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725・生まれたての月光の風

第725話になります。

よろしくお願いします。

「少し長くなってしまったわね。お茶でも淹れましょうか」


 ムンパさんは、そう微笑んだ。


 僕は「あ、うん」と頷く。


 キルトさんは「わらわは酒がいいの」と笑い、ムンパさんは「もう、キルトちゃんったら」と困った笑顔をこぼしながら席を立った。


 僕の奥さんも席を立ち、


「手伝います」


「あら、ありがとう」


 真っ白な獣人さんは、嬉しそうにはにかんだ。


 やがて、美女2人が紅茶を淹れてくれた。


(ん、美味しい)


 優しい味と香りだ。


 長い話に夢中だった頭と心に、じんわりと沁みる。


 キルトさんには本当に果実酒の瓶と小さなグラスが出されて、鬼姫様も「ぷはっ」と満喫していた。


 幼馴染に甘いなぁ、ムンパさん。


 僕は、こっそり苦笑だ。


 2人も席についてお茶を飲み、


「そのあと、どうなったの?」


 と、僕は聞いた。


 2人は「ん?」と僕を見る。


「僕は今の月光の風しか知らないから。できたばかりの頃は、どうだったの?」


「そうね、色々あったわ」


「そうじゃな」


 大人な美女たちは顔を見合わせ、頷き合った。


 色々……か。


 何があったんだろう?


 僕は青い瞳で2人を見つめ、視線で続きを促した。


 僕の隣に座っているイルティミナさんも、少し知りたそうな顔だ。


 キルトさんは苦笑。


 ムンパさんは瞳を伏せて、


「ギルド長の資格試験に合格して、申請もして、無事に許可が下りたわ。場所も銀月の雫の小屋を使って、そのまま新しい冒険者ギルドを始めたの」 


「うん」


「でも、あまり依頼が来なくてね」


「…………」


「だって、まだ10代冒険者だけの新生ギルドだもの。信用も何もないわ」


 それは……そうか。


 依頼人だって、実績や経験豊かな冒険者に頼みたいよね。


 キルトさんはグラスのお酒を飲み、


「ついでに言うと全員、『魔血の民』じゃったからの。真っ当な奴は、まず依頼を頼まぬ」


「…………」


「最初の1ヶ月は、本当に苦しかったの」


「本当にね」


 2人は苦そうに笑った。


 僕は、何とも言えない。


 イルティミナさんは少し考えて、


「1ヶ月は……と言うことは、その後はどうだったのです?」


 と、聞いた。


 あ……。


 その言葉に、僕も2人の話の続きを聞きたくなった。


 彼女たちを見る。


 ムンパさんははにかんで、


「実はね、王国の支援を受けたのよ」


「え?」


「当時の王国はね、ちょうど魔血差別を減らそうという政策時期だったの。その影響でね、私たちのギルドの支援を積極的にしてくれたの」


「そうだったんだ」


 王国、ナイス判断。


 キルトさんは苦笑し、幼馴染の肩を叩く。


「とにかく状況が厳しくての。こやつが何か手はないか色々調べて、結果、そうした支援制度があることを見つけたのじゃ」


「そっか」


「あの時、ムンパが踏ん張らねば、今はない」


「…………」


「わらわも戦う以外、能のない女じゃったからの」


 鬼姫様は、そう自嘲気味に笑った。


 ムンパさんは「あらあら」と笑い、彼女のグラスにお酒を注ぎ足す。


 キルトさんは「おっとっと」と嬉しそうだ。


 今は、成功している2人。


 けれど、その始まりは、本当に生きるか死ぬかの状況で足掻いて、足掻いて、足掻き抜いていたのだろう。


 そして、今に辿り着いている。


(……うん)


 本当に、2人のことを尊敬だ。


 王国の支援で新ギルド・月光の風の資金難は当面、解消された。


 そして、王国からいくつか、依頼の斡旋も受けられた。


 それを果たすことで人々の信頼も生まれて、そうした市井の人々からの新しい依頼を頼まれることも、少しずつ、少しずつ増えていったという。


 ただ、同時に魔血差別も増えたらしい。


 所属冒険者は『魔血の民』の少年少女ばかりだ。


 だからこそ、悪意の風当たりも、当然、強い。


 嫌がらせのように落書きや偽の依頼、ゴミを放り込まれることも日常だったそうだ。


(…………)


 なんで、そんなことするんだろう?


 がんばっている人に対して、その足を引っ張り、心を傷つけるようなことを……。


 悔しくて、悲しいよ。


 差別を受けて来たイルティミナさんも、より状況や心境がわかるのか、とても辛そうな表情だった。


 でも、2人は、


「それも想定内じゃ」


「ええ、ギルドを始める時に覚悟はしてたわ」


「…………」


「…………」


 その芯のある声に、覚悟の強さを感じた。


 過酷な奴隷生活。


 その絶望的な日々に比べれば、希望のある今、このぐらいの差別は何でもない……そう考えていたのだと思う。


 僕は、頷いた。


 その生き様は、本当に美しい。


 傷つき、汚れ、苦しんでも、尚、歩みを止めない気高さを。


 本当の誇り高さを感じたんだ。


 そうして仕事をこなし、何より、その気高いがんばりに触れて、この新ギルドを受け入れる人々も増えていった。


 行く場のない『魔血の民』が、新しい冒険者として登録するようにもなった。


 少しずつ、ギルドも拡張した。


 経営も安定し、生活に余裕もできてきた。


 でも、みんな、それに甘えることなく、懸命に冒険者の仕事に励んだ。


 特にキルトさんは、このギルドの看板冒険者として、稼ぎ頭として、他の誰よりも精力的に働き、魔物を狩り続けてくれたという。


 ムンパさんは笑って、


「ギルドの信用のほとんどは、キルトちゃんの実力のおかげでできたのよ」


 と、言った。


 高難易度の依頼。


 恐ろしい名付きの魔物の討伐でさえも、けれど、通常より安い料金で請け負い、1度も失敗なく成功させていく。


 それは噂になり、話題になり、信頼になった。


 鬼姫キルト。


 当時、16歳の少女。


 けれど、その実力は、やはり傑出していたという。


(そっかぁ) 


 いや、その当時の姿が目に浮かぶよ。


 今では、全世界に名を轟かせる人類最強の鬼姫キルト・アマンデスだもんね。


 若かりし頃から、違ったみたいだ。


 当の本人は、


「その実力を発揮できる環境を、そなたや周りの皆が作ってくれたのじゃろうが」


 と苦笑して、グラスを持った手を幼馴染に向けていた。


 う~ん、謙虚だ。


 ムンパさんは、クスクスと笑う。


「でも、こんなことがあったのよ?」


「?」


 何々?


 身を乗り出す僕に、彼女は話してくれた。


 ギルドが設立してから約1年後、経営が軌道に乗り始めた時期に、キルト・アマンデスは『銀印の魔狩人』に昇印することになった。


 冒険者登録して、たった1年半。


 他の所属冒険者は、皆、『青印』だというのに、だ。


(うへぇ……)


 僕は、唖然だ。


 あのイルティミナさんもどこか呆れた顔である。


 本当に、規格外にも程がある。


 当時も、王都ではそのことが話題になり、新聞の紙面にも載ったという。


 ただ、内容は善意だけではない。


 悪意を持って、不正な審査を行ったのではないか、やはり魔血の民、インチキだろう、などという論調もあったらしい。


(ええ……?)


 気持ちはわかるけど……でも、少し不快だ。


 もちろん、不正なんてない。


 王国が定めた規定に則り、充分な実績を収めた結果、昇印できることになったのだ。


 それが事実。


 だけど、魔血への反感、新ギルドの活躍に対するやっかみなどもあり、悪い噂は広がった。


 結果として、


「王国から査察が入ることになったの」


「査察!?」


 僕は、びっくりだ。


 つまり本当に不正がなかったか、王国が調査員を派遣したということ。


 そりゃ、王国としたら自分たちが許可している冒険者ギルドで不正があったら、その責任問題が自分たちにも飛び火するからだろうけどさ。


 当時は、ムンパさんたちもかなり驚いたという。


 でも、


「心配はしてなかったわ」


 と、ムンパさんは笑った。


 だって、不正は本当にしていないのだ。


 そして、王国の査察官が3名、聞き取りや保管書類の確認など、事実確認を行った。


 結果は、白だ。


 でも、査察官も、それで引き下がらなかった。


 どうしても、月光の風の躍進、魔血の民のみの冒険者構成、しかも、当人がまだ17歳の少女、それらの印象が悪い想像を働かせてしまうみたいだった。


 そこで、キルト・アマンデスの実際にクエストを行う様子を見たい、という話になった。


 ムンパさんは、もちろん快諾。


 次のキルトさんの討伐クエストに、3人の査察官も同行することになった。


 僕は、聞く。


「それで? それでどうなったの?」


「ふふっ、それがね」


 真っ白な獣人さんは口元を手で隠しながら、小さく笑う。


 キルトさんは苦笑しながら、グラスを煽る。


 当時、17歳のキルトさん。


 その頃の彼女は、あまりに傑出した実力のため、ソロ冒険者として活動していたそうだ。


 そして受けたクエストは、やはり魔物討伐。


 その討伐対象は、『殺人角の山羊』という鋭利な角と魔法を使う、体長5メードの山羊の魔物だった。


 その出現する山林へと、キルトさんは3人の査察官と共に向かった。


 査察官たちも、戦いの心得はあった。


 足手まといにはならない。


 そう豪語していたけれど、実際、キルトさんの無尽蔵の体力の行軍には、ついていくのがやっとだったとか。


 その時点で『只者ではない』と、査察官たちも認識し始めた。


 やがて、魔物と遭遇。


 そして、17歳のキルトさんは戦闘に入った。


 だけど、


「そこで予想外のことが起こっての」


 と、今のキルトさん。


 戦いが始まってすぐ、そこに3体の竜種が現れた。


 野生の竜だ。


 たまたま遭遇したらしいけど、その竜たちはなんと討伐対象の『殺人角の山羊』を捕食してしまった。


 3人の査察官も唖然だ。


 しかも、相手は竜種。


 それが3体も。


 もはや査察どころではなく、無事に逃げ切れるか、生命の危機でもあった。


 …………。


 僕は、何となく察した。


 イルティミナさんもその先の展開が予想できたみたいだ。


 ムンパさんは、クスクス笑う。


「そうしたらキルトちゃんね、大事な査察のクエスト対象を奪われたことに怒って、その3体の竜種を1人で倒しちゃったのよ」


「ああ……」


「そうですか」


 うん、やっぱり……ね。


 思った通りだ。


 3人の査察官は、それはもう驚いたらしい。


 目の前で、たった1人の自分たちより小柄な少女が、本来の討伐対象より遥かに強い竜種を、しかも3体も単独撃破してしまったのだから。


 倒したあと、返り血だらけのキルトさんは、


「……その……この場合、査察はどうなるのかの?」


 と、心配したという。


 けど、もう不正も何もない。


 査察官の目の前で、その稀有な実力を見せつけたのだ。


 ある意味、これ以上の査察の判断材料もないだろう。


 当然、『不正はなし』となった。


 そして、そのことは王国の公式発表となり、逆に『月光の風』と『キルト・アマンデス』の名声を一気に高めるきっかけとなった。


(うはぁ……)


 さすが、キルトさんだ。


 王国御墨付の冒険者ギルドとして、月光の風には多くの人が押し寄せた。


 依頼も増え、冒険者も増えた。


 もはや自分たちだけでは手が回らず、職員を雇い、他の商業ギルド、保険ギルド、王立銀行との提携も強化し、もはや零細ギルドではなくなった。


 それから3年後。


 ムンパさん21歳、キルトさん20歳の時、当時の『金印の冒険者』の1人が引退し、そして、次代の『金印』が選ばれることになった。


 当時は、後の金印のエルドラド・ローグさんを始め、多くの候補者がいた。


 その中には、当然、我らが『キルト・アマンデス』の名もあった。


 厳正な審査が行われ、その結果発表を、ムンパさんや当時の仲間たちは必死に祈りながら待ったという。


 そして、


「まぁ、大抜擢じゃな」


 と、今のキルトさんは照れたようにはにかみ、グラスを軽く持ち上げた。


(おおお……!)


 その時、ムンパさんたちはどれほど喜んだだろう。


 話を聞いただけの僕も、拍手したくて堪らない。


 真っ白な獣人さんは「あの時は泣いちゃったわ」と今も目元を潤ませて、その縁を指で擦っていた。


 それを見たキルトさんは、


「ったく、泣き虫ムンパめ」


 と、でも、今も嬉しそうに笑った。


 当時の反響は凄まじく、生まれた追い風は凄かった。


 もはや、今の小さな小屋では業務をこなし切れない。


 そう判断したムンパさんは、思い切って、湖の近くに土地を買い、新しいギルドの建物を建てることにしたそうだ。


 それが、僕らのよく知る今の『冒険者ギルド・月光の風』。


 白亜の塔みたいな、あの建物だ。


 そのために、21歳のムンパさんは、かなりの覚悟で銀行に大借金をしたらしい。


「あの頃は、本当に返済できるか、毎日、胃が痛かったわぁ……」


 語る声も、少し切なげだ。


 そんな幼馴染に、キルトさんは苦笑している。


 ただ、その借金も『金印』となったことで更に活躍したキルトさん、そして、所属する冒険者たちのがんばりで、7年後には無事に完済できたそうだ。


 うん、よかった、よかった。


 ムンパさんも笑って、


「そのあとは、マール君も知っての通りよ」


 と、僕を見た。


 優しい表情で瞳を伏せ、 


「最初の私たち12人の何人かは死んだり、別の道に行ったりして、別れることもあったわ」


「…………」


「でも、代わりにイルティミナちゃんがやって来て、ソルティスちゃんも冒険者になって、やがて、マール君も来てくれた」


「うん……」


「それからも色々あったけれど、今じゃイルティミナちゃんが『金印』という輝く風になって、私たちギルドを先頭で引っ張ってくれているわね」


 僕の奥さんに、視線が向けられる。


 イルティミナさんは、静かに頷いた。


 ムンパさんが願い、キルトさんが力を尽くして生まれた何かは、今、イルティミナさんの手元に渡されていた。


 そんな彼女を支える風の一つに、僕もなっている。


 そのつもりだ。


(…………)


 月光の風は、結局、どこにでもある冒険者ギルドの1つでしかない。


 似たようなギルドは、他にもたくさんあるだろう。


 だけど、現在に至るまでには、多くの物語があり、たくさんの人々の思いが詰まって、ようやく今の形となっていた。


 その事実に、何だか圧倒される。


 自分の手を見る。


 僕も、月光の風の一員だ。


 この手には、今、そうした過去から積み重ねられた何かが乗っているのだ。


 そんな風に感じる。


 ふと気づけば、そんな僕のことを、ムンパさんとキルトさんの2人が優しい眼差しで見ていた。


(あ……)


 気づいた僕に、2人は笑う。


 キルトさんは言う。


「新しい風は、いつでも吹くの」


「…………」


「2人とも、月光のように淡く輝き、そして人々を慈しむ風であれよ」


「うん」


 僕は、頷いた。


 イルティミナさんも「はい」と確かな口調で答えた。


 それに、彼女たちは嬉しそうだ。


 ムンパさんは柔らかそうな雪のように白い髪を、指で耳の上にかき上げて、吐息をこぼす。


 その視線が、ふと窓の方へ。


 つられて、僕らも見る。


 窓の外はもう暗く、街の夜景が見え、その上に広がる夜空には紅白の美しい月たちが輝いていた。


 ムンパさんの綺麗な赤い瞳が弓のように細まって、


「ふふっ、今夜もいい月ね」


 彼女はそう微笑むと、紅茶のカップを手にして、その中身を一口、幸せそうに飲み込んだ。

ご覧いただき、ありがとうございました。



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