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740・剣の道を歩む者たち

第740話になります。

よろしくお願いします。

 夕暮れの赤い花畑での戦いから10日が経った。


 あの時、僕の剣で両断されたギルダンテ・グロリアの不死の肉体は、けれど、再び動き出すことはなかった。


 はっきりとした理由はわからない。


 ただ、奴の肉体と共に『魔封じの暗黒剣』も破壊されていたので、それによる影響もあったのだろうと推測される。


 あれ以降、辻斬り事件も起きていない。


 やはり、ギルダンテが犯人だったのだ。


 彼の犯行の動機、魔物化の原因など詳しい調査は王国に任せてあり、現在はその報告待ちである。


 戦いのあと、ソルティスは大忙しだった。


 僕と彼女以外の全員が重傷であり、彼女の回復魔法がなければ、もしかしたら負傷した3人は生命も危うかったかもしれない。


「ほら、アタシも来てよかったでしょ?」


 全員の治療後、汗にまみれた美貌で彼女はそう笑った。


 うん、本当だよ。


 僕は彼女を労いつつ、改めて、この幼馴染の少女を心から尊敬した。


 治療後は、足を切断されたイルティミナさんには僕が肩を貸して、肺まで斬られたキルトさんにはソルティスが肩を貸して下山した。


 治ったとはいえ、回復直後はまだ不安定だからね。


 ポーちゃんは両手の負傷だったため、歩くのに支障はない。だから、悪いけど自力で歩いてもらった。


 下山後は、近くの町へ。


 町長から王国騎士隊に連絡してもらい、事情を説明、現場に残されたギルダンテの遺体や折れた魔封じの暗黒剣の回収、確保などをしてもらった。


 その後、僕らは竜車に乗り、王都ムーリアへと帰還したんだ。


 帰還したのは、7日前。


 それからの1週間は、各自、負傷した肉体をしっかりと癒すために安静の日々を過ごした。


 そして、今日。


『――ギルダンテ・グロリアと事件の詳しい調査報告が出た』


 と、キルトさんからの連絡が自宅に届いた。


 僕とイルティミナさんは支度を整えると、冒険者ギルドにある『キルトさんの部屋』へと急いで向かったんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「よう来たの、2人とも。さぁ、入れ」


 到着すると、微笑むキルトさんに出迎えられて、すぐ室内に招かれた。


 部屋に入ると、同じように呼び出されたソルティスとポーちゃんが先に来ていて、リビングで飲み物を飲んでいた。


「やっほ、イルナ姉、マール」


「やぁ、来てたんだ」


「こんにちは、ソル、ポー」


「…………(ペコッ)」


 お互いの元気な姿に、僕らは笑顔で挨拶を交わす。


 それからソルティスは、姉に向かって、


「足の調子はどう? 違和感とか残ってない?」


「えぇ、大丈夫ですよ。ありがとう、ソル。貴方に治してもらったおかげで、今も何も問題なく動かせています」


「そう……よかったわ」


 僕の奥さんの答えに、彼女もホッとした様子だ。


 そんな妹に、姉も微笑んでいる。


 …………。


 でもね?


 実はイルティミナさん、この7日間、「あら、足の調子が……」と言いながら、僕を支えにしようと何度も密着してきてたんだ。


 部屋や廊下を移動する時も、台所に立つ時も、お風呂で服を脱ぐ時も……いつでも僕が脇で支えていた。


 なので、この7日間、ずっと抱き合ってる感じだった。


 もちろん、嫌じゃない。


 むしろ、大人なイルティミナさんの豊満な肉体を押しつけられるし、いい匂いだし、役得だと思ってる。


 最初は、本気で心配したんだ。


 でも、途中からは『あれ?』となり、3日もすればさすがに気づいた。


(……もう)


 僕の奥さんは、意外と甘えん坊である。


 だけど僕は、そういうイルティミナさんも大好きなんだ。


 そして、僕自身、そんな彼女と密着できる日々を楽しんでしまった。


 だから、今のイルティミナさんとソルティスの会話には、つい心の中で苦笑してしまったのであった。


 …………。


 ともあれ、負傷した全員、無事に回復した様子だ。


 キルトさんも普通に呼吸して元気そうだし、ポーちゃんも斬られた両手で今も飲み物のグラスを持っている。 


(うん、よかった)


 ちなみに帰還直後の数日は、ポーちゃんの代わりにソルティスが家事を全てやってたんだって。


 偉いぞ、ソルティス。


 そんな風に、この部屋に集まった僕らは、しばし他愛ない会話を交わした。


 やがて、それも一段落。


 話題が途切れたのを見計らって、


「――さて、そろそろ本題に入るかの」


 と、銀髪の美女が切り出した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 僕らは姿勢を正し、彼女の話を聞く。


 キルトさんは言う。


「まずギルダンテ・グロリアの遺体は司法解剖が行われ、結果、死因は肺の病と特定された。死亡時期は2ヶ月以上前、どうも辻斬り事件発生以前のようじゃ」


「え……?」


 その報告に、僕らは驚いた。


 彼に斬られた被害者の少女が聞く。


「待って。じゃあ、アイツ、辻斬りする前には死んでたの?」


「そうなる」


「…………」


「王国としては、今回の事件はギルダンテ本人の意思ではなく、偶発的なアンデッド化によって発生した不幸な事故と判断された。よって、故人の名誉は守られる」


 王国が開催した剣闘大祭5連覇。


 今回の事件によって、その栄誉が剥奪されたりはしないということらしい。


(そっか……) 


 それに少し安堵する。


 あれだけの剣の高みに昇った剣士の名誉が守られることは、嬉しくもあった。


 ただ、世間の判断は難しいかもしれない。


 本人の意思ではない。


 でも、死後とはいえギルダンテ本人の肉体が行った犯罪だ。


 人間は時に理屈ではなく感情で物事を見てしまうし、その矛先として『ギルダンテ・グロリア』を攻撃したくもなるだろう。


 それは今のソルティスの複雑そうな表情にも表れている。


 そうした人々の思いも、理解はできる。


 でも、世間には常に評価されない彼の人生――その無情が、僕は少し悔しい。


 語るキルトさん本人も、何とも言えない表情だ。


 気を取り直したように、イルティミナさんが問う。


「では、彼のアンデッド化の原因は何だったのですか?」


「ふむ……アンデッド化の原因は複雑じゃ。負の感情、魔素の影響など様々な要素が絡んで発生する。ゆえに断定は難しいが、やはり『あの剣』の影響が考えられるそうじゃ」


「チェザーレンの呪いの剣、ですか」


「うむ」


 僕の奥さんの確認に、キルトさんは頷いた。


 魔封じの暗黒剣。


 狂気の天才鍛冶師チェザーレンが、無辜の人々を試し斬りしたり、無垢な赤子を生贄にしてまで作り上げた怨嗟に呪われた剣だ。


 その剣の影響は、やはり無関係とは言えないらしい。


 キルトさんは言う。


「己の死期を知ったギルダンテの心情にも、恐怖、後悔、悔しさ、嫉妬、絶望……様々な感情があったじゃろう。それに剣の呪いが絡みついたのかもしれぬ」


「その結果の不死人……ですか」


「恐らくの」


 彼女の声にも、どこかやり切れない感情が滲んでいた。


 僕も、複雑な思いだ。


 死を前に、そうした感情に捕らわれるのは人として当たり前に思える。


 その結果、死んだあとの肉体が呪いの剣の影響でアンデッド化し、無辜の人々を襲ったとして、どうして彼本人を責められよう?


 僕には、とても責める気になれない。


 ポーちゃん以外の3人も、何とも言えぬ表情だ。


 と、僕の奥さんが言う。


「……だから、ですかね」


「ん?」


「実は、あの時、マールがギルダンテと共にあの剣を斬った瞬間、黒い煙のようなものが噴き出すのが見えたのです」


「黒い、煙?」


「はい。つまり、あれが不死の呪いだったのか、と」


「…………」


 僕自身は、あまりに無心だったので覚えていない。


 でも、そうした光景がイルティミナさんには見えていたらしい。


 ただ、重傷だったキルトさん、治療に専念していたソルティス、仰向けだったポーちゃんは、そこまで見れていなかったそうだ。


 でも、辻褄は合う。


 剣が原因だったからこそ、剣が折れた瞬間、不死人だったギルダンテもただの遺体に戻った。


 僕が斬った時、あれ以上、彼の肉体が動かなかった理由にも合う。


 キルトさんも「そうか」と頷いた。


「アンデッドと化したギルダンテには、通常では考えられぬ理性的な行動も見られた。それも、やはり普通のアンデッド化とは違う要因が原因だったのかもしれぬの」


「…………」


 そうかもしれない。


 でも、もしかしたら、違うかもしれない。


 その可能性を、僕は口にする。


「もしかしたら、アンデッドになっても『ギルダンテ・グロリアの意識』はあったのかもしれない」


「……何?」


 キルトさんが黄金の瞳を丸くする。


 他の3人も、驚いた表情で僕を見ていた。


 僕にも確信はない。


 だけど、通常とは違う形でアンデッドとなって、結果、彼の肉体には彼の意識だけは残った。


 でも、肉体の自由はなかった。


 死者の支配権は、チェザーレンの呪いの剣に宿った人々の怨嗟の念が上回っていただろうから。


 それでも、彼は抗った。


 自分の肉体を止めるために。


 無関係の人々がもうこれ以上辻斬り被害に遭うのを防ぐため、僕らの流した噂に乗り、自分を止められる人物との戦いの場に必死に己の肉体を赴かせたのかもしれない。


 言葉にすれば、単純だ。


 だけど、無数の人々の怨嗟の念に抗うのは、どれほどの精神的苦痛が必要なのか?


 言うなれば、大勢の人の暴力にたった1人で立ち向かうようなものだろう。


 それでも、彼はそれを成したのだ。


 僕の語った予測を、誰も否定はしなかった。


 代わりに、


「なぜ、そう思ったのですか?」


 僕の奥さんは、優しく確かめるように問いかけた。


 僕は、数秒、沈黙する。


 そして、こう答えた。


「最後の時、僕がギルダンテさんを斬れたのは、あの人が教えてくれた(・・・・・・)おかげだったから」


 そうだ。


 あの時、僕はギルダンテ・グロリアの剣を再現した。


 だから、勝てた。


 そして、僕ら5人は生き延びれた。


 僕には昔から、見ただけで人の剣を模倣できるという特技がある。


 今回もキルトさんと戦う彼の剣を何度も目にして、それを模倣できたと考えられるけど……でも、本当にそうだろうか?


 剣技の動きは模倣できる。


 でも、剣技の時の精神まで模倣できるだろうか?


 ギルダンテ・グロリアの剣は、精神の技だ。


 無心となり、剣技の発生を相手に悟らせず、だからこそ時が止まったような現象を生み出す。


 それは動きではなく、心の技だ。


 はっきり言う。


 そんなの模倣するのは、無理だ。


 少なくとも僕は、模倣することはできないと考えるし、模倣する方法もわからない。


 でも現実には、模倣していた。


 模倣できてしまった。


 なぜか?


「きっと、あの時の僕には、ギルダンテさん本人が憑依していた気がするんだ」


 僕は、そう伝えた。


 伝えられた皆は、驚きの表情だ。


 まぁ、そういう反応だと思う。


 僕自身、その考えに自信はないし、確証もない。


 だけど、感覚として、あの時の自分は自分であって自分だけではなく、全く違う何かだった感じがするんだ。


 あの直前、ギルダンテさんの生首と目が合ってから。


 そして、あの剣技が再現された。


 正直に言えば、究極神体モードを始め、僕にはたくさんの手札があったけど、あの時、あの状況で勝てる手札は1枚もなかったんだ。


 でも、彼がソッと自分の手札を渡してくれた。


 そんな感じだった。


 だから、僕はみんなに言う。


「彼は……ギルダンテ・グロリアは、やっぱり誇り高い剣士だったんだよ」


 もがき、苦しみ、それでも剣の道を歩む。


 弱い心もあった。


 でも、それ以上に強い心でそれに負けなかった。


 剣闘大祭を5連覇し、けれど世間にはあまり知られることも少なかった伝説の剣豪は、最後、チェザーレンの呪いの剣にも負けなかったのだ。


 僕はそう思う、そう信じる。


 そんな僕に、4人はしばらく黙っていた。


 やがて、


「マールが言うのならば、きっとそうなのでしょう」


 僕の奥さんが、そう微笑んだ。


 そこにあるのは言葉だけではない、心からの信頼だ。


 その眼差しが眩しく、嬉しい。


 キルトさんも頷いた。


「そうじゃな。アンデッドとはいえ、わらわとあれだけの戦いができる剣士じゃ。肉体を呪いに操られた状態であっても、最後までそれに屈するような人物ではなかったのかもしれぬ」


 その黄金の瞳には、彼を自分と対等の剣士として認める光があった。


 そんな人物、この世にそう多くない。


 彼に斬られた少女は苦笑する。


「アンタは、ロマンチストねぇ」


「…………」


「でも、ま、マールが実力で勝ったと思うよりも、その方が納得できる考えかしらね?」


 なんて軽く肩を竦める。


 それから僕を見て、


「ええ。そういう考え方、嫌いじゃないわ」


 と、屈託なく笑った。


 その隣にいる神龍の幼女も、無言のまま、コクリと細い首を頷かせていた。


(……うん)


 みんなも彼を認めてくれた、それが嬉しかった。 


 僕は青い瞳を伏せる。


 少しだけ微笑み、手にした飲み物のグラスを軽く持ち上げる。


 彼の冥福を祈ると、その中身を1口だけ飲んで、そして、静かに吐息をこぼしたんだ。

 


 ◇◇◇◇◇◇◇



 その日は、久しぶりに5人でキルトさんの部屋に泊まることにした。


 ルームサービスで豪勢な料理やお酒を頼み、談笑しながら、全員で楽しい時間を過ごした。


 皆、いつも以上にはしゃいでいたと思う。


(……うん)


 無理もない。


 今回の件では、1歩間違えれば全滅している状況だったのだ。


 そんな状況、いつ以来だろう? 


 もしかしたら今こうして話している誰かが欠けている可能性もあったことを、全員が自覚していた。


 だからこそ全員が無事な今の状況が嬉しかったのだ。


 ……今後も、皆が無事とは限らない。


 僕ら冒険者の仕事は、そうした危険がある。


 だからこそ、この時間が貴重なものと知っていて、僕らはそれを思い切り噛み締めていたのだ。


 …………。


 やがて、夜空に紅白の月が昇った。


 リビングの大きなガラス窓の向こうには、王都ムーリアの夜景と光り輝く神聖シュムリア王城、それらの煌めく光を反射するシュムリア湖が見えていた。


 時刻は11時過ぎ。


 夜も遅いということで僕らは解散し、それぞれの客室へと向かう。


「それじゃあ、また明日」


「おやすみなさい」


「うむ、また朝にの」


「んにゅ、おやすみぃ~」


「…………(ペコッ)」


 笑顔で挨拶を交わし、僕とイルティミナさんは自分たちに割り当てられた部屋に入った。


 室内には大きなベッドがあり、


「あら、足の調子が……」


「わ?」


 2人きりになった途端、イルティミナさんが甘えてきて、僕らはもつれるようにベッドの上に転がった。


 ポフッ


 彼女の長い髪が、僕の身体にかかる。


 いい匂い。


 だけでなく、今日のイルティミナさんは珍しくお酒も飲んでいたので、果実のような甘い匂いもしていた。


 うん、美味しそうで、少しクラクラする。


 彼女は、少し赤い顔でクスクス笑う。


 その可愛らしい笑顔に、僕も幸せで笑ってしまった。


 そのまま部屋の灯りもつけず、ただ月明かりだけが差し込む部屋で、僕らは何となく抱き合うように添い寝しながら、しばらく静かな時間を過ごした。


 温かくて心地よい時間と空間。


 10日前の戦いが嘘みたいだ。


(…………)


 でも、嘘じゃない。


 あの戦いの余韻はまだ、僕の中に深く刻まれている。


 そんな僕の青い瞳の中に、イルティミナさんは何かが見えたのだろうか?


 しばらく僕の顔を見つめ、


「……ギルダンテ・グロリアは、本当に強かったですね」


 と、呟くように言った。


 僕も彼女を見る。


「――うん」


 素直な心のまま、正直に頷いた。


 彼は、強かった。


 その強さは、僕の心に衝撃を与えていた。


 何しろ、僕らは5人とも、回復魔法がなければ致命傷となる斬撃を彼の剣によって受けていた。


 今、僕らが生きているのは、ほぼ奇跡。


 ソルティスの魔法剣も通じず。


 神龍の幼女の輝く龍鱗の両拳も裂かれ。


 そして今、僕の目の前にいる現役の金印の魔狩人イルティミナ・ウォンだって、1刀の元に右足を切断されてしまった。


 キルトさんでさえ、不覚を取った。


 もちろん相手が人間だったなら、最初に首を刎ねたキルトさんの勝ちだ。


 でも、忘れてはならない。


 それだとて起死回生の1撃であり、それは言い換えれば、それまでずっとキルト・アマンデスの方が劣勢に立たされていたということ。


 あのキルトさんが……だ。


 僕は思う。


(もし、不殺の剣闘大祭だったら?)


 仮にキルトさんが出場していても、彼女は負けていたかもしれない。


 ギルダンテ・グロリアとは、それほどの剣士だったのだ。


(…………) 


 僕はこれまで彼の名さえ知らなかった。


 無名の剣士。


 でも、その剣の腕は本物であり、思い知らされた強さは想像以上だった。


 世界は、なんて広いんだろう。


 もしかしたら他にも彼のような強者つわものがいるのかもしれないと思うと、1人の剣士として心の震えが止まらなかった。


 ギシッ


 僕は、ベッドから立ち上がった。


 薄闇の中、想像の剣を左右の手に持ち、あの時のように天地上下に構えてみる。


「…………」


 呼吸と心を整える。


 そんな僕の行動と構える姿を、イルティミナさんはベッドの上に座ったまま、黙って見守っていた。


 10秒ほど、構え続けた。


 でも、それを解く。


(駄目だ……)


 あの時の感覚は、どうしても再現できない。


 自分という存在がなくなったような、心が透明になるような不思議な精神状態には、まるで辿り着けない。


 やはりあれは、特別だったのだ。


 僕は、吐息をこぼした。


 苦笑しながら、自分の奥さんを見て、


「昔ね……キルトさんと話したことがあるんだ」


 そう語りだした。


 ずっと前、キルトさんの目指している剣の究極系を聞いたことがあった。


 その答えを覚えている。



『放てば必ず当たり、そして全てを断つ――そんな《絶対の剣》じゃ』



 彼女は、そう言った。


 それは小手先の技や当てるだけの技術ではない。


 その意志が『剣を放つ』と決めれば、その瞬間に剣は届くことが確定し、相手が何をしようと関係なく、もはや勝敗は決してしまう剣だという。


 もはや夢物語のような剣だ。


 でも、彼女はそれを追い求め、ずっと剣を振り続けていると語った。


 僕の伝えた話はイルティミナさんも初耳だったのか、彼女は少し驚いた顔をしていた。


 キルトさんの言う『絶対の剣』。


 それはきっと、全ての剣士の歩く『剣の道』の到達点にあるものかもしれない。


 僕も心の片隅で、その意識を忘れたことはない。


 だから、わかる。


 あの時の感覚、そこから放たれていた自身の剣技。


 僕は言う。


「ギルダンテ・グロリアの剣は、その道の果てにある『絶対の剣』の片鱗にかすかだけど触れていたんだと思う」


 時が止まったような剣。


 気づいた瞬間には、斬られていた。


 斬ると思った時には、斬り終わっていた。


 それはキルトさんの語っていた『絶対の剣』の理に通じていて、けれど、まだ未完の剣技だったのだろう。


 未完だからこそ、僕らはまだ生きていた。


 でも、たった1人で。


 その境地まで辿り着く。


(…………)


 その意味の恐ろしさを思うほど、ギルダンテ・グロリアの凄さをより感じてしまうのだ。


 僕は、彼を尊敬する。


 目指す剣の道の先を歩む、剣士の先人として。


 そう伝えると、


「そうですか」


 イルティミナさんが眩しそうに僕を見ながら、優しく頷いた。


 それから、僕を手招きする。


(?)


 誘われるように近づくと、


 ギュッ


(わ?)


 両腕を伸ばした彼女に、強く抱きしめられた。


 その胸の谷間に顔を挟まれながら、少し慌てる僕の耳に彼女は唇を近づけ、歌うように囁く。


「貴方ならば、いつかその求める剣にも辿り着けるのでしょう」


「…………」


「ですが、その道を行く間、どうか私も一緒に隣を歩かせてくださいね。その道の途中で倒れぬよう、私が貴方を守ります」


 僕はびっくりして、自分の奥さんの顔を見てしまう。


 彼女は微笑んで、


「だって、貴方は私のマールなのですから」


 と、付け加えた。


 その笑顔の美しさに、僕はしばし見惚れてしまった。


 それから笑って、


「うん」


 と頷いた。


 イルティミナさんは嬉しそうに、そんな僕を抱きしめ直してくる。


 触れ合う身体と心が温かい。


 僕は、彼女の腕の中で大きく息を吐く。


 窓から差し込む月光の下で、僕らはベッドの上で抱き合いながら微睡むような心地を味わった。


 ほんの一時、剣士としての自分を忘れて、しばしの休息の時を……。

ご覧いただき、ありがとうございました。



これにて無名の剣豪編も完結となりました。最後までお読み頂き本当に感謝です♪


次回は少し間が空いてしまうのですが、来月9月9日(月)を予定しています。


遅めの夏休みという事で、どうかお許し下さいね。


9月9日に、また皆さんにマールの物語を楽しんで頂けたなら幸いです♪




また先週15日にコミカライズ第11話が更新されています。


もし、まだご覧になっていない方がいらっしゃいましたら、今話も無料ですのでどうかお気軽に読んでみて下さいね。


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小説マールの更新がお休みの間に、よかったらどうかお楽しみ下さいね。

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