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737・ギルダンテ・グロリア

第737話になります。

よろしくお願いします。

 現れた男は、生気がなかった。


 夕暮れの赤い光に照らされて尚、その顔色は青白く、表情は無に近い。


 髪は黒く、肩まで無造作に伸びている。


 黒衣の装束をまとい、抜き身の黒い剣を片手にぶら下げている姿は、まるで前世の時代劇で見る浪人侍のような印象だ。


(…………)


 瞳の色は、青。


 でも、その焦点は僕らを前にしても集束しない。


 どこを見ているのか?


 まるで、僕らがここにいないような、見えてないような雰囲気だった。


 異様な風体。


 だけど、存在感が驚くほど希薄だ。


 この人物が本当に剣闘大会を5連覇もした凄腕の剣士なのかと疑いたくなるほどに……。


 キルトさん、イルティミナさんも静かに彼を見つめる。


 でも、辻斬り被害にあったソルティスは彼を目にすると表情を硬く強張らせて、全身が細かく震えるほどに力を入れていた。


 必死に呼吸を整えている。


 その時、不覚を取ったポーちゃんも両拳を握り、水色の瞳に静かな闘志を宿していた。


(……うん)


 やはり、この人物が辻斬り犯で間違いないのだろう。


 サクッ


 草を踏み、彼の歩みが止まった。


 それは、僕らの正面約7メードほどの距離だ。


 何だろう……?


 戦いの前というのは、いつも張り詰めた冷たく硬質な空気が場を支配する。


 だけど今は、それがない。


 いや……緊張がない訳じゃない。


 ただ、その空気はどこか粘質で不快感があり、異質な妖しい気配に淀んでいた。 


 こんな感覚は初めてだった。


 なぜ……?


 そして、気づく。


 目の前の男からは殺気が感じられなかった。


 緊張も見られない。


 これから戦いが起こるのはわかっているはずなのに、それに向けた闘志などの感情が欠落しているように思えたんだ。


(まさか……戦う気がないのか?)


 その事実に、僕は心の中で驚愕していた。 


 キルトさん、イルティミナさんも察したのか、訝しげな表情を浮かべていた。


 無論、警戒は解かない。


 でも、正対したまま、ただ時間だけが流れていく。


 ソルティスは硬い表情のまま。


 その相棒の少女を守るように立つポーちゃんだけは、両の拳を身体の前に構え続けている。


(…………)


 このままではしょうがない。


 僕は意を決して、1歩、前に出た。


「あの」


 と、声を発する。


 ポーちゃん以外の3人が僕をチラリと見た。


 僕は問いかける。


「ここに来たということは、貴方がギルダンテ・グロリアで間違いないでしょうか?」


「…………」


 彼は答えない。


 視線も合わない。


 焦点の合わない眼差しのまま、ただ視界の中に僕を映しているのみだ。


 でも、構わない。


 僕は続ける。


 いつでも動けるように備えながら、


「なら、どうか教えてください。剣闘大会5連覇もしたような貴方が、どうして辻斬りなんて――」 


 ガッ


 言葉の途中で、襟首に衝撃があった。


(――え?)


 身体が後ろに引かれる。


 首に何か熱い感触が生まれて、見れば、僕の奥さんが必死の形相で手を伸ばして僕の旅服の襟を引っ張っていた。


(イルティミナさん?)


 突然の彼女の行動に、僕は驚く。


 言葉を発しようとして、


 コポッ


 代わりに口から血が溢れた。


 え……何?


「ソル、回復魔法を! 早く!」


 イルティミナさんが懸命に叫ぶ。


 その妹は姉の声に弾かれるようにハッとして、すぐに手にした竜骨杖を回復の緑色の光に輝かせた。


 銀髪の美女は、目を見開いている。


 金髪幼女は、鋭く瞳を細めた。


 そして、目の前に立つ黒衣の男は、いつの間にか、黒い剣を真横に振り抜いた姿勢になっていた。


 僕の胸元が、赤い液体に濡れる。


(――は?)


 ようやく、気づく。


 僕の首が斬られた。


 首全体の前側、約3分の1ぐらい。


 もしイルティミナさんが僕を後ろに引っ張らなければ、首を完全に切断されて即死していただろう。


 でも……いつ斬られたのかわからない。


 今も斬られた自覚がない。


 結果から、多分、自分が斬られたのだと推測しただけだ。


「マール! マール!」


 僕を抱きしめて、悲痛な彼女の声が聞こえる。


 パアアッ


 そんな僕に向け、ソルティスが回復魔法をかけていく。


 ほんの数秒の間、キルトさんとポーちゃんが僕ら3人を守るように、ギルダンテとの間に立ってくれていた。


 ただ、奴は動かない。


 やがて、僕は回復する。


「か、はっ」


 ビチャッ


 口内と食道、気管に溜まっていた血を吐く。


 首を触る。


 さすがソルティス、斬られた跡はない。


 復活した僕の姿に、姉妹の安堵した様子が見えた。


「ごめん、ありがとう」


 2人に感謝。


 そして、僕は立ち上がる。


 再び5人になって、目の前にいる黒衣の男と対峙した。


「…………」


 ギルダンテは何の表情も浮かべていなかった。


 喜びも、悲しみも、達成感も、虚無もなく、自身の剣に対しての感慨が何も見受けられない。


 僕を斬ったことを、認識していない。


(…………)


 だから、悟る。


 それぐらい、彼にとって今の剣は無意味で無価値なこと。


 ただ邪魔だった。


 だから、排除した。 


 たったそれだけの当たり前の動作であり、そこには僕という存在の人格、生命などへの意識は欠片もない。


 ただの物体、あるいはそれ以下なのだ。


 …………。


 どう思われようと、構わない。


 問題は、その剣だ。


 普通、斬るという動作には意思が宿る。


 相手を斬るため、または物質を斬るため、必ず『斬る』という剣を振る動作に対しての心の動きがある。


 それが、


(全くなかった……)


 そんな馬鹿な、と思った。


 今まで、多くの敵と戦ってきた。


 人間も、魔物も、魔の眷属も……でも、誰1人の例外なく心の動きはあった。


 熱い闘志、冷たい殺意。


 色々な違いはあれど、必ず攻撃の意思が現れる。


 僕ら剣士は、相手のその意識を感じながら互いの剣技をぶつけ合い、勝敗を生み出していく。


 だと言うのに、


(それが……ない) 


 だから僕はギルダンテの剣の出がわからず、それどころか、自分が斬られたことにも気づけなかった。


 彼の剣は、意識の外にある。


 まるで人が呼吸をするように、無意識の領域から剣を振ってくる。


 ……あり得ない。


 そんなのもう、人間じゃない。


 だけど彼の剣は、その境地に到達しているのだ。


 ゴクッ


 渇いた喉に、無理矢理、唾を飲む。


 手足の先が冷たい。


 数日前、もしソルティスが強引に一緒に行くと決断してくれてなければ、回復魔法のない状況で、今、僕は死んでいた。


 それ以前に、もしイルティミナさんが僕を後ろに引いてくれなければ、僕は自分が斬られた自覚もないまま、即、絶命をしていただろう。


 その事実を僕だけでなく、他の4人も理解していたと思う。


 ギルダンテ・グロリア。


 剣闘大会を5連覇した伝説の剣豪……それは、もはや人外の剣士だった。


「…………」


 ギッ


 黄金の瞳を輝かせ、キルトさんが大剣の柄を握り締める。


 ギルダンテとは対照的に、熱い殺意が迸る。


 それは物質的な圧となって、僕らを含め、周囲一帯にブワッと広がった。


 その熱に巻き込まれて、僕も2本の剣を抜き、イルティミナさんも『白翼の槍』を油断なく構えた。


 逆に、ソルティスは後ろに下がる。


 それは魔法使いとして、この場は回復魔法に専念するための冷静な判断だ。


 相棒の神龍の幼女は、その護衛として少女の前に立つ。


 僕ら5人は、臨戦態勢だ。


 ギルダンテ・グロリアの表情は、けれどそれでも変化がなく、相変わらず青い瞳の焦点はどこを見ているのかもわからない。


 ただ、行動に変化があった。


 ユラリ


 まるで幽鬼のように反転し、歩きだす。


(――!?)


 攻撃態勢の僕ら5人を前に、当たり前のように背中を見せる――その行為に理解が追いつかず、その瞬間、全員が虚を突かれた。


 だから、手が出せない。


 そして、数歩歩いて奴の足が止まり、


「…………」


 表情のない顔と瞳が、半分、僕らを向く。


 ついて来い……?


 薄弱ながら、初めてその意思を感じた。 


 理解不能な存在に対する不気味な感覚を覚えながら、僕ら5人は吸い寄せられるように奴のあとを追った。


 山間の森の中をしばし進む。


 すると突然、視界が開けた。


 そこは森の木々が生えておらず、代わりに、足元に無数の彼岸花のような赤い花が咲き誇る場所だった。


 夕暮れの赤い世界で、奴はその中央で止まる。


 そして、こちらを振り向いた。


(――――)


 その顔に笑みがあった。


 まるで死人のように暗く、冷たく、妖しい微笑。


 ああ……そうか。


 奴は、何の障害もなく、自分と剣を交えるための場へと僕らを誘ったのか。


 ヒュラン


 漆黒の剣が持ち上がる。


 上段の構え。


 だと言うのに、そこには意思がなく、まるでそこに誰もいないかのように気配が希薄だった。


 粘りつく空気を必死に吸う。


 ガシャン


 そして僕ら5人も、目前の恐るべき剣豪に対して、自分たちの武器を構えたのだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。


※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。

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