714・地下の巨大洞窟
第714話になります。
よろしくお願いします。
謎の穴の直径は、約50センチ、深さは2メード強。
穴の側面は、何かの溶剤で固められたように半透明で硬質な感触になっていた。
キルトさん曰く、
「虫型の魔物が体液で巣を固めるのに、よう似とるの」
とのことだ。
ただ実際に、そうなのかはわからない。
ともあれ、僕らはその謎の穴を掘ってみることにした。
◇◇◇◇◇◇◇
「――むん!」
ドゴォン
キルトさんが黒い大剣を地面に叩きつける。
穴の周辺の土がひび割れ、大きく崩れた。
イルティミナさんも『白翼の槍』の石突部分で「はっ」と地面を砕いていく。
更にポーちゃんも、
「ふ……っ」
ドォン
小さな手のひらを地面につけて発勁のように光を放ち、地面をクレーター状に破砕していった。
3人とも、凄まじい攻撃力だ。
それによって、固められた村の地面は簡単に砕かれ、穴の周囲も大きく崩れていた。
その土砂を、僕とソルティス、5人の連合騎士さんが村のシャベルなどを拝借してかき出していく。
(えっほ、えっほ)
作業をしていると、汗が噴き出る。
空は曇り。
直射日光はないけれど、やはり夏なので暑いのだ。
僕の奥さんは、
「水分補給を忘れないでくださいね、マール」
「うん」
と、心配してくれて、僕も笑って頷いた。
謎の穴を中心として、直径5メードぐらいのすり鉢状に穴が掘られていく。
深さも2メードに到達した。
「ふむ……?」
キルトさんが作業の手を止め、穴の底だった部分を触った。
指先を確かめ、
「掘るまでは気づかなかったが、この底の部分だけ固められてなかったようじゃの」
「え、そうなの?」
「うむ……。もしかしたら、ラサラキプトが埋めたのかもしれぬ」
「ラサラキプトさんが?」
何でだろう?
僕は、不思議に思った。
キルトさんは少し考え、
「ラサラキプトは、この穴を掘って奥まで行ったのかもしれぬ。そして何かを見つけ、戻り、それを封じるために埋め直したのかもしれぬの」
「封じる……?」
「わからぬがの。可能性の話じゃ」
「…………」
テテトの金印が封じる何か。
何だか、不気味に感じる。
みんなも黙ってしまい、自分たちの立つ足元の地面を見つめてしまった。
パンパン
皆を鼓舞するように、キルトさんが手を叩いた。
「さぁ、続けるぞ」
「あ、うん」
僕は頷いた。
そうだ。
不安があろうとなかろうと、真相は確かめなければならない。
地面の下から感じる血の臭いも変わらずに濃い。
(鬼が出るか、蛇が出るか……)
何であっても構わない。
今は、覚悟を持って掘り進めるのみだ。
僕ら10人は再び作業を開始して、更なる地面の下へと向かったんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
あれから3時間が経過した。
地面の深さは、すでに12メードに達している。
けれど、謎の穴の下には何もなく、そして、穴が埋められた痕跡はまだ続いていた。
(ど、どこまで深いの……?)
作業をしながら、僕は呆れ始めていた。
ソルティスも似た表情だ。
キルトさん、イルティミナさん、ポーちゃんは黙々と作業を続けている。
5人の連合騎士さんは、だいぶ疲労の色が濃い。
ふぅ、ふぅ……。
僕も汗だくだくで、呼吸も荒くなっていた。
まるで持久戦。
そんな様相を呈してきた。
東の空にいた太陽も、今や中天に差し掛かろうとしている。
(……うん)
日が暮れるまでに、何か見つけられるかな?
そんな心配もしてしまう。
その時だった。
ドゴォン
「……む?」
大剣で地面を叩いたキルトさんが、その表情を動かした。
片手をあげ、イルティミナさん、ポーちゃんの掘削作業を停止させ、地面にしゃがんで、直接、手のひらで土に触った。
キルトさん……?
僕らは皆、彼女を見つめた。
やがて、彼女は『雷の大剣』を頭上でクルンと回転させ、逆手に持ち替えると、
ズドォン
それを地面へと縦に突き刺した。
彼女は、その強靭な腕力で大剣を左右に動かしていく。
ググッ グ、ググッ
土が左右に動く。
と思ったら、
ズザザァ……ッ
と、下の方へと土が滑り落ちていった。
(え……?)
キルトさんは大剣を抜く。
そこには、ぽっかりと黒い穴が開いていた。
掘り進めた地面の下には、空洞が空いていたんだ。
血の臭いも、そこからする。
キルトさんはロープを自分の腰に巻き、その反対側をイルティミナさんに「頼む」と持たせた。
そして自身は、空いた穴へと顔を突っ込む。
「…………」
僕らは、それを見守った。
やがて、彼女は豊かな銀髪を土に汚しながら顔をあげた。
僕らを見る。
そして、
「洞窟じゃ」
と言った。
僕らは「え?」となった。
キルトさんは、再び地面の穴に視線を落として、
「かなり大きな洞窟が、この先に広がっておる。どうやら謎の穴は、この地下洞窟に通じていたようじゃの」
と、教えてくれたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
地上の木から長いロープを縛って垂らして、僕らは、穴の底の空間に入ることにした。
先行したのは、キルトさん。
腰ベルトにランタンを提げて、暗闇の中へとロープを伝っていく。
僕らは、それを上から眺めた。
そこで気づく。
(ずいぶん深いね……)
彼女が洞窟の床に降りたのは、僕らの位置から20メード以上も離れていた。
え……どれだけ広い洞窟なの?
僕らは唖然だ。
続いて僕、イルティミナさん、ソルティス、ポーちゃん、連合騎士さん3人が続いた。
連合騎士さん2人は、地上に残ってもらった。
ストッ
最後の1人が着地して、8人全員が洞窟の中へ。
でも、8つのランタンの灯りに照らされているのは、洞窟の僅かな範囲だけだった。
僕とソルティスは『光鳥の魔法』を使う。
ピィン
8羽の光の鳥が、僕らの周囲に広がった。
(う……わ……)
それだけの光源に照らされて、ようやく洞窟の全体が見えるようになった。
高さは、約30メード。
幅も20メード以上あって、いくつもの鍾乳石が天井と床から生えていた。
前後は果てがなく、光源の中にない。
表面は、硬い岩盤だ。
僕らが入ってきた部分だけ粘土質の土だったけど、これはラサラキプトさんが塞いだからかもしれない。
起伏は激しい。
ピチョン ピチョン
天井から垂れた水滴が、床に何箇所か水たまりを作っていた。
「何、ここ……?」
かなり大規模な洞窟だ。
シュムリア王国でも、ここまで大きなのは滅多に見ないよ……。
イルティミナさん、ソルティスの姉妹も、どこか呆然とこの巨大な洞窟を見ていた。
3人の連合騎士さんも同様だ。
キルトさんが問う。
「このような巨大洞窟の存在を、テテト連合国は把握しておったか?」
「い、いえ!」
「してません!」
「私どもも、初めて知りました」
彼らは一斉に首を振る。
となると、連合国でも未発見の洞窟ってことかな。
(…………)
血の臭いがする。
その不快さに、僕は青い瞳を細めてしまう。
と、イルティミナさんは左右に続いている洞窟の暗闇を見つめ、やがて、荷物の中から地図を取り出した。
バサッ
近くの岩の上に広げる。
「キルト、見てください」
「む?」
「この洞窟は、北北東と南南西に続いています」
「ふむ」
「多少の誤差はありますが、この村以前と以後に怪現象が起きた場所と方角が一致しませんか?」
え……?
僕らも地図を見た。
キルトさんは頷いた。
「うむ、そうじゃの」
確かに、洞窟は曲がりくねっているけれど、大まかな方向は同じに思えた。
僕は考える。
町や村の人々が消えた。
それは、何かに襲われたからだと思われている。
つまり、その『何か』はこの洞窟を移動して、各地の町や村を襲っていた……?
僕の予想に、
「恐らくは」
イルティミナさんは厳しい表情で頷いた。
皆、沈黙する。
遥か先まで続く漆黒の闇。
その闇の中には、7000人以上の命を奪った正体不明の何かがいる。
(…………)
目前の闇は、まるで死の世界に通じているみたいだ。
キルトさんは呟く。
「ラサラキプトも、この洞窟を見つけたのか」
「…………」
多分、そうだろう。
当然、この洞窟の調査を行い、そして……消息を絶った。
彼女の身に何があったのか?
正確にはわからない。
ただ、もし最悪の事態があったのだとすれば、この洞窟には、テテト連合国の『金印の魔狩人』を凌駕する存在がいるということになる。
ソルティスが聞く。
「どうする?」
「ふむ……」
銀髪の鬼姫様は考え込んだ。
彼女は顔をあげる。
「発見した以上、調査を行わなければならぬ。このまま、洞窟の奥に進むぞ」
と、鉄の声で言った。
僕らは頷いた。
うん、このまま放置なんてできない。
当然の判断だ。
キルトさんは、3人の連合騎士さんを見て、
「そなたらはレバインド領に戻り、首長にこのことを伝えよ」
「はっ」
「2週間以内に1度、連絡を送る。もし連絡が届かなければ、わらわたちは全滅したと思え」
「…………」
「その時は、王国に連絡。わらわの遺言として、コロンチュード・レスタ、リカンドラ・ローグの両『金印』に再調査を命じるように伝えよ」
「っ……承知しました」
彼らは敬礼し、承服した。
遺言……。
そこまでするほど、彼女は危険を感じているんだ。
鬼姫の勘、なのかな?
…………。
やがて、連合騎士の3人は、ロープを登って地上へと戻る。
ラサラキプトさんは、何かを懸念して、地上と通じていた穴を塞いでいた。
それに倣い、僕らも穴を塞いでもらう。
ドシャッ
家屋の残骸と土砂で、洞窟の天井の穴が塞がった。
(……うん)
これでもし何かがここを通っても、簡単には地上に出られなくなった。
逆に言えば、
「私らも……逃げられなくなったわね」
「…………」
呟くソルティスに、僕は何も言えなかった。
ポン
ポーちゃんが励ますように、相棒の肩を叩く。
それに、紫髪の少女も気を取り直したように「ん、大丈夫よ」と微笑む。
その様子が、なんか微笑ましい。
僕の奥さんもそちらを眺めていて、やがて、キルトさんを見た。
「それで、キルト」
「む?」
「洞窟は前後に続いています。どちらに向かうおつもりですか?」
「そうじゃの……」
呟き、彼女は思案する。
考え方としては、もし怪現象を起こした何かを追うのなら南南西の方角が良いのだろう。
怪現象は、南下を続けている。
ならば、やはり南南西の方角の先にいる可能性が高い。
と思うんだけど、
(……ん)
僕は、小さく鼻を動かした。
そして、言う。
「キルトさん」
「ん?」
「血の臭いは、北の方角から流れてきてるよ」
「そうなのか?」
「うん」
僕は頷いた。
なぜ、こんなに血の臭いがするのか原因はわからないけど、それは確かだった。
イルティミナさんは、僕に聞く。
「マールは、そちらに行きたいですか?」
「え?」
「…………」
「う、う~ん? 確かに、気にはなるかな」
と、答えた。
他の3人も、僕を見ていた。
そして、僕の答えに、イルティミナさんは大きく頷いた。
他の仲間を見て、
「決まりですね」
「ま、いいんじゃない?」
「異論なし」
「ふむ」
キルトさんも頷いた。
「この洞窟を見つけるきっかけを作ったのもマールじゃしな。ここは『神の子』の直感に頼るとするかの」
なんて言う。
え、ええ……?
(本当にいいの?)
僕は唖然だ。
僕の奥さんは、クスクス笑う。
「どうせ、誰にも正解はわからないのです」
「…………」
「ならば、ここは可愛いマールの言葉を理由として、まずは行ってみましょう」
「う……うん」
僕は、曖昧に頷いた。
そんな僕の髪を、イルティミナさんは愛おしそうに撫でてくれる。
その感触で、
(まぁ、いいか)
と、僕もそんな気持ちになってしまった。
小さく、息を吐く。
見れば、みんな、笑っていた。
僕も笑った。
やがて、キルトさんが表情を引き締める。
黄金の瞳で僕らを見て、
「よし、では、北北東の方角に進んでいくぞ」
と宣言した。
僕らも頷いた。
やがて、光鳥とランタンの灯りを頼りに、僕ら5人は巨大洞窟の暗闇の中を歩きだしたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、来週の月曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




