731・辻斬り
第731話になります。
よろしくお願いします。
「辻斬り?」
思わぬ単語に、思わず僕は聞き返した。
隣に座っているイルティミナさんも、僕と同じような顔をしている。
辻斬り。
要するに、通り魔みたいに何の関わりもない人を突然、街中などで斬りつけたりするような行為のことだ。
キルトさんは「うむ」と頷いた。
「2ヶ月ほど前から、王都近郊の街道で襲われる旅人の被害があったようでの」
「…………」
「詳細としては、商人や巡礼者の護衛を務める冒険者が何者かに襲われ、殺されたという事件じゃ。じゃが当初は、ただの野盗の仕業と思われていての」
「……でも、違った?」
「うむ」
この世界は物騒だ。
魔物や野盗などが存在する街道の移動は、まさに命懸け。
だから、生まれ育った町や村から1歩も他の町や村などに行くことなく、生涯を終える人も少なくない。
そんな世界だから、護衛専門の冒険者もいたりする。
魔物狩り専門の僕らが『魔狩人』であるのに対して、そうした冒険者は『護盾士』なんて呼ばれている。
キルトさんの話によれば、その護盾士が殺される事件だったという。
でも、前世に比べて調査能力の低い世界だったし、何より、そうした魔物や野盗に殺される旅人の事件は、悲しいことだけれどこの世界ではとても多かった。
だから、これらもそうしたものと同じ、よくある事件の被害と思われていたそうだ。
ところが、先週、状況が変わった。
なんと、王国貴族の馬車隊が襲われてしまったのだ。
乗車していた子爵本人とその夫人、ご息女、そして使用人と護衛の騎士たち、計26名が惨殺された。
(…………)
女子供関係なく、殺された……?
その非道に、心が震えた。
生存者は、たったの2名。
そして、貴族が殺されたことで調査は本格化した。
目撃証言によれば、どうやら襲撃者はたった1人、30~40代ほどの男性であり、その手に漆黒の長剣を握っていたという。
その人相風体を調べると、過去の護盾士殺害事件の犯人とも似ていると判明した。
遡れるだけ遡ってみると、その辻斬り犯の活動が開始されたのは、なんと最低でも2ヶ月も前からとなり、被害者の総数は100人を上回っていたそうだ。
そこまで話して、キルトさんは吐息をつく。
「これまで無関係の個別の事件と思われていたため重要視されず、わらわの耳にも今まで届かなかった」
「…………」
「…………」
「王国としてもこの事件に衝撃を受け、だからこそ、かなり大規模な調査と犯人の捜索が行われておる。マールたちが見たのは、そうした騎士たちじゃ」
そっか。
思った以上の大事件だ。
だって、被害者には貴族もいるんだもの。
それはシュムリア王国そのものへの反旗であり、だからこそ王国の威信にかけ、この犯人は絶対に捕まえなければならない。
それが街道で見た騎士たちの数の多さだ。
僕の奥さんは聞く。
「犯人の目星は?」
「残念ながら、まだついておらぬ」
「…………」
「じゃが、その人物は相当の手練れのようじゃ。殺された護盾士の中には『銀印』の実力者もいたという」
え……?
「銀印!?」
僕は思わず、目を瞠った。
キルトさんは「そうじゃ」と冷静に頷いた。
でも、僕は冷静でいられない。
隣に座るイルティミナさんだって、とても驚いた表情を浮かべていた。
だって『銀印の冒険者』というのは、3人の『金印』を除けば冒険者ランクのトップなんだ。
つまり、各冒険者ギルドの1番実力のある冒険者の称号。
それが『銀印』だ。
それを殺せるということは、犯人の実力はそれ以上……つまり『金印』に匹敵する可能性もあるってことになる。
(嘘でしょ……?)
でも、キルトさんはそういう嘘は言わない。
ただ僕が現実を受け入れたくないだけだ。
先に受け入れたイルティミナさんは、大きく息を吐く。
「そうですか」
「…………」
「まぁ、王国貴族の護衛の騎士たちを1人で倒している時点で、相当な腕前だとは思いましたが……」
「イルティミナさん……」
確かに、王国騎士も強い。
ある意味、冒険者よりも鍛えられ、戦士として上なこともある。
その集団を1人で倒す。
そんなの、僕だって無理だ。
金印の魔狩人であるイルティミナさんにだって、できなくはないとしても簡単なことではないだろう。
「何者なの……その犯人?」
僕は独白するように呟く。
キルトさんは「わからぬ」と、豊かな銀髪を揺らし首を振る。
「じゃが、それほどの腕前ならば、よもや無名という訳ではあるまい。人相風体もわかっている以上、直に正体もわかるであろう」
「うん……そうだね」
「それと貴族が死んだことで、現在はまだ箝口令が敷かれておる。そなたらも他言はするな」
「あ、うん」
「わかりました」
僕らは頷いた。
そんな僕とイルティミナさんを、キルトさんはジッと見つめた。
(?)
何だろう?
そう思っていると、
「まぁ、大丈夫とは思う。じゃが、そなたらも街道を移動する時は気をつけよ?」
と、心配された。
そのことに、少し驚く。
僕はともかくイルティミナさんの実力でも心配されるなんて……。キルトさんはそれほど、この犯人を警戒しているの?
その不安は、鬼姫の勘?
彼女の言葉に、僕まで不安になってしまう。
でも、イルティミナさんは平然と「ええ、そうします」と頷き、
キュッ
僕の手を握った。
隣の彼女を見上げる。
イルティミナさんは優しく微笑み、僕を見つめ返していた。
「大丈夫。貴方は私が守りますよ、マール」
「…………」
「ね?」
「うん」
ありがとう、イルティミナさん。
胸を熱くする僕に、彼女はいつものように笑っていて、そんな僕らにキルトさんも優しい表情だった。
そして、僕ら夫婦はキルトさんの部屋をあとにした。
次のクエストは来週の予定。
その時には、僕らも再び街道を移動する。
(それまでに、事件解決してくれたらいいな……)
そう願う。
いや、他の人の安全のためにも、1日でも早く解決して欲しい。
ともあれ、事件は全て街道で起きているらしく、王都の中にいる間は安全そうなので、休暇中はのんびりと過ごしてられそうだ。
そこから数日、僕らは家で穏やかな時間を過ごした。
その5日目だった。
いつものように夫婦2人で朝食を食べようと、テーブルの席に着いた時、
ドンドンドン
突然、家の扉が乱暴に叩かれた。
(誰だろう?)
乱暴な来客に驚きつつ応対に出ると、そこにいたのは、息を切らせた銀髪の美女――キルトさんだった。
まさかの姿にまた驚く。
何で、キルトさんが?
いつもなら、僕らに用がある時には、ギルドの人を使いに出すのに。
そう思いつつ、
(どうしたの?)
僕は、そう声をかけようと思った。
でも、できなかった。
その前に、キルトさんが珍しく焦った表情で僕らに言ったんだ。
「ソルが……ソルが、例の辻斬りにやられたっ。街道で襲われ、斬られてしもうた!」
……は?
◇◇◇◇◇◇◇
僕ら3人は、王立治療院へと走った。
王立治療院は前世でいう病院みたいな施設で、王都民の病気や怪我などの治療をする施設だ。
投薬、外科手術などの他、回復魔法の専門家も常駐している。
ソルティスは今、そこに担ぎ込まれたという。
今日の未明、王都の大門前に、血だらけのソルティスを背負ったポーちゃんが姿を見せ、どうやら彼女が辻斬り被害に遭ったらしいと冒険者ギルドに連絡があったそうだ。
それを聞いたキルトさんは、慌てて自らの足で僕らの家まで伝えに来てくれたのだという。
(嘘だ……嘘だよね、ソルティス!)
走りながら、僕は泣きそうだ。
ほんの数日前、彼女を見送ったばかり。
あれが今生の別れになるなんて、そんなの嘘だ。受け入れられない。絶対にありえない。
隣を走るイルティミナさんも必死の表情だ。
あのキルトさんだって、焦りを隠せていない。
(――ソルティス!)
やがて僕らは、患者500人を収容できるという巨大な建物に到着した。
見た目は、大聖堂に似ている。
庭園などもあり、美しい景観だ。
多くの人が訪れる1階フロアに僕らも飛び込み、受付で事情を説明する。
王国を代表するキルトさん、イルティミナさんだと驚かれ、すぐにソルティスは回復魔法の治療を受け、現在、入院中だと教えてもらえた。
病室も教わり、僕らはそこに急ぐ。
場所は、5階の個室。
(はぁ、はぁ)
必死に階段をかけ上がり、
「ソルティス!」
と、3人で病室へと飛び込んだ。
「――あれ? 3人とも、どったの?」
ムッチャ ムッチャ
そこには、ベッドに座りながら病院食をたらふく食べている彼女ののほほんとした姿があった。
「…………」
「…………」
「…………」
僕ら3人とも、言葉が出ない。
ベッド脇には、簡易椅子に座っているポーちゃんもいて、彼女はこちらにペコッと小さく頭を下げた。
それから、布巾で相方の美女の汚れた頬を拭き拭き。
ソルティスは「あんがと~」と笑っている。
その笑顔とのんきな様子に、凄まじい脱力感に襲われた。
それは実の姉であるイルティミナさん、そして報せを伝えに走ってくれたキルトさんも同様みたいで、3人で顔を見合わせると、
ヘナヘナ
僕らはその場に膝をついてしまったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「あはは、心配かけちゃったわね」
僕らの話を聞いたソルティスは、少し申し訳なさそうに笑った。
僕らも苦笑だ。
文句の1つも言いたいけれど、彼女が無事だったことでもう全てを許したいと思った。
(本当によかった……)
イルティミナさんも、
「ソル……本当にもう」
ギュッ
と、妹の身体を抱きしめ、ソルティスは少し驚き、照れつつも嬉しそうだった。
そんな姉妹の光景に、キルトさんも微笑んでいる。
彼女も余裕が戻った様子だ。
しばらく、彼女の無事を喜んだあと、
「それで……何があったの?」
と、僕は聞いた。
2人のお姉さんも事情を知りたそうだ。
ソルティス、ポーちゃんは顔を見合わせる。
それから、少し神妙な表情になって、
「そうね……実は、今回のクエストのために竜車で街道を移動してたら、変な黒い剣を持った黒装束の男に襲われたのよ」
と、当時の状況を語り出してくれた。
それは、4日前のこと。
僕らの見送りを受けたソルティス、ポーちゃんの2人は、竜車で目的地まで街道を移動をしていた。
そして、王都を出た翌日だった。
「突然、竜車がひっくり返ったの」
「竜車が?」
「そ。突然だったから、訳わかんなかったわ」
「…………」
「でも、窓から外に出てわかった。街道に1人の男が立っていて、黒い剣を手に異様な雰囲気を放っていた。だから、あぁ、コイツに攻撃されたんだってすぐ気づいたの」
つまり、その黒い剣で竜車が破壊されたらしい。
御者と車両を引く竜は、その1撃で死んでいたという。
(…………)
僕は、その場で軽く冥福を祈る。
当時のソルティスとポーちゃんの2人は、数日前の僕らと同じく『辻斬り』のことなど何も知らなかった。
だから、最初は野盗だと思ったそうだ。
でも、相手は1人。
仲間も現れず、何かがおかしいと感じたそうだ。
何より、強い『死』の気配。
それがあまりに凄まじくて、2人もすぐに戦闘態勢に入ったそうだ。
そんな2人に、男は笑った。
そして、黒い剣を構えた。
それを見たソルティスは、
「ヤバいって思ったわ」
「…………」
「何て言うか、その立ち姿の雰囲気がキルトに似てたのよ」
キルトさん……?
僕らは思わず、銀髪の美女を見てしまう。
彼女も驚いた顔だ。
ソルティスは神妙な顔で言う。
「強い剣士とか、強い冒険者とか、強い魔物とか、そういうんじゃなくて……何かこう人外の高みにいる存在、みたいな……? 上手く言えないんだけどさ」
ああ……うん。
僕は頷いた。
「何となくわかるよ」
「そう?」
ソルティスは、少し嬉しそうだ。
イルティミナさんもわかるみたいで頷いて、でも、当のキルトさんの表情は少し複雑そうだった。
ともあれ、戦闘は始まった。
逃がしてくれる雰囲気はなかったし、戦って切り抜けるしか道はないって感じたそうだ。
こっちには、神龍のポーちゃんもいる。
ソルティスも油断していなかった。
まず、前線に立つポーちゃんが接敵した。
強者と思われる相手の剣と数合、竜鱗の拳で互角に打ち合い、でも、ほんの5秒ほどで後ろに抜けられてしまったという。
男はまず、ソルティスを狙ったのだ。
彼女が厄介な『魔法使い』だと気づいたのかもしれない。
ソルティスは魔法で迎え撃とうと思い、けれど、すぐに間に合わないと悟った。
でも、彼女は魔法剣士。
手にした竜骨杖に『魔法の光の剣』を生やして、不意打ち気味に反撃を繰り出したそうだ。
ところが、
「そいつの黒い剣と触れた『光の剣』の魔素が分解されて、魔法が打ち消されちゃったのよ」
「え……?」
「多分、魔法を無効化する剣だったのね」
彼女は、仏頂面で呟く。
それから、自分の左肩を手刀で軽く叩いて、
「で……そのまま、その黒い剣にザクッと肺まで骨ごと斬られちゃったの」
「…………」
肺までって……。
それ、ほぼ致命傷じゃないか。
元気な彼女を見ていたから大したことなかったのかと思ったけど、実は、本当に生死に関わる負傷をしていたのだ。
僕は青ざめ、その告白に2人のお姉さんも顔色が悪い。
ソルティスも吐息をこぼす。
そこから、彼女の記憶は朧気だ。
掠れる意識の中、ポーちゃんが男との間に即、飛び込んできたこと、そして、必死に自分は回復魔法を詠唱したことだけは覚えている。
直後の記憶は、王立治療院の病室だ。
話を聞けば、ポーちゃんは男を牽制後、即、ソルティスを背負って逃げたのだという。
「だから助かったのよ」
と、彼女は笑った。
でも、相方を守れなかったからか、ポーちゃんは無表情だけど沈んだ雰囲気だ。
(ポーちゃん……)
幼い外見だけど、彼女は強い。
あるいは、人類最強のキルトさんよりも。
その彼女が出し抜かれ、ソルティスが負傷してしまった――負傷させた男の強さがどれほどなのか、それだけでも伝わるものだった。
自分で応急手当てをし、ポーちゃんが必死に走って王都まで帰還。
その後、門番の王国兵にも手伝ってもらい、意識のないソルティスは王立治療院まで担ぎ込まれて、即、回復魔法での治療を本格的に受けた。
無事に傷は塞がったけれど、治ったばかりでまだ安静が必要らしい。
結果、現在の入院状態とのことだ。
(そっか)
色々と思うことはある。
でも、何よりも、本当に生きててくれて……生き延びてくれてよかった。
イルティミナさんも話を聞いて、もう1度、ベッド上の妹のことを抱きしめていた。
その一方で、キルトさんは腕組みをしながら考え込んでいる。
その視線が、ポーちゃんを見て、
「その男は、それほどに強かったか?」
と、問いかけた。
コクッ
幼い外見の彼女は、小さく、けれどはっきり頷いた。
そして、言う。
「ソルを助けるため、あの時、ポーは『神気開放』を行った。それでも尚、殺される可能性を感じていた」
「…………」
「…………」
「…………」
神気開放して、尚……?
(相手の辻斬りの男は、それほどの手練れなの?)
正直、信じられない。
でも、ポーちゃんが嘘を吐くとも思えない。
そうなると相手は本当に、キルトさんみたいな実力者なのかもしれない。
ソルティスは、
「ポーがいなきゃ、私、確実に死んでたわね」
ギュッ
相棒の金髪幼女の頭を、ベッドの上からギュッと抱き締めた。
ポーちゃんは、半分、首つり状態で少し苦しそうだったけれど、相方の愛情に逆らうことはなかった。
僕らは少しだけ笑ってしまう。
でも、その男は何者なのか……?
その疑問と脅威、そして、不気味な恐怖だけが強く印象に残った。
その後、僕らは面会時間いっぱいまでソルティスとの時間を過ごした。
ポーちゃんは特別な許可をもらって、病室に泊まれるという。
なので、あとは彼女に任せて、僕ら3人は名残惜しいけれどソルティスと別れの挨拶を交わして退室、王立治療院をあとにしたんだ。
帰り道、途中でキルトさんとも別れる。
あとは、イルティミナさんと2人、家路を辿るだけだ。
キュッ
何となく、王立治療院を出たあとは、お互いの手を握ったままだった。
「…………」
「…………」
言葉もなく歩く。
もしかしたら、ソルティスという家族を失くしていた事実。
心の芯にその凍りつくような恐怖があったから、生きているお互いの温もりを感じていたかったのかもしれない。
確かに感じるイルティミナさんの手の温もりが、ただ愛おしい。
(…………)
辻斬り……か。
僕は、思わず秋晴れの怖いほど澄み渡った青空を見上げ、そこに向け、重く吐息をこぼしたんだ。
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アルドリア大森林の森小屋に辿り着いたマールとイルティミナでしたが、そこにあの怪物が迫って来てしまったようです。
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