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746・騎士の覚悟

第746話になります。

よろしくお願いします。

 街道に立ち塞がる集団。


 それを見た僕は、まず最初に『野盗……?』と思った。


 でも、


(――いや、違う)


 その考えを、すぐに否定する。


 全身ローブ姿で、頭までフードを被っているのでわかり難いけれど、全員、全身鎧に長剣という装備で統一されていたんだ。


 かなり金のかかった装備。


 この時点で、まず野盗ではあり得ない。


 何よりも違ったのは、その『立ち姿』だ。


 自然体でありながら、重心がしっかりと整っている。これは正規の戦闘訓練を受けた人間の構えだった。


 そこから導かれる答えは、


(まさか……騎士?)


 正答だと思いながら、けれど、その結論には自分でも驚きを隠せない。


 僕の隣に立つイルティミナさんの美貌も険しい。


 もし敵対するなら、相手は野盗などとは比較にならないほどに手強いのだ。


 その脅威に、緊張が走る。


(……いや)


 まだ敵対するとは限らない。


 目の前にいる所属不明の騎士たちは、僕らの進路を遮っているけれど、その意図は不明なんだ。


 戦闘にはならないかも……。


 そう思った時、相手の1人が前に出た。


 フードの奥に隠された眼光が僕ら夫婦を見据え、次に、僕1人だけに真っ直ぐ向けられた。


(え……僕?)


 視線の意味を測りかねていると、その人物は口を開いた。


「貴殿が、マール・ウォン殿だな?」


「…………」


 咄嗟に答えられない。


 40代ほどの男性の声――そこには確かな闘志が滲んでいた。

 

 ゴクッ


 その意味に、僕は唾を飲む。


 僕の表情から、彼も確信したようだ。


 シャン


 腰の長剣を鞘から抜き、


「――その命、もらい受ける」


 陽光に煌めく白刃が、僕へと正眼の構えで向けられた。


 同時に、背後に控えていた14人のフードを被った騎士たちも次々と長剣を抜き、その剣先を僕ら夫婦へと構えていく。


 え……?


 僕の命を狙ってるの?


 何で?


 驚きと疑問が頭の中に溢れる。


 無論、問い質そうと思った。


 でも、彼らの構えには深い覚悟が感じられ、これ以上の問答をする意思がないことも伝わっていた。


 僕は剣も抜かず、呆然だ。


(何だ……?)


 何か、変な感じがする。


 騎士に命を狙われる意味がわからない。


 でも、それ以上に、今の状況に対して、僕の中には何か妙な違和感みたいなものがあった。


 だけど、その正体がわからない。


 彼らの剣からは、覚悟が伝わる。


 でも、何かがおかしい。


 そんな自分の感覚に困惑していると、


「――ふざけたことを」


 ガシャッ


 僕の隣に立つ美しいお嫁さんが前に歩み出ると、その両手に純白の槍を構えて15人の騎士たちの前に立ち塞がった。


 その真紅の瞳には、強い怒りがある。


「私のマールの命をもらう? いいえ、その前に、このイルティミナ・ウォンの白槍にて、貴様らを狩り殺して差し上げましょう」


 吐き出された言葉。


 そこには明確な殺意が滲む。


 カシャン


 同調して、槍の翼飾りが開き美しい刃が現れる。


 同時に、彼女の放った凄まじい覇気が広がり、周囲の樹々にいた鳥たちが一斉に羽ばたき逃げる音がバサバサと森の街道に木霊した。


(う……わ……)


 隣の僕でも驚く、殺意に満ちた波動。


 それが直接向けられていない僕でさえ、強い恐怖を覚えた。


「っっ」


 果たして、15人の騎士たちも顔をしかめる。


 畏怖、恐怖、逃走、そうした感情が滲み、けれど、それを必死に抑え込んでいるのがわかる。


 素直に凄いと思う。


 さすが精神まで鍛え抜かれた騎士、と言うべきか、誰1人構えを崩さない。


(…………) 


 また違和感が強くなった。


 何だ、これ……?


 自分の胸の奥がザワザワする。


 そんな15人の騎士を見据えて、イルティミナさんは『白翼の槍』を構えたまま、1歩、前に間合いを詰めた。 


 それだけで、空気が圧縮する。


 息が詰まる。


 忘れてはいけない。


 彼女は『金印の魔狩人』だ。


 その強さは、単体として生物最強と言われる『竜種』でさえも凌ぐ。まさに人類の最高傑作と言うべき存在なのだ。


 いくら騎士とは言え、15人いても勝てはしない。


 少なくとも今、僕は目の前の光景を見て、その絶望的な戦力差をヒシヒシと感じた。


 15人の騎士も感じているだろう。


 でも……誰1人、逃げない。


(あ……)


 その事実に、僕はようやく違和感の正体に気づいた。


 だから慌てて、


「待って、イルティミナさん!」


 と、自分の奥さんを呼び止める。


 ピタッ


 反応して、彼女の歩みは止まった。


 油断なく、15人の騎士たちから視線と槍の穂先を外さぬまま、けれど、僕の声に応えてくれた。


(よかった……)


 ホッと安堵し、今度は僕が前に出た。


 15人の騎士は、動かない。


 いや、イルティミナさんの殺意に縫い留められて、動けない。


 もっと言うと、高潔な精神の騎士ならば相打ち覚悟で動けば、僕を殺すことはできるかもしれなかったけど……でも、彼らはやはり動かなかった。


 だから、確信する。


 動かぬ15人の騎士に対して、


「皆さん、本当は……僕を殺すつもり、ないですよね?」


 と、問いかけた。


 イルティミナさんが「は……?」と、油断なく槍を構えたまま、けれど怪訝な声を漏らした。


 15人の騎士たちは、何も言わない。


 でも、表情にはかすかな驚きが滲んでいた。


(ああ……やっぱり)


 僕は、納得した。


 違和感の正体、それは彼らが戦う意志と構えを見せても、そこに『殺意』がなかったことだ。


 闘志は本物だ。


 覚悟もあった。


 でも、僕に対しての明確な殺気が感じられなかった。


 僕も魔狩人だ。


 これまで多くの戦いを経験してきているし、自分を殺そうという相手と向き合う機会は何度もあった。


 だから、僕でも『殺意の有無』ぐらいはわかる。


 そして彼らに殺意はなく、その言葉と行動の差異こそが違和感の正体だったのだ。


(いや……むしろ逆だ)


 今ならわかる。


 僕の命をもらう、そう告げた15人の騎士には、確かに覚悟があった。


 でも、その覚悟の意味が違った。


 僕は言う。


「皆さん、僕の命を奪うと言いながら、本当は全員、イルティミナさんに殺される覚悟だったんですよね?」


「!」


 今度こそ、彼らは目を見開いた。


 そこにあった闘志と覚悟が明確に揺らいだのを感じる。


 だからイルティミナさんの方も殺意が揺れ、彼らから視線を外して僕の顔を驚いたように見ていた。


 僕は、彼らの前に出る。


 その剣の間合いに入った。


 でも、やはり、彼らはその剣を僕に振り下ろさない。


 その目を見つめる。


「事情があるんですよね?」


「…………」


「それを教えてもらえませんか? 何か、僕らにもできることがあるかもしれない」


「…………」


「きっと、別の道があります。だから、どうか」


 彼らは動かない。


 14人の騎士の視線が、最初に口を開いた1人の壮年騎士へと向く。


 僕も、彼を見た。


 彼の瞳には、深い苦悩が見えた。


 僕は目を逸らさない。


 何も持たない両手を広げ、無防備に、ただ彼の前に立って答えを待った。


 僕の後ろで、イルティミナさんがいつでも動けるように警戒し、備えているのがわかったけれど、背中で『どうか動かないで』と伝えた。


 彼女が槍を下ろす――その気配を感じた。


 瞬間、


 ヒュン


 壮年騎士が手にした長剣を無駄のない素晴らしい動きと速度で僕へと振り下ろした。


 袈裟切りの剣の軌道。


 極限の時間感覚の中、それが見える。


 僕は動かない。


 イルティミナさんは反射的に動こうとして、けれど、意志の力でそれを封じ込めた。


「…………」


「…………」


 長剣の美しい刃は、僕の肩に触れた位置で止まっていた。


 壮年騎士と目が合う。


 僕の青い瞳に動揺はなく、それを確かめ、彼は言う。


「なぜ、反撃しなかった? 今の私の剣に、君は充分、後の先を取れるだけの余裕があったはずだ」


 必要ない。


 彼がそんなことを言うぐらい、彼の剣は鈍かった。


 はっきり言えば、反射的に僕に反撃させて、自分を斬らせるための剣だった。


 それぐらい、僕でもわかる。


 だから彼の剣が触れたまま、


「貴方たちの力になりたい。困っているなら助けたいんです。だからお願いです、どうか事情を教えてもらえませんか?」


「…………」


「一緒に、別の道を探しましょう」


 彼を見つめて、淡く微笑んだ。


 壮年の騎士は、ため息をこぼして剣を引く。


 それを見て、14人の騎士たちも全員、構えていた長剣の先を地面側へと下ろした。


 覚悟の気配が揺らぐ。


 壮年の騎士は、呟いた。


「無礼をお許しください」


 謝罪をするように、その頭を下げる。


 瞬間、彼の剣がヒュンと跳ね上がった。


 その美しい刃が、彼自身の首筋を撫でる直前、


 キン


 僕の降り抜いた『大地の剣』の輝く刃が、その剣を両断し、折れた剣はクルクルと回転して地面に突き刺さった。


 彼は驚いた表情だ。


「な……ぜ?」


 僕は、自分の剣を鞘に納める。


 それから悲しげに笑って、


「何となく、貴方はそうする気がしました」


「…………」


 自らの犯した罪の責任を取るために、14人の騎士の助命嘆願のために、己の命を差し出すつもりだったのだろう。


 だって、彼だけは、ずっと覚悟が揺らいでいなかったから。


 ガシャッ


 今度こそ、彼は地面に膝をついた。


 14人の騎士たちから「隊長……っ」と声がかけられる。


 壮年騎士の表情には、しばし苦悩の色が浮かび、やがて、何かを諦めたような柔らかさが訪れた。


 長い吐息がこぼれる。


「全てをお話します。己が主人の過ちを正せなかった我らが罪を、どうかお聞きください」


「はい」


 僕は、しっかりと頷いた。


 やがて、15人の騎士たちは僕の前に跪き、なぜ僕の命を狙うような真似をしたのか、その事情の全てを語ってくれた。


 それは驚くべき内容だった。


 でも、僕は黙ってそれを聞く。


 その間、そんな騎士たちの前に立つ僕の姿を、


「…………」


 イルティミナさんは僕の斜め後ろに控えたまま、何も言わず、どこか眩しそうに見つめていた。

ご覧頂き、ありがとうございました。


次回更新は来週の月曜日を予定しています。


また次話にて、夫婦の絆編も最終話となります。よかったらどうか最後までご覧下さいね。


どうぞよろしくお願いします。

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