736・決闘の誘い
本話更新時、ブックマークがなんと6000件に到達していました。
ばんざ~い♪
4桁目の数字が動くのは滅多にないので、とても嬉しいです。
もちろん今現在、すでに読んでおられない方も多いかと思いますが、1度でも『続きを読みたい』と思って貰えた事がありがたく、ただただ感謝するばかりです。
そして何より、今も読んで下さっている皆様、本当にありがとうございます!
よかったら、どうかこれからも、マールの物語をゆっくり、のんびり楽しんで下さいね♪
それでは、本日の更新、第736話です。
よろしくお願いします。
(※更新時の話なので、皆さんが読まれる時にもしブクマが減っていたら、ごめんなさい……)
僕は、目の前の日誌を閉じた。
でも、誰も何も喋らない。
僕自身、心が痺れて何も言葉が出てこなかった。
ギルダンテ・グロリアの半生を文章という形で読み、触れて、その思いに共感し引き摺られている感覚があった。
キルトさんが光なら、彼は闇だ。
剣士としての人生は、あまりに対照的に思えた。
(…………)
もちろん、キルトさんも辛い過去を持つ。
幼少期には奴隷として過酷な日々を送り、世界に絶望していてもおかしくなかったのだ。
それでも彼女は強く、前を向く。
その精神的な強さこそが、キルト・アマンデスの最も凄い所かもしれない。
ギルダンテ・グロリアには、その強さが感じられなかった。
剣闘大会5連覇。
剣の才能はあったと思う。
けれど、その心は愚直でありながらも、迷い、苦しみ、嘆き、後悔し、常に弱さに震えていた。
キルトさんには憧れを抱く。
でも、ギルダンテには共感してしまう。
それはきっと、僕自身も弱い人間だからだ。
ただ、それでも彼の剣の腕は確かで、それはソルティス曰く、キルトさんに匹敵するものに感じられたという。
それは今、辻斬りという形で解放されている。
世界へ向けられた悪意の刃として。
僕の奥さんが、ポツリと呟く。
「ギルダンテ・グロリアの実力が本物ならば、もし何かが違えば、キルトのように人々に称えられる人生があったのかもしれませんね」
「……うん」
僕も頷いた。
でも、現実には違った。
称えられるスポットライトには、すでにキルト・アマンデスが立っていた。
その間、彼は暗闇の中だ。
そして、彼女が去り、ようやく彼にも光が当たり始め……けれど、病がその未来を閉ざした。
その絶望はどれほどだろう?
ソルティスが唇を尖らせ、
「斬られた立場で言いたかないけど……その不運には、少し同情しちゃうわね」
珍しくそんなことを言う。
ポーちゃんは無表情のまま、何も言わない。
ただ、静かに相棒の横顔を見つめている。
同じ剣の道を歩む者として、1人の剣士の半生を知ったキルトさんは、しばらく厳しい表情をしていた。
やがて、彼女は大きく息を吐く。
「理解できる点はある。同情もできよう。しかし、己の不運を理由に無辜の人々を斬って良い訳はない」
硬く鉄のような声だ。
彼女の強さが、その声に宿っている。
黄金の瞳が、僕らを見回す。
「もし奴の境遇に共感し何かの情を感じたなら、尚更、奴の蛮行を止めてやらねばならぬ。それこそが道を踏み誤った奴に、わらわたちが与えられる唯一の救いじゃ」
その瞳に宿る覚悟が見える。
それは同じ剣の道を選んだ剣士として、同志に向けた覚悟だろう。
僕も、剣士の1人だ。
だから、頷いた。
ギルダンテ・グロリアの蛮行を止めるために。
例え、その命を絶つことになろうと……だ。
僕の横で、王国最強の『金印の魔狩人』であるイルティミナさんが、その妹であるソルティス、その相棒のポーちゃんが同じく神妙な表情で頷いていた。
キルトさんも頷いた。
そして彼女はもう1度、机の上の日誌を見る。
彼の半生の書かれた日誌を。
その瞳を閉じ、数秒後、再び開く。
「よし、行くぞ」
キルトさんはそう告げて、僕ら5人は不遇の剣士の暮らした小さな家をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
「でもさ、実際、どうやってギルダンテ・グロリアを探すの?」
僕らに向け、ソルティスがそう疑問を口にした。
あれから山を下りた僕らは近くの町の宿屋に泊まり、翌日からの捜索についてを話し合っていた。
彼女の言葉に、僕らはすぐに返事はできなかった。
(確かに、どうすればいいんだろう?)
現在、ギルダンテ・グロリアは神出鬼没に辻斬り行為を行っている。
所在はわからない。
王国騎士たちが大規模な捜索をしているけれど行方は杳として知れず、逆に遭遇した2組の騎士隊は返り討ちにあっていた。
キルトさんも難しい表情だ。
ポーちゃんも腕組みしている……けど、これはただの真似っ子だろう。
イルティミナさんは少し考え、
「現状、被害は王都近郊の街道のみで起きています。であれば、やはりその周辺を探していくしかないのでは?」
「でも、王都近郊ってだけでも広範囲よ?」
「しかし、それ以外、手がないでしょう。他に妙案が?」
「な、ないけどさぁ」
姉の聞き返しに、ソルティスも答えに窮する。
確かにイルティミナさんの言う通りだ。
だけど、ソルティスの言葉も正解で、あまりに範囲が広すぎて現実的でない気もする。
運が良ければ……とは思うけど。
ガシガシ
悩ましげな表情で、キルトさんも豊かな銀髪を手でかいてしまう。
そして、言う。
「難しいの」
「…………」
「せめて、奴がなぜ辻斬りを行うのか、その理由がわかれば良いのじゃが……」
そうぼやくように呟いた。
(理由、か)
イルティミナさんは考え込み、その妹が短絡に言う。
「自分の剣の腕を見せつけたいんじゃないの?」
「ふむ?」
「だってさ、アイツ、どうしたってもうすぐ死んじゃうんでしょ? その前に、世間に自分の凄さを教えたいんじゃない?」
「で、あるかの」
頷いているけど、キルトさんも半信半疑といった様子だ。
そこに、僕の奥さんが言う。
「あるいは、自分の実力を確かめたいのかもしれません」
「実力?」
ソルティスが目を丸くする。
イルティミナさんは「はい」と頷いた。
「これまで鍛え上げた剣の技を、不殺の大会ではなく実践の場で、余すことなく全力で試してみたいのではないかと……それこそ、心残りのないように」
(なるほど)
確かに、ありえるかもしれない。
剣の稽古は厳しく、辛く、苦しい。
それに耐え、磨き上げてきた剣技を生涯使わずにいるのは、剣士として難しいだろう。
死の宣告を受け、死ぬ前にそれを使う覚悟を決めた。
それは充分、考えられる。
同意できるのか、キルトさんも「ふむ」と呟き、頷く。
でも、何だろう……?
何かが噛み合わない気もする。
キルトさんも姉妹の言葉に納得しているようで、でも、どこか受け入れ切れてないようにも見えた。
僕も考える。
彼の日誌を思い出し、その半生を感じて。
チラッ
キルトさんが僕を見る。
「マールは、どう思う?」
と、聞かれた。
僕は答えた。
「もしかしたら……ギルダンテは、キルトさんと戦いたいんじゃないかな?」
「何?」
名前を出された銀髪の美女は、驚きの表情だ。
姉妹も顔を見合わせる。
ポーちゃんだけがいつも通り、無表情のまま変化なしだった。
言葉を選びつつ、僕は自分の考えを口にする。
「彼の日誌には、キルトさんの名前が何度か出てきてた。憧れとして、対等になりたい存在として」
「…………」
「そんな存在に剣士が思うことなんて、1つじゃない?」
「決闘、か」
「うん」
キルトさんの言葉に、僕は頷いた。
辻斬りを行う理由は、きっとソルティスの考え方も、イルティミナさんの考え方も合ってると思う。
でも、見せつけたい相手は誰?
全力を試したい相手は誰?
そう思った時に、きっと答えは、僕らの目の前にいる銀髪の美女なのだろうと思えたんだ。
人類最強の剣士。
その称号は、間違いなく彼女にある。
それは冒険者を引退した今でも変わりないと、僕だけでなく多くの人々が思っていることだろう。
特に剣の道を歩む多くの者が、その道の先頭に立っているのは『キルト・アマンデス』だ――と。
僕は呟く。
「辻斬りもそのための手段かもしれない。王国騎士さえ手に負えない犯罪者には、きっと王家もキルトさんの派遣を要請すると想定したのかも」
「……ふむ」
「実際、僕らは、こうして辻斬り犯の捜査をしているし」
「なるほどの」
僕の言葉を吟味しつつ、彼女は厳しい表情だ。
自分と戦いたいがために無関係の人々が殺されたとなれば、やっぱり胸中は複雑だろう。
僕も酷い話だと思う。
(だけど、酷いからこそ……キルトさんも本気になる)
ギルダンテ・グロリアは死を前にして、その本気のキルトさんと手合わせなどではない命を懸けた真剣勝負を望んだのではないだろうか?
もちろん、全ては僕の勝手な憶測だけど。
キルトさんは考え込む。
代わりに僕の奥さんが口を開く。
「仮にそうだとして、どうやってギルダンテを探しますか?」
「探さなくていいんじゃない」
「え……?」
驚く3人と無表情の幼女が僕の顔を見た。
僕は言う。
「むしろ、来てもらえばいいんじゃないかな」
「あぁ、なるほど」
イルティミナさんは口元に手を当て、盲点だったといった様子で頷いた。
ソルティスは、今度はキルトさんを見る。
豊かな銀髪を揺らして、彼女も頷いた。
「奴を誘い出す、か」
「うん。銀髪の女剣士が、辻斬り犯の家で待っている……みたいな噂を周辺の町や村に流したらいいかもしれない」
「ふむ。わかった、そうしよう」
僕の提案を、キルトさんは受け入れてくれた。
…………。
翌日、王都に翼竜便で手紙を送り、王家の命令に下、王国政府の人員の助けも借りて近隣の町や村などに噂を流してもらった。
それは数日で広がる。
その間、僕らは、例の山間の小屋で彼を待ち続けた。
「…………」
静かな緊迫の時間。
大自然の中で、来たる生命を賭けた戦いに心身を備えていく。
そして、その日が来た。
その日は朝から、不思議と落ち着かない気持ちだった。
何かが起きる……そんな予感があったのかもしれない。
昼が過ぎ、太陽が西に沈んでいく。
茜色の光が山に落ち、森の中の小屋と僕らを照らしていた。
太陽の輝きが消え、夜が訪れる直前の光と闇が交錯し共に存在している時間――世界は血のような色に染まっていた。
その赤い世界に、黒衣の男がポツンと現れた。
森の奥から、音もなく。
(……あぁ)
彼がそうなのか。
ギルダンテ・グロリア。
知る人ぞ知る、伝説の剣豪……。
まるで幽鬼のようなその男は、右手に美しい漆黒の剣を携えて、小屋の前に立つ僕ら5人の方へと歩いてきた。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。