713・ラサラキプトの見つけたモノ
第713話になります。
よろしくお願いします。
5日間、僕らは街道を北上した。
道中、出現した魔物などは、全て5人の連合騎士さんが対処してくれた。
僕らの出番はなし。
車内から出ることもなかった。
また実際に戦っている場面を見て、『連合騎士』の実力がかなり高いことも知ることができた。
冒険者なら、白印から銀印ぐらい。
なるほど、さすが首長さんが指名した騎士たちだと納得させられたよ。
「楽できていいわぁ」
とは、ソルティスの言葉。
確かに、御者も、見張りも、戦闘も、その他の雑事も全てやってもらえて、何だか申し訳ないぐらいだ。
でも、キルトさんは苦笑して、
「本来、無関係のシュムリア王国の人間がテテト連合国のために動いておるのじゃ。それぐらいの待遇は、普通なのじゃぞ?」
なんて言う。
それはまぁ、そうなのかも……?
でも、
「困っている人を助けるのは、当たり前じゃない?」
と、僕は首をかしげた。
キルトさんは「む……」と言葉に詰まる。
ソルティスは、
「アンタって、本当、お人好しねぇ」
と呆れ顔。
イルティミナさんはクスクス笑って、
「損得や利権が絡むと、人は本当に大事なことを見失ってしまうのでしょうね。そうは思いませんか、キルト?」
「むぅ……」
キルトさんは、何とも言えない表情だ。
そして、僕の奥さんは、僕を見る。
「ふふっ、マール」
「ん?」
「貴方はどうかそのままで、マールのままでいてくださいね」
「? うん」
よくわからないまま、頷いた。
そんな僕を、
ギュッ
「あぁ、いい子ですね、私の可愛いマール」
と、イルティミナさんは嬉しそうに抱きしめたんだ。
◇◇◇◇◇◇◇
5日間で、僕らは領国2つを通過した。
日程的には順調だ。
予定通りの日数で目的の村に到着できそうだった。
でも、旅の内容そのものは……実は順調とは言えない場面もあったんだ。
現在、僕らはテテト連合国の中部と北部の中間ぐらいの場所にいた。
そして、この辺りになると『魔血の民』への差別が強くなり始めて、僕らの町や村への立ち入りを拒否されることも起きたんだ。
(……そっかぁ)
僕としては、残念な気持ちだ。
テテトの北部は、差別が残っている……聞いていたけど、やっぱり悲しいよね。
全てではないけれど、町や村の入り口に魔力測定具があって、『魔血の民』を判別しようとしている場合もあった。
つまり、町や村ぐるみで差別をしてるのだ。
(…………)
イルティミナさん、キルトさん、ソルティスの3人は、何も言わない。
その差別に対して、達観した様子だった。
……それも、少し悲しい。
一応、僕らはテテト連合国に招かれた賓客に近い立場だ。
5人の連合騎士さんは、テテト連合国首長の用意してくれた書状などを提示し、粘り強く交渉して町や村への立ち入りや宿泊は許可された。
でも、町や村の人々の視線は、やっぱり好意的ではなかった。
遠く自分たちの同胞を助けに来てくれた人々に対して、けれど、こんな目を向けてくるなんて……正直、悔しい。
連合騎士さんたちも恐縮し、僕らに謝罪していた。
キルトさんは笑って、
「何、気にしておらぬよ」
と、彼らの肩を叩いて、逆に気遣ったりしていた。
うん、本当に優しい。
どう考えても、こんな理不尽な悪意を向けられていい人たちじゃないのに……。
(…………)
僕は唇を噛み締め、強く手を握ってしまう。
そんな僕に気づいて、
「大丈夫ですよ、マール。私たちのことを思ってくれてありがとうございます」
「…………」
「ただ、人の意識はそう簡単には変えられません」
「…………」
「ですが、もしかしたら今回の件を解決したら、また少しテテトにその変化を促せるかもしれませんね」
「……うん」
彼女の優しい言葉に、僕は頷いた。
本当に、そうあって欲しいな。
見れば、ソルティスも「なんて顔してんのよ、ポー?」と笑って、幼女の金髪を撫でていた。
3人とも、強いな……。
すると、
「マールがいるからですよ?」
「……え?」
「だから平気なんです、私も、キルトも、ソルティスも」
「…………」
「だから……ありがとう、マール」
チュッ
彼女は、僕のおでこにキスをした。
イルティミナさん……。
(……うん)
僕も強くなろう、3人のために、もっと。
そう思う僕のことを、イルティミナさんは「ふふっ」と微笑んで、眩しそうに見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇
見上げる空は、曇天だった。
今にも雨が降り出しそうな天気の中、僕らは5日目の早朝、目的の村に到着した。
皆で竜車を降りる。
前回の村同様、こちらも森林の中にある普通の村だった。
100~200人ぐらいが暮らしていたと思う。
積み上げられた丸太などもあり、やはり伐採などを生業にして、村人たちは暮らしていたみたいだ。
周囲には、木製の柵があった。
でも、あちこちが壊れている。
そこを抜けて、村の中へと入った。
「…………」
地面には、やはり黒い血痕が広範囲に広がっていた。
家屋も破壊されている。
1つ1つ確認していったけれど、やはり生存者の姿はなく、人体の残骸などもなかった。
また地面には、5つの謎の穴も見つかった。
前回の村同様だ。
違いとなる部分が何もない。
(……ラサラキプトさんは、ここで何を見つけたんだろう?)
全くわからない。
イルティミナさん、キルトさんを見る。
でも、2人も首を横に振った。
テテト連合国の『金印の魔狩人』に見つけられたものが、けれど、シュムリア王国の『金印の魔狩人』と『元金印の魔狩人』には見つけられない。
なぜだろうか?
少し悔しくもある。
「村の周辺も見てくるか」
キルトさんが提案し、僕らも頷いた。
5人で、村周辺の森の中を歩いていく。
注意深く、何かがないか、慎重な歩みで探していった。
けど、1時間かけて何も見つからなかった。
(駄目か……)
落胆しながら、村に戻る。
同行した連合騎士さんの1人が、
「痕跡は、何も見つかりませんでしたか……」
と、呟いた。
多分、他意はなかったと思う。
でも、それを聞いたソルティスがムッとした顔をした。
何も見つけられない自分たちを非難されたように感じたのかもしれない。
もしかしたら、ここ数日、魔血差別を受けていて、表面的には平気でも内心には響いていたのもあったのか、
「何よ? 見つからないのはテテトのアンタらのせいでもあるんでしょ」
と、苛立ったように言い返した。
連合騎士さんたちは「え?」と驚いた顔だ。
(あぁ、言っちゃった)
僕は、少し困ってしまった。
キルトさん、イルティミナさんも僕と同じ表情で、ポーちゃんだけが無表情だ。
困惑している5人の連合騎士さんに、
「えっと、ですね」
と、僕は説明した。
人か魔物かわからないけれど、何かが村を襲った。
なら、痕跡は必ず残る。
具体的に言えば、足跡だ。
空中を移動していない限り、それは必ず地面に残される。
特にここは、石畳などの敷き詰められた街中ではなく、土がむき出しの地面だった。
見つかる可能性は、とても高かった。
でも、見つけられなかった。
理由はいくつかある。
村の地面は、人々の生活空間なので絶え間なく踏み固められ、足跡が残り辛いから。
また残ったとしても、浅く、すぐに消えてしまう。
特にここは森の中とは違って、雨粒を防ぐ枝葉などの天然の屋根もなく、切り拓かれたことで風の通りも良い空間だからだ。
風雨の影響で、すぐに痕跡が消えてしまうのだ。
もちろん、重量のある魔物なら残っているだろうけど、少なくとも今回の相手は、それほどの体重はなさそうだった。
村の中が駄目なら、外はどうなのか?
外は森だ。
地面は柔らかく、痕跡も風化し辛い。
でも、見つからなかった。
なぜか?
「アンタらテテトの連中が、全部、踏み荒らしちゃったからでしょうがっ」
ソルティスが仏頂面で言い放った。
うん、その通りなんだ……。
ラサラキプトさんが調査をした時は、確か1人だったと聞いている。
多分、その当時は痕跡もあったのかもしれない。
でも、彼女が行方不明となったあと、その消息を探して、あるいは怪現象の真相を調べるために、テテト連合国の調査隊がこの村や周辺を調べたみたいなんだ。
おかげで、痕跡が上書きされていた。
それ以前にあった足跡もわからない。
家屋なども中が踏み荒らされたり、調査の際に物を移動したみたいで、足跡以外の痕跡もわからなくなっていた。
実は、前回の村でも同様だった。
でも、テテト連合国の失態を指摘するのもアレなので言わなかったのだ。
なのに、
(言っちゃうんだもんなぁ、ソルティス)
だから、僕らは困ったのだ。
僕は、なるべく棘のないような言い方で説明したけれど、話を聞いた連合騎士さんたちは愕然とした顔だ。
「な、何と……」
「我が国の調査隊が……?」
「何てことだ……」
そんな感じで、ショックを受けていた。
それはそうだろう。
もしかしたら、ラサラキプトさんが気づいた解決の糸口を、自分たちの国の調査隊が消してしまったかもしれないのだ。
その失態の影響は計り知れない。
それがわかるからこそ、彼らの落ち込みようは大きかった。
5人の周囲の空気が重い。
(あわわ……)
その様子に、僕は焦ってしまう。
でも、当のソルティスは「ふん」と腕組みしながらそっぽを向いていた。
キルトさんは苦笑。
姉は、額に手を当ててため息だ。
ポーちゃんは、無表情に静観していた。
そんな状況にもなってしまったので、とりあえず、僕らは一旦、調査を中断して休憩を取ることにした。
◇◇◇◇◇◇◇
村の中、積まれた丸太を椅子にして、僕らは携帯食料をかじった。
モグモグ
うん、美味しい。
隣では、イルティミナさんが水筒の水を飲んでいる。
その反対側では、ソルティスとポーちゃんの2人が、味の違う携帯食料を半分に折って、2人で分け合っていた。
キルトさんは、丸太の下の方で、連合騎士さんたちと今後についてを話し合っている。
(今後……か)
今後はどうしたらいいんだろう?
ラサラキプトさんの見つけた何かを、僕らは発見できなかった。
もしかしたら、その痕跡は、テテト連合国の調査隊によって消されてしまったのかもしれない。
多分、他の現場も同様だろう。
(う~ん?)
どうしたらいい?
また新しい被害が出るのを待ち、その痕跡を確認する?
いや、そんな馬鹿な。
誰かの犠牲を待つなんて、そんなふざけた考え方はあり得ないよ。
少しでも考えてしまった自分が恥ずかしい……。
ペチッ
自分の頬を叩く。
それに、隣のイルティミナさんは驚いた顔をした。
「……マール」
「…………」
「大丈夫ですよ、マール。そう焦らないで」
「……うん」
「まだ調査は始めたばかりでしょう? そんな追い詰められた心境では、見つけられるべき何かも見つけられませんよ? ……ね?」
僕の奥さんは、そう微笑む。
そして、僕が自分で叩いた頬を、白い手で労わるように撫でてくれた。
その優しさが沁みる。
(でも、イルティミナさんの言う通りだ)
焦りはある。
でも、それに飲まれたらいけない。
うん、そうだ。
僕は顔をあげ、自分の心を落ち着けようと深呼吸した。
深く息を吸う。
その時だった。
(ん……?)
僕は、青い瞳を見開いた。
あれ?
その異常に気づいて、僕は立ち上がった。
イルティミナさんは「マール?」と聞いてくる。
でも、僕は答えず、より集中するためにまぶたを閉じて、もう1度、深く深く息を吸い込んだ。
「…………」
うん、間違いない。
僕の様子に、ソルティスとポーちゃんも気づいて、「どったの?」と聞いてくる。
僕は青い瞳を開けた。
「血の臭いだ」
「え……?」
姉妹はキョトンとした。
ポーちゃんは変わらない眼差しで、僕を見つめた。
ソルティスは言う。
「そりゃ、大量の血痕があるんだから、血の臭いがするのは当たり前でしょ?」
「うん」
その通りだ。
でも、
「血の臭いが、凄く強い場所があるんだ」
と、僕は教えた。
臭いの元を、視線で辿っていく。
すると、それは、村の中に開いている5つの謎の穴の1つに通じていた。
3人もそれを見る。
僕らは丸太を降りて、そちらに向かう。
途中、イルティミナさんがキルトさんに説明して、「何?」と銀髪の美女も驚いていた。
連合騎士の5人も顔を見合わせている。
全員で、その穴の前へ。
ランタンを灯して、直径50センチほどの穴を覗く。
(…………)
特に何もない。
穴は、2メートルほどの深さで埋まっていた。
でも、他と比べて、ここだけ異常に血の臭いがするのは間違いなかった。
なぜだろう?
ソルティスは考え、
「この穴にだけ、血が多く流れ込んだとか……?」
と呟いた。
確かに、この村で悲劇が起きた時に、流された血液がこの穴にだけ偶然、多く流れた可能性はある。
でも、イルティミナさんが「いえ」と否定した。
穴の中を覗き、真紅の瞳を細める。
「穴の周囲の地面には血痕がなく、また穴の側面にも、血の流れたような跡は残されておりません」
「…………」
「ですが、マールの嗅覚は確かです」
「…………」
「もし、この穴に血の臭いの元があるとするならば、それはこの埋まった土の向こう側ということになるのではありませんか?」
そう僕らを見た。
(つまり、穴の奥に何かある……?)
僕らは驚いた。
その時、キルトさんが思い出した顔をした。
「そうか」
「え?」
「ラサラキプトは獣人じゃった。それも狼系であったはず」
「…………」
「もしかしたら奴も、マールと同じように常人離れした嗅覚を持っていたのかもしれぬぞ?」
彼女はそう言った。
それを聞き、5人の連合騎士さんも『そう言えば……』といった表情だ。
僕は驚きながら、
(それじゃあ……ラサラキプトさんが見つけた『何か』っていうのは……)
と、目の前の『穴』を見る。
つられるように、みんなの視線も集まった。
暗く、細長い穴。
何の変哲もなく、けれど、謎の穴。
その塞がっている土の奥には、何かがあるのかもしれない。
この怪現象の真相。
そして、7000人ものテテト連合国の人々を消失させた人類の敵となる存在が……。
全員が黙り込んだ。
やがて、
「よし、この穴を掘るぞ」
銀髪の鬼姫様が鉄の声で告げた。
僕は「うん」と頷く。
他のみんなも、強い眼差しで頷いていた。
この先に何があるのか?
感じる血の臭いの中、僕は青い瞳を細めて、その暗く不気味な空洞を見つめたんだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
※次回更新は、今週の金曜日を予定しています。どうぞ、よろしくお願いします。




