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747・誇りに思います

第747話になります。

よろしくお願いします。

「――例の貴族息子の件じゃがの、やはり廃嫡となったぞ」


 僕らの自宅を訪問したキルトさん。


 彼女は、リビングで向き合う僕ら夫婦にそう教えてくれた。


(そっか)


 伝えられた内容に、僕は青い瞳を伏せ、隣に座るイルティミナさんは静かに頷いた。


 王都に帰ってから、3日が経っていた。


 あの日、15人の騎士から、僕らはとんでもない事情を聴いた。


 自分たちの手に余ると感じた僕らは、王都に帰還後、すぐにキルトさんに相談、レクリア王女に報告することになったんだ。


 騎士たちに僕の命を狙わせたのは……なんと、彼らの仕える貴族当主の息子だった。


 最初は「は?」と思った。


 だって、僕みたいな平民が貴族に狙われる理由なんて、まるで思いつかなかったから。


 でも、イルティミナさんは心当たりがあったようで、「まさか……」と美貌をしかめていた。


 告白する騎士たちは、沈痛な面持ちで頷く。


 なんと、その貴族当主の息子とは、先日の舞踏会にて、イルティミナさんに『俺様の女になれ』なんてほざいたその人物だったのだ。


 旦那である僕を殺せば、彼女を自分の物にできると思ったらしい。


(嘘でしょ……?)


 僕は愕然だ。


 そんな理由で僕、狙われたの?


 当然、そのような不当な行為を、誇り高い騎士たちは行いたくなかった。 


 そのような考えは止めるよう諫言し、説得しようとしたという。


 けど、相手は既婚者の女性と知りながら『自分の物になれ』などと言うような、常識外れの考えを持った貴族の馬鹿息子だった。


 彼らは殴られ、任務として命じられる。


 騎士たちは、懊悩した。


 自分たちの信じる正義と騎士としての忠義、その2つの狭間で潰される。


 何より、殺害対象の『マール・ウォン』は、王国最強の冒険者『金印の魔狩人イルティミナ・ウォンの夫』なのだ。


 その庇護がある以上、自分たちでは叶うはずもない。


 そもそもその任務は、最初から不可能なのだ。


 その事実を、15人の騎士たちは全員、理解していた。


 しかし、悩んだ結果、彼らは任務に応じることにする。


 ただし、その目的は僕の殺害ではなく、逆に、15人全員が返り討ちにあって死ぬこと、それにより主人の目を覚まさせることだった。


 まさに、命懸けの忠義。


(ああ……そうか) 


 だからあの時、彼らの殺意をまるで感じなかったのか……と、僕はようやく理解した。


 同時に、彼らは本当に誇り高い騎士なんだ、と。


 だからこそ、そんな彼らの命を無駄に散らすような命令をしたその貴族息子は、本当に許せない。


 イルティミナさんも、話を聞いた直後は、あまりの怒りにその白い美貌から完全に表情が抜け落ちてしまうほどだった。


 そして僕らは、彼らを伴い王都に帰還、すぐにキルトさんに相談した。


 その内容に、キルトさんも愕然となった。


 当然だろう。


 だって、王国が誇る『金印の魔狩人』の身内が狙われたのだ。


 しかも、実は、僕は神の眷属。


 過去、神々に救われたこの世界の人々にとっては大問題である。


 いや、僕のことは秘匿されていたから仕方ないと言えるかもしれない。


 でも、イルティミナ・ウォンが『金印』なのは周知の事実。


 それを知りながら、その身内を王国貴族が暗殺しようとした。


 更に言えば、イルティミナさんの後ろ盾は次期国王が内定しているレクリア王女であり、これは言い換えれば、シュムリア王家に貴族が刃を向ける反乱行為とも取れるのである。


 キルトさんも、即、王家に連絡。


 レクリア王女も事態の重さを理解して、即日、その貴族家の屋敷に王家直轄の騎士隊が踏み込み、その貴族息子は捕縛されることとなった。 


 僕らも丸1日、事情説明で王城に軟禁された。


 これは昨今珍しい、王国の重大なスキャンダルだ。


 深夜、ようやく王城から解放された時も、口外しないようにと厳命された。 


 そして、本来ならその日にクエストに出るはずだった僕らは、こんな事情もあったため王都外に出ることが許されず、再びのクエスト中止となってしまった。


 それからは、ずっと家で待機。


 そして3日目の本日、貴族息子への尋問、判明した詳しい事情や彼の貴族家への処罰などが決まり、キルトさんが報告に来てくれたのだった。 



 ◇◇◇◇◇◇◇



 リビングでお茶を飲みながら、キルトさんの話は続く。


 彼女はお茶を一口飲み、


「その貴族家の当主は、かなり高齢らしくての。現在は病に臥せっており、息子の暴走に気づかなかったそうじゃ」


「…………」


「当主自身は常識人じゃ。じゃが、遅くにできた1人っ子であったため、過保護に甘やかしてしまい、結果、息子はあのような歪んだ性格になってしまったらしい」


「……そう」


 僕は頷いたけれど、何だかやり切れない話。


 その当主さんに同情してしまう。


 けど、僕の命が狙われたイルティミナさんはそうでもないようで、冷めた表情のまま「子育てに失敗したのですね」と辛辣に呟いていた。


 報告するキルトさんもため息だ。


「病もあるため、当主は隠居で済まされることになった。この恩情は当主の病が重く、余命短いが故じゃろう。それとあまり大事にしたくない王国の思惑もあるじゃろうな」


「……うん」


「じゃが、息子は廃嫡。現在は牢獄だが、恐らく後日処断される。その貴族家は、もう終いじゃ」


「…………」


 そっか。


 でも、仕方がないと言えば、仕方がないのかもしれない。


 今回の件は、もはや僕らだけの問題ではなく、王国貴族の倫理観と秩序の乱れとして、王国そのものの信頼を失いかねない大事件となったのだから。


(…………)


 僕は顔を上げ、聞く。


「あの15人の騎士は、どうなるの?」


 彼らは、ただ命じられただけ。


 ただの被害者だ。


 キルトさんは微笑み、


「処罰を与えるか議論はあったが、多くの貴族から同情の声もあっての。また被害者本人であるそなたの嘆願もあったため、あの者らの処罰はなしと決まった」


「あ……」


 よかった。


 僕はホッとする。


「じゃがの、その決定を伝えた直後、15人全員が騎士を辞任したそうじゃ」


「え……?」


「法的に罪はない。しかし、結果として自分たちの手で仕える家を取り潰すこととなったのじゃ。その責を自分たちなりに取ったのじゃろう」


「…………」


「まさに、誇り高い騎士じゃの」


 キルトさんは、どこか口惜しそうにそう言った。


 僕も悔しい。


 仕える主人があんな馬鹿な貴族の息子でなければ、彼らにはもっと報われる人生があったのではないか……そう思うと、本当に悔しかった。


 唇を噛み締める僕を、


「マール……」


 イルティミナさんが悲しげに微笑み、慰めるように髪を撫でてくれた。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「余談じゃが、あの馬鹿息子は尋問で、今回の事件は『イルナを救うための正義の行動だった』とほざいたそうじゃ」


「……はい?」


 キルトさんの言葉に、僕の奥さんは目を見開いた。


 僕もキョトンとしてしまう。


 え、何それ?


 僕の奥さんを救うって……意味がわからない。


 僕とイルティミナさんは、夫婦で頭の上に『?』マークを浮かべてしまった。


 キルトさんは、お茶をすする。


 喉を湿らせたあと、


「先日の舞踏会でイルナは奴に、自分たちの結婚はレクリア王女に認められたもの、と言ったそうじゃな?」


「はい」


「それを奴は、こう捉えたそうじゃ。自分はレクリア王女によって望まぬ結婚を無理強いされている、どうか私を貴方の手で助けて欲しい――と」


「……………………はぁ?」


 僕の奥さんのここまで唖然とした顔は、初めて見るかもしれない。


 伝えたキルトさん自身も呆れた表情だ。


 えっと……?


(どうしてそうなるんだろう?)


 僕にはわからない。


 キルトさんは遠くを見ながら、


「自己肯定感が強いのであろうの」


「…………」


「自分が誰よりも優れた男であるという自負があり、だからこそ、自分に求められて受け入れぬ女などいる訳がないと本気で信じておる。結果、認知がずれる」


「…………」


「奴は自分の行いを、理不尽な目に遭う女を助けるための正義と愛の行動、と本気で思っておったようじゃ」


「……気持ち悪いですね」


 僕の奥さんは、バッサリと切り捨てた。


 キルトさんは苦笑する。


 僕は、自分の奥さんの横顔を見つめた。


(…………)


 普段着のまま、化粧をしていない素顔でも、彼女はとてつもない美人だ。


 そんな彼女がドレスや宝石などで着飾り、化粧もしてより美しくなり、そして煌めく舞踏会場で出会ったりしたら……その相手は、勘違いするかもしれない。


 運命のひと、と。


 自分に自信がある男性なら、余計にだ。


 ――魔性の美女。


 ふと、その時のイルティミナさんを形容する言葉に、そんな単語が浮かんでしまった。


 と、僕の視線に気づき、


「? マール?」


 僕の奥さんは、可愛く小首をかしげる。


 綺麗な髪が肩からこぼれて、その仕草1つとっても魅力的だ。


 僕は「ううん」と首を振る。


 きっと僕自身、彼女の魔性に魅了されている1人なのかもしれない……ふと、そんな風に思ったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 やがて、「まだやることが多くての」とキルトさんは、冒険者ギルドに帰ることになった。


 僕ら夫婦は、玄関まで見送りに出る。


 銀髪をなびかせ、キルトさんは振り返った。


「今回は災難であったの」


「えっと、うん」


「正直、貴族という生き物に不信を覚えましたね」


 僕の奥さんは、彼女には本心を隠さない。


 キルトさんは苦笑だ。


「まぁ、誇り高く良識ある貴族も多数いる。あまり偏見を持つな」


「……うん」


「……はぁ」


「それと、王家も再発防止に力を入れるそうじゃ。王国の権威を失墜させる、あまりの醜聞じゃったからの」


「そっか」


「やはり、公表はしませんか?」


「しないじゃろうの。国民の英雄たる『金印の冒険者』の身内を王国貴族が狙った、これは国民感情に大きく影響があり過ぎる。そなたらには悪いがの」


「ううん、僕は平気」


「腹立ちはありますが、受け入れますよ」


 僕は笑顔で、イルティミナさんは不服を表明しつつ頷いた。


 キルトさんも頷く。


 それから、


「ああ、そうじゃ。マール、そなたに伝言がある」


「え?」


 伝言?


 彼女の黄金の瞳は、驚く僕を見た。 


「あの15人の騎士からじゃ。そなたに謝罪を伝えて欲しい、とのことじゃ」


「ああ……うん」


 僕は頷いた。


 建前とはいえ、僕の命を狙おうとした、そのことだろう。


 そう思う僕だったけど、


「いや、違う」


「え?」


「それもあるが、それよりも『マール・ウォン』という人物を侮っていたことを謝罪したいそうじゃ」


「…………」


 僕は目を瞬く。


 イルティミナさんも、夫である僕の横顔を見つめた。


 キルトさんは言う。


「金印の魔狩人イルティミナ・ウォンの庇護下にあるだけの少年、あの者たちは、当初、マールをそう思っていたらしい」


「…………」


「じゃが、実際は違った、と」


「違った?」


「自分たちを前に臆すことなく、それどころか己の命を狙った者たちの立場に心を寄せ、その白刃の届く距離にありながら自分たちを必死に説得しようとした」


「…………」


「その勇気と優しさに、敬意と謝罪を……とのことじゃ」


「…………」


 僕は、ただ驚くばかり。


 でも、イルティミナさんは誇らしげで、キルトさんも笑っていた。


 彼女は言う。


「騎士長であった男が言っていたぞ」


「…………」


「そなたの青い瞳に見つめられた時、その真っ直ぐな眼差しに自分が道を外れていたことを思い知らされた、と。そして、正道を歩まねばと強く思ったのだ、と」


「…………」


「そのように強い覚悟を持った者たちを改心させるのは、なかなかできることではない。本当に大したものじゃ、そなたは」


 ポン


 彼女の手は、僕の頭を軽く撫でた。 


 僕としては困ってしまう。


 彼らが改心したのは、元々、彼らの精神が高潔で誇り高い『本物の騎士』だったからだ。


 僕は、ただのきっかけに過ぎない。


 僕の表情に、


 ポンポン


「そなたは変わらぬの」


 キルトさんは苦笑し、僕の頭を2度、軽く叩いて手を離した。


 そして、


「ではの」


 爽やかな笑みと共に、銀髪をなびかせ玄関を去っていった。


 僕らは、それを見送った。


 キュッ


 すると、イルティミナさんが僕の手を握り、


「リビングに戻りましょうか」


「あ、うん」


 僕は頷いた。


 手を繋いだまま、2人で廊下を歩きだす。


 歩きながら、


「このイルティミナは、貴方の妻になれたことを誇りに思いますよ」


 え……?


 思わず、隣の奥さんを見上げる。  


 でも、彼女は前を向いたまま、どこか嬉しそうに微笑んでいた。


(…………)


 その横顔を見つめ、やがて僕も笑った。


 ギュッ


 繋いだ指に力を込める。


 彼女も強く握り返してくれた。


 窓からは、秋の柔らかな日差しが降り注ぐ。


 その光に照らされながら、僕とイルティミナさんの夫婦は2人で廊下を歩いていった。

ご覧頂き、ありがとうございました。


夫婦の絆編も最後まで読んで頂き、本当に感謝です。


次回は、10月14日に再開予定です。


季節の変わり目でなかなか心身の調子が整わず、また少し更新ペースが空いてしまうのですが、どうかお許し下さいね。


もしよかったら、再開後にまたマールの物語を覗きに来て頂けたら幸いです♪


どうか皆さんもご自愛下さいね。


それでは、また!

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