720・闇色の計画書
第720話になります。
よろしくお願いします。
「ふぅ……しんど」
全員の怪我を回復魔法で治したソルティスは、大きな吐息をこぼした。
うん、お疲れ様。
相棒のポーちゃんも、
ポムポム
労うように、少女の肩を叩いていた。
その様子に、キルトさん、ラサラキプトさんも温かく微笑んでいた。
戦いは終わった。
テテト連合国を震撼させた人形の製造装置も破壊され、もうこれ以上の被害は起きないはずである。
とはいえ、洞窟内には、まだ無事な人形もあった。
指揮官の人形が壊れて、動きを止めている1000体の人形だ。
僕は言う。
「今の内に、これ、壊そっか?」
「そうですね」
僕の提案に、イルティミナさんは頷く。
他のみんなも頷いて、それから、全員で手分けをしてガシャン、ガシャンと停止中の人形たちを壊していった。
洞窟の地面には、たくさんの残骸と破片が散乱する。
キルトさんは、僕ら夫婦を見る。
「遺跡の内部にも、人形たちはいたか?」
「ううん」
僕は首を振った。
「動いているのはいなかった。でも、起動前の人形はいっぱいあったよ」
「そうか」
「……そっちも壊す?」
「そうじゃな。その方がよかろう」
キルトさんは頷いた。
チラッ
彼女は、ラサラキプトさんの顔を見る。
それに気づいた狼の獣人さんは苦笑して「構わないんよ」と言葉を発した。
(?)
僕はキョトンとする。
キルトさんは、
「よいのか?」
「アチキもその方がいいと思うんよ。余計な心配は要らないんよ」
「そうか」
ラサラキプトさんの返事に、少し安心した顔だった。
どういう意味だろう……?
僕は、首をかしげる。
すると、僕の奥さんが僕の耳元に口元を近づけ、
「この遺跡と人形は、テテト連合国が公に所有権を主張できる貴重な古代の品でもあるんですよ」
と、小声で教えてくれた。
(あ……)
つまり、国家の財産。
僕らはその破壊を提案したから、テテト連合国の代表としてのラサラキプトさんに確認したんだ。
彼女は、それを承諾した。
貴重な古代の品とはいえ、殺人兵器だ。
小さな国々の集まりで、色々な考えが混在する連合国では、その扱いがどうなるか、かなり危険な面があるのかもしれない。
例えば、内戦や侵略に使われたり……とか。
素人の僕でも、そんなことを考えてしまう。
より国内事情に詳しいだろうラサラキプトさんは、もっと、それらを危惧して、だから承諾したのかもしれない。
(……うん)
彼女の感覚が、より大局的でよかった。
もし国家への忠誠が最優先だったら、承諾してくれなかったかもしれないね。
(……いや?)
むしろ、連合国の人々が大事だから承諾したのかも?
僕は彼女を見つめる。
気づいたラサラキプトさんは、
「さ、行くんよ」
と、明るく笑う。
その笑顔は、とても優しい。
そうして僕たち6人は、遺跡内に残った人形を破壊するため、その内部へと入っていったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
僕とイルティミナさんは、さっきは一直線に装置に向かってしまった。
なので、他の場所は調べてない。
だから今回は遺跡を隅々まで確認して、1体の人形も残さないように丁寧に調べていった。
…………。
遺跡には、いくつかの倉庫みたいな空間があった。
そこに稼働前の人形たちが数百体規模で保管されていて、僕らはそれを見つけ次第、次々と破壊していった。
ガシャン ギャリン バキィン
破壊音と共に、破片が飛び散る。
キルトさんの大剣、ラサラキプトさんの戦斧、イルティミナさんの白い槍の石突は、人形を粉々に砕いていく。
僕も剣で斬る。
「やっ」
ヒュコン
人形が切断され、床に落ちた。
それをソルティスが「えい、えい」と踏みつけ、幅広剣で殴って、更に砕いていく。
ポーちゃんは、
ピトッ
人形の表面に手を当て、「ポ」と短く呟く。
すると、発勁のように手との接触面が光って、人形はバカァンと砕け散っていた。
作業は順調だ。
将来のことを考えたら、1体も残したくはない。
ソルティスは、
「研究用に1体ぐらいは、残してもいいんじゃない?」
なんて言っていたけど。
う~ん……。
でも、こういう兵器って悪用される未来しか想像できないんだよなぁ。
キルトさんは、
「所詮、人形も道具じゃ。道具は使う人次第で、善にも悪にもなる。人形そのものに罪はないのじゃ」
「…………」
「まぁ、2体残し、シュムリアとテテトに1体ずつとするかの」
「……うん」
彼女がそう言うなら、まぁ、いいか。
2体分だけ。
きっと、彼女が信じる人間の善性と悪性の妥協点がそれなのだろう。
…………。
そんな感じで2体を残して、僕らは数時間をかけて遺跡に残された『古代の魔法人形』を全滅させたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
遺跡内部を隈なく調査した結果、実は、別の発見もあった。
5人の魔の眷属。
今回の事件を起こした奴らの残した計画書の断片が、いくつか見つかったんだ。
「ふむ……」
会議室のような部屋で、僕らはそれらを確認する。
見つかったのは、遺跡の在り処を示した地図、装置の再稼働方法、人形の製造方法、それを利用した計画内容書、この地下洞窟の全体図など、だ。
(凄いな……これは)
それらに、僕らは驚いた。
計画の草案自体は、なんと4年前に考えられていたようだった。
つまり、『闇の子』の生存時に。
結構な長期計画だ。
400年間、地中にあった遺跡の場所や再稼働方法、人形の製造方法などは、奴が復活させた『最後のタナトス魔法王』の知識によるものらしい。
人形そのものは、やはり400年前の兵器だった。
古代タナトス魔法王朝が、王朝に逆らう小国を殲滅するために使われたらしい。
当時は、魔法全盛の時代。
そこに魔法の効かない人形兵器は、かなりの脅威だったみたいだ。
人形は、多くの敵兵を殺した。
そして、殺した敵兵を材料にして、また新たな人形が生み出されていく。
敵国にしたら、まるで悪夢だ。
そんな悪夢の兵器が、この人形たちだったのだ。
(……うん)
そう考えると、やっぱり壊して正解だったと思う。
人形を製造する装置に関しては、実は詳細な設計図も残されていたらしい。
だけど、ソルティス曰く、
「現在の魔法技術じゃ作れない特殊な魔法金属と魔力回路だらけだわ」
とのこと。
再現は不可能なようだ。
僕とイルティミナさんが破壊した装置はかなり貴重な古代の遺品だったようで、少しだけ罪悪感と、でも、やっぱり再現できないことに安心も感じてしまった。
また、全体図から地下洞窟の全容もわかった。
全長12万メード。
テテト連合国の北部から、シュムリアとの国境近くまで伸びる大洞窟だった。
ラサラキプトさんも、
「自分らの地下に、こんなんがあったんね……?」
と、目を丸くしていた。
洞窟そのものは、自然発生的なもの。
400年前からあるようで、タナトス魔法王朝もこの洞窟を使って、地下から敵国に奇襲をしかけていたのかもしれない。
そして肝心の、魔の眷属たちの計画。
それによると、
「ふむ……やはり、シュムリア王国への侵攻が目的か」
と、キルトさんは唸った。
テテト連合国の人々を材料に、人形という兵士を1~2万ほど秘密裏に用意する。
洞窟の終端、シュムリア王国との国境付近で地上に姿を現して、そこから王国の王都ムーリアを目指して南下する。
当然、戦闘もあるだろう。
だが、倒した王国兵は皆、人形という兵器に転用されるのだ。
そうして兵数を増やしながら、王国を蹂躙。
そして、
「その混乱に乗じて、神狗を討つ……か」
僕は、その項目の文章を自分で口にした。
みんな、何も言わなかった。
イルティミナさんだけは僕の手に自分の手を重ねて、ギュッと強く握ってくれた。
(……うん)
わかっていたことだ。
闇の子や魔の眷属にとって、僕は目障りな存在なんだ。
これまで何度も戦って、奴らの計画を潰してきた。
多分、世界の誰よりも。
だからこそ、奴らは僕を殺したがっている。
今回の事件も、テテト連合国とシュムリア王国の破滅を進行しながら、同時に僕の殺害も企てていたというのが真相みたいだ。
「……難儀やね」
ラサラキプトさんが呟いた。
僕は苦笑する。
確かに難儀だけど、
「でも、狙われるのも勲章だよ。それだけ奴らの邪魔をして、たくさんの人々を守ってこれた証だから」
「…………」
「でしょ?」
強がって、そう笑ってみせた。
みんな、僕を見る。
ラサラキプトさんは笑って「そやね」と頷き、
「偉い子やね、マールはんは」
ポン
と、僕の頭に手を置いた。
キルトさん、ソルティスも笑っていて、ポーちゃんも大きく頷いてくれた。
そして僕の奥さんは、
「連中も無駄なことをしますね」
「え?」
「いくら狙おうとマールは殺せません。だって、私が必ず守りますから」
「…………」
「ね?」
「……うん!」
彼女の微笑みに、僕の胸が熱くなった。
目頭も熱い。
青い瞳を伏せて、滲む何かがこぼれないようにする。
ギュッ
すると、そんな僕の頭を周りの目から隠すように、イルティミナさんが抱きしめてくれた。
(ありがとう、イルティミナさん)
僕も、彼女の背中に手を回した。
みんなも、そんな僕らのことを優しく見守っていてくれた。
…………。
やがて、遺跡の調査も終わる。
必要な資料を集めて、僕らは遺跡を出る。
少しだけ振り返り、
「…………」
暗闇にそびえる400年前の建造物を見つめた。
青白い光は、今は消えている。
装置の破壊と共に、きっとこの遺跡の活動も止まってしまったのだろう。
もう2度と、動くことはない。
キュッ
僕は唇を引き結ぶ。
それから前に向き直ると、再び地上に戻るため、5人の仲間と共に地下洞窟の闇を歩いていったんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




