727・古神殿の山道
皆さん、お待たせしました。
本日より『少年マールの転生冒険記』の本編再開です。
7月1日からの4日間、コミック1巻発売記念SSを4話お届けしましたが、お読み下さった皆さんは本当にありがとうございました♪
どうか再び、マール視点の物語をお楽しみ下さいね。
それでは本日の更新、第727話です。
どうぞ、よろしくお願いします。
人里離れた山脈の中、標高1500メードほどの山の頂きに、その合同慰霊祭が行われる神殿はあった。
かなり古い神殿だ。
それもそのはずで、ここはシュムリア王国が建国された初期、まだ王都ムーリアの大聖堂がない頃に、当時の聖シュリアン教の総本山として建造された神殿なのだそうだ。
おかげで古いけど、荘厳で格式高く、規模も大きい。
現在も聖シュリアン教の管理する神殿の中でも序列は高く、僻地だけど、多くの巡礼者が訪れる聖地なのだそうだ。
その『山頂の古神殿』に、僕ら冒険者ギルド団はやって来た。
神殿を前にして、
(……うん)
僕は、この地が神域らしい清浄な気配に満ちているのを感じた。
女神シュリアンに祝福されている。
そう感じる。
神狗の肉体だからか、不思議と懐かしさも感じるし、心地好さもあった。
イルティミナさん、キルトさん、ムンパさんを初め、他の人たちも身が引き締まるような思いなのか、表情や姿勢が改まった感じがしていた。
慰霊祭のため、本日は貸し切りだ。
冒険者ギルドの偉い人たちと神殿の司祭様たちが挨拶したり、慰霊祭の内容の確認を行ったりする。
冒険者ギルド関係者、王侯貴族関係者、護衛の冒険者たち、合計で300人近い人数だ。
静謐な神殿に、少しだけ賑やかさが湧いている。
そんな中、キルトさんはその黄金の瞳に静かな警戒を宿して、周囲を見回していた。
「…………」
ムンパさんの暗殺。
その計画を考えた人たちが、この中にいる。
それを思えば、確かにそうした眼差しになってしまうのもおかしくない。
(特にキルトさんにとっては、狙われているのが何よりも大事な幼馴染なんだ……)
気持ちは、凄くわかる。
例えば、僕だって昔から知っているソルティスが狙われてるとなったら、心穏やかではいられないだろう。
(――うん)
何としても防がなければ。
そのムンパさんは、いつもと変わらぬ笑顔を絶やさぬまま、他の多くの関係者と楽しげに話していた。
内心はわからない。
でも、外見上は普段のままだ。
凄いな……と素直に思う。
僕だったら、どんなに隠そうと思っても不安や恐怖、疑心などの感情が表に出てしまう気がする。
冒険者ギルドの長。
重い責任の下、多くの偉い人たちと交渉などもするその立ち場が、ムンパさんの感情を表さない技術を磨かせたのかもしれないな……なんて思った。
そして、
「そろそろ始まるようですね」
と、僕の奥さんが言った。
その言葉通り、慰霊祭が開始されるようで、人の移動が始まった。
キルトさんも「ふむ、行くぞ」と言い、案内の神官の指示の元、僕らは他の人たちと一緒に『山頂の古神殿』の内部へと入っていった。
◇◇◇◇◇◇◇
慰霊の祝詞が神殿内に響いている。
かつて聖シュリアン教の総本山だっただけあって神殿内は広く、天井も高く、石造りで華美さはないけど歴史を感じさせる重々しい風情があった。
正面には、戦の女神シュリアンの巨大な石像。
その左右では、不思議な緑色の炎を灯す巨大な燭台があり、神殿内を照らしている。
神像の前で、高台に登った司祭様が祝詞を紡ぐ。
その後ろ、神殿の広間では、冒険者ギルドの各長たち、王侯貴族関係者が跪き、更にその後ろにその他関係者、そして、僕ら護衛の冒険者たちが配置されていた。
ちなみに、冒険者たちの1番前にいるのはイルティミナさん。
彼女は、金印の冒険者だ。
つまり、王国冒険者たちのトップの存在。
だからこその位置関係であり、これだけの凄腕の冒険者が集まる中、その位置にいる彼女の凄さを僕は改めて感じてしまった。
僕の奥さん、本当に凄い人だ……。
ちなみに、かつてのトップだったキルトさんは、すでに冒険者を引退しているので、その他関係者の位置に紛れていた。
慰霊の祭事は続く。
(…………)
祝詞の声は、何だか脳を痺れさせ、現世の四方山を忘れさせる。
そして思うのは、亡くなった冒険者たちへの寂寥の思いだ。
同じ冒険者として、生死を賭けた日々を送り、戦い続けたであろうことは、深い仲間意識を抱かせるし、その中で亡くなった彼や彼女たちの無念に悲しみを覚える。
1歩間違えれば、僕らも死んでいた場面は多い。
それでも今、生きている。
生き残っている。
それは実力だけでなく、運の要素もあったろう。
そして、それがいつまでも続く保証もなく、いつかは僕らも死んでしまう可能性があった。
だからこそ、慰霊の意味を感じる。
いつの日か、僕らもそちら側に行くかもしれない。
でも今はこちら側にいるから、その日まで、どうか神の御許で安らかに眠っていて欲しいと切に願うのだ。
この世に確かに存在し、けれど今はいなくなってしまった顔も名も知らない冒険者たちに、僕は心から慰霊を祈った。
そして、その遺族たちの心が少しでも癒されるように……と。
…………。
…………。
…………。
やがて、慰霊祭が終わった。
終わった直後、退席する時に、ふとイルティミナさんが僕の顔を見て驚いた顔をした。
「マール……」
「?」
不思議に思っていると、白い指先で頬を撫でられた。
その指が濡れる。
え……?
あれ、泣いてた?
知らず、涙がこぼれていたらしい。
よく見たら、慰霊祭に参加した人の中には、特に冒険者たちの中には、僕と同じように涙を流している人も少なくなかった。
(…………)
大切な仲間を、誰かを亡くした人たちなのかもしれない。
周りの人に声をかけられ、彼や彼女たちは、気丈に笑顔を返す。
だから僕も、心配そうなイルティミナさんに、
「ごめんね、大丈夫」
と、笑ってみせた。
イルティミナさんは、そんな僕の顔をしばらく見つめ、そして「はい」と微笑み、優しくその胸に抱きしめてくれた。
少し悲しく、優しい慰霊の時間。
それを噛み締め、そして僕らは、他の人たちと共に神殿の広間をあとにした。
◇◇◇◇◇◇◇
慰霊祭のあとは、神殿の精進料理が全員に振舞われて会食となった。
精進料理は古い時代の名残りで、現在の神殿では普通の食事らしいんだけど、こうした行事の時にだけ特別に出されるらしい。
肉や魚などはなく、菜食中心。
でも、味付けは素晴らしくて、とても美味しかった。
神殿の大広間にて開催された食事会は、先程の慰霊の空気もあってか和やかな雰囲気で、僕もイルティミナさん、キルトさんとお喋りしながら楽しむことができた。
ちなみにムンパさんは、他のギルド長たちと同じ席で、一緒には食べられなかった。
少し残念。
ともあれ、これで慰霊祭の行事は全て終わり。
このあと、僕らは再び山を下り、300名の集団は王都への帰路に着くことになる。
その途中、僕とイルティミナさんは、自分たちの受注していた討伐クエストのため、皆と別れて目的地へと向かうことになっていた。
(……その前に)
恐らく、ムンパさんの暗殺計画が実行される。
僕らは、それを防がなければならない。
絶対に……だ。
だからか、全ての行事が終わったあとも、キルトさんの表情に緩みはない。
友人の命を守るため、静かに、心の内側で熱い覚悟が煮えたぎっているのを、長い付き合いである僕ら夫婦は感じていた。
そして、帰りの竜車の旅が始まった。
ゴトゴト
車輪の振動が座席に伝わる。
50台以上の馬車、竜車の群れは『山頂の古神殿』をあとにして険しい山道を下っていた。
神殿は、かなりの高地にある。
そのため、山道はあまり整備されておらず、『灯りの石塔』だけは設置されていたけれど、岩と土が剥き出しの道だった。
また斜面も急で、道幅も狭い。
キルトさん曰く、
「何か事を起こすには、ちょうど良い状況じゃの」
とのこと。
つまり彼女は、この帰りの山道で暗殺計画が起きると予想していた。
彼女には、鬼姫の勘がある。
多分、その予想は間違っていないと僕も感じる。
少なくとも何もない平原や街中より、よほど事故か何かに見せかけて暗殺し易いとは思うのだ。
ただ、どういった手段で来るのか……?
それはまだわからない。
そのため、帰りの行程では、キルトさん、イルティミナさんは車外を徒歩で並び移動していた。
何かあっても、すぐ目視で確認できるように。
そして、即、行動に移せるように、だ。
ただムンパさん1人を車内に残しておくのも心配なので、僕だけが一緒の座席に座っていた。
つまり、もしもの時は、僕が最終防衛ライン。
(……責任重大だ)
少し緊張もする。
でも、
「あらあら、大丈夫? そんな心配しなくても、きっと何とかなるわ」
と、真っ白な獣人のお姉さん。
彼女はいつも通り、甘い微笑みで、張り詰めている僕の緊張を解そうとしてくれていた。
(…………)
凄いな、と思う。
自分が狙われているのに、どうしてそんなに人を気遣えるんだろう?
むしろ彼女自身が緊張し、怖がっていてもおかしくないのに、そんな素振りは欠片も見せない。
僕は思い切って、
「ムンパさんは、怖くないんですか?」
と、聞いてみた。
彼女はキョトンとして、すぐに微笑んだ。
そして、こう答える。
「もちろん怖いわ」
「…………」
「でも、昔から色々と大変なことはあったから。死にそうな目にも何回も遭ってきたもの。だから少しだけ心構えができてるの」
「……心構え」
「それに、キルトちゃんもいるしね」
「…………」
「彼女がいてくれれば、大抵のことはどうにかなる……そう思えるし、実際そうなって来たわ。マール君も、キルトちゃんがいるとそんな気しない?」
言われてみると……確かに。
キルトさんがいると、不思議な安心感がある。
(そっか)
彼女が自分を守ろうとしてくれていると思えば、きっと大丈夫という信頼が持てた。
僕も「うん、します」と答え、ムンパさんは「でしょ?」と笑った。
それから僕らのギルド長さんは、
「それに、ほら、こうしてマール君もいるしね?」
サワサワ
柔らかに微笑みながら、白い手を伸ばして僕の髪を撫でた。
あはは、少しくすぐったい。
でも、僕のことも信じてくれていると伝えられて、素直に嬉しかったし、やる気も高まった。
(うん、絶対に守ろう、ムンパさんを)
そう決意を新たにする。
そうして竜車での下山は続き、やがて、50台以上の車両の群れは狭い山道を通り始めた。
道中で、1番狭い道だ。
片側は山の急斜面が壁になり、もう片側は奈落まで続きそうな崖となっていた。
もちろん、ガードレールなんて物もない。
道を通れる車両は1台ずつ、それ以上は横幅もなく、全体が間延びしながらゆっくり慎重に速度を落として進んでいた。
(怖い場所だなぁ)
窓から見える崖下は、遥か下方に霞んで見えない。
滑落したら、かなり危険だ。
その時だった。
ガッコン
突然、竜車が停止して、車内が大きく揺れた。
「わっ?」
「あら?」
僕とムンパさんはぶつかるようにして座席で揺られ、何とか体勢を維持しながら驚いた。
何だ何だ?
僕は席を立ち、窓を開ける。
すると、すぐそこにイルティミナさんがいて、車列の前方を見ていた。
彼女は僕に気づき、
「前方で何かあったようです。車列全体が止まりました」
と、教えてくれた。
言われた通り、見れば、前後にある馬車、竜車の全てが狭い山道に止まっていた。
車両に乗っている人、護衛の冒険者、皆が何事かと確認したがる動きを見せていて、少し混乱したような状況になっていた。
狭い山道なので、余計に混乱してる感じ。
ムンパさんは座席に座ったまま、「あらあら?」と頬に手を当てていた。
キルトさんは、
トン
僕らの竜車の屋根に跳躍して、そこから前方に目を凝らしていた。
僕は窓から身を乗り出し、上を見上げて、
「何か見える?」
と聞いた。
キルトさんは「ふぅむ」と唸る。
そして、
「はっきりとはわからぬが、先の車両が脱輪したようじゃ。車体が落ちかけ、それを必死に止めているように見えるの」
「ええ……!?」
それ、かなり大変な状況じゃないか。
人は大勢いる。
でも、場所が狭いため、引き上げるための人数が集められず、難儀しているようだった。
そのまま、僕らはしばらく待機となった。
でも、30分ほどしても動かない。
このままだと、日が暮れてしまうんじゃないかな……?
暗い山道。
そして、この狭い道。
ますます事故が起きる確率が高くなりそうだ。
(どうしよう?)
悩んでいると、
「ねぇ、キルトちゃん、イルティミナちゃん、2人が手を貸してあげて」
と、ムンパさんが言い出した。
僕らは驚く。
彼女は今、命を狙われているのだ。
その現状で護衛を減らすなんて、とんでもない話である。
だけど、
「このままだと車体が落ちて、死人が出てしまうかもしれないわ」
「しかし、ムンパ……」
「特に、キルトちゃんは多くの冒険者の中でも1、2を争う力持ちでしょ? 協力してあげて」
「…………」
「お願い、キルトちゃん」
「わかった」
心優しい友人の頼みに、キルトさんはため息をこぼして了承した。
イルティミナさんは冷静に、
「よろしいのですか、キルト?」
と、確認する。
キルトさんは腰に手を当て、
「こういう時のムンパは、決して譲らぬ」
「…………」
「それに、ムンパの言葉にも一理あるし、このまま状況が変わらぬのも問題であるしの」
「……わかりました」
「短時間で済ませるぞ」
「はい」
2人の美女は、頷き合った。
そして僕の奥さんは、窓の中の僕を見て、
「行ってきます、マール。少しだけ離れますが、どうか待っていてくださいね」
「うん、気をつけて」
「はい、マールも」
「うん」
彼女の優しい笑顔に、僕も頷いた。
キルトさんも僕を見て、
「しばしムンパを頼むぞ、マール」
「うん、任せて」
真剣な眼差しに、僕も自分の胸に手を当ててもう1度、頷いた。
彼女も微笑む。
そして2人は「行くぞ、イルナ」、「はい」と声をかけ合うと、狭い道と車両の隙間を抜けて、前方へと移動していった。
その背中を見送り、そして僕は席に着く。
正面には、真っ白な獣人のお姉さんが微笑みながら座っていた。
「ゆっくり待ちましょう?」
「はい」
その声と笑顔の柔らかさに、僕も微笑む。
そして、息を吐く。
脱輪した車両が無事に戻って、また動き出すまでの辛抱だ。
それまで待機。
そう思って、自分の座席に深くもたれた瞬間だった。
ガゴォン
(!?)
大きな音が響き、突然、車内が大きく傾いた。
ムンパさんも驚いた顔で、波打つ雪のような白く長い髪が踊り、座席の上に倒れ込む。
僕もひっくり返り、
ガッ
(痛っ)
顔を車内の扉に強打した。
でも、それだけで終わらず車体は更に傾き、ガガガッと激しい音を響かせながら振動する。
(何だ!?)
何が起きてる?
そう思って、必死に窓に張りつき――そして気づいた。
僕らの乗っている竜車の足元の道が突然崩れたようで、そして、車体全体が崖へと落ちていっていることに。
周囲の人たちの驚いた顔が見える。
慌てた声が響く。
何で……!?
キルトさん、イルティミナさんがいなくなった途端、どうして?
そう思って、
(あ……まさか、これが暗殺計画?)
そう気づいた。
ま、まずい。
僕は慌てて、そばにいるムンパさんを抱きしめる。
ギュッ
何としても、彼女だけは守らないと!
そう思った瞬間、僕らを乗せた重い車両は重力に負けて、ガコンと車輪が外れ、車体丸ごと崖下へと転がり落ちていってしまったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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