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732・狂人の呪剣

第732話になります。

よろしくお願いします。

 王立治療院を訪れた翌日、キルトさんが再び僕らの家を訪ねてきた。


 彼女は今朝も、ソルティスの病室に顔を出してきたとのことで、


「肉や骨、神経などは繋がったが、まだ脆いらしくての。もう2~3日、入院しなければならぬそうじゃ」


「そっか……」


「ま、本人は元気じゃったよ」


 と、様子を教えてくれた。


 また病室を訪れたのはキルトさんだけでなく、辻斬り事件の調査を行っている王国の調査員も同行していたとのことだ。


 被害者として、目撃者として、ソルティスとポーちゃんの事情聴取が行われたらしい。


 辻斬り事件の生存者は珍しく、貴重な情報源なのだそうだ。


 またソルティスはキルトさんの知り合いでもあるため、調査員に顔繫ぎを頼まれた面もあったとか。


 その聴取の一部始終を、彼女も聞いてきたとのことだ。


 僕の奥さんは、


「何かわかりましたか?」


 と、聞く。


「いや、わかったのは昨日、ソルが話していた内容ぐらいじゃな」


「そうですか」


「ただ『魔法を無効化する剣』の存在は、調査員としても初めての情報だったらしく、その形状などを詳しく聞いておったわ」


「なるほど、珍しい剣ですものね」


「うむ」


 僕の奥さんの言葉に、キルトさんも同意する。


 それから、


「時にそなたら、今日は何か予定があるか?」


 と、聞かれた。


(え?)


 えっと、


「今日は、午後にベナス防具店に行く予定だったよ」


「ベナスの店か?」


「うん。次のクエストに向けて、装備の点検整備をお願いしようと思ってたから」


「ほう、そうか」


「……何か僕らに用事があるの?」


 僕は、そう確認する。


 キルトさんは豊かな銀髪を揺らして、首を振る。


「いや、そうではないが……ふむ、じゃが、ちょうどよいかもしれぬの」


「……ちょうどいい?」


 僕はキョトンとなり、思わず、イルティミナさんと顔を見合わせてしまう。


 そんな僕らに、 


「ま、餅は餅屋ということじゃ」


 と、彼女は白い歯を見せて笑った。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「――ぁあ? 魔法を無効化する黒い剣だぁ?」


 キルトさんの質問に、右目が白く濁り失明したドワーフの老人は唸るようにそう聞き返した。


 彼は、ベナス・オルドルさん。


 王国でも屈指の鍛冶師であり、けれど、ベナス防具店という小さな店構えで自分が認めた相手としか商売しないという頑固職人の店主さんだ。


 キルトさんは、もちろん常連さん。


 僕らも彼女の紹介で、ベナスさんにはお世話になっていた。


 そして、僕らと共にこの店にやって来たキルトさんは、


「そうじゃ」


 と、頷いた。


 そして、再び問う。


「そうした剣の噂でも何でもよい。長く業界で生きたそなたじゃ、何か知らぬか、ベナス?」


「……そうさな」


 ドワーフの老人は、仏頂面で考え込む。


 彼はテテト連合国、シュムリア王国の2国で名を馳せた鍛冶師だ。


 両国の鍛冶ギルドにも顔が利く。


 だからこそ、確かに、ソルティスを傷つけた『魔法を無効化する黒い剣』のことを何か知っていてもおかしくない。


(どうなんだろ?)


 僕も期待を込めて、ベナスさんを見てしまう。


 隣のイルティミナさんも妹が被害に遭ったからか、真剣な表情で答えを待っていた。 


 20秒ほどの沈黙。


 やがて、ベナスさんは重そうに答えた。


「心当たりは、1つあるな」


「ほう?」


「200年ほど前、チュザーレン・ロザンダって当時の天才鍛冶師が作った『魔封じの暗黒剣』って奴かもしれねぇ」


 魔封じの暗黒剣?


(なんか、凄い名前だ……)


 その剣の名前は、僕だけでなく、物知りなキルトさん、イルティミナさんも初耳みたいな様子だ。


 キルトさんは頷く。


「そんな剣があるのか」


「ああ。だが、そいつは『呪いの剣』でな」


「呪い?」


「チュザーレンってのは、いかに人を殺せる剣が作れるか、そのことだけを生涯追求した狂気の天才鍛冶師って奴なんだ」


「ほう……」


「ま、剣は人を殺す道具だ。鍛冶師として間違っちゃいねえんだが……」


「だが?」


「だが、チェザーレンは自作の剣の切れ味を試すため、無関係の人間に辻斬りしたり、対魔法使い用の呪法なども人の赤子を生贄に用いて付与してたりしててな」


 辻斬り……。


 その単語に、僕の心臓はドキッとした。


 同じ鍛冶師のベナスさんは、吐息をこぼす。


「要は、剣作りの追求のため、人としての一線を越えた奴なんだよ。んで、『魔封じの暗黒剣』ってのも、そうして生み出されたチェザーレンの傑作の1振りってことだ」


 狂人の天才チェザーレン。


 その傑作の1振り……。


 いや、傑作というか、むしろ禁忌の剣じゃないかな?


 そんな剣の存在を知って、キルトさんも「ふぅむ」と難しい顔で唸っている。


 イルティミナさんも似たような表情だ。


 と、ベナスさんは苦そうに、


「ただ鍛冶師としての腕は確かでな。俺も若い頃は、チェザーレンの剣を参考にしていた時期もある」


 と、告白した。


 僕は驚いた。


「ベナスさんが?」


「ああ。今でも若い鍛冶師なら参考にしてるだろうさ。それぐらい奴の剣は素晴らしい。例え禁忌を犯していると知っても、それでも尚、惹きつけられる魅力がある」


「…………」


「少なくとも今でも、俺の腕はチェザーレンには及ばねえ」


 え……?


 ベナスさんは、王国有数の凄腕鍛冶師だ。


(それでも?)


 この言葉には、彼の腕を知っているキルトさん、イルティミナさんも驚いた表情だった。


 彼は言う。


「奴の剣は、ある種、タナトス魔法武具にも引けを取らねえ。チェザーレンは、それこそ魔法武具を打ち負かせる剣を作りたかったんだろうさ」


「…………」


「だからこその魔法無効化かもしれねぇな」


「そう……」


「よく知らんが、嬢ちゃんたちもマールの坊主も、奴の剣とやり合うなら気をつけろよ?」


 真剣な眼差しで、ベナスさんは警告した。


 僕らは頷く。


 それから、僕はふと思って、


「そう言えば、ベナスさんって昔は剣を作ってたんだよね。何で今は、防具だけになったの?」


 と、興味本位に聞いてしまった。


 彼は答えた。


「俺の作った剣が、巡り巡って俺の親友を殺しちまった」


「…………」


「昔は俺も、いかに斬れる剣を作るかに心血を注いでたんだが……それ以来、防具専門に生きてるよ。ま、俺なりの贖罪って奴かもな」


 と、自嘲気味に笑って教えてくれた。


(ベナスさん……)


 安易に聞くんじゃなかった。


 僕は申し訳なくなって「ごめんなさい」と謝った。


 ドワーフの老人は手を振って、


「何、昔の話だ」


「…………」


「それに今は、俺が認めた相手だけに剣を渡せている。――マールの坊主みたいにな」


 彼は明るく言い、


 ドン 


 太い拳で、僕の胸を軽く叩いた。


 叩かれたところが熱を帯びたみたい感じる。


 僕は「うん」と頷いた。


「ベナスさんの思いに恥じないように、剣を振るうよ」


「おう」


 彼は嬉しそうに破顔する。


 そんな僕に、イルティミナさん、キルトさんも優しい表情をしていた。


 …………。


 話を聞いたあとは、当初の予定通りに装備の点検整備をしてもらい、僕ら3人はお礼を伝えてベナス防具店をあとにした。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 2日後、ソルティスが退院した。


 退院する時には、僕とイルティミナさんとキルトさんの3人も治療院まで迎えに行って、彼女は「みんな、大袈裟ねぇ」と気恥ずかしそうに笑っていた。


 そんな僕らに、相方ポーちゃんはペコッと頭を下げていた。


 それから『ソルティスとポーちゃんの家』に帰宅。


 退院祝いに、イルティミナさんが妹のために美味しい料理をたくさん作ってあげて、ソルティスも嬉しそうに食べていた。


 ムッチャムッチャ


「ああ、イルナ姉の料理は美味いわぁ」


 と、至福の表情である。


 彼女曰く、入院中の病院食はどこか味気なく、量もあまり食べさせてもらえなかったとのこと。


(まぁ、治療の場所だからね)


 食事も治療の一環で、あまり味を楽しむものではないのだろう。


 ともあれ、退院直後にこれだけの食欲を見せる姿には、僕もキルトさんも苦笑しちゃったよ。


 料理を作るイルティミナさんは、姉の表情で微笑んでいたけどね。


 ただソルティス、元気に見えるけれど、まだ治した箇所は脆いらしく、当面は冒険者活動も休止ということになっていた。


「ま、しばらくはゆっくり休むわ」


 とのこと。


 うん、そうしなよ。


 そのまま、僕らもイルティミナさんの料理のご相伴に預かりながら、穏やかな午後の一時を過ごした。


 そして食後のお茶会で、


「そう言えば、私を斬った奴、まだ捕まってないの?」


 と、被害者の少女が聞いた。


 僕は頷いた。


「うん、まだみたい」


「そう……」


 彼女は渋い顔だ。


 自分を斬った犯人がまだ野放しになっている、その事実は確かに嫌な気分だろう。


 被害者の姉が、銀髪の美女に聞く。


「王国の捜査状況はどうなのですか?」


 本来は極秘のはずだけど、彼女なら知っていてもおかしくないと、この場の全員が思っている……ある種、おかしな信頼だ。


 そして、その信頼を向けられた美女――キルトさんは「ふむ」と呟いた。


 少し考えてから、


「そなたらなら、いいじゃろう」


「…………」


「実はの、街道を巡回中の騎士隊がその辻斬り犯に襲われ、2つの隊が壊滅した」


「えっ!?」


 僕らは目を見開いた。


 キルトさんは、少し難しい表情だ。


「どちらも夕刻、日が暮れ始めた時間帯らしくての。街道を塞ぐように黒い剣と黒装束の男が立っていたらしい。容疑者として話を聞こうとしたところ、襲われたそうじゃ」


「怪我は……?」


 僕の問いに、彼女は首を振る。


 銀の髪がサラサラと揺れ、


「各隊5人で計10人。じゃが生き残った者は、両隊合わせて2人。どちらも重傷じゃ。……それ以外の者は、の」


「…………」


「やはり、相当の手練れのようじゃ」


「……うん」


 5人の騎士を1度に相手にして、それに2回、勝利する……とんでもない実力だ。


 ソルティスも青い顔である。


 ひょっとしたら、斬られた時のことがフラッシュバックしたのかもしれない。


 ギュッ


 ポーちゃんがすぐ、相棒の手を握ってあげていた。


 イルティミナさんは呟く。


「何者なのでしょうね、その人物は」


 確かに……。


 騎士隊を相手に負けず、銀印のソルティスを斬り、神龍のポーちゃんさえ出し抜いた。


 その正体が気になって仕方ない。


 と、そんな僕らに、


「それについては、少し心当たりができた」


 と、キルトさん。


(え?)


 僕らは顔をあげ、彼女を見てしまう。


 その視線の先で、キルトさんは言う。


「例の『魔封じの暗黒剣』の所持者を調査し、今朝方、その人物が判明しての。どうも、その人物が当たりのようじゃ」


「誰なの?」


 皆を代表し、僕は問う。


 キルトさんは答えた。


「名は、ギルダンテ・グロリア」


「…………」


「年齢は42歳。そして、シュムリア王国の剣闘大祭において、5連覇を果たした伝説の剣豪じゃ」

ご覧いただき、ありがとうございました。


次回更新は、今週の金曜日の予定です。どうぞ、よろしくお願いします。



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