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724・冒険者ギルド・銀月の雫

第724話になります。

よろしくお願いします。

「私とキルトちゃんの昔のことは、2人も知ってるでしょう?」


 ムンパさんは、そう微笑んだ。


 少し儚げなその笑みに、僕とイルティミナさんは正直に頷く。


 2人の過去。


 それは、アルン神皇国で2人が奴隷だったことだろう。


 幼いキルトさんは、大規模な盗賊団の奴隷にされていた。


 けれど、11歳の時に『魔血』に目覚めて、その凄まじい能力が開花すると、盗賊団を壊滅させることに成功する。


 その後、同じ奴隷だった少年少女たちを率いて、盗賊団や奴隷商人だけを狙う特殊な盗賊団『鬼王団』を結成した。


 そして、鬼王団が襲った1つの奴隷商の商品の中に、珍しいアルビノの獣人ムンパさんもいたのだという。


 本当に……過酷な過去だ。


 今のムンパさんは、その辛さを感じさせない笑顔で、僕らに言う。


「その頃、鬼王団をやりながら、それでも私たちは将来の夢を語ったりしてね。その時、私は『冒険者ギルドを作りたい』って思ったの」


 なぜ、そう思ったのか?


 彼女は、わかっていた。


 盗賊団としての生活は、長くは続けられない。


 なら、新しい自分たちの居場所が必要で、その最も可能な方法として考えられたのは『冒険者ギルド』だった。


 自分たちは、盗賊団。


 戦うことに、嫌でも慣れていた。


 だからこそ、学もなく知識もない自分たちでも、冒険者としてなら生きられると思ったのだという。


「まぁ、無知な子供の発想よね」


 と、彼女は苦笑する。


 でも、僕はそうは思わない。


 無知でも何でも、その時に生きている自分の精一杯で思い描いた未来の夢なら、きっとそれは大切な物だ。


 そこには、大人も子供も関係ない。


 僕はそう2人を見つめる。


 気づいたムンパさんは、少し困った微笑みだ。


 逆にキルトさんは楽しげで、


「当時のわらわたちの仲間にマールもいたら、きっと楽しかったであろうの」


「ふふっ、そうかもね」


 2人は、そんな風に笑い合った。


 イルティミナさんは、そんな僕らの様子に「その時は、私もご一緒したいですね」なんて言って、僕の茶色い髪を撫でたんだ。


(あはは……困ったな)


 僕としては、何と答えていいのかわからないよ。


 話が少し逸れてしまった。


 彼女たちの盗賊としての日々は、4年ほど。


 やがて、ムンパさん16歳、キルトさん15歳の時、『鬼王団』は解散することになった。


 アルン正規軍にも目をつけられ、これ以上は限界だったからだ。


 少年少女たちは、それぞれの道を選んだ。


 故郷に帰る者、盗賊を続ける者、アルンで堅気に生きる者、そして、シュムリア王国へ亡命する者。 


 2人は、1番最後の選択肢を選んだ。


「どうして?」


 僕は聞いた。


 キルトさんは微笑み、


「わらわたちは『魔血の民』じゃったからの」


「…………」


「当時、わらわたちはアルン辺境にいて、それよりはシュムリアの方が魔血差別が酷くなかった。亡命を選んだのは、ほぼ全員、『魔血の民』じゃよ」


「……そっか」


 選んだというより、選ぶしかなかったのかもしれない。


 ちなみに『国境破り』は、見つかれば死罪。


 国境線は広く、発見される可能性は低かったとはいえ、本当に命懸けの決断だったのだ。


 そして、2人は、その賭けに勝った。


 当時、亡命したのは、キルトさん、ムンパさんを含めて12人の少年少女だ。


 全員で旅をして、王都ムーリアに辿り着いた。


「道中も大変だったわね」


「そうじゃな」


「魔物に襲われた時は、キルトちゃんが1人で追い払ってくれて」


「初めての村で水と食料を買う時、皆が魔血差別されないか緊張している中で、泣き虫ムンパと言われたそなたが率先して買いに行った時には驚いたぞ」


「あらあら? あの時は、ただ必死だったもの」


「そうか。ま、わらわもそうじゃったの」


 当時のことを、2人はそう笑い合った。


 なぜだろう……?


 とても大変なはずなのに、何だか、その話をしている2人のことが眩しく見えて仕方ない。


 イルティミナさんも真紅の瞳を細めて、目の前の大人となった2人を見ていた。


 また脱線した話は戻る。


「王都まで行ったのは、人の多い場所なら亡命者だってバレないと思ったからなの」


「冒険者ギルドも多いしの」


「そうね」


「じゃが、当時のシュムリアもまだ魔血差別が多くての」


「えぇ……私たちみたいな身元不明で『魔血の民』の子供たちを所属させてくれる冒険者ギルドは、そうなかったわ」


 この話は、約20年前だ。


 アルン、シュムリア両国で『魔血の民』の人権を認める宣言が出されたのは、約35年前。


 施行されて、まだ15年。


 現在よりも人々の理解は低かっただろう。


(…………)


 当時、必死に冒険者ギルドを歩いて回る2人と仲間の少年少女の姿が思い浮かぶ。


 何だか悔しい。


 そして、悲しい。


 思い出の話なのに、何とかしたくて堪らない。


 そんな僕に、キルトさんは優しい表情だ。


 ムンパさんも微笑み、


 パン


「でもね、私たちのことを受け入れてくれるギルドを見つけたのよ」


 と、両手を合わせた。


 その表情は、きっと当時のように嬉しそうだ。


(あ……)


 僕も何だか安心してしまった。


 隣でイルティミナさんもホッとした表情をしているのは、きっと気のせいじゃないと思う。


 僕は聞く。


「何て言うギルドだったの?」


 2人は顔を見合わせた。


 そして笑いながら、


「『銀月の雫』という名前での、かなりオンボロ小屋の冒険者ギルドじゃった」


「かなり高齢のご婦人がギルド長でね」


「所属冒険者は、何と0人」


「私たちが訪ねた同じ日に、最後の1人が辞めていったそうでね。ギルドそのものが潰れるかどうかの瀬戸際だったみたい」


「だから、登録してもらえたのじゃな」


「…………」


「…………」


 あまりな話に、僕とイルティミナさんは何も言えなかった。


 何て言うか、凄い状況だったんだね?


 多分、僕らの『月光の風』の前身となる冒険者ギルドなんだろうけど、『銀月の雫』はかなり風前の灯火だったみたいだ。


 僕ら夫婦は唖然だけど、でも、幼馴染2人はやっぱり楽しそう。


 登録できただけで嬉しい。


 本当に本物の冒険者になれた。


 その当時の彼女たちの喜びが、そのまま伝わってくるみたいだった。


 キルトさんは笑って、


「翌日から、冒険者家業開始じゃ」


 と、言った。


 当時は、ムンパさんも冒険者だったらしい。


 12人は、4人で3組のパーティーに分かれ、それぞれ、討伐、配達、清掃の3つのクエストに挑戦した。


 ムンパさんは、清掃。


 近くの下水道のゴミ拾いだったという。


 嗅覚の鋭い獣人だったので「臭いが大変だったわ」と彼女は当時のことを困ったように笑って語った。


 キルトさんは、討伐。


(うん、やっぱり)


 彼女が挑んだのは、王都の冒険者クエスト名物でもある『ゴブリン討伐』だ。


 すでに盗賊団として多くの戦いを経験した彼女にとっては、ずいぶんと楽な仕事だったみたいで、100体以上、狩ったという。


(凄……)


 初クエストで何もできなかった僕とは大違いだ。


 キルトさんは苦笑して、


「狩れば狩るほど、臨時報酬も出たからの。つい調子に乗った」


 と、反省の弁を述べた。


 ムンパさんも当時を思い出したのか、クスクスと笑って「ギルト長も目を丸くしてたわね」と教えてくれた。


 そして、もらった初報酬。


 初めて真っ当に稼いだお金だ。


 少年少女たちの中には、泣いてしまった子たちもいたという。


「ムンパも泣いておったの」


「もうっ、昔の話でしょ」


 からかうように笑うキルトさんに、ムンパさんは可愛く拗ねていた。


 そうしてその日から、彼女たちの冒険者としての日々が始まった。


 少年少女たちは、皆、よく働いた。


 真面目に。


 懸命に。


 生きるために必死に。


 そしてその中で、やはりキルトさんだけは突出した才能を見せていた。


 異常な戦闘力。


 それによって、高難度の魔物を次々に狩った。


 結果として、彼女は王国の定めた冒険者のランク条件を短期間で達成していってしまう。


 そうして、


「3ヶ月後には、飛び級で『白印』の称号をもらったのよね」


 と、頬に手を当てて微笑むムンパさん。


 その声は半分は楽しげで、けれど、もう半分には呆れが混じっていた。


 キルトさんは澄ました顔で、軽く肩を竦める。


 ちなみに、その3ヶ月という最短記録は、20年以上経った現在も破られていない記録だとか……うん、さすがキルトさんだ。


 僕もイルティミナさんと顔を見合わせ、苦笑しちゃったよ。


 ただ、楽しいばかりでもない。


 冒険者として立派に活動していても、やはり『魔血の民』として差別されることも多かった。


 依頼人から難癖が付けられる。


 報酬が正しく払ってもらえない。


 などなど、現在では考えられないようなことが当時は頻繁にあったという。


(何それ!?)


 魔狩人は、本当に命懸けで魔物を狩る。


 それなのに減額とか、酷い話だ。


 けど、この頃になると『銀月の雫』のギルド長も、『魔血の民』とはいえ真面目に働く少年少女たちに情を持ってくれていた。


 そうした差別に、自身が防波堤となって戦ってくれたんだって。


 頼れる大人。


 キルトさん、ムンパさんたちにとっては、初めての経験だったとか。


 少し恥ずかしそうに、


「やはり、嬉しかったの」


「そうね」


 そう語る表情は、2人には珍しく少女らしい幼さがあった。


 ただ、ギルド長さんは高齢だった。


 その自覚があったのかもしれない。


 彼女は『将来、冒険者ギルドを作りたい』というムンパさんの夢を知ると、その資格取得のための知識などを半年かけて、少女のムンパさんに教えてくれたのだ。


 そして半年後、病で亡くなった。


 ギルド長不在では『冒険者ギルド』は解体となる。


 そうならないために、ムンパさんを自分の後継者として育ててくれていたのだ。


「…………」


「…………」


 その話をした時の2人の表情は、本当の肉親を亡くした者のそれに思えた。


 そして、ムンパさんは冒険者ギルドを引き継ぐ。


 けれど、遺言があった。


 死の際の老婦人は、自分を看取ろうとする12人の少年少女たちにこう語った。


「新しい風を起こしなさい」


「…………」


「…………」


「私のような古い時代の考えや差別を吹き飛ばす、澄んだ新しい風を呼ぶ、そんなギルドを作るのよ……って」


 ムンパさんの声は、少し震えていた。


 その時のことが、彼女の脳裏には思い出されているのかもしれない。


 目元が熱く潤んでいた。


 キルトさんも黄金の瞳を伏せて、唇を引き締めている。


 新しい風。


 亡くなった老婦人は、それを12人の少年少女たちの姿に見たのかもしれない。


 そして、その夢を託したのだろう。


(…………)


 僕の胸も熱い。


 イルティミナさんの白い手も、僕の手に重ねられてキュッと握られた。


 12人は、遺言に従った。


 自分たちのいた『銀月の雫』は解体した。


 その同日、王国には、新たな冒険者ギルドの設立申請を届け出た。


 ギルド長は、ムンパ・ヴィーナ。


 当時、まだ17歳。


 それでも彼女は自分たちの居場所を作るのだという夢のため、『魔血の民』の居場所となる冒険者ギルドの設立を目指した。


 新しい風の吹く場所。


 それを求める人々のために。


 今、目の前にいる真っ白な獣人さんは、勇気を振り絞って立ち上がったのだ。


 その場所は、銀月の雫がこぼれ落ちて、そこから生まれた。 


 そうして、


「――その生まれた新しい風こそが、私たちの冒険者ギルド・月光の風よ」


 と、彼女は美しく微笑んだんだ。

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