716・ラサラキプト・ドーラクス
第716話になります。
よろしくお願いします。
(速い……!)
その襲撃の速度は、予測していた僕の反応が間に合わないほどだった。
咄嗟に動けない。
でも、キルトさんは違った。
皆の先頭に立つ彼女は、銀髪をなびかせ、1歩前に踏み込む。
ズギャアン
振り下ろした『雷の大剣』が人影の持っていた武器とぶつかって、激しい雷光を青く散らした。
斧だ。
人影が手にしていたのは、巨大な戦斧。
そして、その人影は、キルトさんに攻撃を受けられても動きが止まらず、更に連撃を叩き込んでくる。
ガンッ ギャリン ギギィン
黄金色の火花と青い放電が弾けていく。
凄い……!
人影とキルトさんは、互角の攻防を行っていた。
何度も衝撃波が広がる。
その凄まじい戦いに、僕らは手が出せない。
下手に参戦しようとすれば、キルトさんの動きを阻害して、戦局を不利にしてしまう可能性がある。
だから、見守るしかない。
それほど高いレベルの攻防だった。
その時、
ガギィン
2人は互いの武器をぶつけ合い、鍔迫り合いになった。
動きが止まった。
(!)
今だ!
僕は、その停滞の瞬間を狙って動こうとした。
でも、その寸前、
「ぬ……そなたは……!?」
キルトさんは驚いたように、その金色の瞳を見開いた。
人影も「おや……?」と声を漏らした。
人の言葉だ。
(え……?)
僕は、改めてその人影を見つめた。
そこにいたのは、獣人の女の人だった。
長く豊かな黒髪は、日本人のようで懐かしく、でも、光の反射でどこか紫がかって見えた。
瞳は、血のような赤。
軽量の金属鎧に身を包み、でも、その全身は傷だらけだ。
また、白い液体も大量にかかっている。
そして、その黒髪の中からはピンと立った獣耳と、お尻からはフサフサした毛並みの尻尾が生えていた。
頬には、左右に3本ずつヒゲがある。
犬っぽい獣人だ。
2人は距離を離し、武器を下ろす。
(キルトさん……?)
僕は、彼女の背中を見つめた。
イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃんも警戒を解かないまま、キルトさんを見ていた。
すると、黒髪の獣人が息を吐く。
ガシャッ
肩に戦斧を担いで、
「何だい……人外の殺気がぶつけられたから、てっきり奴らの仲間かと思ったら、アンタなんね、キルト・アマンデス?」
そう言葉をこぼした。
キルトさんを知ってる?
つまり、知り合い……?
キルトさんもため息を1つ。
片手を腰に当て、
「そなたこそ、生きておったのか――ラサラキプト」
と、答えた。
え……?
ラサラキプトって……えぇええ!?
僕は青い目を丸くする。
イルティミナさんとソルティスの姉妹も驚きの表情だ。
ポーちゃんだけが、いつもの無表情。
テテト連合国ただ1人の『金印の魔狩人』にして、現在、行方不明と言われていた人物は、キョトンとする。
自分の前髪を白い手でかき上げ、
「何ね? いつの間に、アチキは死んだことにされたんね?」
と、苦笑したんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
戦闘態勢を解除して、僕らは改めて彼女と向き合った。
ラサラキプトさん。
狼系の獣人である彼女は、疲れていたのか、近くの岩にドカッと座った。
ズシン
重そうな戦斧も地面に立てかけられる。
「はぁ……イタタ」
そう呟く彼女は、あちこちに怪我をしていた。
肌は流血し、鎧も損傷している。
その姿を見て、キルトさんは黄金の瞳を細めた。
「いったい、何があった?」
「ん?」
「その負傷、そして、なぜそなたがここにいるのか、その理由を聞いておる」
「それは、こっちの台詞なんよ?」
彼女は、苦笑した。
「ここはテテトの地下なんよ?」
「…………」
「なんで、シュムリア王国人のアンタらがいるのか、アチキの方が驚いたし、理由を聞きたいんよ」
「阿呆」
「は……?」
「そなたが行方不明になったから、わらわたちが呼ばれたのじゃろうが」
キルトさんは、少し怒ったように言った。
ラサラキプトさんは、ポカンだ。
そんな彼女に、鬼姫様は、なぜ僕らがここに来たのか、その理由を1から説明してあげた。
全てを聞いて、
「あぁ……そう言えば、確かに連絡、遅れてたんよね」
と、彼女は頷いた。
悪びれた様子はない。
キルトさんは眉をひそめ、「そなたな……」と非難しようとする。
でも、その前に、
「ま、こっちも命懸けで戦ってたし、そんな余裕なんてある訳なかったんやけど……」
「…………」
「やれやれ。でも、助かったんよ」
「…………」
「正直、アチキ1人じゃ、対処できないと思ってたんよね」
と、笑みをこぼしたんだ。
命懸けで戦ってた……彼女は、そう言った。
僕は、聞く。
「何と戦ってたんですか?」
「ん?」
彼女は、こちらを見た。
赤い瞳が、僕の全身を上下に確認する。
「アンタは?」
「マール」
「……ふぅん? キルトはんの隠し子?」
「ううん、違うよ」
彼女の冗談に、僕は首を振る。
銀髪の美女は「おい」と少し怒った低い声を出した。
ラサラキプトさんは楽しげに笑い、
「冗談やよ」
「…………」
「あれやね? 噂の『神の子』やろ?」
「うん」
僕は正直に頷いた。
やはり、国を代表する冒険者、僕の存在は承知らしい。
そして彼女は、他の3人も見る。
「それなら、そっちのアンタは王国の『金印』、イルティミナ・ウォンかいね?」
「はい」
「なるほど。――じゃあ、そっちが妹のソルティス・ウォン。んで、相棒のポー・レスタ。『神龍』の子やね?」
「え、えぇ」
「その通りだ、と、ポーは同意する」
3人も頷いた。
自己紹介もしてないのに、正体を見抜かれた。
僕らが実は有名だったのか、それとも、ラサラキプトさんの洞察力が鋭いのか、どっちだろう?
何にしても、彼女はこちらの事情を理解したようだ。
吐息をこぼして、
「そうか、やっぱり、神の導きなんかねぇ」
と呟いた。
何かの運命を感じたように、その瞳を伏せている。
えっと……?
僕は首をかしげて、「ラサラキプトさん?」とその名前を呼んだ。
彼女は、赤い目を開ける。
僕を見て、
「あぁ……アチキが何と戦っていたか、やったね、マールはん?」
「あ、うん」
「人形や」
「え……?」
「話すと長くなるんやけどね、戦ったのは、ほら……その辺にも転がってる人形なんよ」
「!」
僕らは、ハッとした。
慌てて、周囲を見る。
洞窟の地面には、薄緑色をした陶器の人形みたいな残骸が無数に散乱していた。
(まさか……)
僕は、彼女を見る。
隣の僕の奥さんが、
「これは、貴方がやったのですか?」
「そやよ」
テテト連合国の『金印』は、あっさりと頷いた。
…………。
ちょっと待って欲しい。
ここに来るまでの道中、それこそ何千体もの人形が壊れていた。
その全てが、ラサラキプトさんの仕業だと言うの?
驚く僕らを、彼女は見返した。
そして、告げる。
「この古代の魔法人形たちがね、ここ数ヶ月、各地でテテトの人々を殺して遺体を収集していた張本人なんよ」
◇◇◇◇◇◇◇
7000人ものテテト連合国の人々が消失した怪現象。
その犯人が、この人形……?
ラサラキプトさんの言葉に、僕らは激しい衝撃を受けた。
キルトさんが眼差しをきつくする。
「本当なのか?」
「そやよ」
狼の獣人さんはその眼光を受けても動じることはなく、ただ静かに頷いた。
僕らは足元の破片を……。
元は、人形だったそれらの残骸を見つめた。
物言わぬ悲しい人形の姿は、けれど、多くの人の命を奪った殺人人形だったというの……?
ラサラキプトさんは頷いて、
「信じられないのも無理ないんよ」
「…………」
「でも、アチキは実際にその現場を目にしているんよ。だから、間違いないんよ」
そう断言する。
僕らは、頷いた。
彼女の声にも表情にも、嘘は感じられなかったんだ。
キルトさんは言う。
「詳しく話せ、いったい何があったのかを」
「そやね」
「…………」
「最初は、調査した村の謎の穴を調べてた時なんよ。そこから、妙に血の臭いがしてたんよね」
ラサラキプトさんは、そう語り出した。
今から3ヶ月前。
彼女は、テテト連合国首長の依頼で、怪現象の調査を行っていた。
これまでの調査では、特に進展はなかった。
でも、その日、訪れた村では、妙に血の臭いがする穴の存在に気づいたという。
(……僕と同じだ)
多分、同じ村の同じ穴。
ラサラキプトさんが確認すると、今までは全て固められていた穴の底に、けれど、その穴だけは亀裂があり、そこから臭いが漏れていたという。
彼女は穴を掘った。
そして、地下の大洞窟を見つけた。
ただ、現時点では怪現象との関連は不明だ。
だから、彼女はもう少し洞窟を調査することにして、その後、より詳しい報告を出すことにしたそうだ。
洞窟は、南北に続いている。
彼女が北側を選んだのは、ただの偶然だった。
数日間、地下を移動する。
そして、彼女は、大量の人形に出会った。
僕らのような破片ではなく、自立行動をしている完全な状態の人形だった。
その数は、
「その時は、多分、1000体ぐらいだったんよ」
とのこと。
真っ暗な洞窟に蠢く1000体の人形……その光景は、ある種の悪夢だ。
僕は思わず、ゴクッと唾を飲む。
恐らく魔力で動いていると思われる『魔法人形』たちは、ラサラキプトさんを――つまり、生きた人間を認識した途端、一斉に襲いかかってきたという。
彼女は反撃した。
彼女も人類最高峰の戦闘力を持つ1人だった。
金印の魔狩人。
その称号に相応しく、彼女は1000体の人形を返り討ちにした。
でも、戦闘にかかった時間は丸1日。
そして、その間に、洞窟の奥からは、更に新手の『魔法人形』が出現していったという。
(…………)
なんて状況だろう。
そう言えば、もう少し南の方に、何千体もの人形の残骸があった。
あそこが、その時の戦場だったのかもしれない。
ともあれ、約1週間の戦闘の果て、ラサラキプトさんは勝利した。
人形は全滅。
その時点でようやく彼女も、今回の怪現象の原因がこの人形ではないかと予想したんだって。
とはいえ、まだ証拠はない。
だから、
「アチキは、もう少し奥まで行くことにしたんよ」
と、洞窟の奥を見た。
漆黒の闇が続く空間を、僕ら5人も見てしまった。
僕の奥さんは、テテト連合国の『金印の魔狩人』を見て、問いかける。
「何かありましたか?」
「遺跡」
ラサラキプトさんは、短く答えた。
(遺跡……?)
僕らは目を丸くする。
彼女曰く、
「10万メード以上、北上した先に洞窟の果てがあるんよ。そこに、古代タナトス魔法王朝の時代に造られた巨大遺跡があったんよ」
とのことだ。
僕らは、顔を見合わせてしまう。
まさか、テテト連合国の地下に古代遺跡があったなんて……恐らく、テテトの誰1人、把握してない遺跡だったのだろう。
つまりは、前人未踏の遺跡。
散発的に人形と遭遇、戦いながら、彼女は、その遺跡を発見した。
移動時間は、約1ヶ月。
彼女はそれだけ、地下に潜り続けていた。
なんて忍耐だ。
獣人は、人間の中でも丈夫な人種だ。
体内にエネルギーをため込んで、長期間、飲食せずにいられる種もいるという。
彼女も、そうした種の1人だった。
(凄いな……)
素直に感心だ。
ともあれ、今はそこが重要じゃない。
キルトさんは、
「当然、遺跡も調べたのじゃろう? いったい、何があった?」
と、黄金の瞳を細めて詰問した。
ラサラキプトさんは、息を吐く。
重苦しい空気をまとって、彼女はゆっくりと口を開いた。
「人形の巣やね」
人形の……巣?
思わぬ言葉に、僕はポカンとした。
彼女は続ける。
「その遺跡は、まだ生きてたんよ。そして、この『古代の魔法人形』を製造し続けてたんよ」
「…………」
「それも、人間を原料として、やね」
「え……?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
でも、その声に乱れはなく、僕らを見つめる赤い瞳にも揺らぎはなかった。
(ちょっと待って……)
その意味が浸透する。
それじゃ。
それじゃ、7000人の行方不明になった人たちは?
まさか……まさか、そうなの?
僕は蒼白だ。
ソルティスは口元を手で押さえ、「嘘でしょ……」と呟いた。
ポーちゃんは、小さな手を握る。
イルティミナさんも美貌を険しくして、
「では……消息がわからなくなっていたテテトの人々は、その人形の原料になっていた……と?」
と、はっきり聞いた。
テテト連合国の守護者たる冒険者は、
「そやよ」
と、頷いた。
感情のない淡々とした口調だ。
でも、だからこそ、その内側にある激しい感情を感じさせる。
キルトさんは、目を閉じる。
「そうか」
悲劇を受け入れるように、短く呟いた。
僕も、唇を噛む。
あの人形たちからこぼれる白い液体は、人の血液と同じ匂いがした。
その理由が、ようやくわかった。
何千体もの人形。
それは、つまり……それだけの人々が犠牲になったということだったのだ……。
(……なんてことだ)
わかってた。
話を聞いた時から、生存の可能性は低いって。
でも、こうしてはっきりと告げられると、やはり心に突き刺さるものがある。
それが痛くて、苦しくて。
そんな僕に気づいて、
ギュッ
イルティミナさんが僕の手を握ってくれた。
温かな手のひら。
その温もりを感じながら、強くその手を握り返す。
ラサラキプトさんは、そんな僕らのことを……いや、僕のことをジッと見つめた。
キルトさんが問う。
「それで……その後、そなたはどうした?」
「ん……」
狼の獣人さんは1拍置いて、
「さすがに放置しておく訳にもいかんから、アチキもその人形の生成装置は壊そうと思ったんよ。でも……できんかったんよ」
「できなかった?」
「そやよ」
「なぜじゃ?」
「邪魔されたんよ。――刺青をした連中に」
刺青……?
その言葉に、僕らは目を見開いた。
ドクン
鼓動が強くなる。
そんな僕の反応を、ラサラキプトさんの赤い瞳は、さっきからずっと見つめ続けていた。
まさか……?
僕も、彼女を見つめ返す。
彼女は頷いた。
「そやよ……神狗はん」
「…………」
「連中は、魔物に変身したんよ」
「…………」
「『魔の眷属』……神狗はんが長い間戦ってきた連中が、長年、眠っていた古代遺跡を再稼働させて、今回の悲劇を引き起こしたんよ」
「……っ」
僕は、息ができなくなった。
グッ
胸元を手で押さえる。
あのキルトさん、イルティミナさん、ソルティスの3人も言葉を失くしていた。
「…………」
メキッ
神龍の幼女は、小さな拳を強く握る。
魔の眷属。
それは、あの『闇の子』が生み出した人間でありながら魔物に変身できる存在だ。
悪魔の子の信奉者。
その強さは、並外れている。
そして、『闇の子』がいなくなった今でも、彼らはその遺志を継いで世界を破滅に導こうとしていた。
1年前の竜国戦争。
あの首謀者の竜王も『魔の眷属』の1人だった。
4年前の第2次神魔戦争を生き残り、竜国戦争でも確認された『魔の眷属』の人数は、およそ30人だという。
その数人が、今回も関与していた。
このテテト連合国の地で、恐るべき悪意を振り撒こうとしていたのだ。
(……許せない)
僕の内側で、怒りが燃える。
それは、神狗の本能。
そして、マールという人間の意思だ。
そんな僕の姿を見つめて、ラサラキプトさんは小さく微笑み、頷いた。
彼女は言う。
「連中は5人おったんよ」
「…………」
「アチキも戦ったんやけど、さすがに魔法人形の群れとその5人が相手じゃ勝てなかったんよ。それで、申し訳ないけど逃げるしかなかったんよね」
そう重く息を吐く。
(あ……)
そして、気づく。
彼女が全身ボロボロなのは、その戦闘のせいなのだと。
その逃走は簡単なものではなく、それこそ生死を賭けた決死のものだったのだと思い知らされた。
死ぬ訳にはいかない。
真相と伝える前に。
この悪意に抗う人々に託す前に、ただ死ぬことは許されない。
(…………)
軽い口調の裏にある彼女の強い覚悟を、僕は感じた。
僕は、彼女に近づく。
ラサラキプトさんは「ん?」と僕を見た。
キュッ
その手を握る。
「ありがとう、ラサラキプトさん」
「…………」
「逃げてくれて、真相を教えてくれて……こんな傷だらけになってまで、本当にありがとう」
「…………」
彼女は、呆けた。
それから、照れ臭そうにはにかむ。
「そう……」
「…………」
「これが神の子、マールなんやね?」
「…………」
「1人や無理と思ったけど、こうして出会えたんがマールはんたちでよかったんよ。本当に……よかったんよ」
彼女は目を伏せて、
ギュッ
手を握り返される。
僕は「うん」と頷いた。
テテト連合国の『金印の冒険者』は、彼女1人しかいない。
その両肩にかかる重責は、僕らの想像以上に重いものだったろう。
(……でも)
今、彼女は僕らに出会った。
もう1人で背負わせない。
そう思いを込めて、
「一緒に戦おう、ラサラキプトさん」
「そやね」
僕の言葉に、彼女は嬉しそうに頷いたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
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また本日(17日金曜日)、漫画マールの更新があるようです。
恐らく、お昼頃に更新されると思いますので、よかったら、どうかご覧になってやって下さいね♪
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どうぞ、よろしくお願いします。




