726・暗殺計画
本日7月1日、少年マールの転生冒険記のコミック単行本1巻が発売となります!
連載開始より6年余り……。
豆腐メンタルの作者ではありますが、皆さんの応援に支えられて何とか今日まで続ける事ができ、そしてついに漫画マールが本として世に出る事となりました。
改めまして、皆さん、本当にありがとうございました!
本日より各書店様、ネット販売店様などで販売していますので、もしよろしければ、そんなマールのコミック1巻をどうかその手に取ってやって下さいね♪(もちろん電子版もOK!)
どうぞ、よろしくお願いします!
それでは本日の更新、第726話になります。
よろしくお願いします。
「それじゃあ、また明日ね」
夜も更けると、客室の戸口に立つムンパさんは軽く手を振りながら、キルトさんの部屋を退室していった。
何でも明日の早朝、ギルド長会議があるとか。
たくさんの冒険者ギルドの長たちが、こうして一堂に会する機会はなかなかないので、色々と話し合う事柄もあるんだって。
だから、あまり夜更かしできないそうなのだ。
(……大変だ)
そう上司の退出を見送る僕に、
「それが、あやつの仕事じゃて」
と、キルトさんは笑ってお酒のグラスをあおっていた。
ともあれ、夜も遅い。
時刻は、午後10時ぐらい。
もう少し話をしてたい気もするけど、僕とイルティミナさんもそろそろ退室した方がいいかもしれない。
僕は、自分の奥さんの顔を窺う。
気づいたイルティミナさんは、小さく微笑んだ。
そして、頷く。
(――うん)
それじゃあ、僕らもお暇しようか。
言葉もなくお互いの意思を確認した僕らは、部屋主の方を見た。
と、銀髪の美女も気づいた。
トン
彼女は持っていたお酒のグラスを、テーブルに置く。
「少し待て」
そう言った。
(え?)
「そなたら2人に、大切な話がある」
驚く僕らに、彼女はそう続けた。
大切な話……?
僕ら夫婦は顔を見合わせ、そして、腰を上げかけていた椅子に座り直した。
…………。
何だろう?
キルトさんの雰囲気が、少し変わっていた。
幼馴染とお酒を飲みながら昔話に興じて、とても楽しげな雰囲気だったのに、何だか真剣な空気が満ちていた。
彼女は、落ち着いた表情だ。
でも、その黄金の瞳に強い光がある。
(…………)
自然と僕ら2人も姿勢を正してしまった。
キルトさんの口が開く。
「今回の合同慰霊祭に、そなたら2人を強引に参加させた。その理由についてを話しておこうと思っての」
「あ、うん」
「はい」
今……? と思いつつ、僕らは頷いた。
そして、話すと言いながら、キルトさんはすぐに話し出さなかった。
10秒ほどの空白。
彼女は、唇を小さく引き締め、そして言う。
「実はの、この慰霊祭の中で、ムンパを暗殺しようという企みが動いておるようなのじゃ」
◇◇◇◇◇◇◇
(は……?)
ムンパさんの暗殺計画?
思わぬ発言に、僕とイルティミナさんは唖然となった。
でも、それを口にしたキルトさんの表情は真剣で、決して冗談ではないと伝えていた。
え……本当に本当なの?
僕は、すぐに信じられない。
イルティミナさんも同じなのか、
「本当なのですか?」
と、問い質していた。
キルトさんは頷く。
「無論じゃ。このようなこと、軽々しく口にはせぬ」
「…………」
「…………」
「ま、信じたくはないがの。しかし、裏の確かな情報筋から手に入れた確定の話じゃ。ムンパの暗殺、その計画は間違いなくある」
そんな……。
でも、キルトさんの表情にある憤りの感情には、真実味があった。
その感情を抜くように、彼女は息を吐く。
冷静な心を保つためにだろう、でも、僕には無理だった。
「何で……?」
僕は呟く。
2人の年上の美女が、僕を見た。
僕は言う。
「何で、ムンパさんが暗殺されないといけないの?」
理由がわからない。
あの優しくて甘い砂糖菓子みたいな柔らかな笑顔のお姉さんが、何で命を狙われないといけないのか?
僕には、さっぱりわからない。
親しい人の命が狙われる……その恐怖がある。
「マール」
ギュッ
そんな心を震わせる僕の手を、イルティミナさんが握ってくれた。
力づけるように。
心を守ろうとしてくれるように。
その手の温もりと優しさに触れて、僕も少しだけ落ち着きを取り戻した。
そんな僕らを、キルトさんは見つめる。
そして、鉄の声で答えた。
「理由は多い」
「…………」
「今のムンパは成功者じゃ。金印を2人も輩出し、王侯貴族の覚えも良く、世間の評判も高い冒険者ギルドのトップじゃ。受ける妬み、嫉みも多かろう」
「…………」
「また、あれも『魔血の民』じゃ。人によっては、その事実に対する差別感情もある」
「そんな……」
そんなの、殺していい理由じゃない。
嫉妬、差別……そうした負の気持ちは、悔しいけど僕も人間だからわかる。
そう思ってしまう心は、僕にだってある。
だけど……。
だけどさ?
それを思うだけでなく、行動に移したら駄目だ。
それは、意味が違う。
実際にそれを行うというのは、人として、絶対に越えてはいけない一線じゃないの?
僕は、つい睨むようにキルトさんを見てしまった。
キルトさんは、悲しげに微笑んだ。
(あ……)
彼女が悪い訳じゃないのに、淡々と語る彼女につい八つ当たりをしてしまった。
馬鹿か、僕は。
ごめんなさい、キルトさん。
羞恥と情けなさに心を焼かれ、僕は顔を伏せてしまう。
項垂れる僕の髪を、大人なキルトさんは白い手を伸ばしてクシャクシャと少し強めに撫でてくれた。
僕の気持ちを受け止めるように。
イルティミナさんも慈愛の表情で、僕らを見ていた。
でも、すぐに表情を改める。
「なるほど、話はわかりました。それで私たちも同行させたのですね?」
「うむ」
「しかし、相手は? 誰が暗殺の企てを?」
「それがの……」
彼女は、吐息をこぼす。
「同業の冒険者ギルドが複数、そして、そこと繋がりのある貴族家もいくつか関わっておる」
「…………」
は……貴族も?
僕は、ポカンとしてしまった。
イルティミナさんも美貌をしかめる。
キルトさんは、
「誰と言うよりも、ムンパがいなくなり、月光の風が勢力を弱めることで恩恵を受ける連中が手を取り合った感じじゃ」
と、苦虫を噛んだように続けた。
そんな……馬鹿な。
ムンパさん、何も悪いことしてないのに。
ただ普通に生きてるだけで、そんな大勢に殺したいほど恨まれてしまうの?
(…………)
正直、ショックだ。
イルティミナさんも厳しい表情で言う。
「そこまでわかっていて、事前に捕まえることはできなかったのですか?」
「したかったが、時間が足りなかった」
「…………」
「あまりに多くの関係者がいるため、証拠固めにも手間がかかる。特に貴族も関わっているとなると、余計に確実な証拠が必要じゃからの」
「…………」
「レクリア王女にも話はしてあり、現在は彼女も動いてくれておる」
「王女も……ですか?」
「うむ。王女は、そなたの後ろ盾でもあるしの」
「…………」
「王女の協力もあり、調査は王都に戻った頃には終わっておるはずじゃ。そして、その時には、計画に関わった者共も皆、捕まるじゃろう」
「……なるほど、そうですか」
キルトさんの説明に、イルティミナさんも頷いた。
当たり前だけど、キルトさんだって幼馴染の暗殺計画を阻止するために、それを知ってからは懸命に動いてたんだ。
それでも相手が多く複雑で、時間がかかってしまった。
計画の実行は、阻止できない。
だから、ムンパさんの暗殺計画を失敗させるために、僕らを護衛として同行させたんだ。
(…………)
つまり、王都に戻るまで彼女を守れれば、僕らの勝ち。
そういうことだ。
でも、なぜそこまでするんだろう……?
悪人たちの心が理解できない。
僕の表情に、キルトさんが気づく。
彼女は言う。
「良くも悪くも、ムンパは不正なく正しい道を歩んだ。レクリア王女も清廉な生き方を是とする御方じゃ」
「…………」
「じゃがの。そうした澄んだ水の中では生きられぬ魚もおる」
「…………」
「多くの冒険者ギルドや貴族の中には、濁り、穢れた水の中でなければ生きられぬ者もいて、その棲まう水が清められることは自らの死と同義なのじゃよ」
だから、殺すの?
自分たちが殺されそうだから?
(そんなの……おかしいよ)
僕は言う。
「正しく生きることが否定されるなんて、そんな考え方、間違ってる」
「そうじゃの」
キルトさんは頷いた。
「じゃが、そうした価値観で生きる者たちも一定数いる、その現実も知っておけ」
「…………」
「そしてそなたは、今の心、決して忘れるでないぞ」
「…………。うん!」
僕は、強く頷いた。
ギュッ
隣のイルティミナさんも、僕の手を強く握ってくれる。
その真紅の瞳は、優しく僕を見つめていた。
(……ん)
彼女がそばにいてくれるなら、僕を見ていてくれるなら、僕は正しく生きる道を決して見失わないと思えた。
僕ら夫婦は、見つめ合う。
キルトさんは、そんな僕らを見つめた。
そして、
「巻き込んでしまって、すまぬな」
と、豊かな銀髪を揺らして、深く頭を下げた。
え……?
僕らは驚く。
「わらわ1人で対処できればよかったのじゃが、ムンパの安全を確実にするため、そなたらを頼ってしまった。危険に巻き込み、本当にすまぬ」
「…………」
「…………」
僕らはポカンとした。
すぐに呆れ、
「何言ってるの?」
「そうですよ。もし巻き込んでいなかったら、逆に貴方を軽蔑しますよ?」
僕の奥さんの言葉に、僕も「うん」と頷いた。
大切な友人のため、万全の態勢を整えるのは当たり前のことだ。
そして、そのために僕らを頼ってくれたことは、むしろ嬉しいし、誇らしいことだ。
僕は、言う。
「忘れないでよ? 僕らだって、ムンパさんが大好きなんだ」
「マール……」
キルトさんは驚いた顔。
それから微笑み、
「そうか……そうじゃな」
と、頷いた。
僕とイルティミナさんも、大きく頷く。
キルトさんは嬉しそうに、
「2人とも、ありがとうの。どうか、共にムンパを守ってくれ」
「うん、当然!」
「お任せを」
僕とイルティミナさんも笑顔で、大切な仲間に頷いたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「ところで、ムンパ様本人は暗殺の件、知っているのですか?」
と、僕の奥さんが聞いた。
(あ……)
そう言えば、どうなんだろう?
僕も、キルトさんを見る。
銀髪の美女は、
「暗殺とは明言しておらぬが、この合同慰霊祭でよからぬことを企む連中がいて、怪しい動きがあることだけは伝えてある。恐らく、察してはいるじゃろう」
との答えだ。
そっか。
ムンパさん本人も知ってるんだ。
自分を殺そうという人間がいるって知って、彼女も辛いんじゃないかな。
でも、今まで一緒にいて、その様子を全く見せなかった。
(……うん)
本当に強くて優しい人だ。
また、キルトさんの説明によると、詳しい暗殺計画はわからないけど、それが行われるのは合同慰霊祭のあとだと予測しているそうだ。
慰霊祭は、大事な神事。
神々の実在する世界では、行事そのものは邪魔をしないと思われる。
そして、慰霊は山の上の古い神殿で行われる。
その道中は、険しい山道になっていて、恐らく慰霊祭後の帰り道のどこかで襲われるのではないか……とのことだ。
(なるほど)
僕らは、それからムンパさんを守ればいいんだね。
よし、やってやるぞ。
キルトさんは、
「わらわは基本、周辺の動きを見ておる。そなたらは、どうかムンパのそばにいて、万が一の時には守ってやってくれ」
「うん、わかった」
「承知いたしました」
その願いに、僕ら夫婦は頷いた。
そして僕は、拳を握る。
ギュッ
「僕らのギルド長に手を出したこと、後悔させてやろう!」
と、宣言した。
キルトさんは頼もしそうに、イルティミナさんは優しく微笑み、2人とも「うむ」、「はい」と頷いた。
そして、その夜も更けていく。
話のあと、僕らはキルトさんの部屋を出て、自分たちの部屋で就寝した。
もちろん僕は、イルティミナさんの抱き枕。
「ふふっ、マール」
幸せそうな奥さんの声。
それに僕も幸せを感じながら、眠りに落ちた。
そのまま、夜が明ける。
翌朝、王国の冒険者ギルドの馬車、竜車の集団は滞在した街を出発して、再び、慰霊の地へと向かった。
それから2日間は、ムンパさんも含めた楽しい旅の時間だった。
そして、3日目。
僕らを乗せた竜車は、険しい山の頂上にある合同慰霊祭のための古き神殿に到着したんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
次回更新は、今週の金曜日を予定しています……が、コミック単行本1巻の発売を記念して、今日から4日間、記念SSを連続投稿いたします。
本編の更新は金曜日ですが、それまでに4話のショートストーリをお楽しみ下さいね♪
ちなみに内容は、なんと、イルティミナ視点、キルト視点、ソルティス視点、ポー視点の物語になっています。
1話目は、本日中に更新しますのでご期待下さいね。
そして、どうか一緒に『少年マールの転生冒険記』のコミック単行本1巻のご購入も検討して頂けると幸いです♪ よろしくお願いします!
では、また本日中に~!
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もしよかったら、ご活用下さいね。




