい鉱石の身体。
やはり、普通の獣とは違う。
だけど、柔らかく、力強く、僕の体重を受け止めてくれる。
(うん、天然のお布団だ)
精霊さんの大きなお腹に背中を預け、仰向けに寝そべりながら、僕は青い空を見上げた。
白い雲が、風に流れている。
ゆっくり、ゆっくりと。
精霊さんは、僕を見る。
また目を閉じて、僕を受け入れ、眠るように動かない。
と、その時、
「あ、マール、いいな」
「おや、気持ち良さそうですね」
「ふむ? わらわたちも、お邪魔するかの」
「ポーは、賛成と言う」
そんな声が聞こえた。
そして僕の4人の仲間も、僕の身体を挟むように、精霊さんのお腹を布団にして寝そべった。
(わ……?)
僕は驚く。
でも、4人は微笑み、目を閉じる。
極上のお布団の感触を堪能している表情だ。
僕は、苦笑。
巨大な精霊さんは、5人の人間をお腹に寄りかからせても、特に気にした様子もない。
ジッ ジジ……ッ
むしろ、楽しげに音を鳴らす。
(……うん)
安心して、僕も笑う。
旅の行程は、まだ余裕がある。
もう少しお昼休憩をしていても、まだ大丈夫だろう。
そう思い、
「ん……」
僕も、青い瞳を閉じていく。
大好きな4人の仲間の温もりと精霊さんの柔らかさを感じながら、もうしばらく、微睡みの時間を楽しんだんだ――。
ご覧頂き、ありがとうございました。
本日、マールのコミカライズ第16話が公開されております。
今回は、キルトとイルティミナの間で言い合いが起きてしまうようですが、さて、その原因は……?
そして、知的少女な眼鏡ソルティスも登場しますので、どうぞお楽しみに♪
漫画のURLはこちら
https://firecross.jp/ebook/series/525
今話も無料ですので、皆さん、どうかお気軽にご覧下さいね。
また現在、新作も公開中です。
タイトルは、
『女勇者を拾った村人の少年 ~記憶のないお姉さんと、僕は田舎の村で一緒に暮らしています。~』
です。
記憶のない元女勇者のお姉さんと村人の少年の物語です。
もしよかったら、こちらもお楽しみ下さいね。
新作のURLはこちら
https://ncode.syosetu.com/n6460jt/
どうぞ、よろしくお願いします!




